なぜ有効な心理療法が用いられていないのか?

Why Are Effective Psychological Therapies Under,used? 


多くの脊椎専門医は心理療法を十分に活用しておらず、正当に評価してもいない

野球に関する数々の名言で知られるYogi Berraはかつてこう語った。「野球の50%は半ば精神力である」。

慢性腰痛についても同じようなコメントができるかもしれない。慢性腰痛は心理的要因を抱え、心理的影響を深く受ける。そして新しい体系的レビューおよびメ夕解析によると、慢性腰痛は心理療法によく反応するという。

Benson M. Hoffman博士らによると「我々の結果から慢性腰痛に対する心理療法の明白な効果が実証された」(Hoffman et al.,2007を参照)。

このメ夕解析では、各種の心理療法は疼痛強度、疼痛による障害、健康に関連する生活の質(QOL)、仕事に関連する活動障害、およびうつ病などの慢性腰痛の多くの側面に対して総合的に明白な効果を示すことが明らかになった。認知行動療法と自己制御療法(バイオフィードバック、 リラクゼーション療法、催眠療法など) が特に有効であると思われた。

心理療法が疼痛強度を緩和

興味深いことに心理療法による効果が最も大きかったのは、かつては心理療法には反応しないと考えられていた疼痛強度であった。

Veteran's Administration Connecticut Health-care Systemの心理学部門の責任者で研究責任者であるRobert B.Kems博士は「これらの治療が、患者の疼痛に対して実際に重要な効果を発揮することを示唆する知見が増えつつある」と述べている。

過去のレビューとの相違

この体系的レビューは過去の研究を踏まえたものである。しかしいくつかの過去の体系的レビューよりも心理療法に大きな利点があることを明らかにした。このような不一致が生じたのは、この分野におけるエビデンスの増加、そして用いたメ夕解析の方法によるものと考えられる。

「この解析は過去に行われたレビューよりも包括的かつ慎重なものであったため、これらの治療が有用であることを示すこれまでで最良のエビデンスが得られた」とKerns博士は述べた。 

心理療法は治癒をめざすものではない

それでは心理療法が慢性腰痛の治療にあまり使われていないのはなぜか? University of Washingtonの疼痛研究者Dennis Turk博士は、「多くの患者が心理療法を受けようとしないのは、腰痛疾患の治療定義は解剖学的治癒と認識しているためであろう」としている。

Center for the Advancement of Healthが発表 した提言の中でTurk博士はたとえ最新かつ最高の治療を行っても慢性疼痛の患者は治癒しない」と述べている。「心理療法は治癒をめざすものではないが、これ;が疼痛を緩和し身体機能を改善することは事実であり、慢性疼痛患者の治療において欠くことのできない重要な要素である」。

残念ながら、多くの脊椎専門医、プライマリケア医、および第三者費用支払い機関は心理療法を十分に活用しておらず、正当に評価しても いない。結果として多くの患者はそれらの効果を体験する機会を持たない。

Turk博士は、慢性腰痛の治療において、手術、オピオイド、神経ブロック、脊髄電気刺激法および植え込み型薬剤注入システムといった広く行われている腰痛治療は心理療法を含むリハビリテーションプログラムよりも費用がかかり、効果は小さいことが多いと指摘している。

「矛盾しているのは、心理療法の有効性を示すデータがあるにもかかわらず、保険会社がそれらの費用を支払うことにあまり積極的ではないことである」とTurk博士は述べている。大方の推測では、医師はおそらく心理療法の効果をよく知らず、どのような場合に適応となるのか十分理解していないため、患者に心理療法を受けさせることにあまり積極的ではないものとされている。

腰痛患者が心理療法を受けられるようにするため、臨床医が医療保険システムおよび第三者費用支払い 機関に働きかけることが重要である

体系的レビユーとメタ解析

Hoffman博士らは、非癌性の慢性腰痛の成人患者に対する外来での心理療法の効果の検討を始めた。2004年10月までに発表された研究を調査対象とした。
研究の選択基準は次の通りであった:

  1. 成人被験者を対象にした、英語で発表された研究;
  2. 心理療法と比較療法または対照療法を検討する無作為または準無作為対照比較研究;
  3. 病因が既知または不明であり3ヶ月以上持続する慢性腰痛に関する研究;
  4. 疼痛に関連するアウトカムを評価した研究

最初の文献検索では952篇の論文が分析対象の候補として同定された。著者らは研究を厳しく吟味し研究方法の質を評価して、22の無作為比較研究からデータを抽出した。著者らによると“22の研究に基づく合計205のeffect size(効果量)を統合し34の解析を行った”(メタ解析の方法に関する詳細は研究論文を参照)。

全般的に見て、メタ解析からは心理療法単独または他治療との併用は効果的であることが示された。待機患者リストに入っている対照被験者と比較して、心理療法を受けた患者では疼痛 強度およびQOLに対し中程度の効果が認められた。また積極的な対照治療を受けた被験者と比較して、心理療法を受けた患者では仕事に関連する活動障害に中程度の影響が認められた。

特定の心理療法についてみると、認知行動療 法は疼痛強度に対して“中等度ないし大きな”影響を及ぼした。催眠療法、弛緩療法およびバイオフィードバックのような自己制御療法も疼痛強度に対して“大きな”影響を及ぼした。

脊椎治療に携わる医師が心理療法をより上手く利用するにはどうしたらよいか?

医師がこれらの結果を利用して、より良い腰痛治療を行うにはどのようにたらよいのであろうか?Kerns博士は、医師らが心理療法について学び、これらの治療を提供する専門家と協力し合うよう提案している。

Kerns博士は最近の電子メールで、「私は、脊椎専門医とプライマリケア医は腰痛に対する心理療法の有効'性についての知識を深めるべきであり、これらの治療を提供する資格のある専門家と協力関係および専門的助言を交わす関係を築く努力をすべきと考える」とコメントしている。

「疼痛治療のために患者を心理部門に紹介するかという決断にあたっては、当然ながら、包括的な疼痛評価やそうした治療の潜在的な利点についての患者との話し合いおよび患者の意志 決定に基づくべきである」と博士は付け加えた。

心理療法は一般には他の治療法に取って代わるものではないことを理解することが重要である。Kerns博士は「ほとんどの場合、疼痛治療のための心理療法は複合的(multimodal)かつ集学的(multidisciplinary)な治療計画のひとつの要素とみなされるべきである」と述べている。 「疼痛疾患が慢性的なものであること、連携のとれた治療の継続が重要であることを考えると、おそらく脊椎専門医またはプライマリケア医の継続的な関与が不可欠である」。

第三者費用支払い機関の説得が必要

Kerns博士は、あらゆる腰痛治療分野における治療提供者が医療保険制度および第三者費用支払し機関に対して、心理療法を利用可能にするよう働きかけることも重要であると強調している。「腰痛治療には依然として多額の費用のかかる大きな問題がある。有効な治療法はすでに見つかっているのであれば、我々は心理療法を受ける機会を作り出すためにもっと努力する必要がある」と博士は主張した。

これらの治療の保険請求の際にどのコードを使用するかという点は、 もうひとつの重要かつ微妙な問題である。Kerns博士の説明によれば、「心理学者および他の精神保健治療の提供者が、疼痛治療のような治療の費用を請求する際に精神医学診断コードのかわりに使用できる健康および行動に関するCPT (Current Procedural Terminology)コードは現在いくつか存在する」。

「しかしCenters for Medicare & Medicaid Servicesおよびその他のいくつかの第三者費用支払い機関はこれらのコードに対する費用償還 を行っているものの、他のいくつかの[費用支払い機関]は費用償還を行っていない。このことが、費用償還を受けようとして不正な精神疾患の診断名を記入するという行為を促し、さらには持続性疼痛疾患、の患者が精神疾患に罹患ていることにする行為を助長している」と博士は言及した。

Kerns博士によると、「心理療法、特に認知行動療法と自己制御療法が持続性腰痛に対して有効であることを示す明確かつ説得力のあるエビデンスが得られていることから、我々は皆これらの治療を支持し、これらのコードを承認するよう働きかける」。 

参考文献: 

Hoffman BM et at., Meta-analysis of psychological interventions for chronic low back pain, Health Psychology, 2006; 26: 1-9.

The BackLetter 22(3) : 28-29, 2007.

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