神経系障害を伴わない疼痛遮断が可能に

Medical tribune 2007年12月13日号/(VOL.40 NO.50)


〔米メリーランド州ベセズダ〕マサチューセッツ総合病院(マサチューセッツ州チャールズタウン)とハーバード大学(ボストン)のClifford J. Woolf教授らは、ラットの痛覚ニューロンを選択的に遮断し、運動や触覚などの感覚には障害をもたらさない 2 剤併用療法が、米国立衛生研究所(NIH)の助成研究から開発されたことを、Nature(2007; 449: 607-610)に発表した。出産や外科手術に伴う疼痛管理の改善、ならびに慢性痛に悩む多くの人を救う新治療法につながるものと期待される。

細胞に入り込んで作用

手術に使用する大部分の鎮痛薬は,ニューロンの種類にかかわりなくその活動を遮断するため、痺れ感,麻痺などの神経系障害が生じる。

Woolf教授と同大学のBruce Bean博士が率いるチームは、痛覚ニューロンの侵害受容器に固有の性質を利用し、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンとリドカイン誘導体のQX-314の併用投与が、他の細胞からの信号を減少させることなく痛覚細胞からのシグナルだけを遮断することを見出した。

最も汎用されている局所麻酔薬のリドカインは、すべての神経細胞内の電流を遮断する。その誘導体QX-314は単独では細胞膜を通過できず、細胞の電気活性を遮断しない。併用するカプサイシンは、痛覚ニューロンの細胞膜にのみ存在するTRPV1チャネルという大孔を開く。このチャネルがカプサイシンにより開放されると、QX-314は細胞内に入り込んで、選択的に細胞の活性化を阻止する。

イオンチャネル研究の成果

Woolf教授らは、シャーレ上で分離したニューロンにカプサイシンとQX-314を添加したところ、他の神経細胞に影響することなく、痛覚ニューロンのシグナルが遮断された。次に、ラット脚内に2剤を注入した結果、通常よりも熱への耐性が増大することがわかった。後肢を走る坐骨神経の近傍に2剤を注入した場合には、ラットは疼痛の徴候を示さず、6 匹中5匹は正常に運動や行動を続けた。これらの結果から、2剤併用により身体活動を制御するニューロンを損なわずに疼痛を遮断できることがわかった。2剤がラットの疼痛応答を完全に遮断するのに30分を要したが、その効果は数時間持続した。


同教授らは「現行の神経遮断法は,麻痺と感覚消失を引き起こす。一方、この新しい治療戦略は手術中の疼痛管理を完全に変えることができるだろう。今回検討した治療法は、TRPV1というイオンチャネルを薬剤輸送路として使用した点で画期的である。イオンチャネルは、細胞膜に開いた孔で、荷電したイオンが細胞を出入りする流れを制御している。これまでに、選択した細胞内に薬剤を送り込むために細胞内チャネルを利用した例はないだろう」と述べている。

同教授らは,1970年代から主としてNIHの助成を受けて、神経系内で電気シグナルが多くの各種イオンチャネルの発現から起こる機序の解明に取り組んでいた。イオンチャネルのなかには特殊なニューロンだけに検出されるものがあり、この戦略はそこから生まれたものである。

慢性痛や掻痒の経口治療も可能に

Bean博士は「このプロジェクトは、基礎的な生物学的原理の理解を目的とする研究が、実際的な臨床応用につながることの好例である」と述べている。この治療は、これまでの出産、歯科治療、外科手術中の疼痛管理を大きく改善する可能性がある。最初の適用は手術痛だが、最終的には慢性痛の治療にも適用されるようになる。慢性痛は何週間、何か月、時には何年も続き、重度な問題を引き起こすことがあり、しばしば標準薬剤療法に抵抗性を示す。

Woolf教授は「われわれは疼痛治療に専念したが、この治療戦略は湿疹、ツタウルシ発疹、その他疾患に由来する掻痒の治療にも有用と考えられる。疼痛と同様にC痒信号も侵害受容器を介する」と説明した。しかし、この併用療法の1つの問題は、QX-314の効果発現までカプサイシンが不快な灼熱感を引き起こすことである。ラットではQX-314をカプサイシンより10分早く投与することで、この問題は最小限に抑制されている。

同教授は「現在、灼熱感の誘発なしにTRPV1チャネルを開放する方法を模索している。おそらく、カプサイシンに代わる物質を探すことになるだろう。また、鎮痛効果を延長させる方法も検討中で、究極的には注射せずに疼痛シグナルを抑止する錠剤を開発できるであろう」と付け加えている。


(参考)

加茂整形外科医院