脊椎治療に対する合併疾患の影響:患者と医師のジレンマ

The Impact of Comorbidities on Spine Care: A Dilemma for Patients and Physicians 


複数の合併疾患を有する患者は脊椎手術を避けるべきなのだろうか。この問題に簡単な答えはない。しかし、複数の合併疾患がある疼痛疾患を有する患者は、手術または特別な脊椎治療を受ければ自分が完全に健康な状態に戻れるという見方を避けるべきである。

Dartmouth Medical SchoolのJames Slover博士らが、34,O00例以上の患者を対象に最近行った研究は、複数の合併疾患を有する患者は脊椎手術のアウトカムが著しく悪いことを示唆している(Slover et al.,2004を参照)。

心理的苦痛、補償問題、肥満、喫煙、脊椎以外の疼痛、およびその他の問題の重圧にさらされている患者は、それらの問題がない患者よりも、初回評価時の健康状態が著しく悪かった。そして、複数の合併疾患を有した一部の患者は手術前には修復可能な脊椎の障害と考えられたが、脊椎手術は総合的な健康状態にはごくわずかな影響しか及ぼさなかった。

“合併疾患はアウトカムの重要な交絡因子であり、患者が脊椎外科医を受診する経緯や患者の脊椎手術に対する反応に影響を及ぼします。これらの合併疾患が動機付け、総合的な健康状態、および機能的なアウトカムに影響するのです”と、研究の共著者であるDartmouth-Hitchcock Medical Centerの脊椎センターの脊椎外科医、William A. Abdu博十は述べている。

“複数の合併疾患を有する患者が診察を受けに来たとき、脊椎の小手術によって彼らの健康を回復させることはできないでしょう。脊椎の問題には手術によって対処できます。しかし他のすべての交絡因子が、健康の回復を阻害し、手術からの順調な回復を妨げる可能性があります。患者と医師は、治療方針を決定し外科治療の目標を設定する際に、これらの因子を考慮に入れなければなりません”と、Abdu博士は提言する。

これは決して些細な問題ではない。地域住民を対象にした最近の研究では、慢性腰痛を有する人々の人多数に合併疾患があると示唆されている(Von Korff et al.,2005を参照)。多くの人には複数の合併疾患があるため、脊椎手術による改善には限界がある。

このことは、患者と医師が手術による改善の可能性と、リスク、不確実性および費用とのバランスをどのように取るべきかという、差し迫った問題を提起する。

インフォームド・チョイス

脊椎外科医は従来、医学的知識と訓練、そして過去に同様の患者を治療した経験に基づいて、担当患者に関する利害得失の判断を行ってきた。

しかしDartmouthの研究者らは、手術の適応となり得る患者が患者自身の期待度とリスクの許容度に基づいて自ら判断を行う“インフォームド・チョイス”を強力に支持している。“重要なのは我々ではなく患者による選択と評価です”と、Dartmouthの整形外科の責任者である共著者のJames N.Weinstein博士は述べている。

しかしインフォームド・チョイスが機能するのは、脊椎専門医が重要な臨床所見によって分類された治療選択肢と予後に関する正確な情報を患者に提供できる場合に限られる。Dartmouthの研究者らは、この新規研究および進行中の他の研究によって、合併疾患の影響に関する信頼性の高いデータを患者に提供し、患者が脊椎治療に関して、より信頼性の高い確実な判断ができるようになることを願っている。

34,017例の患者を対象にした研究

Sloverと共同研究者らは、脊椎治療のためにNational Spine Networkのクリニックを受診した34,Ooo例以上の患者における、合併疾患の影響に関するプロスペクテイブ研究を行った。National Spine Networkは、全米に広がった著名な脊椎手術センターのグループである。

被験者の平均年齢は49歳であった。およそ半数が女性であり、43.3%が高卒以下であり、53%が就労中であり、10.4%が何らかの種類の補償を受けていた。半数以上の、患者が喫煙者であった。

大多数の被験者は特定の診断を下されていた。約20%が椎間板ヘルニアであった。およそ34%が脊柱管狭窄または脊椎症であった。約7%が“捻挫”、および約4%が脊椎すべり症であった。約10%が、病因不明の慢性疼痛を有した。約4分の3の患者が腰椎の主訴を有した。

合併疾患に関するベースラインデータ

研究者らは、研究集団全体の合併疾患のべースラインデータを入手し、集団全体のべースラインの健康状態、および3,482例の患者サブグループの1年後の手術アウトカムに対するこれらの因子の影響を分析した。Slover博士らは、患者の健康状態および機能的状態を、SF-36問診
票のphysical component summary (PCS)スコア(一般的な健康状態の調査)およびOswestry活動障害度指標(ODI)の修正版(脊椎に関する調査)、ならびにその他の指標を用いて評価した。

深刻な結果

結果は深刻であった。複数の合併疾患を有した患者は、合併症の少ない疼痛患者よりも、べースラインにおける疾患による重圧がはるかに大きかった。

一般的にいうと、一般集団のSF-36の平均PCSは50である。言い換えれば、50は身体的な健康状態が“正常”であることと定義される。スコア(0〜100の尺度)が高いことは身体的な健康状態が良好であることを示し、スコアが低いことは健康状態が悪いことを示している。

腰痛のためNational Spine Networkクリニックを受診した患者は、身体的な健康状態が正常とはとても言えなかった。合併疾患のない被験者のべースラインのPCSスコアは33.3であり、一般集団の正常スコアより16ポイント以上低かった。

これは、腰痛のため専門クリニックを受診する患者は通常、心疾患、癌、または狼瘡(lupus)の患者よりもべースラインの健康状態が悪いことを示した、Dartmouth研究グループによる他の研究の結果と一致する(Fanuele et al.,2000を参照)。

新規研究では、被験者の健康状態は合併疾患の数によって異なった。“合併疾患の数が増えるにつれ、平均[PCSスコア]は低下しました。合併疾患の数がO〜5の範囲で、べースラインのPcsスコアは33.3[合併疾患のない患者]から26[5つの合併疾患のある患者]まで低下しました”と、Slover博士は、最近の米国整形外科医学会で報告した。ODIスコアについても同様のパター
ンがみられた。両方の調査において、統計学的に有意な知見が得られた。

手術患者のアウトカム

3,482例の患者が様々な術式の手術を受けた。合併疾患が術後のアウトカムに大きな影響を及ぼすようであった。合併疾患の数が増えるにつれて手術のアウトカムのスコアは、急激に、直線的に低下した。

1年後の経過観察で、合併疾患のない手術患者のPCSスコアは平均8ポイント改善したが、5つの合併疾患を有した患者ではわずか3.6ポイントの改善であった。

この研究によると、“合併疾患のない群における手術後のODIスコアの改善は(0〜100の尺度で)平均13.7ポイントであり、5つの合併疾患を有した群では9ポイントの改善であった”。すべての差は統計学的に有意であった。

どの合併疾患が最も重要なのか?

研究者らは個々の合併疾患の影響を評価するため、線形回帰分析を行った。“心理社会的な合併疾患が、医学的合併疾患よりも大きな影響を与えるようでした”と、Slover博士は研究発表の際にコメントした。

総合的に最も大きな負の影響を及ぼした合併疾患および因子は、自己評価した健康状態不良、損害賠償請求中、うつ病、頭痛、低い教育レベル、および喫煙であった。

診断または治療レベルにかかわらず、一般的な健康状態の調査または腰痛に限定した調査のいずれを用いた場合にも、合併疾患は概ね同様の影響を及ぼすようであった。手術患者の場合、合併疾患は、椎間板ヘルニアの患者および脊柱管狭窄または脊椎症の患者に対して同様のパターンを示した。

評価手段の選択

本研究から学ぴ取るべき重要なメッセージは、脊椎専門医は、様々な健康状態や社会的状態、合併疾患および交絡因子の影響を評価する必要があるということである。これは、決められたインタビュー、一般的な健康状態の問診票、および/または腰痛に限定した評価手段を用いた数通りの方法で達成することができる。

Abdu博士は、評価方法の具体的選択は、評価の幅の広さよりも重要性が低いと示唆している。“多様な合併疾患および健康状態に関するデータを集めなければなりません”と、博士は助言する。

Dartmouth-Hitchcock Spine Centerでは、患者が医師の診察を受ける前に、コンピュータのタッチパネルを用いた広範囲にわたる評価の問診票に約30分かけて回答する。評価フォームには、SF-36およびODIの質問だけでなく、患者の腰痛、機能的状態、就労問題、個人的特性、合併疾患、期待、および治療目標に関する詳細な情報が含まれる。Spine Centerのコンピュータシステ
ムに結果を直ちに入力した後、患者と共に再検討し、確立された標準値と比較する。治療にあたる医師と患者は初診時からの結果の要約をみることができる。記録はその後、来院する度に更新される(Nelson et al.,2003を参照)。

研究との重要な関係

合併疾患の影響に対する認識の高まりは、研究とも重要な関係がある。

臨床試験では多くの場合、比較的健康な集団、すなわち脊椎疾患のみを有し交絡因子の数が少ない患者を対象に、脊椎治療の安全性と有効性を検討してきた。

しかし、ほとんどの患者には合併疾患があるため、厳しい条件をつけて選択された患者の群における脊椎治療の結果は、専門病院で脊椎治療を受けようとする典型的な患者には当てはまらない可能性がある。

無作為対照比較試験およびコホート研究では、多様な合併疾患を有する患者を受け入れるために、より幅広い選択基準を採用し始めている。Abdu博士は、Dartmouthにおいて現在進行中のSpine Patient Outcomes Research Trial (SPORT) (これには多様な脊椎疾患および健康状態を有する患者に対する手術と保存療法を比較する3つの多施設共同無作為試験が含まれる)で、重要な合併疾患によって分類された治療アウトカムに関する貴重なデータが得られることを期待している(Birkmeyer et al.,2002を参照)。

費用対効果はどうなのか?

そしてもちろん、主要な脊椎治療の利害得失の正確な定量に関心を抱いているのは、患者と医師だけではない。それらの治療費を支払う保険会社にとってもこれらの問題は重大な関心事である。

Weinstein博士は最近、大手の保険会社は“成績に基づく支払い”に一層熱心になっており、これまで不足していた、すべての主要な脊椎治療の費用対効果に関する証拠を要求していると指摘した。

もし合併疾患が脊椎手術のアウトカムに実質的な影響を及ぼすなら、それらは費用対効果にも影響するだろう。したがって、費用対効果の研究の結果を、合併疾患およびその他の交絡因子によって層別化することも必要である。

幸いにも、研究者らはすでに、SPORTプロジェクトのような重要な臨床試験に、精巧な費用対効果分析を組み込んでいる。したがって、患者、医師、および保険会社は近い将来、主要な脊椎手術の利点に関する、より正確な情報を手に入れるだろう。

参考文献:

Birkneyer NJ et al., Design of the Spine Patient Outcomes Research Trial (SPORT), Spine, 
2002; 27: 1361-72. 

Fanuele JC et al.. The impact of spinal problems on the health status of patients: Have we underestimated the effect? Spine, 2000; 25: 1509-14. 

Nelson EC et al., Microsystems in healthcare part II: Creating a rich information environment, Joint Commission Journal on Safety and Quality, 2003; 29(1): 5-11 ; http://64.233. 187. 104/search?q= cache:Cp59flFTYbl J:www.clinicalmicrosystem.org/images/PDF%2520Files/ 
JQIPart2.pdf+weinstein+microsys-tems&hl=en&ie=UTF-8. 

Slover J et al., An analysis of the effect of comorbidities on functional outcome scores, presented at the annual meeting of the American Academy of Orthopaedic Surgeons, Washington, DC, 2004; as yet unpublished. 

Von Korff M et al., Chronic spinal pain and physical-mental comorbidity in the United States: Results from the national comorbidity survey replication, Pain, 2005; 1 13: 331-9. 

The BackLetter 20(5): 49, 55-57, 2005. 


(加茂)

大多数の被験者は特定の診断を下されていた。約20%が椎間板ヘルニアであった。およそ34%が脊柱管狭窄または脊椎症であった。約7%が“捻挫”、および約4%が脊椎すべり症であった。約10%が、病因不明の慢性疼痛を有した。約4分の3の患者が腰椎の主訴を有した。

研究者らは個々の合併疾患の影 響を評価するため、線形回帰分析 を行った。“心理社会的な合併疾患が、医学的合併疾患よりも大きな 影響を与えるようでした”と、 Slover博士は研究発表の際にコメン トした。

総合的に最も大きな負の影響を 及ぼした合併疾患および因子は、自己評価した健康状態不良、損害 賠償請求中、うつ病、頭痛、低い 教育レベル、および喫煙であった。

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腰痛や下肢痛を脊椎疾患と断定しているところが痛い!痛みは特異的な疾患(悪性腫瘍、感染症、骨折など)を除いては脊椎疾患ではない。心理・社会的なことが原因となった筋筋膜性疼痛症候群とみるべきだ。

私は低い教育レベルは関係ないと思うが、「自己評価した健康状態不良、損害賠償請求中、うつ病、頭痛、および喫煙、」これらはストレス状態がより深いことを示している。つまり、腰痛も含めてより心理・社会的問題が困難であるということである。

日本では低い教育レベルではなく、頑張り屋、過剰適応が関係あるように思う。

加茂整形外科医院