終板機能障害およびエネルギー危機仮説

「トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル」  医道の日本社

著:Dimitrios Kostopoulos and Konstantine Rizopoulos

訳:川喜田健司(明治鍼灸大学生理学教室教授)


この説はSimonsによって提出されたもので、トリガーポイントの発生に関しては最も新しく、よく研究された理論である。ここではトリガーポイントの発生病理について、彼の説にわれわれ独自の解釈を加えたものを示すことにする。

損傷のメカニズム

筋の過度の伸張、短縮、負荷などは、それが長引いたとき特に微小な損傷を生じやすい。このようなとき、筋の細胞膜(筋鞘)が裂けて筋線維の一部が破壊されている可能性がある(図4-3)。

図4−3 損傷と筋筋膜トリガーポイント活性化のメカニズム

 

微小な損傷は次のような動作の結果である可能性がある。

繰り返し動作:繰り返し無理な動作をした人には筋筋膜トリガーポイントがよく見られる。

急激な動き:スポーツ外傷、突然の転倒、自動車事故などがこの範疇に入る。

ストレスのかかる体位:姿勢や骨格の非対称性、長時間の不自然な姿勢などは微小な損傷の原因になる可能性がある。

微小な損傷は筋小胞体の破壊をもたらす結果、損傷部位周辺に豊富にCa2+が放出される。このCa2+が存在することで筋フィラメント間に連続的な相互作用が起こり、自発的、継続的な活動電位がなくても筋収縮が続く。その損傷が修復可能な場合は、異常は一時的なものに終わる。循環血液量が十分なときは、身体の治癒メカニズムによって損傷部からCa2+が運び去られ、筋は休止状態に戻る。ただしSimonsとHongによれば、局所的に終板に機能障害があるとシナプス間隙で過剰なAChの放出が続く結果、絶えず接合部後膜の脱分極が起こるので、シナプス問隙にAChEがあっても放出される大量のAChを分解しきれない。

シナプス前膜の過剰興奮と無秩序性が、正常なときに比べてより高頻度に電位依存性Ca2+チャネルを開く。それと同時に、筋小胞体の破壊によって大量の遊離Ca2+がシナプス間隙に放出されて、それがシナプス前膜に取り込まれ、シナプス小胞体がシナプス前膜に融合してAChがシナプス間隙に放出されるのを促す。

その結果、筋節では最大限に収縮した状態が続くことになる。このような筋収縮が持続すると、代謝に対する要求が高まるにもかかわらずその領域に分布する毛細血管は収縮した状態にある。筋が最大時の30〜50%収縮すれば循環障害に陥る。毛細血管は酸素を供給するが、同時にそれは筋にエネルギーを供給することでもある。したがって、その局所の筋は阻血状態になり、代謝老廃物の蓄積が始まる。

Simonsは「代謝要求の増大と供給が阻害されることと相まって、局所的ではあるが厳しいエネルギー危機がもたらされる」と表現している。通常は、このような状態は筋小胞体が周辺の余分なCa2+を吸収することで回復可能であるが、エネルギー源の不足のため、Ca2+を筋小胞体内へ汲み入れるCaポンプに必要なATPの供給が十分行えない。こうして、ますます多くのCa2+が筋中に遊離して悪循環が生じる。最終的には、その筋に組織学的変化が起こり、トリガーポイントの形成、あるいは以前は活動していたが今は休止中のトリガーポイントを再び活性化させることになる。

激しい局所的な酸素不足および組織のエネルギー危機が筋の侵害受容器を感作する物質の放出へと導き疼痛発生の原因になる(図4-4)。すなわち、ブラジキニン(血漿蛋白質から遊離する)、プロスタグランジン(内皮細胞から合成される)、およびヒスタミン(マスト細胞から放出される)が放出されることが感作の原因なのである。

さらに、このように触ると痛い、侵害刺激に敏感な局所ができるばかりでなく、そこから離れた
ところにも関連痛パターンが現れることがある。また、筋節の短縮が筋全体の長さを減少させるとともに(図4-5)、疼痛をかばおうとする動作と相まって、ますます筋の柔軟性を失わせ、関節の正常な運動力学に影響するようになる。罹患筋ばかりでなく、その近隣の構造もともに傷害が重なれば、ますます脆弱化して大きな損傷となる。このことから見ても、筋筋膜トリガーポイント症侯群(微小な損傷である可能性あり)といえる初期症状の人が治療を受けないと、将来、より重度な損傷になる素地をもつことになるのは明らかである。

スポーツ外傷の多くはそれ以前に筋筋膜に問題のあった筋が重ねて傷害を受けた結果である。たとえば、ある野球の投手がいて、肩甲下筋と棘下筋が硬くなり、そこにトリガーポイントができた結果、肩に軽度あるいは中程度の疼痛があったとする。彼が肩の適切な治療を受けることを軽視してすぐに正常な動きを取り戻さないと、その傷がこの後肩甲下筋の短縮性の損傷に、棘下筋では伸張性の損傷に発展する可能性があり、筋が断裂することもあり得る。

 

図4-5 筋筋膜トリガーポイントが存在する筋の収縮

(Gunn C. Treating Myofascial Pain: Intramuscular Stimulation (IMS) for. Myofascial Pain Syndromes of Neuropathic Origin. Seattle, Wash: University of Washington: 
1989より転載) 


図4-4哺乳類の運動神経終板

この終板の近くに血管、侵害受容器からの軸索が見られることに注目。この軸索がその領域に放出される種々の感作性物質に刺激されて発する求心性侵害情報を伝えるものと思われる(Salpeter MM. The Vertebrate Neuromuscular Junction. New York: Alan R Liss, Inc; 1987より転載) 


(加茂)

治療家のみならず、筋骨格系の痛みを持つ患者もぜひ読んでいただきたい本です。罹患筋の名前、関連痛、ストレッチの方法などが分かりやすく書かれています。

加茂整形外科医院