一生涯運動を続けると脊椎には害があるか? 

脊椎の負荷と変性の関連性を探る研究


運動選手は、スポーツを慎重に選択することで、長い間続けた後に起こり得る脊椎の障害を減らせるかもしれない。長期間の運動が脊椎に与える衝撃は、スポーツの種目別による脊椎への負荷のパターンに関係する。これはTapio Videman医学博士、Michele Battie博士らがフィンランドの一流運動選手を対象に行った受賞研究によるものである。彼らは、長期間サッカーを続けると、下部の腰椎に限って変性が起こるのに対し、何十年も重量挙げを続けていると腰椎全体で脊椎の変性が加速するように思われることを明らかにした。

「規則的かつ活発に長距離走に参加している例では、椎間板の変性が加速した徴候はありませんでした」と彼らは述べている。

この研究の中でおそらく最も顕著なのは、以前一流の運動選手であった人の集団はあまり活動的ではない同年齢の集団よりも、脊椎の障害の長期的リスクが非常に低いことであった。Videman博士は国際腰椎研究会(ISSLS)の年次総会で新しい研究について発表し、優れた研究に贈られる高名なボルボ賞を獲得した。

この研究は軽・中等度の運動競技による脊椎の負荷は重度の負荷よりも健康上良いことを示しているが、『重い』スポーツを行っている人も、この知見に対して絶望する必要はない。これらの結果の統計解析において、全体的な脊椎の変性のうち、競技者の脊椎の負荷パターンによって説明できるものはわずかな割合でしかなかった。例えぱ、長期間重量挙げをした群の椎間板の含水率は対照群とした射撃選手の群と比較して、わずか13%の変化しか認められなかった。

スポーツ医学研究者の中には、重量挙げや重度の肉体的負荷を含む他のスポーツが必然的に脊椎に損傷を与えると結論を出すのは時期尚早であると考える者もいる。「私は本試験をこれらの競技者が必ず脊椎の変性を生じる証拠と考えてよいとは思いません」とFritz U.Niethard 医学博士は言う。彼はドイツのオリンピック競技チームの担当医で重量挙げ選手の長期試験を実施している。彼は重量挙げそれ自体が腰椎の変性を引き起こしたと結論を出す前に、これらの競技者に関するさらに詳細な情報を知りたいとしている。

Niethard博士は、重量挙げや他のスポーツにおける脊椎の形態学的な変化には多くの因子が影響していると指摘しており、その中には体質、重量挙げのスタイル、練習法、職業上の負荷、栄養、・薬物使用およびその他の生活習慣上の因子が含まれている。彼は非常に大きな重量を持ち上げる重量挙げ選手でも、全く脊椎の病気のない者もいることに注目している。腰椎を安定化することにあまり熟達していない重量挙げ選手や、またはScheuermam 疾患のような脊椎の異常を有する重量挙げ選手は、イメージ・スキャンにもっと大きな変化が現れる。しかし、Niethard 博士はイメージ・スキャンで高度な異常を示す競技者でさえも、ほとんど腰痛を起こさないことがしばしばあることを強調している。

Videman博士らは運動負荷の長期効果に関する科学文献上の空白に取り組むために新しい試験を行い、「一般的にわれわれは長期問の運動と負荷のある状態の利益とリスクについてほとんど知識がありません。われわれが現在理解しているのは、余暇中の肉体活動が脊椎のために良い影響があるように思われるにもかかわらず、勤務中の身体活動は問題を引き起こすと考えていることです」と語る。

彼らは1920〜1965年に1回以上フィンランドのナショナルチームのメンバーに選ばれた2,532名の元一流運動選手について調査を行い、1,712名の同年齢の活動性の低い対照群と比較した。

彼らは、腰痛、坐骨神経痛、他の健康面の状態、ライフスタイルの特徴を評価するために詳細な問診票を全ての対象者に送った。腰痛は『仕事を妨害する』程度、坐骨神経痛は『医者によって証明された』ものと定義した。競技者の85%、対照群の78%から問診票の回答を得た。

「年齢と職業の身体的要求度によってマッチングさせた分析により、全員が元運動選手であった群は対照群と比較して、腰痛に対するオッズ比が低いことがわかり、持久競技、短距離走、ゲーム競技、ボクシング、レスリングにおいて統計学的に有意な差が認められました」。

スポーツの種類別群における腰痛の有病率は29〜44%までの範囲にあったのに対し、あまり運動を行わない対照群では52%であった。しかし元運動選手と対照群は、坐骨神経痛、脊椎関連の年金、脊椎関連の病気による入院の発生率においては全く統計学的な有意差を示さなかった。

本試験の第2相において、Videman博士とBattie博士は計17名の重量挙げ、サツカー、競走、ピストル射撃の選手を無作為に抽出してMRI検査を行った。脊椎に対する負荷の違いによってこれらのスポーツの選手が選択された。

Videman博士は「走ることは脊椎に良いと考えられることが多く、一般的に推薦されている運動形態です」と説明した。サッカーも走る要素を含んでいるが、他のプレーヤーとの衝突については言うまでもなく、ねじる運動や身体を曲げる運動も含んでいる。「重量挙げは脊椎全体を横切る軸性の負荷を増加させ、屈曲や伸展にも高い負荷を与えます」と述べている。彼らは対照運動としては軽度の筋カトレーニングを行っても、脊椎へのストレスが最も小さいピストル射撃を選択した。

Videman博士らは、対象の生涯スポーツの参加度を定量化することを試みた。スポーツ歴は競走者では平均35年、サッカー選手は34年、重量挙げ選手は26年、射撃選手は17年であった。他の生涯スポーツの参加度には群間差はなかった。

「重量挙げをしていた人達は脊椎全体にわたって変性の程度がより大きいようです」とBattie博士は説明する。「回旋性のストレスがこれより大きいと予測されるサッカーをしていた人々も、腰椎の下部に同様の変化を有しました」。競走者と射撃選手の間のMRI所見には差はなかった。

競技者における椎間板変性の程度は脊椎の疾患に影響を与えているように思われた。Battie博士は「競技者の群内において、全体的な変性の程度と脊椎の症状の間に関連性がみられました」と述べている。

研究者は本試験を過度に解釈しないよう注意している。この試験は特別な運動自体よりも、むしろ運動を伴う生活様式を比較している。Battie博士は「統計解析において、年齢、職業上の身体的要求度や喫煙の群間差による影響にっいてはコントロールしましたが、スポーツ歴以外の因子が脊椎に関する調査結果に影響した可能性はあります」と語る。例えば、食生活、薬物使用については評価を行っていないが、この両者はともに重量挙げ選手における椎間板の変性に影響した可能性がある。

30年前の一流の運動選手について得られた知見が、今日の競技者にどれほど適用できるのかは定かではない。「30年前のトレーニングプログラムはそれ程激しいものではなく、今日の一流選手には適用されていません。それよりもレクリエーションとして定期的に運動を行っている人の方に関係があるかもしれません」とVideman博士は語った。

英国のManchester大学のMalcolm Jayson 医学博士は、これらの知見が一流運動選手の身体のタイプを単純に反映しているのだろうかと疑問に思う。「専門的競技者になる人々は運動過剰性であるという証拠があり、このためにさらに専門的競技者になることがあらかじめ選択されています。運動過剰性は損傷へ向かう素因であるため、変性をいくらか説明できるかもしれません」。

Niethard博士はイメージ・スキャンで認められる変性は、症状が発現するには小さ過ぎることがしばしばあり、過度に解釈するべきでないと強調し、「われわれは臨床上重要でない脊椎の重症の変性のみられる運動選手について試験を行いました」。と言う。「スキャンの画像からは、椎間板ヘルニアを除去することや脊椎固定術を行うことを考えるでしょう。しかし一般的に、これらの競技者は苦痛を訴えません」と、Battie博士は新しい試験がこの知見を裏付けるものだと指摘する。

一流の運動選手は競技から引退した後も活動的な運動を行う生活様式をしばしば続けているとNiethard博士は言う。彼は、運動選手は継続的な訓練によって構造上の脊椎の障害が起こることを防いでいると考えている。これらの競技者を検査し、彼らが本質的な構造上の変化に直面してもいかに効果的に活動することができるかを学ぶことが重要だと述べている。「さらに良質なフォルクスワーゲン車を獲得するためには、われわれはF1車を研究しなければなりませんね」。

Sports and the Spine from The BackLetter,4-5.1995.

加茂整形外科医院