腰痛患者は永久的な脊椎損傷のリスクが高い?

Are Individuals With Back Pain at Heightened Risk of Permanent Spinal Injury? 


本研究におけるいくつかの仮定には疑問の余地がある。

腰痛の最新研究に関するマスコミ報道は、マスコミが、大衆受けし興味をそそると思った情報をいかに広めるかということを示している。また、マスコミ報道がいかに偏っている場合があるかということも示している。

その最新研究は、New York Times、ABCニュース、BBCニュース、ロイター通信等のさまざまなメディアによって報道された。これら主要メディアの多くは、著者らの結論を正確に要約しており、研究方法の概略を紹介したものもあった(BBC News;O'Neil.2001;Rostler(a)および(b);ならびにWillisを参照)。

しかし、それら(われわれが確認できた分)のうち、この研究の正確な位置づけを行ったり、反対意見を1つでも紹介したりしたものは皆無であった。異義を差しはさむことなく、この研究と著者らの解釈が、あたかもそれらが本当に真実であるかのように紹介された。

問題になっている研究を軽視するわけではないが、このような報道の仕方は公共の利益に反する。新しい考え方が、バランスの取れた疑り深い態度で批判的に検討されてこそ、科学的研究が前進するのである。科学的研究の内容または方法に関係なく、どんな科学的研究をも労せずして評価を受けることはできない。何事にも別の側面がある。

医学研究では、疑い深い見方がほとんどの場合正しいことを理解しておくことも、極めて重要である。

この研究に関する報道は、いつものパターン通りである。来週か来月になれば、同じマスコミが、科学的知識の全体像には関係なく、別の研究を画期的発見だと報道するだろう。読者は当惑し、どうして腰痛に関する科学的エビデンスはこれほどわかり難く相矛盾するのかと不思議に思うだろう。

最新研究の大胆な結論

腰痛患者は筋肉の使い方を変えて腰を守ろうとすると、最新研究は主張している。William Mamas博士らによれば、こうすることによって脊椎への負荷が著しく増大し、“再損傷”のリスクが増大するという(Marras et al.,2001を参照)。

BBCのホームページに掲載されているように、“患者は腰部損傷がなかなか回復しないことに気づくだろうが、それは患者が身体を曲げたり物を持ち上げたりするのに不適切な筋肉を使い始めるためだと、最新研究は示唆している。その結果、やがては脊柱まで損傷することになり、短期的な筋肉損傷が長期的な問題に変化する可能性がある”(BBCニュースを参照)。

ロイター通信社は、同じテーマを違った形で報道した。“腰部損傷患者が痛みのある背筋を使わないようにしていると、かえって痛みが悪化する可能性がある。腹筋を含むその他の筋がかばう働きをしてねじれることによって、脊椎には一層大きな圧力がかかり、椎間板損傷につながる”とReuters Healthは述べている(Rostler [a]を参照)。

センセーショナルな意味

Ohio State Universityの広報センターが行ったプレスリリースはさらに先を行った。“この知見は、新しい形の理学療法と、職場での肉体労働に関する新しい安全性基準を示している。この研究は、重症の腰部損傷の発現率に影響を皮ぼす可能性があり、毎年これらの損傷が原因で発生している何百万ドルもの医療費と欠勤日数を減らせるかもしれない”(0hio State Universityを参照)。

Marras博士は同じプレスリリースで、腰部損傷患者が無事に完全復帰を果たすには、その前に腰の使い方をもう一度学ぶ必要があると示唆した。そして、労働者は腰痛エピソード後の作業方法について細心の注意を払わなければならないことも付け加えた。

“身体から離れた位置にある物を持ち上げるために身体を曲げることや、床に置いてある物を持ち上げることなど、健康な人ならそれほど大きな問題もなく時々行ういくつかの動作がある。それらは、損傷患者が絶対に行ってはならない種類の動作である”とMarras博士は述べている。

Marras博士は、米国の職業安全衛生管理局(0SHA)が、腰痛から回復中の労働者の管理に関するもっと厳しいガイドラインを作成するよう、プレスリリースで提言している。“腰部損傷後、人々を仕事に復帰させてよいが、仕事の内容については細心の注意を払わなければならない”。

強引すぎる結論?

これらは、研究上の一定の条件下でほんの2時間、脊椎に負荷をかけた44例の被験者に関する研究に基づく強引な結論である。被験者のうち腰痛患者は22例しかいなかった。この研究の一般化は大幅に制限される。結論は、疑問の余地がある多数の仮定に基づいている。

これは確かに興味深い研究であり、著者らは研究結果について考えられうる1つの解釈を提供している。しかし、国の腰痛ガイドラインを改訂して、腰痛エピソード後に通常の活動に戻る際に細心の注意を払うことを推奨するより先に、この研究に関連する仮説をもっと厳密に検証する必要があるだろう。

被験者44例の研究

Marras博士らは、“筋肉が痛みの発生源の疑いのある”腰痛患者22例と、無症状のボランティア22名を研究対象にした。腰椎運動のモニターを使って被験者の腰部障害の程度を評価した。その後、筋電図(EMG)を補助に用いたモデルによって、体幹筋の活動、体幹の運動学や動作学および脊椎への負荷を調べた。

被験者は、ある一定の条件下で、制御された多数の動的運動を行った。著者らのモデルによると、“腰痛患者は無症状の群よりも、制御された運動中の脊椎圧追が26%大きく、側方への剪断変形が75%大きかった"。

著者らによると、脊椎負荷の増加は筋肉の共同活性化(Coactivation)によって生じていた。“腰痛患者は、必要とされるよりも多くの筋を用いることによって損傷部位を防御している。彼らがより多くの筋肉を使うほど、脊椎により大きな負荷がかかる”とMarras博士はプレスリリースで述べている。

Marras博士らによると、腰痛患者は対照群よりも体重が重かったが、このことが負荷作用を増大させた。“筋肉の共同活性化の増大と肥満度の増大の結果、腰痛患者の脊椎への負荷が増し、低い位置にある物を持ち上げる際にはとくにそれが顕著であった”。

障害と共同活性化

(脊椎運動モニターによって評価した)障害が重い患者は、脊椎障害が比較的軽い患者よりも、筋肉の共同活性化が大きく、脊椎負荷が大きいように思われた。

腰痛患者は、要求された課題を実施するのにより長い時間がかかっており、Marras博士は、これは潜在的な害を強めるだけだと考えている。“ゆっくり動くと、脊椎が余分な力に耐えなければならない時間が一層長くなるだけである”と、Marras博士はプレスリリースで述べている。

腰痛患者は概して、姿勢を調節して脊椎にかかるストレスを最小限に抑えようとしていたが、“これらの代償作用によっても、共同活性化(防御:guarding)および腰痛患者に典型的な肥満からくる負荷の増大は相殺されなかった”とMarras博士は述べている。

悲観的見解

著者らは、'実験モデルで示唆された脊椎への負荷について、悲観的な見方をしている。Marras博士らによると、“腰痛に伴う脊椎へめ負荷の増大が、脊椎の変性を加速する可能性がある。プレスリリースで述べているように、“長時間、脊椎により大きな負荷がかかることが、椎間板変性のような、手術を必要とする重篤な腰部損傷につながる”。

Marras博士らは、腰痛が治りかけている患者は筋肉組織の不適切な使用を克服するために、腰の使い方を“学び直す”必要があると示唆している。プレスリリースによると、“この研究は、減量と組み合わせた新しいリハビリテーション方法と職場の再設計によって、腰部損傷を繰り」返す可能性を小さ,くできるかもしれないと示唆している”。

疑わしい仮定?

前述のように、本研究におけるいくつかの仮定には疑問が残る。メディアがもっとバランスのとれた報道を提供したいと考えたなら、検討したであろう問題点がいくつかある。たとえば、実験施設での研究における被験者の行動は、現実世界における腰痛患者の行動と同じなのだろうか。言い換えると、実験に参加した被験者は、作業現場でも生体力学研究所での2時間の実験の時と同じように、筋肉や脊椎を使う、のだろうか?

一般化についてはどうだろう。毎年、一般集団の約50%の人が腰痛エピソードを経験している。米国における腰痛患者の総数は、毎年1億人を超えている。たった1人の整形外科医の診療所から募集した22名の患者の行動は、他の腰痛患者を代表しているのだろうか。著者らが示唆しているように、政府関係機関は、これらの被験者の知見に基づいて職場での規制を変更すべきなのだろうか。

もう1つの問題は、筋肉の防御の原因に関係する。本研究の腰痛患者で観察された筋肉活性化のパターンは、その背景にある腰部疾患から生じているのではないだろうか。それとも、被験者の腰痛に対する考え方から生じた可能性もあるのではないだろうか。それは、被験者の治療内容を反映しているのではないだろうか。なぜ痛みのある患者は身体の使い方が異常なのか、それには多くの理由が考えられる。

研究のプロトコールにおける仮定は妥当なのだろうか。Marras博士らは、この種の研究に先立つ標準手順である筋電図検査手順のキャリブレーションのために、腰痛患者に最大限の筋肉の力を使うよう要求しなかった。

ほとんどの腰痛患者は、症状が悪化するのを恐れて最大限の力を出すことを嫌がる。これを避けるため、研究者らは腰痛患者に最大以下の力を出させ、そこから推定した。すなわち研究者らは腰痛患者の最大限の力を中等度の力から推定したのである。このことによって、これらの知見の妥当性が損なわれた可能性がある。

著者らは、彼らがこの方法の妥当性を証明すると考える小規模研究を引用している。しかし、痛みのある個々の患者の筋肉の潜在能力を推定する際には、不正確になる可能性をはらんでいると多くの研究者は考えている。

損傷に関する仮説

最後に、本研究では被験者の長期にわたる追跡調査を行っていない。したがって、本研究において観察された筋肉の防御および脊椎負荷パターンのために、腰痛患者は脊椎の変性、損傷および再損傷が起こりやすくなるという意見は仮説に過ぎない。

たとえ本研究で報告された程度の、筋肉の防御および脊椎への負荷が発生するとしても、実際的な意味はまったくないのかもしれない。これらは短期的現象かもしれず、脊椎の健康状態に対する無数の影響の中でそれとわかるほどの影響はないのかもしれない。脊椎は非常に強力な適応性のある構造をしている。

最後に本研究は、腰痛の“損傷モデル”、すなわち日常的な腰痛は個々の損傷が原因であるという概念と複雑に絡み合っている。多くの研究者は、損傷モデル自体が欠陥のある時代遅れの考え方だと信じている。

ほとんどの腰痛は、特定の損傷組織に原因があるわけではない。概して腰痛患者に明白な外傷の前歴はない。本研究の被験者が“筋肉が発生源の疑いのある”痛みを有していたことに留意しなければならない。すなわち、痛みの発生源を正確に診断することはできなかったのである。

多くの観察者は腰痛を分類する際に、“損傷”という用語よりも“疾患”という用語を好む。これはインパクトは弱いが、より正確な用語である。

本研究の報道で使われた“損傷”という言葉を“疾患”に置き換えると、知見の与える印象はぐんと弱くなるだろう。“腰痛患者には再発性疾患のリスクがある”という見出しだったとしたら、“腰痛患者には永久的な脊椎損傷のリスクがある”と同じだけの迫力はなかっただろう。

より多くのエビデンス

これらの知見によって、腰痛エピソード後の通常活動や仕事の再開の遅れを正当化したり、または政府による規制を正当化したりする前に、これらの知見を、さまざまな集団において再現し妥当性を証明する必要があるだろう。

腰痛エピソードが、長期のエピソードであればなおさら、患者の脊椎の変性と構造的な損傷を加速させる原因になるという、仮説を裏付ける疫学論文はわずかしかない。

Marras博士らが推奨した対策(人間工学的制限、筋肉の活性化パターンの修正、体重の減量)が、実際に効果があると証明することが重要であろう。

最近行われた文献調査では、人間工学的対策によって、腰痛または腰痛による活動障害の有病率が低下することを示した、綿密に計画された研究は1つも見出されなかった(Lintonおよびvan Tulder,2001を参照)。減量することによって腰痛を軽減したり脊椎変性の進行を遅らせたりできるという、綿密に計画された研究で得られたエビデンスはない。同様に、腰痛患者が背筋を活性化する方法を変えることが治療に有効だという、質の高い研究から得られたエビデンスもほとんどない。

メディア・ソース 要点 反対意見の紹介
New York Times:
“予防:さらなる腰痛を回避するための最新のアドバイス"John O'Neil(本記事末尾の参考文献)
“腰痛患者は筋肉の使い方を変えることによって腰を守ろうとするが、そうすることで実際には再損傷のリスクが増大すると、Ohio State Universityで実施された研究は報告している。" なし
ACBニュース:
“使いすぎと使わなさすぎ
痛みのある背筋を使わないようにすると、疾患が悪化する可能性がある"Melinda T.Willis(本記事末尾の参考)
“足が痛いとき、あなたは足を引きずり、他の筋肉を使って、痛みを避け更なる損傷を予防しようとする。しかし腰の損傷の場合には、同じ種類の代償作用によって、実際には再び負傷しやすくなるかもしれない。" なし
BBCニュース:
“腰痛の克服が難しい理由"筆者名の記載なし
(本記事末尾の参考文献)
“患者は腰部損傷がなかなか回復しないことに気づくだろうが、それは患者が身体を曲げたり物を持ち上げたりするのに不適切な筋肉を使い始めるためだと、最新研究は示唆している。その結果、やがては脊柱まで損傷することになり、短期的な筋肉損傷が長期的な問題に変化する可能性がある。" なし
Reuters Health:
“脊椎にかかる負荷の増大が、第2の腰部損傷を引き起こす可能性がある "Suzame Rostler(本記事末尾の参考文献[a])
“腰部損傷患者が痛みのある背筋を使わないようにしていると、かえって痛みが悪化する可能性がある。腹筋を含むその他の筋がかばう働きをしてねじれることによって、脊椎には一層大きな圧力がかかり、椎間板損傷につながる。" なし
Reuters Health:
“減量と理学療法が腰痛に効く可能性がある"
Suzanne Rostler(本記事末尾の参考文献[b])
“本研究の結果は、腰痛患者が減量を行う必要性を強調しており、ある種の腰部損傷に対する理学療法は、背筋の適切な使い方を患者に教えることを目標にするよう示唆していると著者らは述べている。…さらに、職場では、物を持ち上げる仕事に携わる従業員の腰痛を軽減するのに役立つような、単純な修正を行うことができる。" なし
Ohio State University:
“画期的研究により、再発を繰り返す腰部損傷の背後にある理由が明らかになる"筆者名の記載なし(本記事末尾の参考文献)
“この種のものとしては最初の研究において、Ohio State Universityの研究者らは、再発を繰り返す腰部損傷における重要因子を見出したと考えている。それは、傷ついた筋を使わないようにするというわれわれの自然な傾向である。この知見は、新しい形の理学療法と、職場での肉体労働に関する新しい安全性基準を示している。この研究は、重症の腰部損傷の発現率に影響を及ぼす可能性があり、毎年これらの損傷が原因で発生している何百万ドルもの医療費と欠勤日数を減らせるかもしれない。"

なし

参考文献:

BBC News, Why back p,ain is h.ard to beat, new s , bbc .co.uk/hi/engl ish/health/ newsid_1689000/1689222.stm. 

Linton SJ and van Tulder MW, Preventive interventions for back and neck pain problems: What is the evidence?, Spine, 2001 ; 26(7):778-87. 

Marras W et al., Spine loading characteristics of patients with low back pain compared with asymptomatic individuals, Spine, 2001 ; 26:2566-74. 

Ohio State University, Landmark study uncovers reasons behind recurring back  injury, www.newswise.com/articles/ 2001 / 12/BACKEMG. OS U .html.

O'Neil J, Prevention: New advice to avoid more back pain, December 4, 200 1 ; see  www.nytimes.com/2001/12/04/health/ anatomy/04PREV.html . 

Rostler S (a), Increased spinal loading may cause secondary back injuries, Reuters Health Information, www.reutershealth.com/cgi-bin/signio/archive/2001/12/ 07/prof.../200 1 1207clin018.htm.

Rostler S (b), Weight loss, physical therapy can help back pain, Reuters Health Information www.reutersheaith.com/archivel200 1 /12/05/eline/links/20011 205eli n007 . html.

Willis MT, Overuse disuse: Avoiding sore back muscles can make situation worse, ABC News,more.abcnews.go.com/sections/ living/dailynews/back_pain011204.htm. 

The BackLetter 17(1): 1 , 8- 10, 2002.

加茂整形外科医院