「腰痛の保存療法」ー画像診断によるヘルニアの自然経過

高橋和久(千葉大学大学院医学研究院整形外科学)

日整会誌31巻1号(2006)


はじめに

腰椎椎間板ヘルニアは腰痛・下肢痛を来す代表的疾患であるが、MRIの出現によりヘルニアの描出が非侵襲的に可能となり、その病態、予後などが明らかとなってきた。今回、腰椎椎間板ヘルニア自然経過について、現在知られている臨床的知見のまとめ、下肢症状発生メカニズムに関する基礎的研究、さらに椎間板性疼痛に関する基礎的研究について概説する。

腰椎椎間板ヘルニアに関する臨床的知見

1991年、教室の神川は第531回整形外科集談会東京地方会において「経過観察中に消失した腰椎椎間板ヘルニアの2例」という発表を行った。2例とも前医にて脊髄造影および造影後CTが行われ、ヘルニアが確認されていた患者であったが、入院後、再度の脊髄造影にてヘルニアは描出できなかった。Bushは保存的に治療した84人の患者のうち64人76%)でヘルニアの縮小を認め、このうち、52人(62%)が部分的縮小、12人(14%)が完全縮小を示したと報告した。東村は遊離脱出型ヘルニアの摘出標本の免疫組織学的検討にて、脱出髄核の表面と周囲結合織にマクロファージやT細胞を認めたと報告している。小森はMRI上でMigration typeのヘルニアの78%に縮小を認めたと報告した。長谷川は脱出型ヘルニア標本の58%でヘルニア塊周辺に炎症性変化を主体とした被膜形成がみられたとした。さらに、Ozakiはヘルニア摘出塊64標本のうち、47標本(73%)に新生小血管を伴う被膜組織を認め、新生血管は脱出ヘルニアにて多くみられたと報告した。村田は、脱出髄核が後根神経節に接すると後根神経節表面に半月状の炎症反応を生じるが、これは主にTNFα (tumor necrosis factor α)によるアポトーシスによるものであるとした。

図1は経時的にヘルニア縮小を認めた30歳女性のガドリニウム造影MRI所見である。ヘルニア塊周辺がガドリニウムにて造影されており、血管の増生が生じていることを示唆している。

以上より、髄核が線維輪外層を破ると炎症性サイトカインであるTNFαなどが出現し、周辺に炎症を惹起する。これらの炎症により線維輪周辺の脊椎洞神経が刺激されると腰痛が生じ、神経根が刺激されると下肢痛が生じると考えられる。また、ヘルニア塊周辺に炎症性変化を主体とした新生小血管を伴う被膜形成がみられ、マクロファージやT細胞が出現し、これらの働きにより、70%から80%のヘルニア塊が縮小する。自然縮小するヘルニアの特徴は、大きなヘルニア塊、遊離脱出型ヘルニア、MRIでリング状に造影されるヘルニアなどである。また、通常MRI上では3〜6ヵ月で縮小がみられるが、臨床症状の改善は縮小よりも速やかである。

下肢症状発生に関する基礎的研究結果

1990年、Bodenは腰痛、坐骨神経痛や間欠破行の既往のない61例の1/3にMRI上の異常を認め、60歳以下の群では20%にヘルニアをみたと報告した。

1988年、高田は腰椎椎間板ヘルニアの症例の脊髄造影後CTにて馬尾の腫大を28例中17例に認めた。腫大を示した例はすべて強い坐骨神経痛を訴えており、除圧手術によりこれらの腫大は正常化した。一方、スウェーデンのOlmarkerは、豚の馬尾に対してプラスチック板とバルーンを用いた圧迫実験を行った結果、馬尾に浮腫の形成がみられたと報告した。豊根は腰椎椎間板ヘルニア25例中13例の障害神経根がガドリニウムにより造影され、造影と坐骨神経痛の強さとが相関しており、血液神経関門の破綻が生じている可能性を示唆した。すなわち、椎間板ヘルニアにより圧迫された神経根には、炎症性サイトカインによる神経根炎が惹起され、下肢痛を生ずると考えられ、このような炎症が生じているかいないかにより、ヘルニアが症候性となるか否かが決まると考えられる。

椎間板性疼痛に関する基礎的研究結果

1970年、篠原は腰椎前方除圧固定術の際に得た、変性椎間板の線維輪に神経線維が深く進入していることを示した。

その後、高橋は、あらかじめ色素を静注したラットのL5-L6椎間板に発痛物質であるカプサイシンを注入した結果、L2の皮膚節であるそ鼡径部に色素の漏出を認めた。森永はラットのL5-L6椎間板においた神経トレーサーがL2後根神経節に集まることを示し、椎間板性疼痛がL2脊髄神経を介して伝達される可能性があると報告した。

中村は椎間板性疼痛の伝達経路と交感神経幹との関係を想定し、ラットにて交感神経幹の切除を行った。交感神経切除にて椎間板後方の神経の染色性の低下がみられ、椎間板後方の神経線維が交感神経幹を通過している可能性が示唆された。

大鳥は椎間板後方線維輪の神経支配を調べるために、ラット椎間板の前方から21ゲージの針を刺入し、針先に神経トレーサーであるFluoro-Goldをつめた。針先は線維輪外層を穿刺する直前に止めるようにした。この結果、椎間板の後方線維輪は脊椎洞神経と交感神経の二重支配を受けていると考えられた。

黒川は複数の神経トレーサーを用いて椎間板の神経支配を調べた。その結果、1つの神経細胞が複数の椎間板を神経支配していることが示された。臨床的に患者が椎間板性の疼痛の発痛源を特定できないことの裏付けとなる知見と考えられる。

井上はラットの椎間板を前方から針で穿刺し、髄核を線維輸表面に接触させたモデルと、表面をスクラッチしただけのモデルで、その椎間板を支配する神経細胞の性質を評価した。すなわち、当該椎間板を支配する神経であることは神経トレーサーであるFluoro-Goldにて確認し、後根神経節内でのFluoro-Gold標識細胞について、神経損傷のマー力ーであるATF3、軸索成長のマーカーであるGAP43の標識を調べた。この結果、髄核が線維輪外側に接触すると神経損傷が生じ、椎間板内に神経線維が進入する可能性が示された。椎間板ヘルニアにおける腰痛の遷延化の機序を説明する糸口になると考えられる。

図2は千葉大学整形外科における腰椎手術の変遷を示している。平成8年頃を境に、脊柱管狭窄症と椎間板ヘルニアの割合が逆転した。これは人口の高齢化による脊柱管狭窄症の増加と、椎間板ヘルニアに関する良好な自然経過が明らかとなったためと考えられる。高度の下肢麻痺や膀胱直腸障害を伴う例を除き、腰椎椎間板ヘルニアに対しては保存的治療が第一に選択されるべきと考える。


(加茂)

髄核が線維輪外層を破ると炎症性サイトカインであるTNFαなどが出現し

ということは症状のあるものは全て脱出型なのか?

高度の下肢麻痺や膀胱直腸障害を伴う例を除き、腰椎椎間板ヘルニアに対しては保存的治療が第一に選択されるべきと考える。

高度の下肢麻痺(ヘルニアによる身体障害者)のヘルニア患者を診たり聞いたりしたことがないのはなぜか?

加茂整形外科医院