固定術実施率の地域差が大きい最大要因は不適切な研究か?

Is Inadequate Research the Ultimate Cause of Huge Geographic Variations in Fusion Surgery Rates?


脊椎研究の難解な問題、特に新しい手術用の機器(device) や術式の評価に関する問題が、ある1件の新規研究で指摘されている。

過去20年間、脊椎研究は、決して治療技術革新に遅れをとらずに歩んできたわけではない。規制当局の厳密な基準に従って自社製品の研究を行う企業に大きく依存する現在の研究システムでは、遅れを取り戻せるとは思えない。

Dartmouth UniversityのJames N. Weinstein博士らによる新規研究は、メディケア受給者における脊椎固定術の実施率が過去10年間で3倍以上に増加したことを明らかこしている。そしてメディケアシステムにおいて脊椎固定術のための支出額は500%以上も増加した (編集者l注:メディケアは65歳以上の人が対象となる) (Weinstein et al, 2006を参照)。

残念ながら高齢者における固定術の急増が妥当か否かは明白でない。Dartmouthの研究者らによると、高齢者の多くの適応症に対する脊椎固定術の実施を支持する科学的エビデンスは少ない。

Weinstein博士は“腰推固定術は現在米国で行われる全ての脊椎手術の約50%を占めるが、これらの手術を支持する科学的または臨床的エビデンスは得られていない。一部の腰痛疾患については固定術が患者のためになるか否か、実のところわかっていない”と述べている。

驚くべき地域差

この新規研究では、米国の高齢患者における固定術の規定および実施に関して、驚くべき地域差が明らかになっている。こと医学的判断に関しては、住むところで通命が决まるようなことがあってはならない。しかし固定術の場合は確かにそうなのである。

Weinstein博士らによると“2002年および、2003 年のメディケア加入者における実施率には20倍近くの地域差がみられた。これは手術に関する何らかの変動係数としては最大である”。

非常に大きな問題

University of Washington Center for Cost and Outcomes Researchの共同責任者であるRichard A. Deyo博士は“これらの大きな地域差は非常に大きな問題であると思う” と論評した。“特にメディケア受給者の年齢範囲がかなり狭いことを考慮した場合、腰痛、椎間板疾患、またはその他の変性性疾患の有病率に20倍もの地域差があることを示唆する疫学的エビデンスは存在しない”。

Deyo博士は“これらの差は、 どのくらいの実施率が妥当なのか専門家にも確信がないことを表しているのではないかと考える。この原因はおそらく専門家の訓練、哲学、および信念の相違にある。言い換えると、これは固定術の正確な適応が不確定であることの表れである”と示唆する。

「地域差は非常に大きな問題である。なぜなら地域差があるということは過剰に使用されている地域または十分に使用されていない地域があることを示唆し、医療に対する社会的信頼の土台を揺るがすからである。どう考えても、手術実施率の急上昇に伴い治療コストや手術リスクに患者を曝すことについて大きな念が生じる」とDeyo博士は付け加えた。

支払い機関は気づいている

第三者支払い機関およびへルスケアシステムは、脊椎固定術に関する科学的研究が新しい機器Cdevice)および術式の急速な進歩に追いついていない、あるいは従来の術式による治療にすら追いついていないことに確かに気づいている。

実際にメディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)は最近、腰椎変性性椎間板疾患のための脊椎固定術に関するエビデンスを検討する委員会の例会を開いた。これは、特にこれがメディケアおよびメディケイドプログラムの対象となる9,000万人の高齢者・低所得者・障害のある人々に適用されるためであった。

CMSのCoverage and Analysis Groupの代表であるSteve Phurrough博士が最近コメントしているように、CMSは脊椎手術に関するエビデンスが「それほど強力ではない」という印象に基づいて、 このレビューを実施することを決定した(Eisner,2006を参照)。そしてCMS会議が委託したエビデンスのレビューはこの印象を確認するものであった。すなわち、Duke UniversityのDouglas McCrory博士らによると、“65歳以上の患者について考えた場合には特に、腰椎固定術に関するエビデンスから、変性性椎間板疾患に対する腰椎固定術の保存療法と比較しての短・長期的利点を決定的に実証することはできない”(McCrory et al.,2006.を参照)。

 前向きに解決すべき時

Weinstein博士らは脊椎研究の学界がこの問題に独創的かつ前向きに取り組むべきであると考えている。博士らによると、“放置していては診療実態の差は解消しない。研究課題の拡大に伴い、新技術の早期評価や現在の技術の利用に関する新しい理論が必要になるのはもちろん、現在の診療実態の継続的評価も必要になる”。

1、2件の研究では答えは出ない

この問題の解決には質の高い科学的研究が必要とされるが、新たに数件の無作為比較研究が実施されても解決しない。研究システム全体に欠陥がある。多くの治療法は、商業化の段階に達してから臨床試験で有効性と安全性の独立した検討が行われるまでに10年以上かかる。最終的な検討が行われないままの治療もある。

「これはシステムの問題である。この分野の進歩速度は非常に速く、市場の圧力も非常に強いため、1、2件の研究で全ての必要な答えが得られることはない。手術および機器(device)が標準治療になるまでには、臨床医、研究者、資金提供機関、およびFDAに、これらのより厳密な評価を行うための新しい研究方法を把握してもらう必要がある。それらが標準治療になった後では厳密な評価を行うことははるかに難しくなる」とDeyo博士は言う。

この状況に対処するには、脊椎研究の大きな改革、ならびに研究者、医学研究施設、規制当局、および大手支払い機関の協調的努力が返要である。Weinstein博士は最近、新しい脊椎手術 の術式の早期かつ独立した評価を可能にするNational Clinical Trials Consortiumの設立を提唱した(Weinstein,2006を参照)。他国の研究者もこの呼びかけに賛同している。

効果的なコミュニケーションと迅速な協調行動が必要

どの分野でも、最も成功している組織とは問題を早期に認識し、効果的なコミュニケーションを取り、迅速な協調行動をとることのできる組織である。医学の各専門分野は同一の課題に直面し、同じ研究費や治療費を得るために競い合っている。そうした問題に取り組まない分野は脱落するのみである。

Weinstein博士は北米脊椎究学会の2004年の年次総会で、「脊椎分野の研究者は脊椎研究の欠陥を認めないとは言っていない」と述べた。

「我々はこのことを非難ではなく挑戦とみなすべきである。我々が行っている判断を裏付ける科学的データが必要である」とWeinstein博士は主張した。

306の病院紹介地域に関する研究

Dartmouthの研究者らはメディケアの請求および加入データを用いて、1992-2003年の米国内の306の各病院紹介地域における65歳以上の出来高払い型メディケア受給者への腰椎椎弓切除術/椎間板切除術および腰椎固定術の実施率を計算した。実施率を年齢、性別、および人種の分布に関して調整した。

研究期間中、腰椎椎間板切除術および椎弓切除術の実施率は上昇し、その後わずかに低下した。 米国のメディケア受給者における平均実施率は1992年には1,000人あたり1.7であったが、2001年には2.2まで上昇し、2003年には2.1に下がった。

脊推固定術の実施率の上昇はより急激で、全研究期間を通して上昇していた。In年の腰椎固定術の平均実施率はメデイケア加入者1,000人あたり0.3であった。Weinstein博士らによると、実施率はその後10年間上昇し、1998年には倍増して加入者1,000人あたり0.6になり、2003年には1,000人あたり1.1であった”。

脊椎手術に関するメディケア支出は倍増した

この10年間に脊椎手術全般に関するメディケア支出は2倍以上に増加したが、その揄チの主な要因は固定術であった。

インフレ調整後の腰椎椎間板切除術/椎弓切除術に関する支出は、実は10年間で約10'%減少、しており、1992年には3億4,200万ドルであったのが2003年には3億600万ドルであった。

しかし腰椎固定術に関する支出は500%以上もの急激な増加を示し、1992年には7,500万ドルであったの力、2003年には4億8,200万ドルになった。 固定術の件数が大幅に揄チし1件あたりの平均費用も増加した。後者はおそらく骨癒合を促進するための一脊椎インストルメンテーションの費用の増加を反映したものである。

2002-2003年のメディケア加入者における椎間板切除術/稚弓切除術の実施率には最大8倍の地域差が認められた。

しかし固定術に関する地域差ははるかに大きかった。実施率には20倍以上の地域差がみられ,加入者1,000人あたりの固定術の件数が0.2の地或から4.6の地域まであった。

Idaho州Idaho Falls(メディケア受給者1,000人あたり4.6)、Montana州Missoula(1,000人あたり3.0)、またはIowa州Mason City(1,000人あたり3.0)では、患者が固定術を受ける率がMaine州Bangor(1,000人あたり0.2)、Indiana州Terre Haute(1,000人あたり0.3)、またはNew Jersey州Newark(1,000人あたり0.4)より大幅に高かった。

Dartmouthの研究者らが以前行った研究では、ほんの数マイルしか離れていない病院紹介地或における脊椎手術の実施率に、非常に大きな差があることが明らかになった。2000〜2001年にFlorida州Bradenton地或のメディケア加入者は、ほんの50マイル北のFlorida州Tampaの加入者よりも脊椎手術を受ける率が75%高かった(Weinstein et al.2004を参照)。

上記と同じ年のデータから、Florida州のBradentonおよびOrlandoの外科医が固定術を実施する頻度は全国平均よりもそれぞれ2.4倍および1.6倍高いことが明らかになった。同じ年のMiamiの外科医の固定術実施率は全国平均の60%にすぎなかった。

Weinstein博士らの新規研究において、手術実施率の上昇と整形外科医・神経外科医数、または他の分野の外科,医の人数との間に相関は見出されなかった。手術実施率と、実際に脊椎を専門にする外科医の人数との間に相関があるかどうかは、現時点では不明である。同博士らにはその問題を検討するためのデータがなかった。

地域差を生じる最も可能性の高い理由は何か?

固定術の実施率に大きな地域差がみられる理由は完全には明らかになっていない。2004年にSpinel,ouma1に掲載された“AFairandBalanced ViewofSpineFusionSurgery” という論説では、地域差は疾害、の有病率、受診;行動パ夕一ン理、および社会人口統計学的因子によって説明される可能性があると論じられている。Thomas J. Errico博士らによると、“同じ疾患に支、ける治療に差が生じる原因として、一部の地域で小規模病院力・多いこと、また地i或の訓練プログラムがないことが考えられる”(Enicoeta1.,2004.を参照)。

しかしWeinstein博士は、固定術の実施率における根強い地域差や数マイルし力報れていない地域における差は、これらの要因では説明できそうにないと描商する。

同博士は、「地域差は“科学的エビデンスの不足、手術を促進または阻害する金銭的誘因、ならびに臨床的訓練や専門家の見解の相違”に関連したものである可能性の方がはるかに高い」と述べている。

アウトカム研究現駆者であるJohn Wermberg 博士は、2004年の論説において、脊椎手術にみられる大きな地域差は、待機手術の実施率が地城病院の医師の意見と治療スタイルに過度に影響される、いわゆる“surgical signature”現象を反映している可能性が高いと示唆した(Wennberg,2004を参照)。

質の高い科学的エビデンスの不足

高齢者のいくつかの疾患に対する固定術の適用に関して、質の高い科学的エビデンスが不足していることは議論の余地がない。これを疑う人は、慢性腰痛の治療に関する最近の体系的レビューとガイドラインを読みさえすればよい。

そして固定術に様々な形のインストルメンテーションを併用する危険性および利点に関するエビデンスも同様に不足している。Weinstein博士らは“[質の高い]臨床研究が不足していることを考えると、ある脊椎疾患に対するインストルメント併用の固定術の役割について結論を出すことは不可能であり、ましてや患者のアウトカムに対する特定の機器(device)の相対的な効果(efficacyまたはeffectiveness)を評価することなど不可能である”と指摘している。

幸いなことに、これらの問題には解決策がある。まずは脊椎研究システムを再編成して、脊椎手術および脊椎用機器(device)についてのより質の高い、より時宜に適った科学的エビデンスを得ることである。

Weinstein博士は2006年初めのSpineの論説で脊椎研究の再編成を提言した。前述のように博士は、独立した研究者および臨床医によって運営されるNational Clinical Trials Consortiumを設立し、これが専門学会および一般の人々による監視を受けることを提言している(Weinstein, 2006を参照)。

この機関は企業、支払い機関、へルスケアシステム、非営利団体、FDA、国立衛生研究所(NIH)、および他の団体から資金提供を受けることになる。しかしこれらの資金提供者が固々の研究のデザインおよび実施を直接コントロールすることはないものとする。

このプロジエクトは、 ピア・レビュー (peer-review)後の広報活動、患者登録、 および実際
的な費用対効果の研究を支援することになる。

Weinstein博士は「主要な機能は、利害関係の衝突が起きにくい、質の高い臨床研究を推進および管理することである。それによって臨床研究の数字上の妥当性が改善され、ほぼ確実にバイアスが減少する」 と語っている。

より良いエビデンスにより患者の役割が強化される

より良い科学的データが得られれば、脊椎手術において患者自身の選択権が強化されるはずである。結局のところ、手術に関する意思決定に医師が重い影響を与えるべきではない。決定は患者が行うべきである。そして患者には脊椎手術および代替治療のリスク、利点、可能性のあるアウトカムに関する正確な情報が提供されるべきである。そうなれば、患者は自身の価値観と期待ならびにリスクの許容範囲に基づいて、十分な説明を受けた上で意思決定ができるようになる。

参考文献:

Eisner W, Spinal fusion: CMS says"show us the evidence in November, "OrthopedicsThis Week, July 26, 2006; www.ryortho.com/newsletters/volume2/issue24/07 -25-06-The-Call.htm.

Errico TS et al., A fair and balanced view of spine fusion surgery, Spine Journal,2004;4:129S-42S.

McCrory DC et al., Spinal fusion for degenerative disc disease affecting the lumbarspine [draft evidence report/technology review prepared for the Medicare Coverage Advisory Committee meeting] ,2006; as yet unpublished; www.cms.hhs , gov/determinationprocess/down1oads/id4 lta.pdf.

Weinstein IN et at., United States' trends and regional variations in lumbar spine surgery: 1992-2003, Spine, 2006; 31:2707-14.

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Weinstein JN, An altruistic approach to clinical trials: The National Clinical TrialsConsortium (NCTC) [editorial] ,Spine 2006; 31:1-3 .

Wennberg JE, Practice variations and health care reform: connecting the dots Health Aft,airs; 2004; Suppl Web Exclusive: 140-4 

The BackLetter 21(12): 133, 141-142, 2006. 

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