痛み刺激の繰り返しとFos蛋白の発現


ところで炎症などで強い痛み刺激が繰り返し加えられた場合、脊髄ではどのような応答が生ずるだろうか?前記の実験で末梢神経に強い電気刺激を繰り返し与えてみると、一回の刺激により誘発されるスパイク数が次第に増加していく。このような現象は「ワインドアップ現象」と呼ばれている(図3)。このような後角ニューロンでの現象を、さらに神経化学的に追求してみよう。一次神経線維末端から興奮性アミノ酸(EAA)やサブスタンスP(SP)などの神経伝達物質の放出を受けた後角ニューロンでは、細胞内Caイオンの上昇が起こり、さらにセカンドメッセンジャーを介して核内でc-fosと呼ばれる遺伝子が活性化される。このc-fos遺伝子は細胞性癌遺伝子の一つでメッセンジャーRNAを介してFos蛋白と呼ばれる核蛋白を産生する。そしてこのFos蛋白は、さらに他の標的遺伝子に働いてその転写を調節し、モルヒネ様物質であるダイノルフィンなどのペプタイドを産生させる働きを持つと考えられている(図4)。つまりc-fos遺伝子は、生体に加えられた侵害刺激に対し、長期の生体応答を引き起こす引き金になると考えられるのである。

 

Fos蛋白発現の動物実験

ところでこの研究分野では、中枢神経内に発現したFos蛋白を免疫組織化学的方法で検出し、痛覚受容の新しい指標としようとするさまざまな試みがなされている。その一つ、昭和大学歯学部口腔生理学教室では、ラットの歯肉に炎症反応の増幅因子であるIL-1βを注入して痛みを起こさせ、その結果生じるFos蛋白の発現を観察する実験が行われている。図5は摘出した脳を凍結して切片標本を作成し、Fos蛋白を免疫染色して得た顕微鏡像で、矢印で示す濃い褐色の点がFos陽性細胞である。図6は各切片の神経核上に現れた陽性細胞をマッピングしたものである。三叉神経領域の痛覚を受容する脊髄路核尾側亜核SP5Cや、延髄より上位の各レベルで陽一性細胞が強く発現していることが分かる。

 

 

痛みの科学 「痛覚とFos蛋白」    監修:半場 道子    企画:三共株式会社             製作:株 協和企画

加茂整形外科医院