慢性腰痛は脊髄および脳の構造を変化させるか? リハビリテーションによってこれらの変化は回復するのか?

Does Chronic Back Pain Change the Structure of the Spinal Cord and Brain? And Can Rehabilitation Reverse These Changes? 


神経科学の進歩によって、慢性腰痛の性質と原因に関する認識は急速に変わりつつある。慢性腰痛の影響は脊椎の関節にとどまらず、脊髄と脳の構造の変化にまで及ぶことが次第に明らかになってきた。慢性腰痛の治療の成功には、これらの複雑な解剖学的変化の回復が関係している、という仮説も立てられている。

スペインのUniversity of GeronaのLeo Pruimboom博士とA.C.van Dam博士はMedical  Hypotheses誌の最近の論文で、慢性疼痛には複数の解剖学的領域における次のような
変化が関係する可能性が高いと主張している:(1)脊髄と脳の再構築;:(2)こ・れらの組識の神経生理学的変化;および(3)免疫系活性化の結果起こり、最終的に持続的な疼痛伝達に至る一連の変化。恐怖、過度の関心、および不安といった心理社会的因子は、疼痛障害を誘発、悪化させる (仮説およびそれを支持するエビデンスの詳細な説明はPruim_ boom and van Dam, 2007を参照)

慢性腰痛は廃用性疾患か?

これらの研究者は慢性腰痛を“廃用性疾患”と定義している。言い換えると、前述の複雑 な変化が起きた結果、最終的に損傷組織が慢性的に使用されなくなり、疼痛と苦痛の連鎖へとつながっていく。

Pruimboom博士とvan Dam博士は、効果的な治療とは慢性疼痛の発現時に生じる病理学的変化を元に戻すもの、患者が再び腰を自由に使えるようにするもの、患者に疼痛と苦痛を忘れさせるものでなければならないと提唱している。

“Deep learning therapy” と中枢の報酬回路 (reward circuit) の活'性化

博士らは、最適な治療には心理学的問題よりもむしろ神経学的問題があることを患者に説明する“deep learning therapy”を含めるべきであると提唱する。

患者は、いわゆる中枢の“報酬”回路に属する動機付けに関与する脳領域を自分で活性化できることについても学ぶべきである。 Pmimboom博士とvan Dam博士はこれらの領域はエンドルフィン、 ドーパミン、およびGABAといった鎮痛性の神経伝達物質を放出することができるとしている。「Deep learning がこれらの領域を活性化することによって鎮痛作用が増強し、疼痛過程を合理的に理解させることによって恐怖と不安を緩和する」 と博士らは説明している。

使用されていない部位の大規模な再トレーニング

Deep learningに併せて、損傷組織を“大規模に”再び動かす(すなわち腰について、疼痛に関する目標ではなく漸進的な機能回復目標を定めて運動トレーニングを行う)べきである。,恐l布、不安、および疼痛のある組織への過度の関心による支配を打破するための集中的な試みもなされるべきである。

疼痛行動は障害や廃用性症候群を増強するため、積極的に排除すべきである。最終的には、患者が再び、正常かつリラックスした状態で腰を動かし、正常な感情を持ち、腰および腰に関連する機能についての正常な考え方ができるようにすべきである。

このトレーニングの最終的な目標は何であろうか? これらの研究者は、「deep learning と損傷のある身体部分の大規模トレーニングによって、脳および脊髓の神経解割学的構造を再々編成すべきである」と主張している。

基礎研究の観察結果が大規模集団にも当てはまるか?

これは魅力的な仮説である。画像研究からは、選択された被験者群において慢性疼痛が脊髄と脳の変化を引き起こすことを示す確かなエビデンスが得られている。また基礎研究からは、痛みのある損傷や傷害に反応して内分泌系および免疫系に変化が起こることを示すエビデンスも得られている。そして、こうした生物学的メカニズムが典型的な慢性腰痛症候群の中核部分をなす可能性がある。

しかしBlair Smith博士らは最近Pain誌に掲載された論文で、慢性疼痛における神経学的および生物学的因子の役割について論じ、これらの因子について幅広い患者群において調べる必要があると指摘している(Smith et at., 2007を参照)。

Smith博士らによると「提唱された生物学的因子の地域社会における重要性、特に介入の根拠となる因子の重要性を、今こそ検討する必要がある」という。そのためには、慢性腰痛のある被験者を対象とした小規模研究で観察された多くの生物学的メカニズムと危険因子との関連性が、一般集団を代表するより大規模な被験者集団にも当てはまるかどうかを調べる、地域住民を対象にした研究が必要となる。

一連の疼痛疾患は地域住民を対象にした研究で検討すべき

同博士らは、「明確な診断疾患名または構造上の疾患、より一般的な機能障害および原因不明の病態について比較検討する研究を行うべきである」と述べている。Smith博士らによれば、今日ではそうした研究を実施する技術および調査法が得られている。

Pruimboom博士とvan Dam博士の仮説の他のいくつかの側面についても検討する必要がある。博士らが言うように、厄介な慢性腰痛は本質的に廃用性疾患なのであろうか?腰の不使用がこの症候群の主要な特性であるのか?腰痛と機能的障害が強く結びついていることから、当然そうした疑問が生じてくる。

しかし、症状があるにもかかわらず腰をよく使い、実質的に活動障害のない慢性腰痛患者もいるのではないか? また、博士らが記載している種類の明らかな心理・情動的異常が存在しない場合でも慢性腰痛は発生するという意見もある。

遺伝や環境因子を介して起こる多様な慢性腰痛障害が存在する可能性もあり、慢性腰痛の中には博士らの仮説に適合するものもあれば適合しないものもある。幸いなことに、Smith博士らの提唱する研究の多様性は、慢性腰痛の遣伝学に関する研究とあいまって、この疑問の解決に役立つはずである。

治癒への飛躍

Pruimboom博士とvan Dam博士が提唱した治療法のいくつかの側面は理にかなっているように思われる。実際、今日の慢性腰痛用リハビリテーションプログラムのいくつかでは、漸進的な身体トレーニング、オペラント条件付け、疼痛を恐怖と不安から切り離すことに主眼を置いた治療が、いずれも役立っている。

しかし、こうした特徴を取り入れたリハビリテーションプログラムは、固定してしまった慢性腰痛に対するほとんどの治療と同様、これまでのところ部分的な成功に留まっている。 また、エビデンスに基づく分析において、総合的な有効性の観点から飛び抜けて優れたリハビリテーション技術および方法の組み合わせはひとつも見つかっていない。どうすればリハビリテーションプログラムを部分的な成功から“治癒を目指す”治療へと飛躍されられるかは、依然として不明である。

そして、慢性腰痛から実質的に回復すると脳や脊髄の関連領域が症状発現前に近い状熊へと再々編成されるかどうかを調べるのは興味深いことでもある。

参考文献:

Pruimboom L and van Dam AC, Chronic pain: A non-use disease, Medical Hypotheses, 2007; 68: 506-11.

Smith BH et at., Epidemiology of chronic pain, from the laboratory to the bus stop: Time to add understanding of biological mechanisms to the study of risk factors in population-based research?, Pain, 2007; 127:5-10. 

The BackLetter 22(4) : 40.41, 2007.

加茂整形外科医院