腰痛への煽り:賢明な医療か、医療対象化か、あるいは病気の押し売りか?

Trolling for Back Pain: Enlightened Medicine, Medicalization, or Disease Mongering? 


国際的な腰痛の危機を解決するための多くの案では、腰痛を医療対象から外し、あまり心配したりかまいすぎたりしないよう呼びかけている。

これまでに一般的な腰痛の治療として実に様々な医療が行われてきたことを考えても、このよくみられる症状を医療対象から外すことは理に適っている。そうすることによって、腰痛の捉え方が変化し不必要な医療が減り、場合によっては腰痛に関連する活動障害が減少する可能性があるという、非常に興味深いエビデンスが公衆衛生活動から得られている。

しかしこうした現代的な腰痛の捉え方は、すべての種類の疼痛を治療対象とし積極的に治療しようという医療動向が強まりつつあることとは真っ向から衝突する。後者の活動によって腰痛治療と活動障害の蔓延が長引く可能性が現実にある。

より積極的な疼痛治療の決断

疼痛学会、公衆衛生機関、および規制当局が主導したいくつかの決断が、疼痛にもっと注目し積極的に治療するよう医療提供者に圧力をかけている。

1995年に米国疼痛学会(APS)は、疼痛を“5番目のバイタルサイン”とみなし、診察時に必ず評価するよう提言した。APSは、“疼痛の評価と治療を受ける権利があることを患者に説明すべきである”と勧告している(American Pain Society,2006を参照)。

国際疼痛学会(IASP)とEurope Against Pain Initiative (EAPI)が2004年に行ったキャンペーンでは、疼痛緩和を基本的人権として保障するために世界各国が憲法を改正するよう提言された(IASP and EAPI,2006[a]を参照)。

このキャンペーンでは、持続的慢性疼痛を“症状”ではなく“疾患”として定義し直すことも提言された。これらの2団体によると、“疼痛の内容を問題にし、慢性疼痛自体がひとつの疾患であることを宣言すべき時だ”という。また、オピオイドの規制緩和を行い、これらを一般的な疼痛愁訴に利用しやすくすることも提言している(IASP and EAPI,2006[b]を参照)。

1999年にUnited States Joint Commission on Accreditation of Health care Organization(米国の医療機関の評価・認証を行う合同委員会)が、すべての患者には適切な疼痛の評価と治療を受ける権利があると宣言したことによって、米国における疼痛治療の状況は一変した。この委員会は厳格な基準を作成し、2001年以降それらを遵守するよう命じた(Chapman,2006を参照)。

結論はまだ出ていない

疼痛をもっと積極的に治療する動きに関する結論はまだ出ておらず、そのような動きの影響に関する包括的な研究は行われていない。積極的な治療の有用性は、おそらく患者集団および疼痛の状態によって異なる。前述のキャンペーンで想定されたような疼痛の精力的な追跡は、術後症状、癌性疼痛、外傷、および終末期の疼痛のある患者には適しているかもしれない。多様な形の慢性腰痛、特に、よくみられる間欠性の腰痛への対処法としてこれが適切かどうかは、あまりはっきりしていない。

この動きが米国で確立されて以来、すべての種類の腰痛治療がかなり増加したようであり、特にプライマリケアと専門治療施設の両者において慢性腰痛への強力なオピオイドの使用が急増している。慢性腰痛に対するオピオイド治療については長期臨床研究による科学的確証が得られていないため、慢性腰痛に対するオピオイドの使用が急増していることは、気がかりである。

医療対象化とは、正常な状態を医療が必要な愁訴へと変換することである

新たな患者を集める動きの強まり

最近、医薬品業界およぴ医療用機器業界と同様、医療機関においても、腰痛はあるが受診していない非患者を積極的に医療の対象にしていく動きが強まりつつある。

これは、その名のとおり医療対象化、すなわち正常な状態から医療を要する愁訴への変換である。

この動きは“disease mongering(病気の押し売り)”に近いと言う人もいる。この用語は、ジャーナリストの故Lynn Payer氏が、“本質的に健康な人々に病気だと思い込ませたり、少し具合の悪い人々に重病だと思い込ませたりすること”を表す言葉として作り出したものである(Tiefer,2006を参照)。

最近、disease mongeringの定義が拡大されて、“病気とみなす範囲を広げ治療の提供者のために市場を成長させるような病気の押し売り”という、より広い意味をもつようになった(Moynihan and Henry,2006を参照)。

Payer氏が定義したdisease mongeringを行う側の戦術には、“必ず存在するというわけではない苦痛があると思わせること”、“正常な機能をとり上げて、悪いところがあるとほのめかすこと”、“病気にかかっている人の割合ができるだけ高くなるように定義すること”、および“どんな意味にもとれるような一般的な症状を、重篤な疾患の徴侯であるかのように言うこと”がある(Tiefer,2006を参照)。

未治療の疼痛:蔓延する疾病か、それとも人間の状態を表すものか?

現在、医学文献では、一般集団において未治療および治療不十分の疼痛が“蔓延”していることを示唆する研究や論説について繰り返し特集している。疼痛の疫学に関するバランスを欠いたこうした見解は、あまりにも頻繁に繰り返されているため、ドグマ(定説)のような力を獲得しつつある。

これらの論文は、研究方法の質が疑わしい調査や疫学データをしばしば引用している。また、強い印象を与える疼痛有病率のデータを頻繁に提示しているが、疼痛の申告に影響を及ほすことの多い労働問題、社会経済的問題、および身体的・心理学的な併存所見に関する情報は提示していない。

治療が不十分な疼痛が蔓延しているという主張は、物の考え方に関する微妙な問題にまで踏み込む。人間が許容可能な疼痛レベルとはどの程度であろうか?

どの程度疼痛がなければ“健康”であると言えるのであろうか?疼痛のある人々は、どの時点から、自身を“健康”ではなく“病気”であると定義すべきなのであろうか?

一般集団に属する人々が、地域住民を対象にした調査で疼痛があると回答したものの、医療を受けたいとは言わない場合、この疼痛を“治療不十分”とみなすべきであろうか?

また、医療は、様々な種類の疼痛、特に複雑な慢性疼痛を有する多くの人々を、どの程度改善できできるのであろうか?

疼痛が一般的であることは否定できない

疼痛が一般集団においてよくみられるかという論争にはすでに結論が出ている。地域住民を対象にした疫学研究によって、ほとんどの人々は、喉の痛みから心理的ストレスまで含めた人間のその他の諸々の苦痛と同じように、疼痛についても何らかの形で習慣的に悩まされていることが明らかになっている。これは生きていれば当たり前のことなのである。

例えば、いつでも人口の約20%は何らかの形の腰痛を有する。1年間に人口の約50%が腰痛を経験する。そして再発性または慢性の症状に苦しむ人々は驚くほど多い。

腰痛や他の形での慢性疼痛を有する人々のうち40%もが、そのために医療機関を受診しようとはしないことも、疫学研究によって明らかになっている。このような人々は、従来、いくらかの称賛をこめて、医療を必要とする集団ではない“copers(うまく対処している人々)”とみなされてきた。

しかし医療関係者の間で、未治療の疼痛を有する人々は受診すべきだという意見が増えつつある。そして、これらの人々が受診しようとしない場合、より積極的な質問、評価、および治療を通して受診させるよう推奨する意見もある(Vol.21No9,p.105の記事“Should 'Silent' Pain Sufferers Cry Out for Medical Help?"およびVol.21No.9,p.101の記事“Pain Common in Mississippi: But Can Specialists Make It Disappear?"を参照)。

腰痛の積極的な追求は非生産的か?

受診していない人々に疼痛治療を受けるよう勧めることは、すべての関係者に恩恵を及ぼす可能性はある。患者は、疼痛の愁訴に対処するための支援、疼痛管理法の選択の手助けおよび身体活動の早期再開に関するアドバイスを得るとともに、長期予後の説明を受けて安心するかもしれない。

しかし疼痛を積極的に医療対象にすることを推奨する研究や論説では、これらの試みが非生産的なものとなる可能性があることについて、ほとんど議論していない。

例えば、一部の腰痛(単純な非特異的疼痛から慢性の広範囲にわたる疼痛まで)のため医療機関を受診することが、実際には患者に悪影響を及ほすおそれがあるというのは突飛な考えではない。

University of North CarolinaのNortin M.Hadler博士は“腰痛を医療対象から外すべきだという、よくあるアドバイスには一理ある。これは医療に対する根本的な非難である”と、述べている。

言い換えれば、このアドバイスは、従来の医学的アプローチがしば腰痛を悪化させ医原性の問題を生み出したことを認めているのである。そして、一部の腰痛に対する医療を差し控えること、すなわち医療対象から外すことは、おそらく有益なやり方であると認めている。Hadler博士は2003年のJAMAの論説において、非特異的腰痛のある人々は、医師の忠告および治療による恩恵を受けなくとも、自力で対処することを考えるよう提言した(Hadler,2003を参照)。

博士の主張によれば、通常は、腰痛の評価と治療が患者の腰痛問題への対処を手助けする手掛りになることはない。それどころか、たいていは、病理学的異常を探すための見当違いの検査や、腰痛の因果関係に関するまだ証明されていない理論の押し付けに力が注がれる。患者は多くの場合、有効性の明らかでない治療を受けた挙句、自分には将来さらに問題を引き起こす可能性のある基礎疾患があるという感情を抱く結果になる。

Hadler博士は最近も自分の見解は変わっていないと述べている。「私は、腰痛のある人々が20分間にわたり賢明な助言をしてもらえるであろうと思えば、異存なくその人たちに医療機関を受診するようアドバイスするでしょう。しかし、実際にはそうではなく、短時間のうちに処方箋と診断検査の指示書を受け取ることになるのではないかと思うのです」。

根拠のある科学的研究ではどうなのか?

それでは、腰痛をさらに医療対象化しようという人々、そしてこの動向に反対する人々の強い希望を、どのように調整したらよいのであろうか?その答えはおそらく、注意深い科学的研究を行うことである。

医師を受診していない非患者を医療に組み入れて疼痛をより積極的に治療しようと考える人々は、基本的に新たな介入の実施を提案している。また、このような非患者への治療を広範に実施する前に、そうした治療自体について検討するべきである。

例えば、急性、亜急性、または慢性、あるいは軽度、中等度、または重度の、様々な形の疼痛を有するが受診していない非患者が、一線を越えて医療機関を受診することによって恩恵を得られるのであろうか?慢性の広範囲にわたる疼痛のある人々はどうなのか?医学的に線維筋痛症の一種であると診断されて治療を受けることにより、恩恵が得られるとしても、それはどの程度のものなのか?

これらは臨床試験およびコホート研究において検討可能な問題である。腰痛を有するが医療機関を受診していなかった人々を新たに医学的評価と治療の対象にしようとする人々、およびより積極的な疼痛治療を行おうとする人々には、当然これらの試験を実施する責務がある。

そして、その途中で、疼痛を5番目のバイタルサインにするキャンペーン、慢性疼痛を疾患とみなす動き、および疼痛緩和を基本的人権に含める運動が、実際にどのような影響を及ぼすかについて、科学的研究を実施してはどうだろうか?これらの手法には広報活動における直感に訴える力がある。ただし、それらは理に適った公衆衛生対策である可能性もあれば、そうでない可能性もある。提唱された他の医学的治療と同様、それらについても懐疑的な態度で検討すべきである。

疼痛を医療対象として積極的に治療するための介入については、懐疑的な態度で検討すべぎである

参考文献:

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