慢性腰痛の複雑さ

The Complexity of Chronic Back Pain 


問題の多い慢性腰痛は、従来考えられていたよりもはるかに複雑な病態のようである。そしてこのことが、現代医学および脊椎疾患の治療にあたる医師に大きな課題を突きつけている。

集中的に研究が行われ、腰痛治療に関連する産業も巨大化しているにもかかわらず、慢性腰痛患者のアウトカムが改善しつつあるというエビデンスは乏しい。もしかすると、この停滞した状況の中心には、腰痛疾患の性質に関する根本的な誤解が存在するのではないだろうか。

慢性腰痛は一般的に、他に健康上の問題のない人における単独の脊椎疾患であるとの認識が誤りであることは、この10年間に行われた様々な研究によって証明されている。ほとんどの慢性腰痛患者には合併している病態疾患(訳者注:comorbid illness)やその他の問題が存在する。

“腰痛には通常、その他の慢性疼痛症状、慢性疾患、および精神障害が関係しています”と研究者のMchael Von Korff 博士は、カナダのエドモントンで最近開催された第7回Alberta国際フォーラムで発表した。

これらの合併疾患が、腰痛の増悪、臨床像、および治療効果に影響を及ぼす。Von Korff博士によると、それらが機能的状態、医療の利用、欠勤、およびQ0Lに重大な影響を及ぼすという。

それにもかかわらず、腰痛治療にあたる医師の多くは、一連の合併している病態の選り分けを行っておらず、診断および治療に関する決定の際にそれらを考慮に入れていない。そして医療関係者は一般的に、モザイクのように複雑に組み合わさったより大きな健康上の問題に対して、有効な長期治療を行っていない。医療システムでは、それぞれの疾患を幅広い症候群の1要素としてではなく、単独の急性症状として治療していることがあまりにも多い。

“私は腰痛を、合併する健康上の問題と切り離して考えることが今後も可能だとは思いません”とVon Korff博士は述べた。Von Korff博士によると、慢性腰痛を合併している病態と関連づけて理解し治療する必要があるという。

地域住民を対象にした研究

Von Korff博士らが最近行った地域住民を対象にした研究は、これらの点を具体的に説明してくれる。Von Korff博士はAlbertaフォーラムで、この新たな研究について論じた。同研究はその後、Pain誌に掲載された(Von Korff et al.,2005を参照)。

博士らは、米国の成人集団から抽出された5,692名の確率標本(probability sample)に対する面接調査を実施した。脊椎の慢性疼痛、その他の慢性疼痛の病態、および多様な身体症状の有無について、自己申告に基づく評価を行った。気分障害、不安、および薬物乱用についてはComposite International Diagnostic Interviewを用いて評価を行った。

博士らは、米国成人の約20%は過去12ヵ月間に脊椎の慢性疼痛を経験していたことを見出した。成人の約30%は、過去に脊椎の慢性疼痛を経験していた。これらの2つの数字の間の開きは、慢性腰痛は多くの場合、難治性ではないことを示唆する。“再発性で長引く状態というのは疼痛症状に典型的なものです”とVon Korff博士はAlbertaフォーラムで述べた。

脊椎の慢性疼痛を有した被験者の大多数、すなわち10人中9人近くが、少なくとも1つは合併疾患があると回答した。

慢性腰痛患者の3分の2に他の慢性疼痛症状がありました”とVonKorff博士は述べた。半数以上には他の慢性疾患があった。シアトルのGroup Health Cooperative of Puget Soundの研究者によると、“約3分の1には、診断可能な精神疾患または薬物乱用の問題があった”という。

例えば、他の疼痛疾患があると回答した人々における脊椎の慢性疼痛の有病率は、それらがない人々と比較して3倍以上高かったことが研究によって実証された。この研究によると、“精神疾患があると回答した人々の脊椎の慢性疼痛の有病率は、それらのない人々のほぼ2倍も高かった”という。

機能における合併疾患の影響

Von Korff博士らは、合併疾患が機能的能力に重大な影響を及ぼしていることを見出した。普通の活動や仕事をする能力における合併疾患の影響について、被験者に一連の質問を行った。

“脊椎の慢性疼痛と活動障害との間にみられる関連性の約3分の1は、合併疾患によって説明できた”と研究者らは言う。言い換えると、これらの合併疾患が腰痛によって生じる結果に重大な影響を及ぼしている。

調査では合併疾患を過小評価したのだろうか?

皮肉なことに、もしこれらの交絡因子について広義の定義を用いるなら、この調査は実際には合併疾患の有病率を過小評価した可能性がある。この研究では、腰痛患者において合併因子とみなされる可能性のある、ある種の特徴や問題、すなわち肥満、喫煙、低い社会経済的地位、低い教育レベル、補償問題、および雇用問題について、直接的な評価は行わなかった。

おおかたの推測では、慢性腰痛患者のうち、正式な医学的治療を受ける患者は半数以下だろう。したがって、一般集団において観察された合併疾患のパターンが、医療現場ではどのように変化するのかは不明である。しかし、一般集団における合併疾患の有病率がそれほど高いことは深刻な問題である。なぜなら、医療機関を受診する患者における合併疾患のレベルはさらに高い可能性があり、何度も受診を繰り返す患者においてはさらに高い可能性があるからである。

他の研究でも同様の知見

ぼぽすべての慢性腰痛患者には合併病態が存在する

これは唯一の報告ではない。世界中の他の研究でも概ね同様の結論に到達している。

英国のRoger Webb博士らは、最近行った地域住民を対象にした研究において、脊椎の疼痛の1ヵ月間の有病率が29%であり、“このうち半数は激しい痛み、半数は慢性、40%は活動障害性であり、20%は激しい活動障害性の慢性の疼痛であった”ことを見出した(Webb et al.,2003を参照)。

脊椎以外の疼痛の合併は、脊椎の疼痛と強い関連があった。腰痛を有した被験者の75%および頸部痛を有した被験者の89%が、他の部位にも疼痛があると回答した。

合併疾患は腰痛に関連する活動障害と強い関連がある。2003年の研究においてAngelica Raspe 博士らは、就労中のドイツの肉体労働者10,O00名における腰痛について調査を行った。その結果、重度の活動障害性腰痛は、“多数の他の疼痛、身体的愁訴、不調、および心理的苦痛と関連があった”ことが明らかになった(Raspe et al.,2003を参照)。

活動障害補償の請求者にもこれと同じパターンがあてはまる。Gordon Waddell博士が著書のThe Back Pain Revolutionの第2版で述べているように、“米国および英国では、社会保障請求者の3分の1から2分の1は、複数の長期的な健康上の問題を抱えている。”

“1996年に腰痛のために社会保障障害年金を受給した米国人の40%には頸部痛もあり、25%に精神疾患の診断もされていた”とWaddell博士は付け加えている(Waddell,2004を参照)。

合併している病態が慢性腰痛の増悪、症状、治療に影響する

正確な関係は不明

Lise Hestbaek博士らによる2003年の体系的レビューは、腰痛は多くの場合、不健康という全体像の一部として現れると結論付けた。Hestbaek博士らによると、“文献から一部の人々に多数の疾患が存在することを疑う余地はない。腰痛はこのパターンの一部であるので、別個の独自の疾患とみなすことはできない”(Hestbaek et al.,2003を参照)。

博士らは、腰痛と合併疾患の間には多様な関連がみられる可能性があると言及している。腰痛が他の疾患および症状を引き起こす可能性があり、他の疾患が腰痛を引き起こす可能性があった。腰痛と合併疾患が共通の起源を有する可能性があった。あるいはそれらは単に共存するだけかもしれなかった。

しかしこれらの疾患が、慢性疼痛患者の生活に相乗的な影響を及ぼすことを示唆する多様な証拠が存在する。

Von Korff博士はAlbertaフォーラムにおいて、医療システムは複雑な慢性疾患を有する患者の要求に対応する準備ができていないと言及した。“複雑なびまん性の疼痛疾患を有する患者は、実際には医学的治療を拒否しているのです”と博士は述べた。

問題の多い慢性腰痛を有する患者は様々な医療機関を受診する。それらの患者は腰痛と頸部痛のために脊椎クリニック、過敏性腸症侯群のために胃腸クリニック、口腔顔面の疼痛のために歯科、不安およびうつ病のためにメンタルクリニックを受診する。

各分野の臨床医は、主訴にのみ目を向け、多くの場合疾患の全体像を無視する。

“これらそれぞれの見方は不完全です。それぞれの[愁訴]を特定の疾患として捉えています。我々はこれらの患者に何が起きているのか、総合的に理解する必要があります”とVon Korff博士は述べた。

参考文献:

Hestbaek L et al., Is low back pain part of a general health pattern or is it a separate and distinctive entity? A critical literature review of comorbidity with low back pain, Journal of Manipulative and Physiologic Therapeutics, 2003; 26: 243-52. 

Raspe A et al., Chronic back pain: More than a pain in the back. Findings of a regional survey among insurees of a workers pension insurance fund (in German), Rehabilitation, 2003; 42(4): 195-203. 

Smith BH et al., Factors related to the onset and persistence of chronic back pain in the community: Results from a general population followup study, Spine, 2004; 29: 1032-40. 

Thomas E et al., Predicting who develops chronic low back pain in primary case: A prospective study, BMJ, 1999; 318: 1662-7. 

Von Korff M et al., Chronic spinal pain and physical-mental comorbidity in the United States: Results from the national comorbidity survey replication, Pain, 2005; 1 13: 331-9.

Waddell G. The Back Pain Revolution. Edinburgh: Churchill Livingstone; 2004: pp 76-7. 

Webb R et al., Prevalence and predictors of intense, chronic, and disabling neck and back pain in the UK general population, Spine, 2003; 28: 1 195-1202. 

The BackLetter 20(4): 37, 44-45, 2005. 


(加茂)

つまり腰痛は脊椎疾患ではないのです。脊椎疾患でないものを脊椎専門医が診るという矛盾があります。痛む腰に背骨が通っているというだけのことなのです。本態は筋筋膜性疼痛です。

加茂整形外科医院