腰痛は背部の損傷が原因であると考え過ざている:

ー11,000例に対するカナダの最新研究による報告ー


The Canadian Back Institute(CBI)の最新の大規模研究によると、現在の腰痛治療の中心的考えは方向性を誤っている可能性がある。

「腰痛に関するわれわれの意見や判断の大部分は、それが治療に関するものか、人間工学的なものか、あるいは法律上のものかにかかわらず、腰痛の原因を推定することで決められます」とCBIの医学責任者Hamilton Hall博士はいう。腰痛の原因とは、箱を持ち上げたり、ベッドから起き上がったり、濡れた舗道で滑ったりといった、腰痛の引き金となった動作や損傷を指している。腰痛を起こしたこのようなきっかけについての問診が、たいてい腰痛の病歴を調べる際に主に行われていることである。

しかし、11,O00例以上の患者を対象とした新しい研究によると、一般的に腰痛は明らかにそれとわかる損傷によって急に引き起こされるものではないとされている。労災補償、保険金の請求、あるいは係争中の訴訟に関与していない患者では、背部の損傷を誘発した動作を思いつくことができたのは、患者の約1/3だけであった。研究では「とくに誘因のない発症が、ほとんどの腰痛の自然病歴である」と結論づけている。

研究結果から、腰痛の原因となる動作を報告する可能性の非常に高い患者がいることが判明した。保険金請求や起訴のために明らかに経済的利益を得た患者では、90%以上が腰痛の原因を特定した。カナダの研究者は、その原因が様々であるという事実を除いては、これらの報告は腰痛の原因を正しく指摘したものではない、という。

フィンランドのHelsinkiで開かれた国際腰椎研究学会の今年の年次総会で、この研究は賛否両論の大反響を引き起こした。

「われわれが腰痛を損傷という定義から脱する時ではないでしょうか」と、この論文に関する討論でスウェーデンGothenburg大学のAlf Nachemson医学博士は問いかけた。彼は腰痛が損傷に起因するという考え方のために、多くの患者が腰痛のために日常生活を制限されるという事態を広く引き起こしていると述べた。

Nachemson博士は「この研究に基づき、大きな損傷やその他の明白な原因がない限り、われわれは『背部損傷』という言葉の便用を完全に止めるべきです。われわれが用いる言葉は法律学的、社会経済学的に非常に大きな意味を持っています」と強調した。

一方、英国Bristol大学の生体力学研究者Michael Adams博士は研究の結論に反論し、「腰痛は自然発生的なものであり、損傷を原因として報告する患者は経済的利益のためにそうしているとする見方は、非常に人を馬鹿にしています」と主張した。彼はこの研究が腰痛の原因に関して、経済的利益をもたない患者の言い分は受け入れておきながら、保険請求に関与する労働者の報告は疑い深い目で見ていることを指摘した。

Adams博士は、研究者が経済的利益のある労働者の報告を表面どおりに受け取れば、研究に参加した患者の70%以上が、痛みに対してなんらかの理由を指摘していると述べた。「私はこの事実をこの研究から読み取りたいと思います」。

スコットランドの研究者Gordon Waddell医学博士は、この種の研究では患者の報告した原因が正確であるかどうか最終的な結論は出せないと指摘した。Waddell博士は「この報告の基本的なものには多くの真実が含まれていると思います」という。しかしながら、彼は保険請求や起訴に関係する労働者が、彼らの背部損傷の原因に偽報告をしているという証拠はないと述べた。「ですからこの研究が指摘したように、私は結果を割り切って考えることはできません」。

Waddell博士は腰痛の原因に関する患者の言い分をあまり信用しすぎないように警告している。「患者が話すことは、患者が腰痛の原因だと考える動作だけです。それを原因として推測することは誤りだと思います。これは単に患者が原因であると信じているのにすぎません」。

CBIは世界でも有数の大規模な脊椎診療組織である。患者数が多く、評価や治療プロトコールが標準化されているため、CBIは速やかにかつ効率的に大規模試験を行う並外れた能力を有している。11,O00例の患者のデータ収集は、多くの脊椎センターでば非常に長期間を要するが、CBIでは数カ月間分の仕事でしかない。

最近Hall博士らは、多数の患者で腰痛の自然発症頻度の調査を決めた。過去に腰痛の自然発症に関する報告はあるが、それらは比較的少数症例に関するものであり、患者全体という大宇宙を表わせない単なるスナップ写真に過ぎないからである。

11,000例の患者

研究者はHalifaxからVancouverまでのカナダ全域で16のCBI診療施設において、18〜65歳の腰背部と頸部疾患患者11,376例を調査した。

CBIの臨床医は標準化した問診票を用いて、患者が治療を受けようとした腰痛に、きっかけとなる何らかの特定の動作があったかどうか尋ねた。特定の動作とは、それが明確に記憶されていて、その動作が数秒あるいは数分以内のものでなければ認めなかった。痛みの原因があいまいであったり、特定の動作が何日間続いたと回答した患者は自然発症と分類した。

原因と身体労働の負荷程度の認識との相関を調べるために、研究者は仕事の負荷を座位/軽度、軽度、中等度、重度、非常に重労働のいずれかに分類するよう患者に求めた。今回の研究では患者が回答した身体労働の負荷の程度を確認しなかったが、将来の研究で行われるだろう。

異なる2つの群

研究者は患者を労災補償、保険請求および訴訟の状態に応じて2つに分けた。第I群は腰痛の原因に対して経済的利益のない患者4,689例、第II群は補償、講求、訴訟に関与している患者6,687例であった。両群には、何週間も前に起きた腰痛の引き金となった動作を思い出させた。痛みの発症から治療開始までの平均期間は第I群で141.3日、第II群で153.6日であった。

第I群の自然発症率は66.7%であった。引き金となった具体的動作を思い出した患者は1/3に過ぎなかった。腰痛と頸部痛患者の発症パターンは同じであった。

第II群の自然発症率はわずか9.8%に過ぎなかった。症状出現後、平均して153日経った後でも、10人中9人以上の患者で症状の引き金となった特定の動作を思い出せた。

肉体労働に関する患者の認識度は、第I群の16.2%、第II群の49.5%で自分の仕事が『非常に重労働』であると述べた。仕事に対する認識が『座位』から『非常に重労働』へ増すにつれ、両群とも自然発症率が低下し、第I群では68.8%から57.1%へ、第II群では16.3%から5.9%へ変化した。

表面的にみれぱこれらの結果は、仕事の負荷の程度が背部損傷を予測できることを意味すると解釈できるだろう。しかし、カナダの研究者は仕事の負荷の認識と腰痛の原因との相関関係が、両群で一致していないことに着目した。

「肉体労働の要求度が真のものであれ、患者の認識上のものであれ、有意な独立変数であるならば、2群間の差が各グループにおいて等しくなければなりません。しかし、肉体労働の要求度が増すにつれて、変動量も増加しているのです」とHall博士はいう。

またHall博士は「自分の仕事を『座位/軽度』であると考え、かつ経済的な利益をもたない患者は、第II群の患者で同程度の肉体労働の要求度と認識している人に比べ4倍も自然発症していると報告している。自分の仕事を『非常に重労働』だと考えている人では、経済的利益をもたない群では9倍以上も自然発症があるという結果です」と述べている。

Hall博士らは、補償や起訴に関与しない患者の説明の方が、原因を確定することで経済的利益を得られる患者の説明よりも正確だと考える。「第I群のように疼痛の原因が経済面や仕事上の利益をもたらさない場合には、患者の2/3で自然発症による腰痛を示しています。著者らはこれを腰痛の『自然病歴』であると考えています」。

損傷のあるなしではなく、患者の臨床症状を治療せよ

Hall博士はこれらの結果から、少数例でしか関連性がないのであるから、臨床医は患者が原因として挙げるきっかけにはそれほどの注意を拡う必要はないと考えている。「病歴は確かに必要ですが、治療をしていく上であまり原因に捕らわれる必要はありません。臨床像が同じであれば、箱を持ち上げようとして腰痛が発症した患者と、自然に痛み始めた患者で治療法は変わりません。私は患者の臨床症状を治療するのであって、損傷の病歴を治療するのではありません」。

スウェーデンのGothenburg大学のBjorn Rydevik博士は、本研究は多くの興味深い問題や不確定の問題を提起していると指摘する。いわゆる背部損傷は数分あるいは数時間以内に症状を引き起こすのだろうか、それとも症状はもっと徐々に現れるのだろうか。患者は腰痛の引き金となる動作を正確に思い出しているだろうか。臨床医はどの程度、彼らの説明を事実と認めるべきだろうか。これらの問題に対する答えを出
すのは容易ではない。

Rydevik博士は、この研究から、臨床医が腰痛を損傷に起因すると判断することには慎重になるべきと考える。彼は「われわれは腰痛がはっきりした原因がなくてもよく起こることを知っています。全く何の損傷の結果でもないという可能性もあります。あまり『損傷』という言葉を頻繁に用いるべきではないでしょう。原因といわれていることが、症状の発現と何の関係もない可能性もあるからです」。

The BackLetter,1O(7):73,83.1995.

加茂整形外科医院