エビデンスに基づく ガイドラインは職場における腰痛の複雑さに対応可能か?

Can Evidence-Based Guidelines Address the Complexities of Back Pain in the Workplace? 


医師は、仕事に関連する腰痛のため従業員が診察を受けに来た場合でも、エビデンスに基づくガイドラインを放棄する必要はない。

オーストラリアの最新研究によると、柔軟性に富むエビデンスに基づく治療法は、労災補償請求に登録された損傷をはじめとする仕事に関連する急性腰痛障害の治療に有効であると思われる。

著者らは、 エビデンスに基づくガイドラインでは、単純な腰痛の他に、仕事上の不満やその他の心理社会的問題、雇用問題によって複雑化した腰痛疾患についても対処方法が得られると提言している。

Brian McGuirk博士とNikolai Bogduk博士によると 「エビデンスに基づく治療により、患者に仕事を続けさせ、欠勤や業務の変更を減らし、再発や・慢性化を少なくすることが可能である」 (McGuirkand Bogduk,2007を参照)。 

専門的な技術は不要

著者らは、この種の方法には専門的な診断および治療の技術は必要ではないと指摘する。 実際に、この研究で使用したオーストラリアのエビデンスに基づくガイドラインでは、難解な診断手順、専門的な運動システム、複雑な用手療法、および強力な薬物療法は不要である (Australian Acute Musculoskeletal Pain Guidelines Group,2003を参照)。

それでは、腰痛のある労働者に対してこの方法を用いる場合の必須要素は何であろうか?オーストラリアのガイドラインでは、患者に説明し、患者を安心させ、患者が通常の活動と仕事をできるだけ早く再開できるように手助けをすることを重視している。

「この方法で必要なことは情報を得ること、患者をいたわること、患者を真摯に受け止めること、患者の不安に効果的に対処すること、そして腰痛の診断と治療に関する社会通念を固定化しないことである」とBogduk博士は述べている。

「鍵となるのは柔軟性である」と筆頭著者のMcGuirk博士は付け加える。腰痛のある労働者の治療で効果を得るには、医師は、その治療スタイルを多様な患者および人間の抱える幅広い問題に対応させなければならない。 また、医師が複雑な問題に対処して患者のニーズに合わせた診療を行うには、多忙な業務の中でそうした診療に十分な時間をかけることを可能にしなければならない。

McGuirk博士は次のように述べている。「医師は、治療に関して確固とした、しかし誤った考え方をもっている患者に対して、患者の考え方が間違っている理由、そして他の方法が好ましい理由を確信をもって説明できなければならない。心理社会的または職業上の問題を抱えている患者に対して、医師は患者の話を注意深く聞き、最も重要な問題を明らかにし、それらに効果的に対処する必要がある」。

エビデンスに基づく方法を実行するには、当然ながら腰痛に関するエビデンスについての完全な知識が必要となる。「信頼できること、妥当なこと、有効なことを患者に説明する適任者となるには、医師が腰痛に関する医学文献を読み込んでいなければならない」とBogduk博士は述べている。

そして医師がエビデンスを受け入れなければならない。「相手を説得するには自らの確信が必要である」とBogduk・博士は述べる。 「医師がエビデンスに納得しておらず、エビデンスを考慮に入れて対処することに確信がなければ、この確信のなさが治療に悪影響を及ぼすことになる」(エビデンスに基づく治療の実施方法に関する詳細な情報はBogduk and McGuirk,2002を参照)。 

ガイドラインの急増

近年、腰痛治療に関するガイドラインは急増しているが、現実の患者に対する影響を実際に検討した、よくデザインされた研究は少ない。

ガイドラインに基づく治療に関する最も印象的な研究のひとつは、2001年にSpine誌で発表されたオーストラリアの研究である。 McGuirk博士およびBogduk博士らは急性腰痛の治療において、エビデンスに基づく治療と通常の治療を比較する二重コホート研究を行った。

その結果、エビデンスに基づく治療のほうにわずかながら統計学的に有意な利点があることが明らかになった。McGuirk博士らによると「エビデンスに基づく治療では治療にかかる費用が有意に少なく、疼痛の軽減力有意に得られ、これは6および12ヵ月後にも持続していた。また、3、6、および12ヵ月後に継続的治療を必要とする患者が有意に少なく、12ヵ月後に完全に回復した患者の割合が有意に大きく、治療が極めて有用であると評価する患者の割合が有意に高かった」(McGuuket at.,2001を参照)。

Bogduk博士によれば「エビデンスに基づく治療により、世界中のガイドラインで予測された通りの利点が得られた」(Schoene,2002 を参照)。

労災補償の対象患者ではどうか?

しかし、その研究には労災補償請求をした患者は含まれていなかった。労災補償請求者の場合、個々の患者に影響する複雑な問題があることを考えると、エビデンスに基づく治療のアウトカムはそれほど芳しくない可能性 があると考えられる。

また実際の医療現場では、多くの医師が、担当する患者はガイドラインのモデルに“適合”しないという仮定の下に、仕事に関連する腰痛に対してガイドラインに基づく治療を行うことを断念していると報告している。

従業員を対象とした4病院における研究

そこでMcGuirk博士とBogduk博士は最初の研究に付け加えて、オーストラリアのニユーサウスウェールズ州ニユーキャッスルにある4病院において、急性腰部損傷と報告された患者に対しエビデンスに基づく治療を実施し、その影響を解析することにした。博士らは2000年1月1日から2年半の間に腰部損傷を報告した一連の253例の労働者の治療とアウトカムを調査した。

ニユーサウスウェールズ州では、仕事に関連して損傷を受けたと考える労働者は雇用主にそのことを報告しなければならない。ただし、このような推測上の損傷を登録することによって自動的に労災請求が開始されるわけではない。

博士らは次のように述べている。「労働者に医療費または欠勤時間が発生した場合にのみ、請求は有効となる。労働者は雇用主から提供される医療サービスを利用することもできれば、個人で治療を受けることもできる」。

専門治療と通常の治療の比較

研究対象となった253例の労働者のうち、65%はすべての治療を病院が雇用した産業医から受けることを選択した。

25%はすべての治療を個人的に受けることにした。そして253例の労働者のうち10%は、一度産業医の診察を受けた後に個人的に治療を受けた。

研究ではこれら3群のアウトカムを比較した。無作為研究ではなかったが、3つの治療コホートは年齢、性別、および職業上の地位に関しておよそ同等であった。

1名の産業医による治療

McGuirk博士は、4つのすべての病院で、従業員がいつでも診察を受けることのできる産業医であった。最初は一般開業医であった博士は、産業医学およびエビデンスに基づく治療に関する専門的な訓練を受けた。博士の治療スタイルは、オーストラリアのエビデンスに基つく急性腰痛治療ガイドラインに基づくものであつた(Australian Acute Muscu- loskeletal Pain Guidelines Group,2003を参照)。その方法に則って、博士は初診時には50分かけて診察を行った(付随する記事“Are Ten-Minute Back Care Consultations RationalMedicineoraSystemsError?”を参照)。

McGui,k博士は、通常は簡潔な危険信号のチェックリストを適用して簡単な理学所見の評価を行った(詳細はMcGuirk and Bogduk, 2007,and Bogduk and McGuirk,2002を参照)。中等度〜重度の疼痛を有する患者にはパラセタモール(アセトアミノフェン)の頓服を処方した。すべての被験者に対し、再び動けるようになるための簡単なストレッチ体操を指示した。それ以上の治療については、以下の項目を重要視して行った:

  • 急性腰痛について説明し、良性であること、予後が良好であることを説明する;
  • 不安や誤解を特定し、対処する;
  • アウトカムが良好である可能性が高いこ とを説明して患者を安心させる;
  • 身体活動を続け、仕事を続けることの利 点を説明する。

患者が仕事上で安全面での問題があると述べた場合には、McGuirk博士はそれらに対処した。説明が必要であれば、産業医が初診後に職場を訪問して患者の上司に面会するか、または上司を呼んで診察室で三者面談を行った。

これらの訪問の結果として、時には職場環境の改善を行った。必要があれば、患者は、迅速かつ注意深い監視下での完全復帰を目指す移行期の一環として業務を変更して再開することができた。

個人的な治療を選択した患者は、医師がどのような治療を処方してもそれを受けた。患者は治療にあたる医師の指示があれば欠勤するか業務を変更することができた。

エビデンスに基づく治療下での良好なアウトカム

全体的には、エビデンスに基づく治療は大多数の労働者に受け入れられ、良好なアウトカムにつながることを示唆する結果が得られた。

エビデンスに基づく治療を受けた労働者の63%が直ちに通常の仕事を再開し、37%が業務の変更を指示され、欠勤した労働者は1名のみであった。この群全体での回復率は98%、再発率は6%であった。

欠勤は通常の治療群に多い

これに対して、最初から個人的に治療を受けた患者では直ちに通常の仕事を再開した者はおらず、92%が業務の変更をするよう指示され、35%は一般開業医から欠勤すべきだと認定された。この群における回復率は84%であったが、再発率は27%であった。

それでは一旦産業医を受診した後、個人的な治療を受けた労働者の場合はどのような結果であったか? そうした患者のアウトカムは最初から個人的な治療を受けた患者と同様であることが判明した。

3つの患者群

McGuirk博士とBogduk博士は、産業医の診察を受けた患者を、考え方や心理社会的特性に基づいて次の3種類の患者群に分類した: (1)エビデンスに基づく治療を疑うことなく直ちに受け入れた患者(32%) ;(2) 腰痛をどのように治療すべきかについて固定した考え方をもっていた患者(24%) ;(3) 仕事に対する強い不満があり職場における心理社会的問題を抱えていた労働者(44%)。

興味深いことに、エビデンスに基づく治療を続行した3群すべての労働者が良好なアウトカムを有した。腰痛をどのように治療すべきかについて確固たる意見を持っていた労働者は、一旦エビデンスに基づく治療の方針が説明されればそれを受け入れた。

心理社会的問題を抱えた労働者はそれらの問題に対処するために長い治療期間を要した。 しかし、最終的には同様の結果を達成した。

著者らは、職場において大きな問題をかかえる労働者の仕事の再開の手助けをする上で、職場における介入(例えば職場の評価、業務内容の変更)が有用なツールとなることが多いと述べている。McGuirk博士とBogduk 博士は次のように述べている。今回の研究から得られた経験によれば、そういった介入は人間工学的な問題や安全面の問題の解決に留まらず、職場における心理社会的問題の解決にもつながる」。

自然経過観察研究

前述のように、この研究は無作為比較研究ではないため、エビデンスに基づく治療と良好なアウトカムの間の因果関係を証明することはできなかった。

むしろこれは自然経過を観察した研究であった。労働者は、自身のアウトカムが追跡調査されていることすら知らなかった。すべてのアウトカムデータは診療記録と労災補償記録から抽出された。

著者らによると「得られたデータは負傷した労働者の自然な行動と彼らのアウトカムを表すものであり、治療の割付の影響や、アウトカム[データ]を聞き出す作業による影響を受けていない」。にもかかわらず、McGuirk 博士とBogduk博士らのグループが共同で行ったガイドラインに基づく治療に関する2つの研究は、労働者および非労働者のいずれの急性腰痛障書に対しても、柔軟性に富むエビデンスに基づく方法を強く支持している。

無作為比較研究ではどうか?

本研究から、この分野での無作為比較研究の実施にあたってのいくつかの明確な課題が提起されている。著者らは、かなり多くの患者が治療様式に関する自分の好みを述べたことから、望まない治療法に割り当てられることによるノセボ(nocebo) 効果、すなわち悪影響力'生じる可能性があると指摘する。

もし大規模な (そして費用のかかる)研究を試みるなら、治療について選り好みしない患者は無作為群に参加し、選り好みする患者は観察群に参加するといった研究も可能であると思われる。 しかし、無作為化群を含まない大規模な観察研究であっても、特に数年間にわたり労働者のアウトカムを追跡できる長期経過観察を行う研究は、有益であると思われる。

参考文献:

Australian Acute Musculoskeletal PainGuide1ines Group, Evidence-Based Management of Acute Musculoskeletal Pain,.

Brisbane, Australia: Australian Academic Press, 2003 ; www.nhmrc.gov.au.

Bogduk N and McGuirk B, Medical Management of Acute and Chronic Low Back Pain; An Evidence-Based Approach.

Amsterdam: Elsevier; 2002.

McGuirk B and Bogduk N, Evidence-based care for low back pain in workers eligible for compensation, Occupational Medicine, 2007; 57:36-42.

McGuirk B et al., Safety, efficacy, and costeffectiveness of evidence-based guidelines for the management of acute low back pain in primary care,Spine, 2001;26:2615-22.

Schoene ML et at., Do back pain guidelines translate into better patient outcomes?Yes, according to a study from Australia, 

BackLetter  22(4): 37 , 44, 46, 2007 .

加茂整形外科医院