軽度の外傷によって重篤な腰痛が誘発される?“損傷モデル”は妥当なのか?

Does Minor Trauma Trigger Serious Low Back Pain? Is the "Injury Model" Valid? 


20世紀の大半にわたり、患者、医師、および法医学システムは、重篤な腰痛および就労障害は、脊椎変性を背景にした軽度の外傷性事象すなわち身体の前屈やひねり、物の持ち上げ、スリップ、転倒などが原因であるという概念を、疑いもせずに受け入れていた。

非常に控えめに表現するなら、これは感情的意味合いの強い問題である。腰痛の“損傷モデル”は、70年以上にわたり医師および一般の人々の考え方を支配してきた。それによって、大部分は良性である症状が恐ろしい疾患へと変容してきた。非常に費用のかかる現代の腰痛による活動障害の危機は、このモデルと切っても切れない関係がある。

損傷論理の構図は、多くの労災補償および社会保障制度、主要産業、そして現代の経済活動における、腰痛の概念化の基礎となっている。米国で労災補償の対象と認定されるには、従業員らは症状が職務遂行過程に由来し事故によって発生したものであることを証明しなければならない。

“`損傷'論理の構図によって、すべての人の腰痛の経験が変化した”と、Nortin M.Hadler博士は最近論評した。20世紀半ば以降、ほとんどの人は腰痛を経験すると何が原因だろうかと思い巡らさずにはいられなくなっていると、博士は指摘する。“診察の際に、保険請求患者は言うまでもなく、腰痛患者に、`痛み始めた時、何をしていましたか?'と質問しない医師はいないだろう”(Hadler,2005を参照)。依然として、こうした捉え方が今日の腰痛体験に浸透している。

この概念は妥当なのか?

しかし損傷モデル全体の基盤となる科学的根拠はあやふやである。腰痛が何らかの明確な事象または仕事上の負担に起因するというエビデンスはわずかしかない。実際に、Stanford Universityが実施した革新的なプロスペクテイブコホート研究によって、活動障害性の重篤な腰痛は外傷または脊椎変性とは全く関連がないことが示唆されている。

我々の知見は確かに、重篤な腰痛および活動障害が、軽度の外傷、構造上の問題、または両者の組み合わせに起因するという概念を裏付けるものではないと、筆頭著者のEugene Carragee博士は、フィラデルフイアで開催された北米脊椎学会(NASS)の年次総会での新規研究に関する発表の中で述べた(Carragee et al.,2005を参照)。

“軽度の外傷と長期の腰痛疾患との見かけ上の関連は、併存した因子の作為的な結果である”とCarragee博士は述べた。本研究における重篤な腰痛の主要因は心理社会的因子であった。

医師は患者にどう説明すべきか?

本研究に関する討論の中で、NASS学会の複数の参加者は、患者、特に腰痛のある労働者に対してしばしば、軽度の損傷によって基礎的な解剖学的な問題が微妙に変化してきた可能性があると説明することを認めた。ある脊椎外科医は、「仕事中に腰を痛めたと訴える患者に対して、一般的には、あなたには基礎的な変性性疾患があり、今回の損傷でそこに炎症が起きそのため腰痛がなかなか治らないのです、と説明します」と述べた。

「この研究を踏まえて、これからどのように説明したらよいのでしょうか」と彼はCar ragee博士に質問した。

「疫学的観点から見てこの説明が真実であるようには思われません。私は、その日の仕事中に起きたことには関係なく、いずれにせよ腰痛は発生しただろうと患者に説明できると思います」と、Car ragee博士は答えた。

腰痛は一般集団において非常によくみられると博士は指摘している。「腰痛は至る所で起きており、軽度の外傷があってもなくても出現するのです」という。

5年間のプロスペクティブ研究

Car ragee博士らは、軽度の外傷は心理社会的因子または神経生理学的因子には関係なく、重篤な腰痛、就労障害、および医療サービスの利用の予測因子であるという仮説の検証に取り掛かった。

博士らは、変性性椎間板疾患になりやすい素因をもつが重篤な腰痛の病歴はない200例の被験者のコホートについて研究を行った。頸椎変性性疾患の治療を以前受けたことのある患者の集団から被験者を募集した。

頸椎変性と腰椎変性の重複が多いことを考えると、被験者は腰椎にも多くの異常があることは確実であった。研究対象集団の50%が、以前に腰椎以外の慢性疼痛症侯群を経験したことがあったため、被験者募集方法からも、腰痛疾患の有意な神経心理学的危険因子を有することが裏付けられた。

すべての被験者がべースラインでMRI、理学検査、病歴と職歴の問診、およぴ心理試験を受けた。40%の被験者が誘発性椎間板造影を受けた。画像検査および心理試験は、被験者の臨床状態について知らされていない第三者が評価した。

Car ragee博士らは、重篤な腰痛を疼痛の強度と持続期間の観点から定義した。被験者はビジュアルアナログ疼痛スコアが10ポイント中6ポイント以上で(最大疼痛を10ポイントとする)、1週間以上持続する症状の出現を有していなければならなかった。

治験期間を通して6ヵ月間隔で、第三者の治験アシスタントが被験者に、重篤な腰痛、大きな外傷(骨折およびまたは内臓損傷)、および軽度の外傷(他のすべての外傷性事象)の発生に関する質問を行った。

彼らは、「あなたは、腰への何らかの種類の損傷(スポーツ、物の持ち上げ、前屈、身体のねじり、スリップ、または軽度の転倒の際に発生する損傷のような症状の出現を含む)を、過去6ヵ月間に経験しましたか」と質問した。

被験者がそのような経験があると答えた場合、外傷の種類および重症度にしたがって外傷性事象を分類した。

研究者らは、ビジュアルアナログ疼痛スケール、Oswestry活動障害度、および質問が決められた聞き取り調査を含む経過観察評価を6ヵ月おきに行った。

主要アウトカム評価尺度には、(1)重篤な腰痛の出現;(2)短期および長期の就労障害;および(3)腰痛の評価と治療に関連する医療サービスの利用が含まれた。

腰痛と軽度外傷は一般的である

人生には事故がつきものだろう。全体では170例の被験者が652件の軽度の外傷性事象を報告した。軽度の外傷の種類の中で最も多かったものは、スポーツ外傷、転倒、物の持ち上げ・ひねり、および自動車事故であった。

200例の被験者において323件の重篤な腰痛がみられた。44件の短期または長期の活動障害が発生した。労災補償請求が7件、個人的な傷害補償請求が4件あった。

外傷と、重篤な腰痛への進行

全体的にみて、本研究は、軽度の外傷が重篤な腰痛の予測因子であるという仮説を裏付けてはいなかった。“軽度の外傷と重篤な腰痛への進行との間に独立した関連は認められなかった。軽度の外傷は、労災補償患者における重篤な腰痛とのみ関連があった”と、Car ragee博士は述べた。

MRIおよび椎間板造影を介して実証された脊椎の構造的な異常は、重篤な腰痛とは関連が弱く、活動障害または医療サービスの利用とは関連がなかった

多変量解析において、顕著なオッズ比を有する有害なアウトカムの有意な予測因子は、べースラインで記録された特性、すなわちうつ病の既往、身体化、慢性疼痛、または労災補償請求のみであった。“べースラインの心理社会的変数は、重篤な腰痛による活動障害の強力な予測因子であった”と、Car ragee博士は述べた。べースラインの時点で喫煙者であることも重篤な腰痛の予測因子であった。

自然発症は腰痛の自然経過の一部である

Car ragee博士らによる研究から真っ先に思い浮かぶのは、カナダの研究者Hamilton Hall博士らが行った、広く公表された研究である。この研究は1995年の国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会(フィンランド、ヘルシンキ)で初めて報告され、1998年にClinical Journal of painに掲載された(BackLetter,1995;Hall et al.,1998を参照)。

Canadian Back Instituteのクリニックを受診した11,000例以上の患者に関する研究において、労災補償請求に無関係であった患者の大多数、すなわち67%の患者は、疼痛の原因と思われる外傷を同定できなかったことが明らかになった。自然発症は腰痛の自然経過の一部である”と、Hall博士は研究に関する発表の中で結論づけた。

興味深いことに、労災補償の認定を受けるために特定の事象を報告しなければならなかった患者は、ほとんどの場合外傷性の要因を同定することができた。

Hall博士はその研究に基づいて、損傷は原因のごく一部にしか関係がないため、臨床医は損傷の因果関係の訴えに注目しすぎないように提言した。“現在のように原因を重視することは道理に合わず、不必要な検査、治療開始の遅れ、不当な費用を助長する”と、博士らは言及した(Hall et al.,1998を参照)。

因果関係に関する患者の説明は的確ではない

スコットランドの研究者であるGordon Waddell博士は、腰痛の原因に関する患者の説明が因果関係を正確に反映している可能性は低いと指摘している。“これらは、単に患者が疼痛を説明しようと試みているものだということを、我々は認識しなければならない”と最近Waddell博士は述べた。“患者の回答からわかるのは、本当は何が腰痛の原因なのかということではなく、患者が腰痛についてどのように思っているかということである”(Waddell.2004を参照)。

Waddell博士によると“実際のところ、腰痛の原因または誘因は何かということについて我々にはほとんど情報がない。ほとんどの症状の出現はおそらく自然に始まるか、またはそれまでも何度も行っている日常動作の最中に始まるだろう”。これらの事実を考えると、腰痛を反射的に外傷性損傷のせいにするのは誤りである。

しかしWaddell博士は、臨床医は腰痛および損傷に関する患者の意見に注意を払うべきだと指摘する。なぜならそれらは、患者が腰痛および関連する活動障害から回復する能力に影響することが多いからである。

例えば、労災補償請求者は、仕事のせいで永久的な腰の損傷を負った、または永久的に腰の再損傷を受けやすくなったと思い込むことがよくある。これらの的外れな思い込みや恐怖心が、治療やリハビリテーションの大きな障壁になることもあれば、永続的な活動障害の誘因になることもある。欠勤および労災補償請求による重圧の中で、それらは容易に増大し制御不能になる。可能な時にはいつでも、それらを早い段階で取り除き、腰痛をより正確に捉えられるようにするのが賢明である。

損傷モデルから脱却すべき時

1995年のISSLS学会におけるHall博士らの研究についての討論の中で、複数の著名な研究者らが、腰痛に関するより現実的な考え方を支持し、腰痛の損傷モデルを放棄すべき時だと示唆した。

「腰痛の損傷の定義から脱却する時ではないでしょうか?」とAlf L.Nachemson 博士は問いかけた。「我々は、大きな外傷またはその他の明らかな原因がある場合を除いて、`腰の損傷'という用語を使うのを完全に止めるべきです。我々がこれらのことがらについてどう言うかは、法的および社会経済学的に非常に重大な結果をもたらすのです」と、Nachemson博士は強調した(BackLetter,1995を参照)。

研究者のBjorn Rydevik博士も同じフレーズを繰り返した。「我々は、同定可能な理由がなくても腰痛が頻繁に生することを知っています。おそらく我々は、`損傷'という用語を使いすぎてはならないでしょう。原因と言われているものは、腰痛それ自体の発生には関係がないのかもしれません」と、Rydevik博士は述べた。

これが10年後でもまだ激しい論争を招きそうな問題であるという事実は、腰痛による活動障害の危機への対応に進歩がみられないことを浮き彫りにする。いくつか国々では損傷モデルからゆっくりと脱却している。しかし米国では今も腰痛に関する時代遅れの考え方から抜け出せずにいる。先へ進むべき時である。

“70年間、我々は腰の`損傷'の概念と共に生きてきた。これ以上正当化するには欠陥がありすぎる。さらに、これは医原性である。これ以上研究を行う必要はない。その論理構成は、時を経て役に立たなくなってしまった”と、Hadler博士は述べている(Hadler,2005を参照)。

参考文献:

Back pain attributed to back injury far too often, according to new Canadian study of 11,000 patients, BackLetter, 1995; 10:73-83 

Carragee E et al. , Minor trauma and low back pain disability: A five-year prospective study, presented at the annual meeting of the North American Spine Society, Philadelphia, 2005; as yet unpublished. 

Hadler NM. Backache: Predicament at home, nemesis at work. In: Occupational Musculoskeletal Disorders, 3rd ed. Philadelphia, PA: Lippincott Williams & Wilkins; 
2005:pp 9-19. 

Hall H et al., Spontaneous onset of back pain, Clinical Journal of Pafn. 1998; l4(2) : 129-33 . 

Waddell G. The clinical course of back pain. In: Back Pain Revolution, 2nd ed. Edinburgh: Churchill Livingstone. 2004:p 1 1 7. 

The BackLetter 20(11): 121, 128- 129. 1005.

加茂整形外科医院