疼痛に対する脳の反応に社会的因子が影響する

痛いときの伴侶


心配してくれる配偶者がいると、慢性腰痛は一層悪化するのだろうか。ドイツで行われた小規模研究がそう示唆したことで、メディアの注目を大いに集めた。

しかし、メディアがこの研究から正しいメッセージを理解したかどうかははっきりしない。ここにいくつかの報道を抜粋する:

  • ”配偶者の存在が痛みの原因であると、思っている既婚者の皆さん、お聞きなさい。新規の研究によると、実際配偶者が本当に腰の痛みの原因であるらしい。” Orlando Sentinel

  • ”配偶者の腰痛に気を配りすぎると、腰痛が一層悪化することがある。…他の活動で疼痛患者の気を紛らせるほうがよいと、研究は示峻している。”MSNBC

  • 配偶者が腰痛に悩まされているなら、一旦手肋しを止めるのが最善の策かもしれないと、新規の研究は示唆している。…配偶者の腰痛を何とかしてあげようとすると、一層ひどくなる可能性がある。”WCAX-TV

疼痛性刺激の増幅

Herta Florha博士らによる研究で、心配してくれる配偶者が近くにいると、慢性腰痛患者の疼痛刺激に対する脳の反応が劇的に増幅されたが、無関心な配偶者の場合はそうではなかったことが明らかになった(Flor et al.,2002を参照)。

“我々の[脳波検査の]結果は、慢性疼痛患者の腰に疼痛刺激を与えた時に生じる脳の活動は、心配してくれる配偶者が同じ部屋にいた時には2.5倍も大きかったことを示している"と、Flor博士は述べている。

“心配してくれる配偶者がいることが、腰により強い痛みを感じるきっかけになっていたことをこの知見は示している。慢性疼痛の治療では、患者の杜会環境におけるこの種のネガティブな影響を修正することに焦点を合わせるべきである"と、Flor博士は述べている。

30例の研究

Flor博士らは、配偶者による心理学的な強化が大脳の疼痛処理にどのような影響を及ぼしたかを調べるため、一風変わった実験を行った。彼らは、慢性腰痛患者20例と、疼痛愁訴のない対照群10例について研究した。

慢性腰痛を有する被験者の半数には、疼痛を心配してくれる配偶者がいた。彼らは疼痛にかなりの注意を払い、配偶者を溺愛し、治療を手助けした。残りの半数の腰痛患者には明らかに無関心な配偶者がいた。彼らは疼痛を軽視し、疼痛体験から夫または妻を引き離そうとした。

Flor博士らは、配偶者が同じ部屋にいた時といなかった時に、被験者の腰または指に一連の疼痛性電気刺激を加えた(配偶者は在室中は椅子に腰掛けており、被験者とのやりとりはできなかった)。

疼痛と脳の活動との相互作用

Flor博士らは、その後、電気刺激と脳の活動との相互作用を調べるため、脳波の周波数解析を行った。

溺愛する配偶者がいると反応が増強された

腰痛患者では、腰の電気刺激に対する脳の反応が、劇的に増強されることを示す結果が得られたが、それは、心配してくれる配偶者が同じ部屋にいた場合に限られた。無関心な配偶者がいた場合の腰痛患者の脳の活動は、対照群よりも大きくはなかった。そして、いずれの群でも指の刺激に対する脳の反応の増強はみられなかった。

心配してくれる配偶者がいる腰痛患者は、配偶者の同席時には他の反応もみられた。Flor博士らによると“配偶者の存在下で、より強い脳の反応を示した患者は、より多くの疼痛行動を示した”。

脳内の痛み?

脳の活動の増大が最も大きかったのは、疼痛処理に関連していることが既知の領域である前葉帯皮質であった。

Flor博士らによると、“我々は初めて、社会的変数、すなわち配偶者の存在が、疼痛に対する脳の反応に影響しうることを示した”。

注意が必要

さまざまなメディアの記事では、本研究の意味についての結論を急いでいる。それらは一般的に、心配することが慢性腰痛に対してネガテイブな作用を及ぼすこと、配偶者は腰痛患者の気を紛らせて疼痛の殻に閉じこもらないようにしたほうが、よ
りポジティブな作用を及ぼすことができることを示唆している。

慢性痛の治療に携わる人々の多くは誰でも、自分の痛みについてくよくよ考えるのは逆効果であり、他のことを考えたり他の活動をしたりするのが有用なことがあるという意見に同感するであろう。しかし、疼痛患者に対する家族の態度の影響につ
いて、科学文献で相反する証拠が報告されていることを考えると、この分野で何らかの確かな根拠に基づいた判断を下すのは難しいだろう。

あらゆる小規模研究と同様、これらの結果は慎重に解釈するのが賢明だろう。実験では、疼痛処理に関係することで知られている脳領域に豊富な活動が誘発されたが、その脳の活動の重要性を判断するには、当て推量が必要な部分もある。

もう一つ注意しておくことがある:ドイツの研究者らが行った実験では、患者の通常の慢性腰痛を、刺激または再現しようとは試みられなかった点に留意することが重要である。彼らは、電気刺激によって別の形の疼痛を誘発した。脳の活動を増大させたのは、このなじみのない疼痛であった。

心配してくれる配偶者がいることが、腰痛患者の習慣的な疼痛に対しても同様の作用をすることがわかれば興味深いだろう。言い換えると、慢性疼痛患者の腰痛は、溺愛する配偶者がいる時に一層ひどくなるのだろうか、それとも作用は脳の活動の増大に留まるのだろうか。

著者らの結論の多くは理にかなっているように思われるが、他の無数の因子、すなわち社会経済的地位、心理・社会的変数、全般的な健康状態、仕事の状態などが、疼痛刺激に対する脳の反応に、交絡因子として影響した可能性があるだろう。心配すること自体が、脳の活動により強力な影響を及ぼすマーカーである可能性が常にある。

それでもなお、本研究が刺激したメディアの記事から判断して、人生の伴侶が、理由は何であれ、時折、頸部痛または腰痛のもとになりうることは、誰でもたやすく理解できるように思われる。もちろん、読者の皆様は別だが。

参考文献:

Flor H et al., Spouse presence alters brain response to pain, presented at the annual meeting of the Society for Neuroscience, Orlando. Florida, 2002; as yet 
unpublished. 


The BackLetter 18(1): 1, 9-10, 2003.

加茂整形外科医院