実験的治療で、痛みのある椎間板ヘルニアの治療に大変革が起きる?


スウェーデンの研究者らは、症状のある椎間板ヘルニアの治療を変革したいと考えている。その治療方法は嘘のように簡単に説明できる。しかし、それは、大きな国際研究者グループの長年にわたる複雑な科学的研究の集大成なのである。Kjell Olmarker博士とBjorn Rydevik博士は、椎間板ヘルニアと坐骨神経痛のある患者に、infliximab(Remicade,Centocor)という強力なモノクローナル抗体を投与して、簡単に坐骨神経痛をなくせればと願っている。
Infliximabは、現在、慢性関節リウマチ(RA)およびクローン病の治療に使用されている薬物で、痛みのある椎間板ヘルニアに関与する重要な炎症性化合物の活性を阻害する。現在、25例の患者を対象にした試験的な無作為対照比較研究(RCT)が、スウェーデンのUniversity of Gothenburgで進行中である。「私は、椎間板ヘルニアには活動性の[症状のある]ものと、非活動性の[症状のない]ものがあるという仮説を支持します。うまくいけば、この治療によって、活動性の椎間板ヘルニアを無症状に変えることができるでしょう」と、Olmarker博士は、Edinburghで開催された国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会での本研究に関する討論の中で述べた。

現在行われている2つの治療法

現在、椎間板ヘルニアに関連する坐骨神経痛には2つの主要な治療法があるが、どちらも完全に満足できるものではない。保存療法は、坐骨神経痛が自然経過をたどる間、大多数の患者が症状を乗り切るのを助けることができる。ほとんどの患者は元気づけてもらい我慢していれば事足りる。しかし、長期にわたり重症の坐骨神経痛のある患者は、現在用意されている保存療法では決して十分な症状の軽減が得られないと訴えることが多い。椎間板手術は、対象患者をかなりしぼれば、症状を軽減することができる。しかし、手術が有効な患者でも、最初の数週間は坐骨神経痛の症状に苦しまなければならない。多くの点で、椎間板手術は理想的な治療法ではない。症状のある椎間板ヘルニアには物理的要因と化学的要因の両方が関与する。手術は、神経根の圧迫部位を除去することによって、直接、物理的要因に働きかける。しかし、手術では、椎間板ヘルニアの化学的要因、すなわち一連の複雑な生物学的反応の後に発生する神経根感作に対して、十分に働きかけることはできない。これらのことから、第3の方法を正当化できるかもしれない。すなわち、症状のある椎間板ヘルニアの初期の段階で、特異性の高い薬物を投与することによって、神経根の感作、さらには坐骨神経痛の症状の発現を防ぐという方法である。

激しい生物学的反応

以前の研究で、椎間板由来の髄核を脊髄神経根に接触させると、痛みを伴う一連の炎症反応を誘発できることが示されている。少なくとも動物モデルでは、腫瘍壊死因子α(TNFーα)とよばれる起炎症性化合物が、この激しい生物学的反応において中心的な役割を果たしているように思われる。症状のない椎間板ヘルニアが症状のある椎間板ヘルニアに変わる際にTNF-αが重要な役割を果たすという仮説を支持する、さまざまなエビデンスがある。同じく、TNF-αの活性を阻害することによって、椎間板ヘルニアによる神経根損傷から生じる害をいくらか防止できるという概念を支持する、さまざまなエビデンスもある。最近公表された研究で、Olmarker博士とRydevik博士は、TNF-αの活性を阻害する2つの薬物が、ブタの神経根に髄核を接触させた後の神経根損傷を防止するようだと報告している。TNP-α阻害薬infliximab(選択的モノクローナル抗体)およびエタネルセプト(可溶性のTNF-αレセプター)を実験的神経根損傷に適用すると、神経損傷が防止された。(0lmarker and Rydevik,2001を参照)両博士はISSLS総会で発表した最新研究で、ラットモデルにおいて損傷時にinfliximabを適用した場合、椎間板ヘルニアで痛みが生じる作用を部分的または完全に防止できるようだと説明した(Olmarker et al.,2001を参照)。

興奮と心配

ヒトを対象にしたinfliximabの無作為研究に対して、革新的治療の将来性に対する興奮から、強力な薬物療法の副作用に関する心配まで、さまざまな反応がみられた。RAおよびクローン病の患者において、infliximabは強い疾患緩和作用を示す。しかし、長期投与すると、さまざまな有害作用も発現する。エジンバラで開催されたISSLS総会の出席者の1人は、坐骨神経痛のような自己限定性疾患に対してそのような強力かつ高価な薬剤を投与することは正当化できないのではないかと示唆した。(半減期が2,3週間のinfliximabの注射1回で、米国では約2500ドルもかかる。)彼は、この治療は坐骨神経痛に対して「やり過ぎ」ではないかと述べた。しかし、ほとんどの患者の場合、infliximabを用いた坐骨神経痛の治療は、長期投与とは無縁であろう。症状のある椎間板ヘルニアの周辺で発生する一連の炎症反応を遮断することが可能なら、infliximabの短期投与で十分であろう。Inf1iximabはこれまでヒトの坐骨神経痛の治療には一度も使われたことがないが、科学的研究ではかなりの成績を残している。Olmarker博士とRydevik博士は、患者をモルモットにしようとしているのではない。全世界で約147,000人の患者がinfliximabの投与を受けている。

極めて特異的

リウマチ専門医のNortin M.Haddler博士は、TNP-α阻害薬infliximabとエタネルセプトは、どちらも短期投与であれば比較的安全だと思われると指摘する。Infliximabおよびエタネルセプトに関して、短期投与では毒性はほとんど生じないことを示唆する十分な知見があります」と博士は指摘する。Hadler博士は、これは前途有望な治療かもしれないと述べている。博士は、TNF阻害は、硬膜外ステロイドをさらに特異的かつ強力にしたものになる可能性があると指摘する。「ステロイドは、TNF産生へとつながるメカニズムを妨害します。対照的に、infliximabはTNF-αを直接阻害します。InfliximabによるTNP-α阻害は、硬膜外ステロイドに代る、極めて特異的な、したがってより有効な治療になるかもしれません」とHadler博士は言う。「もしinfliximabが有効であることが証明されれば、現在の法外な価格でも対費用効果がすぐれていることがわかるかもしれません」と、Hadler博士は言う。この治療法は、約8000〜10000ドルもかかる椎間板切除術、および同じく費用のかさむ長期の保存療法と、金銭面では差がないことを記憶しておかなければならない。

不十分なエビデンス

他の研究者の中には、動物やヒトにおける研究で、もっと良いエビデンスがたくさん得られるまで、臨床試験の開始を遅らせたいと考えている人もいる。リウマチ専門医のJack Kush博士は、自分は上記の2つの意見(やり過ぎと思うか、それとも極めて特異的な治療だと思うか)の中間的な立場にいると言う。Kush博士は、ヒトの椎間板ヘルニアにおけるTNF-αの役割に関する知識は、疑いようもなく限定されていると指摘する。TNF-αが症状のあるヒトの椎間板ヘルニアにおいて重要な役割を果たすことが判明すれば、この治療は理にかなっているだろうと博士は強調する。しかし、博士は、ヒトにおけるTNF-αの作用に関する、もっと多くの動物データともっと多くの前臨床試験に基づくエビデンスがほしいと考えている。博士は、TNF-α阻害薬は複数の段階で作用しているのかもしれないと指摘する。それらは、局所に作用する(椎間板ヘルニアに関連するニューロパシーに対する作用)のかもしれないが、同じく中枢神経系に対するもっと幅広い作用をするのかもしれない。「TNF-αは、中枢における疼痛の認知に関与しているのかもしれません」とKush博士は言う。科学的研究でこれらの作用を区別することが重要であろう。Rydevik博士は、inflixiniabによる治療がやり過ぎだとは思わないと言う。博士は、重症の坐骨神経痛の患者は治療選択肢が限られている点を指摘する。すなわち、厄介な症状が消えるのを最後まで待つか、もしくは手術を受けるかのどちらかである。彼らには、もっと良い治療選択肢が必要である。同じく博士は、博士らのグループは、二重盲検プロトコールを用いた、注意深く管理した無作為研究においてinfliximabを治療法として評価していると強調している。この予備研究で、臨床試験をさらに進めるべきか、それとも振り出しに戻って研究をやり直すべきかが明らかになるはずである。

タイミングはどうか?

ヒトの坐骨神経痛の治療にTNF-α阻害薬を使用することについては、ほかにもいくつか不確実な点がある。Olmarker博士とRydevfk博士による科学的研究で論じられたように、投与のタイミングの問題がまだ解決されていない。TNF-α阻害薬を評価する動物実験では、神経根が損傷された時点で薬物を投与した。神経根損傷の発生時点でこれらの薬物をヒトに投与することは、明らかに不可能であろう。坐骨神経痛の患者は、多くの場合、症状が発現してから何日もまたは何週間も経たなければ治療を受けようとしない。TNF-α阻害薬が、ニューロパシーの開始からかなり時間が経った後でも大きな治療効果を発揮できるのかどうかは、明らかではない。同じく、坐骨神経痛を効果的に治療するのにはどのくらいの期間、投与する必要があるのか、わかっていない。なぜ、症状が現れる椎間板ヘルニアと、そうではないものがあるのか、科学者にはわかっていない。この治療法は神経根圧迫の物理的要因には関与しないので、TNF-α阻害薬は坐骨神経痛を一時的に防ぐだけかもしれない。薬物の効果が薄れた時、何が起きるのだろうか?ニューロパシーが再燃するのか?それとも、TNF-α阻害薬は神経根の感作を永久的に抑えるのだろうか?

椎間板ヘルニアの吸収はどうなるのか?

別のISSLS出席者から、TNF-α阻害薬の投与が椎間板ヘルニアに対して好ましくない作用をするかもしれないとの指摘がなされた。TNF-α阻害薬が、ヘルニア形成に対する身体の防御反応を抑制する可能性が考えられる。たとえば、椎間板の脱出(extrusions)または遊離脱出(sequestrations)が起きると、多くの場合、身体の防御システムが椎間板ヘルニアをかなり速やかに攻撃して融解する。TNF-α阻害薬がこの防御機構を妨げたとしたらどうなるのだろう?Olmaker博士は、その可能性があることを認めた。「もしかすると椎間板ヘルニアの吸収を阻害するかもしれませんが、うまく行けば、活動性の椎間板ヘルニアを非活動性に変えるでしょう」。
これらの不確実な点についてはいずれも盛んに研究が行われており、新しい領域へ挑戦するときには避けられないものである。過去15年間のBackLetterの歴史の中で、これは初めて臨床試験の段階に到達した、まったく新しい坐骨神経痛の治療法である。Rydevik博十とOlmarker博士、そして理論上の概念から臨床適用に至るまでこれを推進してきた有能な国際的研究者らの連携を賞賛すべきであろう。この治療方法が現在の形で有効であるにせよそうでないにせよ、興味をそそる研究である。スウェーデンの研究者らがこの研究を開始したとき、基礎科学の研究者は、大きな脊椎学会の中では小さないくらか孤独なグループであったことを思うと興味深い。その間に、基礎科学の研究者の脊椎領域への大きな流入が始まった。そして、それらの研究が、多くの学会で中心的な研究課題になり始めている。これは,脊椎分野の活気を示す更なる徴侯である。

参考文献:Olmarker K et al., Selective inhibition of TNF blocks spontaneous pain behavior induced by experimental disc herniation in rats, presented at the annual meeting of the Intemational Society for the Study of the Lumbar Spine, 2001, Edinburgh; as yet unpublished. Olmarker K and Rydevik B, Selective inhibition of tumor necrosis factor alpha prevents nucleus pulposus-induced thrombus formation, Intraneural edema, and reduction of nerve conduction ve]ocity, Spine,2001 ;26:863-9. The BackLetter 16(1 1): 121, 128-129, 2001.  

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