1.侵害受容性疼痛(Nociceptive
pain)
痛みの生理
組織を損傷するような刺激(Noxious stimulation)が末梢神経に加わると、これはAデルタおよぴC繊維を介して、脊髄の後角ニューロンに伝えられる。ここの侵害受容ニューロンの興奮は、反対側行き脊髄を上行し脳に達し、ここで痛みを認識するのである。一次痛覚神経からのインパルスが脊ニューロンに伝わるのには、神経伝達物質としてサブスタンスおよびグルタミン酸が関係している。一方、これらのニューロンの活動は脳や脳幹から来る下行性の抑制を受けており、これには伝達物質としてノルアドレナリンおよびセロトニンが関与している。
末梢性痛覚過敏(Peripheral sensitization)
神経末梢は痛みを受容するばかりでなく、軸索反射によりそこからサブスタンスPなどの化学物質を分泌する。これは肥満細胞に作用してヒスタミンを遊離したり、その他の発痛物質を産生し、また血管拡張を起したりする。また組織が損傷されると、プロスタグランジンをはじめ、カリウムやブラジキニンなどいろいろの発痛物質が出てくるので、神経末端は発痛物質のジュースの中に浸されているような状態になる。このような状態では神経の痛みに対する感受性は著しく高まるので、これを末梢性痛覚過敏と呼んでいる。
中枢性痛覚過敏(Central senstization)
C線維の末梢からの頻回な刺激が持続すると、脊髄ニューロンにも変化が起ってくる。これはwind
upという現象で、ニューロンは末梢からの刺激に対し一対一で対応していたものが、一回の刺激によりたくさんの発火を起こすようになり、ついには刺激を止めても発火活動がしばらく続くようになる。これは中枢性痛覚過敏と呼んでいる。中枢性痛覚過敏の発現には、NMDA受容器が関係しているとされているが、NMDA受容器の拮抗薬によって、この現象が抑えられる。中枢性痛覚過敏が長く続くと、脊髄ニューロンの中にc-fosなどのがん遺伝子が作られ、ここに可塑的な変化を起こしてくる。可塑というのは、外力を取り去ってもなお歪みが残っている状態で、ここではニューロンの興奮が長引くことを指している。C-fosの発現はモルヒネによって抑制することが出来る。
2.神経障害性疼痛(Neuropathic
pain)
神経が損傷されたり、切断されたりすることによって起こる耐え難い痛みである。この場合の痛みの起こる機序は侵害受容性疼痛とは全く異なる。神経切断後1ないし2週間で神経が再生し、発芽が起こってくる。これは自発活動を起こし、また機械的刺激に対しても、ノルアドレナリンに対しても大変敏感になる。ここにノルアドレナリン受容器が沢山出来てくるからである。神経が切断されると、脊髄後角にも変化がおこり、Aβ線維の末端が侵害受容ニューロンと接触するようになる。このため一寸触っただけでも痛みをおこしてくる(Allodynia)。また後根神経節は神経が切断されると、異常に興奮し自発発電をおこしてくる。そればかりでなくこの神経節に来ている交感神経も発芽して、ここの大型細胞をバスケット状にとりまくようになる。大型細胞は触覚に関係しており、痛みに関係しているのは小型細胞であるが、この2つの細胞は互いに興奮し合うことも知られている。したがって交感神経刺激により、後根神経節は興奮し痛みが起こっていることも考えられる。これが交感神経依存性疼痛とも考えられる。
3.難治性疼痛の治療
ドラッグチャレンジテスト(疾痛機序判別試験):いろいろの薬を使って、痛みがどのような機序によって起こっているかを見分けるものである。たとえばモルヒネで痛みが楽になれば、侵害受性の痛みであるとする。ケタミンはNMDA受容器の拮抗薬なので、これが効くということであれば、中枢性痛覚過敏が関係している痛みであることがわかる。バルビツレートは脊髄ニューロンの過剰活動を抑制するから、これが効けばそれによる痛みであることが分かる。フェントラミンは交感神経遮断薬なので、これが効けば交感神経依存性の痛みが考えられる。リドカインはナトリウムチャンネル受容器の拮抗薬なので、後根神経節の自発放電や神経末端で生じた発芽の自発放電などは抑制される。痛みがこのようなところで起こっているのなら効く筈である。このようにして痛みがどのような所から起こっていることを知ることによってそれに適した治療薬を使うことが、合理的な痛みの治療といえよう。