プライマリケアにおける身体症状とうつ

上島国利先生(昭和大学医学部精神科教授)

村上正人先生(日本大学板橋病院心療内科科長/日本大学医学部内科学講座内科ー講師)

Nikkei Medical 2003年11月号77


うつを見逃さないためには

上島:心療内科では抑うつを訴える患者さんは多いのでしょうか。

村上:患者さんご自身が抑うつを訴えて受診してくることは、あまりありません。多くの場合、精神症状は目立たず、様々な身体症状が前面に出てくるという、精神科では軽症うつ病mild depressionに分類されるものが多いですね。内科系の診療で特に問題がないと診断されて心療内科を紹介されるケースが多いです。実際、当科では、身体症状を主訴とする患者さんで背景にうつを認める方は6割程です。

上島:先生はそういった患者さん達に仮面うつ病masked depressionという診断をされますか。

村上:内科では仮面うつ病という概念を使いますが、最近は精神科の先生方と情報交換をさせていただく機会が増えていますのでうつ病という表現をしていますし、うつ病の表面にでてくる身体症状については別の診断名をつけています。例えば頭痛あるいは緊張型頭痛、過敏性腸症候群、過換気症候群など身体に現れてくる症状を診断し、その背景にうつがあるという評価をしています。

上島:うつ病は精神症状を主とする疾患で、憂うつ感や意欲減退が主症状ですが、同時に身体症状が認められることが多く、患者さんが一般の臨床医の治療を受けることが多いですね。身体症状が認められるため一般的な検査が行われますが、特に異常も認められず「気のせい」であるということで、うつ病が見過ごされるケースも少なくないと思います。心療内科を受診される患者さんのうち、身体疾患にうつ病を伴っている患者さんはどのような身体症状を訴えることが多いのでしょうか。

村上:臨床各科から紹介されて心療内科を受診される忠者さんは、様々な症状を訴えるケースが多く、特定の身体症状を挙げることは困難です。例えば耳鼻科からはめまい、神経内科からは頭痛、消化器内科からは胃腸症状を抱えた忠者さんが紹介されてきます。そして、多くの患者さんは自分が一番苦痛に思う症状に見合う科を受診しているだけで、話を聞くと、同時にいろいろな症状を抱えているのが特徴です。

上島:身体症状や様々な痛みを訴えてくる患者さんに隠れているうつを診断しなければいけないのですね。

村上:うつ病の思者さんには内科疾思の心理的要因にうつが関わっている患者さんと、最初からうつの症状があって身体疾患を訴えてくる患者さんがいます。うつを見逃してはいけないのが、一般内科の先生方が診られる内科疾患にうつが関わってくる忠者さんです。気管支喘息、糖尿病、高血圧などの一般的内科疾患が基礎にあって、その発症あるいは経過に心的因子が加わって病態が複雑になり、ガイドラインに沿った治療によっても効果がみられない場合があると思います。そういった場合は不安やうつといった心理的な状態が背景にあることが多いのです。私は呼吸器疾患の患者さんも診療していますが、気管支喘息の患者さんに典型的にみられます。

上島:うつを伴いやすい疾患にはどのようなものがありますか。

村上:糖尿病、高血圧、がん、人工透析などのQOLが低下するような難治性の慢性疾患を長い間抱えていくうちに、うつといった状態が加味されてくる患者さんが多いと思います。そういった思者さんには心理的アプローチをしていかないと内科疾患の症状がなかなか軽減されてこないのです。

上島:ということは特に疾患が限られているわけではないということですね。疾患の重症度によってうつの重症度は異なるのでしょうか。

村上:難治性の疾患や徐々にQOLを落としていくような疾患、人工透析、慢性腎不全、I型糖尿病、心筋梗塞のようなリスクの高い疾患をかかえている患者さんはうつも重症化する傾向があります。慢性疾患でも無症状の高血圧の患者さんや、糖尿病でもダイエットやエクササイズだけでコントロールできるような患者さんは、あまりうつの状態はみられない傾向にあります。

プライマリーでの診断のポイント

上島:一般内科を受診する患者さんは様々な症状を訴えられるというお話ですが、その際にうつ、うつ状態が背後に隠れているか否かを的確に判断することが必要だと思います。どのような点に注意を払うべきなのでしょうか。

村上:仮面うつ病masked depressionの患者さんによくみられる身体症状には、睡眠障害(よく眠れない)、全身倦怠感(疲れやすい、だるい)、食欲不振などがあります。また、痛みでは腰痛、腹痛、肩凝りなどを訴えるケースも多いようです(表1)。検査をしても異常所見がなく、このような訴えをする患者さんの中にはうつ病、うつ状態の患者さんが含まれていることがありますので、見逃さないことが重要となります。参考までに簡易なうつ病評価法であるSDSをご紹介したいと思います。(表2)。


臨床でみられる慢性的な痛みとうつ

上島:身体症状にはいろいろありますが、患者さんが訴える多様な身体症状の中でも、痛みがなかなかとれないということがよくあります。痛みを訴えて受診する患者さんは多いともいわれていますが、うつが呈する痛みの特徴はあるのでしようか。

村上:先ほど申し上げたとおり、心療内科領域では臨床各科を経由して受診する疼痛患者さんが少なくありません。うつを伴う痛みは、多くの場合慢性疼痛の形をとります。急性疼痛は原因がはっきりしていて、鎮痛の方法も確立していますが、何ヶ月、何年も続く慢性疼痛は、客観的な原因がはっきりせず、さらに痛みが様々な因子で修飾されており、その修飾因子の一つとしてうつが大きく関係してくるようです(図1)。慢性的なストレスや心身の疲労の蓄積とともに出現する症状は、まず肩凝り、首の張り、四肢の痛みといった神経・筋肉系の症状です。局所的な筋肉痛が拡大すると背部痛、腰痛、胸痛、腹部の筋肉の痛みなど、全身に筋肉性の痛みが出現します。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、日本人で有愁訴率が最も高い症状は腰痛といわれています。しかし、その85%以上の患者さんには腰痛を説明する器質的疾患、客観的所見が認めらず、その所見と患者の愁訴とに乖離があることも多いのです。プライマリケアの現場では75%のうつ病患者が頭痛、腹痛、首や背中の痛みなど一般的な疾痛症状を訴えており、うつ病患者における慢性疼痛の割合は健康人の4倍にもなります。


抗うつ薬による治療とメカニズム

上島:うつ病、うつ状態の薬物治療については、従来から三環系・四環系抗うつ薬が使用されてきましたが、これらの薬剤は効果がある反面、副作用の問題(抗コリン作用、心機能への影響、眠気など)も多く、患者さんにとって服用しやすい薬剤の登場が待たれていました。最近、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)やSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの新しい薬剤が開発され、専門医のみならずプライマリーの先生方にも広く使用され始めています。第四世代のSNRI(ミルナシプラン)はうつの発症に深く関与している脳内モノアミンのセロトニンのみならず、ノルアドレナリンの再取り込みも阻害し、かつ他の受容体に対する親和性が弱いことから高い有効性と安全性を併せ持った薬剤として登場しました(図2)。

一方、身体症状として痛みを訴えるうつ病の患者さんに三環系抗うつ薬やSNRIのミルナシプランを使用することで、うつ症状の改善のみならず、痛みも軽減することが報告されているようですが、有効な治療法および抗うつ薬が効果を発揮するメカニズムについてお聞かせください。

村上:まず治療法についてですが、鎮痛剤やステロイド剤が使用されているケースもありますが、あまり効果がない印象です。それに対し、アミトリプチリン、クロミプラミン、イミプラミンなどの古典的な三環系抗うつ薬(TCA)が比較的効果があります。注目すべき点は、TCA投与によってうつ症状とは独立して痛みが改善するという報告がかなりあることです。即ち、抗うつ薬による痛みの改善の神経化学的機序として、一般的鎮痛剤とは異なる作用点が存在する可能性があるということになります。その一つとして、セロトニンやノルアドレナリンが多く存在する脳幹部から脊髄への下行性痛覚抑制系に対する作用があります。つまり、モノアミン(セロトニン、ノルアドレナリン)の枯渇により痛みの閾値が低下し、痛みに過敏になっている状態が、セロトニン、ノルアドレナリンを介して痛みの閾値が上がることで痛みが軽減すると考えられています。実際、TCAやミルナシプランはセロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害しますので、これらの薬剤の効果にはこのメカニズムが関与していると思います(表3)。

上島:近年、SSRIには広い疾患スペクトラムがあるとの期待から、ペインクリニックでもトラゾドンやSSRIを試していたようですが、なかなか効果が得られず、結局TCAに戻る傾向があるようですね。セロトニンとノルアドレナリンヘのdual actionを持つSNRIとしてミルナシブランが登場しましたが、この薬剤はいかがでしょうか。

村上:ミルナシプランは痛みを伴ったうつの患者さんには使いやすい薬剤です。TCAの場合と同様、うつと独立して痛みに対する効果もあるように感じています。先程申し上げた下行性痛覚抑制系に特異的に働く薬剤ということになりますから、そのためにSSRIよりもsharpに効いているという気がしています。より効果を出すためには有効用量の100mgまで増量することが必要となります。

上島:なるほど。それでは具体的に、ミルナシプランが奏効した症例をご紹介いただけますか。

村上:腰痛と膝関節症のために2年程痛みが続いている方がおられまして、整形外科で手術を受けたのですが入院中に激しい腰痛を訴えておられ、そこにはうつの関与が疑われたために当科を受診されました。当初は車椅子を使用しておられましたが、ミルナシプランの投与を開始して1週間後には自立歩行が可能になるほど著明に改善しました。

ミルナシプランの特徴

上島:うつ病に対するミルナシプランのご使用経験から、この薬剤が従来の抗うつ薬とどういう点が異なるとお考えでしようか。

村上:まず、抑うつ症状の改善において速効性が期待できる点、そして眠気や抗コリン作用など従来の抗うつ薬による副作用が少ない点が挙げられますね。それから、セロトニンヘの作用によって焦燥感、衝動性や執着性というストレスの要因になる心的因子が軽減されて、ストレスヘの寛容性が高まるという側面があります。患者さんは、「生活する上で楽になった」とよく仰います。これらは、ノルアドレナリンヘの作用があって意欲が高まってくるためだと考えられます。日常生活で昼夜を問わず体調が悪いと睡眠不足になりますが、ミルナシプランを使用している思者さんが仰った「昼夜のメリハリがつくようになった」という言葉が非常に印象に残っています。眠るべき時に眠ることができる、活動したい時に、活動できるといった立ち上がりの良さがあるようです。

上島:ミルナシプランは他の抗うつ薬と比べて薬物相互作用も少ない点が高齢者にも使用し易いといえるでしょうね。

村上:そうですね。特に高齢者の方は内科的に多くの薬を服用していますので、肝臓でのグルクロン酸抱合による薬物代謝が中心になっていて、チトクロームP450がほとんど関与していないミルナシプランは使い易いと思います。特に、抗がん剤を使用しているがん患者さん、凝固系の薬剤を使用している患者さんにもミルナシプランは使い易い薬剤であるといえます。

心身医学的アプローチの重要性

上島:今日は身体症状に伴ううつに対する抗うつ薬(ミルナシプラン)の有用性について教えていただきました。最後に先生から、一般内科医の先生方に何かメッセージをいただけないでしょうか。

村上:内科的処置だけでは治療効果が思わしくない慢性疾患の患者さんや器質的に特に問題のない患者さんに対し、心身医学的に身体面をみたうえで治療を行っていくことが大切です。社会的ストレスが多い現代、うつが痛みといったかたちで現れることもあります。一般内科医の先生方には身体的な痛みに隠れている忠者さんのこころの痛みを早期に発見してあげて欲しいと思います。

上島:本日は、どうも有難うございました。

加茂整形外科医院