活動障害性の慢性腰痛における、より有効な治療を阻む障壁

Barriers to More-Effective Treatments for Chronic, Disabling Back Pain 


脊椎の治療医と医療システムは、慢性の活動障害性腰痛の治療において、1990年代の保存療法の失敗を越えて変わることをができるだろうか?腰痛の性質と治療に関する時代遅れの考え方を捨てることができるだろうか?

活動障害のある患者が、生産的な生活に戻るのに役立つ最新のリハビリテーシヨンプログラムに参加できるようになるのだろうか?

これらは皆、未解決の問題であり、今後10年間の脊椎治療の質を決定する可能性がある問題である。

最近の研究をみると、あらゆる主要な腰痛治療施設は、非特異的腰痛および/または変性性椎間板疾患のために手術を検討するかもしれない患者に対して、集中的なリハビリテーションプログラムを提供すべきだという気運が高まりつつあることがうかがえる。

これらのプログラムでは、正常な機能の速やかな回復に主眼を置いている。強度、柔軟性、および協調に関する障害に対処するため、積極的な運動を勧める。認知行動療法によって、不適切な捉え方に対応し、患者が活動や仕事に対する恐怖心を克服するのを手助けする。

最もうまく行った場合、積極的なリハビリテーションプログラムは、患者が疼痛と活動障害に悩まされる最低限に近い生活から、正常な生産的な生活に戻るのを助ける。これらの生物心理社会的介入では、一般的には疼痛の消失を最重要視しないが、歓迎すべき副産物として、顕著な疼痛緩和が得られることが多い。

The BackLetter Vol.20,No.9で紹介したように、3件の無作為対照比較研究(RCT)において、集中的な運動療法と認知行動療法の併用によって、疼痛および機能に関して脊椎固定術とほぼ等しい改善が得られ、副作用は少なく費用は安いという結論が得られている(Brox et al.[a],2003;Brox et al. [b],2003; Fairbank et al.,2005を参照)。

最近の国際的なエビデンスに基づくガイドラインでは、すべての患者で、手術を検討する前に認知行動療法を併用した集中的なリハビリテーションプログラムを完了することが推奨された(van Tulder et al.,2004を参照)。そして、手術を選択する患者もまた、集中的なリハビリテーションによって利点を得られる可能性がある。

リハビリテーションプログラムが実施されることは極めて少ない

しかし、残念ながらこれらのプログラムが実施されることは極めて少ない。米国には大規模な総合リハビリテーションセンターはわずかしかないと、著名なリハビリテーション専門家であるNew England Baptist Hospital(ボストン)のJames Rainville博士は述べている。

“これらのプログラムは20年以上前に導入されたが、大きな市場牽引力を獲得してはいない。何とか財政的に採算がとれているものがいくつかあるだけである”と博士は述べている。その結果、最近では、より小規模な費用のかからないリハビリテーションプログラムの確立を目指す傾向がみられ、2,3名の脊椎の治療医および/またはスタッフだけの場合も時折ある。

集中的なリハビリテーションプログラムの規模にかかわらず、その組織化を阻む手ごわい障壁があるように思われる。現代的な腰痛リハビリテーションの性質について多くの人が誤解している。一部の脊椎治療の専門家は、これらのプログラムの基礎となる生物心理社会的な考え方に異を唱えている。

そして、より莫大な収入増と利益を中心に展開している脊椎治療の世界には、それらの実施を阻む重大なシステムおよび財政面の障壁が存在する。

考え方の大転換が必要

Rainville博士は、脊椎クリニックが集中的なリハビリテーションまたは積極的な多次元運動プログラムを日常的に提供するようになることを期待している。しかし博士は、このことが近い将来に実現するとは期待していない。

“活動と疼痛の関係、および慢性腰痛が損傷に起因する程度に関して、医師と患者の考え方の転換が必要であろう”と、Rainville博士は述べている。

博士は、患者および一般社会は、十分な情報と励ましがあれば集中的リハビリテーションプログラムを受け入れるだろうと考えている。しかし、医師の考え方を転換させることの方がより難しい課題かもしれない。

多くの脊椎治療の専門医は今もなお、いわゆる腰痛の“損傷モデル”に強く固執している。彼らは、脊椎変性を背景として、活動によって生じた損傷が腰痛の主な原因だと考えている。彼らは、基礎となる“損傷”が治癒し疼痛が緩和するまでは、通常の運動、活動、および仕事を強く推奨することはない(Rainville et al.,2000を参照)。

“慢性腰痛があれば、活動をある程度避けることが必要であり、ある程度の活動障害は当然あると、彼らは考えている”と、Rainville博士は述べている。そして活動を避けることによる悪影響は急速に広がっていく(Rainville et all.,2000を参照)。

説得力のある科学的エビデンスによって、損傷モデルを支持する人々の考え方の誤りが指摘されている。しかし長年抱いてきた腰痛に対する考え方を変えさせ、ベテランの臨床医の診療を改めさせることは、いらいらするほど時間のかかる大仕事である。

運動が脆弱な脊椎を傷つけるのではないかという心配

一部の脊椎治療医は、積極的な運動が患者の脊椎を傷つけ脊椎の障害を悪化させるのではないかと心配している。そして彼らは患者にもこうした不安を植え付けている。

臨床研究によると、この不安は的外れであるとRainville博士は述べている。“腰痛患者にとって運動には治療効果がある”と博士は述べる。更なる腰痛発生のリスクを低下させる可能性すらある(Rainville et al.,2004を参照)。

積極的な運動は安全だと博士は述べている。“運動によって脊椎を傷つけるリスクが増加するというエビデンスや、脊椎の変性が加速するというエビデンスは存在しない”と、博士は述べている(Rainville and Frates,2003を参照)。

Rainville博士らはボストンで多くの患者カ刑用するリハビリテーション施設を運営しており、何千人もの患者の言己録がデータベースに入っている。積極的な運動によって大多数の患者の疼痛が悪化するというエビデンスは存在していない。

積極的な運動プログラムの参加者は確かに運動後に筋肉痛を体験し、時にはこれを新たな腰痛と間違えることがある。“我々は患者にこうしたことが起こり得ると説明し、実際に起きたときには、すぐに運動プログラムを再開するよう助言する”とRainville博土は述べている。

財政的および実務的な問題

Rainville博士は、財政的な問題もまた、リハビリテーションプログラムの設立を阻む重要な障壁になり得ると示唆している。脊椎手術、特に固定術は、米国の病院およぴ医療システムにとって重要な収入源になっている。医療施設では外科医を増員していても、リハビリテーションの専門家は増員していない。

“脊椎固定術は、外科医、病院、および医療機器の会社に大きな利益をもたらす”と、Rainville博士は述べている。

“対照的に、リハビリテーションプログラムは財政的には得にも損にもならない”と、博士は述べている。それらは単純な運動機器を使用し、簡単な認知行動カウンセリングを行う。どの関係者にも利益をもたらすことはない。

確かに、外科用機器の製造業者が、脊椎外科医と結ぶ契約のような高額のコンサルテイング契約や研究契約を、リハビリテーションの専門家と結ぶことはない。この治療を受けるよう紹介される患者の数を増やす財政的な誘因は存在しないだろう。リハビリテーションの世界ではリベートがらみのスキャンダルは起きそうにない。なぜなら、腰痛治療産業が有する巨額の資金はこの方向には流れて行かないからである。

参考文献:

Brox JI et al. (a), Randomized clinical trial of lumbar instrumented fusion and cognitive 
intervention and exercises for the post-laminectomy syndrome. Annals of the Rheumatic Disease, 2003 ; 62(suppl) :229. 

Brox JI et al. (b), Randomized clinical trial of lumbar instrumented fusion and cognitive 
intervention and exercises in patients with chronic low back pain and disc degeneration, Spine, 2003; 28: 1913-21.

Fairbank J et al , Randomized controlled trial to compare surgical stabilisation of the lumbar spine with an intensive rehabilitaion programme for patients with chronic low back pain: The MRC Spine Stabilisation Trial, BMJ, 2005; 330: 1233-9. 

Rainville J et al. Exercise as a treatment for chronic low back pain, The Spine Journal, 
2004; 4(1 ): 106- 15. 

Rainville J and Frates EP, Exercise tops options for treatment of chronic back pain, 
Biomechanics, 2003; www.biomech.com/db_area/archives/2003/0307.rehabilitation.bio.shtml. 

Rainville J et al., Exploration of physicians' recommendations for activities in chronic low back pain, Spine, 2000; 25:2210-20.

van Tulder M et al., European guidelines for the management of chronic non-specific low back pain, European Commission Research Directorate General Cost Action B 13 Low Back Pain: Guidelines for Its Management; www.backpaineurope.org/web/html/wg2_results.html.

The BackLetter 20(lO): 109, I 16, 2005 I 

加茂整形外科医院