身体的負荷は椎間板を強化し、椎間板変性の進行を遅らせるか?

Does Physical Loading Strengthen the Intervertebral Disc and Retard Disc Degeneration? 


医療界、産業界、および政府の規制当局は、労働中の身体的負荷が椎間板変性の主要な危険因子であるという従来の考え方からなかなか脱却できずにいる。

また、多くの人間工学の専門家も、椎間板変性の予防は主として職場における脊椎負荷の軽減にかかっているという考えに、今なお固執している。

しかし、最新の研究では、これらの知見が時代遅れで誤ったものであるということが再強調されている。TapioVideman博士らによると、仕事または運動の際の身体的負荷が椎間板変性に与える影響はほとんど知覚できない程度であり、 これらの影響は、遣伝、年齢、および通常の姿勢での負荷の影響に比べれば、たいしたことがないのだということである(Videmaneta1.2006を参照)。

同博士らの研究は、それよりもさらに関心をそそる結論を提示している。Videman博士らは、身体的負荷が椎間板の健康に悪影響を及ぼすどころか、むしろ健康を増進することに気づいた。彼らによると、“身体的負荷は脊椎の健康にとって有害であるという考え方が広く知れ渡っているが、実際には、日常的または反復的な負荷は加齢による椎間板の乾燥を遅らせて、椎間板に有益な影響を与える可能性がある”という。

つまり、この研究が正しければ、椎間板は身体の他のほとんどの筋骨格系組織と同様の反応を示すことになる。運動および身体的ストレスが椎間板にとって有用ということになる。

この最新の研究は、 ノルウェーのべルゲンで開催された国際腰椎研究学会の冒頭セッションで発表され、他の研究者らから絶賛された。

「これは説得力のある、 うまく計画された研究です」と、Stanford UniversityのEugene Carragee博士は述べた。「この研究は、身体的負荷が椎間板に及ぼす影響に関する、世間一般の通念を、 きっぱり否定しています。そして、NIOSH[米国国立労働安全衛生研究所]および他の機関からの人間工学的勧告を完全に覆しています」と、Carragee博士は述べた。

Carragee博士は、次のように説明している。「身体的負荷は、適度なものを除いては、椎間板にとって有害であり累積的外傷となると広く信じられています。 しかしこの研究では、身体的負荷が大きく、体重が重く、力が強い被験者の方が、MRI上の信号強度の低下という観点からみた椎間板変性の進行が遅いことが明らかになりました」。そして、次のように続けた。「椎間板が小さく、単位面積あたり_ の圧迫が大きい被験者において、信号強度の低下速度力、遅いことも明らかになりました」。

運動療法の研究者であるVert Mooney博士は、この研究が椎間板に関する広く知れ渡った考え方を論破していることに賛同を示した。「この研究は、椎間板が身体運動によって傷つけられるようなもろい組織ではないことを示しています」とMooney博士は述べた。「それどころか、椎間板にとって運動は有益であり、椎間板が反復的な身体的負荷によってより健康に、より強くなることを実証しているのです」。

人体計測変数は“missing link”か?

Videman博士は、共同研究者とともにこの最新の研究を実施したのは、人体計測変数(身長、体重、耐久力、椎間板の面積など)と通常の姿勢による負荷の影響が、腰椎の椎間板変性を理解するのに必要な“missing link(失われた環)”であるか否かを調べるためであったと述べた。

これまでの研究では、権間板変性において遺伝が主要な役割を果たすことが明らかになっている。Mickle Battle博士とVidemm博士が最近発表したレビユーによると、いくつかの双生児研究で、椎間板変性における多様性の74%程度が遺伝によって説明された。変動はあるが、年齢も椎間板変性において重要な役割を果たしている(Battie and Videman,2006を参照)。

「しかし、 もし遺伝および年齢が主要な影響要因であるなら、なぜ推間板変性は脊椎レベルによって大きく異なるのでしょうか?」と、Videman博士は問いかけた。「脊推レベルによる変動は、生体力学的問題が関与しているに違いないことを示唆します」。

しかし、 これまでの研究において、労働や余暇での身体的負荷が、腰椎の椎間板変性に対して小さな影響しか与えないことが明らかになっている。「そこで、我々は、人体計測変数およびその他の変数が、椎間板変性の過程に対して生体力学的な影響を及l対か否かを検討することにしました」 とVideman博士は述べた。

フィンランド人男性575名を対象にした研究

Videman博士、Battie博士、 およびEsko Levalahti博士は、地域住民を対象にしたフィンランド双生児コホートに含まれるフィンランド人男性575名に関するレトロスペクテイブ研究を行った。 これらの被験者の年齢の範囲は35-70歳であり、平均年齢はおよそ50歳であった。以前の研究において、このコホートがフィンランド人男性の母集団を概ね代表したものであることが明らかになっている。

これらの研究者は、単変量解析および逐次重回帰モデルを用いて、椎間板変性に関連する可能性がある様々な因子について調べた。

1.5 Tesla単位で撮影したMRIスキャンから、椎間板の信号強度、椎間板の高さおよび横断像の椎間板面積のデータが得られた。椎間板に対する体位の影響を最小限に抑えるため、各被験者はスキャンの前に30-40分間仰臥位を維持した。椎間板の信号強度を測定する際には、隣接する脳脊髄液を用いて椎間板の信号強度の補正が可能であった。以前の研究では、MRIの方法論的要素(磁界の不均質性など) に起因する未補正の椎間板の信号強度のバラツキによって、椎間板の信号強度の測定値に混乱が生じた可能性がある。

これらの研究者は、身長、体重および体脂肪率のような基本的な人体計測値を測定した。 被験者の等運動性の持ち上げ能力を測定した。

質問項目を定めた聞き取り調査によって、生涯にわたる身体的負荷に関する詳細な情報を入手した。被験者には、完全な職歴を説明するよう要請した。また、持ち上げ動作の頻度および最も頻度の高い持ち上げ重量を評価してもらった。前屈みの姿勢や身体をひねった姿勢、および、座った姿勢で過ごした時間に関するデータを得た。

フィンランド双生児コホートからは、 これまで行った身体運動および余暇時の身体活動に関する詳細な情報についても提供を受けた。 

加齢による椎間板の信号強度の低下

この研究からは、予測どおり、椎間板の水和(hydlation)および推間板の健康の評価尺度であるMRI上の椎間板の信号強度が、加齢とともに次第に低下することが明らかになった。

しかし、いくつかの変量が椎間板の乾燥の進行を遅らせるようであった。逐次回帰分析を行った結果、高い肥満度(BMI)、強い持ち上げ能力、および大きな身体的負荷はすべて、椎間板の信号強度の増強と関連していた。このことから、これらすべての因子が推間板変性を予防する可能性があることが示唆される。

横断像の推間板の断面積が小さいことも、椎間板の信号強度が高いことと関連していた。このことは、負荷が大きいほど、 また単位面積あたりの圧追度が高いほど、おそらくは椎間板の栄養状態の改善およびその他の身体的・生化学的メカニズムを介して、椎間板が健康な状態に保たれることを示唆している。

この研究者らは、推間板の信号強度に対し著明な影響を与える因子について調べるため、多変量モデル解析を行った。Videman博士らによると、「椎間板の信号強度において多様性の合計(15.5%)のうち、年齢により説明されるものは8%、体重および横断像の推間板面積により説明されるものが3.9%、等運動性の持ち上げ[力] により説明されるものが2.3%、およびこれまでの労働等での持ち上げ作業により説明されるものが1.3%であった」。

この研究では、上記の変数と椎間板の高さの減少、(椎間板変性のもう一つの一般的尺度) との関連についても調査している。この解析では非常に異なる関連パターンが実証された。 高齢であること、身体的負荷が大きいこと、および椎間板の断面積が大きいことはすべて、推間板の高さの減少が大きいことと関連していた。つまり、身体的負荷が大きいほど、また身体的ストレスが大きいほど、椎間板の垂直方向の狭小化が加速された。 

相反する知見?

一見すると、椎間板の信号強度と椎間板間隙の狭小化に関する結論は、相反するようにみえるかもしれない。身体的負荷が、椎間板の信号強度の面では有益であり、椎間板間隙の狭小化の面では有害なのはなぜであろうか? Videman博士はこれらの知見は実際に理に適っており、直観的に理解できると指摘した。

椎間板変性の完全な尺度はないため、多く解究では複合評価尺度を用いている。椎間板の信号強度は椎間板の水分含有量を反映しており、これ力業間板のライフサイクル全体を通しての椎間板の老化について最良の総合的評価尺度であると考えられる。

これに対して、椎間板間隙の狭小化は椎間板変性の末期を表す。「椎間板の高さの減少は明らかな病理学的徴候である」とVideman 博士はコメントし、次のように付け加えた。 「椎間板間陳の狭小化がみられ始めた時には、椎間板変性はすでにかなり進行しています」。

したがって、この研究の結果は、身体的負荷および身体的ストレスが健康な椎間板には有益であるが、変性が進んだ稚間板には有益ではない、ということを示しているように思われる。「この研究結果から示唆されることは、椎間板の重症の病理所見を認めるようになった患者にとって、大きな身体的負荷はもう有益ではないと考えられるということです」とVideman博士は述べた。

他の関節および筋骨格系組織にも同じパターンが当てはまるため、スポーツ医学や連動生理学に詳しい人にとって、これは驚くようなことではないはずである。関節力'健康な場合には、足首、膝、または股関節への反復的または累積的な負荷はすべて関節を強化し機能を向上させる。しかし、ひとたび関節が大幅に損傷すると、負荷力有書な影響や様々な影響を与えることがある。

この最新の研究は、仕事やスポーツによる身体的負荷は通常の生活においてとる姿勢からくる日常的な負荷よりも、椎間板変性に与える影響が小さいようである、ということも明らかにしている。

この結論は従来の考え方に異議を唱えるものであるが、同時に直観的に理解できる知見でもあると、Videman博士は述べている。「歩くことを覚えた時から、歩いている時間はいつも、体重のおよそ半分の負荷が椎間板にかかっているのです」とVideman博士は述べている。「ある姿勢をとったり、通常の動作をすることによって脊椎にかかる力に比較して、職業上の動作によって脊椎にかかる追加的な力は、相対的に小さいのです。椎間板変性に影響する生体力学的負荷の最も重要な発生源は、人体計測変数およびある姿勢をとることによる負荷であると考えられます」。

健康に良い負荷には上限があるのか?

Videman博士は、椎間板の健康に良い負荷の上限、すなわちそれを超えると身体的負荷が書を及ぼすようになるという限界値はおそらく存在するが、その限度は身体トレーニングおよび身体の適応状態によって決まるものである、と述べている。

「私はこれまで常に、脊椎を含めた身体を大きな身体的ストレスに適応できるよう訓練することは可能であると考えてきました。適切なプログラムに従い十分な時間をかければ、非常に大きな負荷に耐えることも可能です。 時間をかけて訓練すれば身体が適応します」とVidamn博士は言う。

そしてVideman博士は、労働中または運動 時の身体的負荷はたとえ大きな負荷であっても椎間板変性に対する主要な関与因子とはならないと、強調している。最近の別のレビューにおいて、Battie博士らは極度の脊椎負荷に曝露される運動選手に椎間板変性の程度の増大が認められないことを報告した。

同博士らは次のようにも述べている。”しかし一流のウェイトリフテイング選手のコホートにおいて、 ウェイトリフティングのトレーニング時間は非常に少ないと回答した射撃選手と比較したとき、生涯の平均26年間に相当するウェイトリフティング歴(’最大’ リフテイングの実質時間9,000時間) によって説明できたのは椎間板変性の多様性の約10%にすぎなかった”。 (Battie et al.,,2004を参照。)

このレビューが実証しているように、脊椎は、非常に大きな身体的負荷を糧にすることのできる、驚くべき組機である。 

参考文献:

Battie MC et al., Lumbar disc degeneration:Epidemiology and genetic influences, Spine, 2004; 29:2679-90.

Battie MC and Videman T, Lumbar discdegeneration: Epidemiology and genetics, Journal of Bone and Joint Surgery,2006; 88:3-9.

Boos N et at., Classification of age-relatedchanges in lumbar intervertebral discs:2002 Volvo Award in basic science,Spine, 2002; 27:2631-44.

Haefeli M et at., The course of macroscopic degeneration in the human lumbar intervertebral disc, Spine, 2006; 31:1522-31.

Videman T et at., Anthropometric factors aremore important than occupation and leisure-time physical activity in intervertebral disc degeneration, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine,Bergen, Norway, 2006; as yet unpublished.

TheBackLetter21(7): 73, 81, 83, 2006. 

加茂整形外科医院