坐骨神経痛の保存療法:王様は裸か?

Nonsurgical Treatments for Sciatica: Does the Emperor Have No Clothes? 


オランダで行われた新規研究は、坐骨神経痛の保存療法に関する科学的エビデンスに対して驚くべき告発をしている。無作為比較研究(RCT)で有効性が証明された保存療法はひとつもないというのである。

Pim A.J.Luijsterburg博士らは坐骨神経痛および他の根性症候群の保存療法に関するRCT について体系的レビューを行った。その結果、質の高い研究は比較的少なく、臨床的に意味のある研究はさらに少ないことが明らかになった。 レビューで得られた総合的なメッセージは極めてはっきりとしたものであった(Luijsterburget at.,2007を参照)。

著者らによると、「現時点では、腰仙椎部症候群の患者に対して、治療しないことを含めて、ある1種類の治療がその他の治療よりも明らかに優れていることを示すエビデンスは存在しない」。

指導的著者であるオランダのErasmus UniversityのBart Koes博士は「坐骨神経痛の保存療法を支持する知見はそれほど多くない」 と述べている。残念ながら、この発言は医療現場で日常的に行われている治療にあてはまる。「我々にはそれらがどのくらい有効かわからない」とKoes博士は示唆する。

Luijsterburg博士らはステロイド注射および牽引が長期的に有効であるというエビデンスは得られていないとし、それらを治療選択肢 として推奨していない。「臨床医が理学療法、臥床安静、 マニピュレーション、または薬物療法を処方すべきかどうか、このレビューでは結論が出せなかった」 と著者らは付け加えた。 

これらの結果は意外か?

これらは意外な結論だろうか?この質問にノーと答えるのは、1994年の米国医療政策研究局の成人の腰痛治療に関する臨床ガイドラインの筆頭著者であった整形外科医のstanley Bigos博士である (Bigos et at.,1994を参照)。

「質の高い臨床的に意味のある無作為研究がそれほど多くないことは少々期待はずれである」 とBigos博士は言う。 「しかし坐骨神経痛の一般的な保存療法の有効性が証明されていないということは、意外ではない」。 坐骨神経痛およびその他の一般的な腰痛疾患の自然経過を改善する上で医療の持つ力が極めて限られたものであることは、これまでに実証されている。

しかし、椎間板へルニアに関連する坐骨神経痛の自然経過は、医学的治療による悪化がなければ一般的には良好なものであるとBigos 博士は指摘する。

「医師にできることは、疾患が自然経過をたどる間、患者を効果的に治療し、患者がそれに対処するのを手助けすることである」とBigos博士は述べている。「医師は、患者を活動的で快適な状態、回復の見通しに自信を持った状態に保つことはできる。しかしこれは、基礎にある病理学的異常を効果的に治療する保存療法があるということとは異なる。現時点では、そのような保存療法はない」。

2004年5月までのRCTのレビュー

Luijsterburg博士らは1966年1月から2004年5月までに発表されたRCTを検討した。英語、オランダ語、フランス語、およびドイツ語の論文を対象とした(レビューの方法論については研究を参照)。

レビューには経口薬物療法、注射、運動、理学療法、脊椎マニピュレーション、臥床安静、牽引、および鐵治療を含む、あらゆる種類の保存療法が含まれた。これらの治療をプラセボ、無治療、その他の保存療法、および手術と比較した研究が対象となった。

30件のRCT

最初の文献調査では794報の論文が同定され、そのうち30件のRCTがレビューの選択基準を満たした。第三者の評価者が、研究の方法論上の質と結果の臨床的意味を評価した。 それらの研究は極めて多様かつ不均質であったため、メタ解析は行われなかった。

Luijsterburg博士らは、硬膜外ステロイド注射に関して疼痛または活動障害に対する長期的に有益な効果を示すエビデンスを見出すことはできなかった。またステロイド注射の短期的影響に関しては相反するエビデンスが存 在した。

牽引についても同様に、長期的効果を示すエビデンスを見出すことはできなかった。「短期的には、牽引がプラセボまたは他の保存療法よりも有益であるとするエビデンスは存在しない」と著者らは説明した。

その他の治療様式、すなわち理学療法、経口薬物療法、臥床安静、マニピュレーション、および鐵治療などについても、対照治療または無治療より優れていることを示す明らかなエビデンスは見つからなかった。

利点が不確かな治療

前述のようにLuijsterburg博士らは、現在のエビデンスの状況を考えて、日常診療における硬膜外ステロイド注射および牽引の施行に反対する提言を行った。

博士らはこのレビューで検討したその他の治療については、単に適切な調査がおこなわれていないものと結論付けた。「その他の保存療法の選択肢(理学療法、臥床安静、マニピュレーション、および薬物療法) に関して、短期経過観察で効果を示すエビデンスは認められず、長期効果は不明である」と述べている。坐骨神経痛の治療におけるそれらの総合的な価値は依然として不確かである。

それではこのレビューに明記されていない治療はどうだろうか?早期活動再開は臥床安静よりも優れていることが証明されているのではなかったのか?その通りではあるが、それは坐骨神経痛ではなく急性腰痛の治療の場合である。

教育そして安心させることについてはどうなのであろうか?これらは患者の疼痛や機能的能力の改善に役立つことがと実証されているのではないのか? 残念ながら、これらの治療は、坐骨神経痛の治療としては具体的に検討されていない。これらは他の病態の研究では確かに科学的裏付けが得られているので、坐骨神経痛の治療においても同様の利点をもたらすという合理的な推測は可能である。 しかしながら、それらが有効だと証明されたわけではない。

大部分の坐骨神経痛患者における良好な予後は特定の治療に関連するものではないと考えられる

結論は驚く程のことではない

脊椎医療関係者の多くは、この新しいレビューの結論に懐疑的な反応を示すはずである。 しかしこの結論は驚く程のことではない。最近発表されたSpine Patient Outcomes Research Trial (SPORT)の著者らは、椎間板へルニアに関連する坐骨神経痛に対して特定の保存療法を支持するエビデンスには、概ね同様の結論に達した(Weinstein et al.[a],2006およびWeinstein et al.[b],2006を参照)。

SPORT研究チームは研究をデザインする前にエビデンスの検討を行った。SPORTのウェブサイトに掲載されたこのレビューの結論は、症状のある椎間板へルニアの治療において、活動性維持の助言から臥床安静、温熱療法、鎮痛薬、抗うつ薬、および筋弛緩薬に至るまでのほとんどの保存療法の有効性は不明であるというものであった(Jordan et al.,2003を参照)。その結果ついには、SPORTでは研究に参加したクリニックに対して保存療法群に種々の坐骨神経痛治療を行うことを許可した。

坐骨神経痛に対する有効性が証明された保存療法は存在しないにもかかわらず、SPORTにおける保存療法のアウトカムは素晴らしいものであった。SPORTの著者らは、lAMAの最新の論説においてアウトカムを「非常に優れている (excellent)」 という表現を用いた(Lurie et al.,2007を参照) (The BackLeter VOL22,No.5,p49,2007の“What Constitutes Optimal Care?”を参照)。

これらの良好なアウトカムからは、SPORT で実施された保存療法の一部、すなわち非ステロイド系抗炎症薬や早期活動再開、ステロイド注射などは坐骨神経痛の治療におそらく有効であるという印象を受ける。確かにその可能性はある。 しかし、予後が概して良好な疾患では、治療経過を特定の治療に帰することはどのような場合にも危険である。

「大部分の坐骨神経痛患者における良好な予後は特定の治療に関連するものではないと考えられる」とKoes博士は指摘する。「臨床研究でプラセボ治療を受ける坐骨神経痛患者も良好なアウトカムを示すことに注目すべきである」と博士は付け加える。

特定の治療の効果とは無関係な多数の因子がSPORTにおける良好なアウトカムの原因であった可能性がある。

それではどうしたらこの袋小路から脱出できるのか?このジレンマを解決するには、より多くの、より良い研究が必要なことが明らかである。Koes博士は「この分野において更なる研究が行われることを強く希望する」と述べている。

Luijsterburg博士らは、レビューの選択基準を満たしたRCTのうち適切な方法論上の質も備えたものはごく少数しかなかったとしている。レビューで用いた基準によると、方法論上の質が高し研究は30件のRCTのうち12件しかなかった。臨床的に意味があると評価された研究は10件のみであった。そして方法論上の質が高く臨床的に意味がある研究は6件のみであった。

この体系的レビューの著者らは、より大規模の、よくデザインされた研究が必要であるとしている。Luijsterburg博士らは次のように述べている「我々は腰仙椎部の根性症候群の患者に対する理学療法、マニピュレーション、または薬物療法に関する長期経過観察を行う、患者数が十分で質の高いRCTを推奨する。そのアウトカム評価尺度には、総合的な改善、患者の満足度、下肢痛の重症度、健康状態の質、職場復帰、および副作用を含めるべきである。」

外科技術およびアウトカム研究のコンサルタントであり、ミネアポリスにあるCorbin and Company社のTerry Corbin氏は、この分野における研究基準をできるだけ早く引き上げる必要があると提言する。「坐骨神経痛に関する研究課題は、基礎科学、薬理学、および低侵襲的外科技術といった分野に多く存在する」とCorbin氏は指摘する。

「坐骨神経痛に対する評価中の新しい治療法についてはすでに着実な流れができている」、とCorbin氏は述べている。この流れは今後も勢いを増していくと思われる。

「肝要なことは新規治療を厳密に検討することである」とCorbin氏は強調する。しかし、既存治療の危険性と利点を可能な限り正確に調べることも、新規治療との比較を容易にするためには重要である。

例えば、新しい外科技術を有効性が既知の保存療法と比較することによって多くのことが明らかになるであろう。残念ながら、今日までの科学的研究の過程には欠陥があるため、そうした比較は現在のところ不可能である。 また、一般的な脊椎疾患に関する科学的研究についても残念ながら同様である。

 参考文献:

Bigos S et at. Acute Low Back Problems in Adults, Clinical Practice Guideline No.14, AHCPR Publication No.95-0642; Rockville, MD,1994. 

Jordan J et at , Herniated lumbar disc, BMJ Clinical Evidence, December 1, 2005; www.clinicalevidence.com/ce web/conditions/msd/1118/1118jsp.

Luijsterburg PAJ et at., Effectiveness of conservative treatments for the lumbosacral
radicular treatment syndrome : A systematic review, European Spine Journal,2007; epub before print; www.springerlink.com/content/u7822587nm502600/?p=Ob4e6cf2efcc49fb9ecO58fOda7fb7fe&pi=20. 

Lurie JD et at., Nonoperative treatment for lumbar disc herniation, lAMA, 2007; 297:
1545.

Weinstein JN et al. (a), Surgical vs. nonoperative treatment for lumbar disc herniation,
The Spine Patient Outcomes Research Trial (SPORT): A randomized trial,lAMA, 2006; 296:2441-50.

Weinstein IN et at., Surgical vs. nonoperative treatment for lumbar disc herniation: The
Spine Patient Outcomes Research Trial (SPORT) observational cohort. JAMA.2006; 296:245 I-9.

The BackLetter 22(5): 49, 56, 57, 2007.


(加茂)

坐骨神経痛に対する有効性が証明された保存療法は存在しないにもかかわらず、SPORTにおける保存療法のアウトカムは素晴らしいものであった。

椎間板へルニアに関連する坐骨神経痛

我々は腰仙椎部の根性症候群

そもそも前提が間違っている。(笑)

http://junk2004.exblog.jp/8091589/

 

加茂整形外科医院