活動障害性の慢性腰痛には心理療法と理学療法のどちらがより有効か?

Psychological or Physical Treatnrent of Disabling Chronic Back Pain: Which Is More Effective? 


かつて、心理療法が漫性腰痛に対して理学療法や手術と同じくらい有効である、という考えが異端視されていたこともあった。

しかし現在、この考えはかなり真剣に検討されており、一部の患者にとっては当てはまる可能性がある。認知行動療法、すなわち患者の腰痛に対する捉え方を変えることと行動療法を組み合わせた治療は、活動障害性の慢性腰痛に対するリハビリテーションプログラムの中心要素の1つになっており、その他の様々な治療法と併用されている。

非特異的慢性腰痛の患者では、認知行動療法に積極的な運動を組み合わせることによって、固定術とほぼ同程度の効果が得られることが最近の3件の無作為比較研究(RCT〕で明らかになった(Brox et a.,2003;Fairbank et al.,2005;Brox et al.,2006を参照)認知行動療法と他の治療法との併用はエビデンスに基づくガイドラインおよび体系的レビューにおいて支持されている(Airaksinen et al.,2006:Ostelo et al.,2005を参照)。

しかし、認知行動療法単独ではどうなのだろうか?認知行動療法と他の能動的治療を、単独治療として比較する研究はほとんど行われていない。

そんな中、順番待ちの患者を対照治療群として認知行動療法、能動的身体トレーニングおよび両者の併用を比較した、オランダのRob Smeets博士らによるRCTが最近発表された(Smeets et al.。2006を参照)。

3種類の能動的治療は全て有効

中間報告によると、認知行動療法に割り当てられた患者は、段階的運動または併用療法を行った患者と同等の良い結果であった。

Smeets博士らによると、“3種類の能動的治療はいずれも無治療と比較して有効であった”という。慢性腰痛における活動障害の軽減に関して、認知行動療法が段階的な筋力強化および有酸素運動を含む集中的な身体トレーニングと同じくらい有効である可能性がある、ということをぜひ覚えておいてもらいたい、とSmeets博士は述べている。

大々的な報道

この研究の結論は大々的に報道され、世界中で重大ニュースとなった。例えばSerena Gordon博士はHealthDayのニュース配信サービスで、“慢性腰痛の人々は、心理的認知療法によって理学療法と同等の利点を得られる”と報告した(Gordon,2006を参照)。

しかし、同研究の著者らは警告している。

「これらは短期結果にすぎず、治療の10週間後に測定した治療後の評価に基づいています。治療の6および12ヵ月後の長期追跡結果をまとめる予定です。長期結果が同様かどうかはまだわかりません」と、最近Smeets博士が論評した。

「3種類の能動的治療に使用したいずれのアウトカム評価尺度においても何ら差異が認められなかったことを考えると、結果は同じである可能性があるでしょう」と、Smeets博士は述べた。しかし博士は、長期結果が出るまでは研究の解釈を差し控えるよう忠告した。

長期アウトカムを待つ

UIiversity of Washingtonの疫痛研究者Dennis Turk博士はこうした慎重なやり方に賛同する。博士は、長期の慢性疼痛症状に対する治療効果についての短期研究結果の重要性を信じていないと言う。「これらの結果は、被験者が関心を持ったということと、治療アウトカム研究に参加したということを反映しているだけかもしれません」と、博士は最近、指摘した。

「私は、長期の成功は患者が治療勧告を遵守するかどうかにかかっているため、経過観察データのほうにより関心があります。運動プログラムを長期間違守するのが難しいことは周知のことです」と、博士は指摘した。心理療法および行動療法についても同じことが言えるだろう。

「長期にわたり生活習憤を大きく変える必要のある[症状の]短期研究については、慎重であることが重要です」と、Turk博士は付け加えた。

慢性腰痛の3つの主要な治療法の比較

Smeets博士らは、活動障害性の慢性の治療のための3つの主要なアプローチ、すなわち認知行動モデル、身体機能低下モデル、および生物心理社会的モデルを比較した。これらの方法はリハビリテーションプログラムの中では混合していることが多いが、本研究の目的のために切り離し、次のように定義した:

  • 認知行動モデル:このモデルでは、機能的な制限は不適切な学習過程によって持続される、不適応な信念と回避行動に起因すると仮定する。
  • 身体機能低下モデル:身体機能低下モデルでは、筋力および持久力の低下が慢性腰痛の機能的制限において中心的な役割を果たしており、この低下の部位や内容に応じて対処することによって治療効果が得られる可能性があると仮定する。
  • 生物心理社会的モデル:このアプローチ法では、腰痛に関連する機能障害は身体機能低下と認知行動障害の両方が原因である。すなわち活動障害性の腰痛には生物学的、心理的、および社会的要素が存在すると示唆する。

212例の患者を対象にした無作為研究

研究について手短に説明すると、Smeets博士らは、慢性腰痛が数年間持続する212例の患者を対象とした研究を行った。被験者は試験開始時にかなりのレベルの疼痛および活動障害を有しており、疼痛スコアは100ポイント中およそ50ポイント(最大疼痛が100)、Roland活動障害問診表(RDQ)スコアは24ポイント中およそ13〜15ポイント(完全な活動障害が24)であった。フルタイムで働いている患者は少数のみであった。

被験者を無作為に4通りの治療法の1つに10週間割り当てた:

認知行動療法:被験者には、機能障害の捉え方、信念、および行動の修正を通して活動性および機能を高めることを教えた。Smeets博士によると、“認知行動療法では、疼痛を軽減することではなく、結果として生じる機能制限を軽減することに主眼を置く”。しかし、この方法の歓迎すべき副産物として疼痛の軽減が得られることが多い。

被験者はオペラント条件付けの原則に基づいた段階的活動プログラムに参加した。すなわち運動レベルは疼痛レベルには関係なく、被験者が達成したレベルに応じて決定された。

「患者は、疼痛があっても身体的活動ができることを経験しました」とSmeets博士は述べた。理想的には、この経験が疼痛および活動に対する捉え方の重要な変化、ならびに通常の活動レベルヘの復帰につながる。

この心理療法のアプローチには身体的活動の要素が含まれていた。しかし対照治療群の能動的な身体トレーニングとは異なり、認知行動療法プログラムは筋力および持久力の測定可能な強化につながることを目的としたものではなかった。

認知行動療法群の患者は、身体的問題の定義を見直し個々の患者にとって意味のある日常生活上の目標の達成に集中することを助けるための問題解決の訓練にも参加した。

理学療法士と作業療法士がこのプログラムの段階的活動の部分を担当し、心理学者とソーシヤルワーカーが問題解決訓練を指導した(詳細は原著を参照)。被験者は平均11.5時間の段階的活動訓練と15時間の問題解決訓練を行い、10週間の認知行動療法で、合計26.5時間にわたり指導を受けながらの治療を受けた。

能動的身体トレーニング:理学療法士が、持久力および筋力を強化するための連続的かつ段階的な定量化できる運動トレーニングを指向した、身体トレーニングプログラムを指導した。この方法に割り当てられた患者は、理学療法士の指導の下で、1回につき1.75時間、週3回、10週間の連続的なウェイトトレーニングと有酸素運動に参加した。これを合計すると52.5時間の能動的治療となった。

能動的身体トレーニングと認知行動訓練の併用:この群では前述の2つの治療法を順に組み合わせて実施した。

順番待ち名簿:順番待ち名簿に記載された被験者を無治療の対照群とし、研究期間中はいずれの治療プログラムにも参加しなかった。しかし研究終了後にリハビリテーション治療を受けられることが約束されていた。

能動的治療群の間に差は認められず

3種類の全ての能動的治療群において同様の改善がみられた。Smeets博士らによると“順番待ち名簿の[詳]と比較して全ての3つの能動的治療群では、治療後に機能的制限、患者の主訴、および疼痛強度の有意な軽減が観察された。”しかし、3つの方法の間に臨床的に意味のある差は認められなかった。

能動的治療群の被験者が10週間の治療コースの中で達成した改善の大きさの一例を示すと、認知行動療法群の患者は、RDQスコアが平均3.05ポイント改善した(平均べースラインスコアは最大24ポイント中13.51ポイントであった)。最終の疼痛スコアは、最大100ポイント中45.98の平均べースラインスコアから、平均14.76ポイント改善した。

その他の能動的治療群の患者にも同様の改善がみられた。対照的に、順番待ち名簿の対照群の被験者はわずかな改善であった(詳細は研究を参照)。

併用療法群の結果が優っていなかったのはなぜか?

Smeets博士らは、認知行動療法と段階的身体トレーニングの併用群に割り当てられた患者はいずれかの単独治療に割り当てられた患者よりも優れた結果を示すだろうと予測していたため、そうならなかったことは意外であった。

最近、Smeets博士はEメールの中で、この予想外の知見の原因として考えられるいくつかの可能性について説明している。“可能性の1つとして、理学療法が当初予測されたよりも有効であったことがある”と、博士は示唆した。そして身体トレーニングプログラムが、認知行動療法単独によって達成されるのと同様の患者の捉え方と行動の変化をもたらした可能性がある。

身体トレーニングに心理学的利点があったというエビデンスがある。Smeets博士によると“現在、我々のデータに基づく他の研究から、理学療法群の患者は認知行動療法群および併用療法群と同様に、疼痛を破局的なものと考えて大騒ぎすることが少なくなったことが明らかになっている”。

“したがって、認知行動療法の効果として期待された行動および認識の変化が身体トレーニングによって達成された可能性がある”と、Smeets博士は付け加えた。

長期の慢性海痛治療において奇跡が起こることはまれである

10週間にわたる集中的な治療を行ったことを考えると、3つの能動的治療群の被験者の改善の程度は非常に小さいという意見もあり、著者らが定義したアウトカムにおける臨床的に重要な改善(すなわち24ポイントのRDQにおいて平均2.5ポイント以上の改善)をやや上回る程度であった。

しかし、疼痛専門家のTurk博士は、慢性疼痛患者も担当医師も、比較的短期間の治療プログラムで奇跡が起きることを期待すべきではないと提言する。

「私は期待することには慎重でなければならないと思います。この研究における患者の疼痛持続期間は平均[約]5年のようです。私は治療がどのくらい効果がありそうかということには関心がありません。5年も続いた障害とそれに随伴する身体の不調および生活習慣の変化を克服するには、10週間はかなり短いからです」と、博士は述べた。

Turk博士は、この点について懐疑的な人々は慢性疼痛のその他の治療により得られる効果を考えるべきだと述べた。「我々は、代替手段と比較したこれらの治療の効果を忘れてはなりません。手術、長期薬物療法、脊髄刺激療法などは、10週間の治療後の機能の改善においてどのくらい効果があるでしょうか?」と、博士は問いかけた。

科学的エビデンスに合致する結果

Smeets博士は、治療効果は予測どおりであったと述べている。「効果の大きさは、慢性腰痛の能動的治療に関するその他のRCTと同等です」と、博士は述べた。

全ての患者に同様の改善がみられたわけではない

慢性腰痛の治療に関するほとんどの臨床研究と同様に、全ての被験者に同様の改善がみられたわけではなかった。「多くの患者、すなわち約45〜56%の患者は、活動障害が明らかに軽減したとは報告しませんでした。リハビリテーションの専門家である私にとって、これはもちろん期待はずれの結果です」と、Smeets博士は述べた。

「しかし治療はプロトコールによって細部まで定められていたため、我々が通常行うような、個々の患者に合わせた調整ができなかったことも事実です」とSmeets博士はいう。標準的なリハビリテーションでは、患者の特性、障害、および必要に基づいて治療を微調整することは標準手順であると、博士は指摘した。言い換えると、リハビリテーションプログラムに関しては、“1つの方法で全ての患者に対応できるわけではない”。しかし、標準化された治療を評価する臨床研究では、個々の患者に合わせたアプローチは現実的ではない。

長期結果が明らかになり次第、結果における相違点から、興味深いサブグループ解析の道が開かれるだろう。“有効性を高めるためには、治療がどのように効果を発揮するかを解明するだけでなくどのような患者に効果があるかを問題にすることも必要です”とSmeets博士らは研究報告の中で述べた。

“この点を解明する更なる方法は、治療プログラムの有効性を高めるための、妥当性が証明された客観的な信頼できる基準を用いて、患者のサブグループ解析を行うことでしょう”と博土らは提言した。

Turk博士も同様の意見を述べた。「グループ効果だけでなくレスポンダー効果についても検討することが重要でしょう。必ずしも全ての腰痛患者に同一の治療が必要なわけではありません。それぞれの治療によって最も利点が得られる患者の特性を同定することは興味深いことでしょう」と、Turk博士は述べた。

患者のサブグループに適合する特定の治療を見出すことは、腰痛研究の中でも期待される分野の1つだろう。しかしそれは、まだ初期段階にある分野である。

参考文献:

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Brox JI et al., Randomized clinical trial of lumbar instrumented fusion and cognitive intervention and exerclses in patients with chronic low back pain and disc degeneration, Spine, 2003; 28: 1913-21.

Brox JI et al., Lumbar instrumented fusion compared with cognitive intervention and exercises in patients with chronic back pain after previous surgery for disc herniation: A prospective, randomized, controlled trial, Pain, 2006; March 15:epub ahead of print version, see www.sciencedirect.comlscience? ob=ArticleURL& udi=B6TOK4JHMFPW1 & coverDate=03%2F20%,2F2006& alid=384245947&_rdoc= I &_fmt=&orig=search&_qd= I &_cdi =4865&_sort=d&view=c& acct=COO0050221&_v ersion=1& urlVersion=0& userid=10&md5=a6fO 
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The BackLetter 21(4): 37, 43-45, 2006

加茂整形外科医院