脊柱管狭窄症に対する積極的保存療法

Aggressive, Conservative Care for Spinal Stenosis


腰部脊柱管狭窄症患者の大多数は、積極的保存療法により症状が改善されるだろうと断言する研究が現れた。筆頭著者であるCalifornia州、Menlo ParkのJoel Saal医学博士は、この研究結果は、脊柱管狭窄症の症状と機能面の制限は確実な悪化をたどるという一般的に受け入れられている概念に矛盾するものだと述べている。

Saal博士は、「腰部脊柱管狭窄症はつねに増強する進行性の解剖学的変形であるにもかかわらず、症状の出現は短期間だけに限られていると思われます。手術の適応とみられる患者の中にも、十分な保存療法を行えば手術を行う必要のない者もいるでしょう」と語った。

この研究は、WashingtonDCで開催されたNorth American Spine Society (NASS:北米脊椎学会)の年次総会で活発な議論を巻き起こした。狭窄専門医の一部は、この研究の表題「腰部脊柱管狭窄症の自然経過」に異議を唱えた。

Harry Herkowitz医学博士は、「実際には、先生はその積極的保存療法に硬膜外ステロイドを併用しておられるわけですから、本当の自然経過を論じているとは言えないのではありませんか」と述べた。

Herkowitz博士や他の評者らは、この研究が患者の臨床状態を十分に特定しておらず、成績についても適切に記録していないと示唆した。Herkowitz博士は、「この研究ではほとんどの患者が手術の必要がないことを示しています。それは真実です。しかし、先生はご自分がやられていることの内容をもう少し正確に説明されるべきだと思います」と述べた。

今回の研究には対照群が設けられていないため、実施された治療法の価値やその結果の有意性に関する評価は難しくなっている。Saal博士はより厳密な科学的手法を用いて、腰部脊柱管狭窄症に対する手術と保存療法を比較する無作為抽出比較試験を行う時がきたのだと提唱した。

患者90例における研究

この研究の対象は、代表著者らが14ヵ月間に診察した狭窄症患者90例である。Saal博士は、「本研究は、偽性間欠性破行症(歩行時に漸次出現する疼痛)の患者を評価するために実施しました。この病態生理はすでに確立しており、経時的に進行する解剖学的神経圧迫に由来するものとされ、一般に外科的治療を適応するときの指標と考えられています」と語った。

対象患者は全て腰部神経根症と歩行障害があり、MRIまたはCT検査で中心部脊柱管狭窄(側方狭窄の有無を問わず)所見が認められ、初回評価時点での症状持続期間は6週間以上であった。腰椎手術歴、4o以上の椎間板ヘルニア、脊椎分離すべり症、ならびに患者が運動療法プログラムに参加する妨げになると考えられる疾患・外傷がある場合、あるいはその療法に対して承諾が得られない患者は除外した。

治療プログラムは豊富な内容の運動プログラムと3回以内の硬膜外ステロイド注射を含む落痛管理プロトコールから構成された。筆者らはNASS総会での発表の際には治療方法の詳細を報告しなかった。

治療成績は第三者の評価によりアンケートと電話での聞き取り調査から判定した。成績の評価手段にはOswestry問診票、患者の白已評価、現在の医療機関の受診状況を用いた。経過観察期間は2〜8年、平均3.4年であった。

追跡調査率76%

試験対象患者90例のうちアンケートに回答した者はわずか68例で、回収率は76%に留まった。回答者の9例はその後手術を受けていた。合計59例が保存的治療を受けたことになる。

アンケート回答者の大多数が、治療予後はexcellentまたはgoodであったと回答した。これに対して、fairあるいはpoorと回答した者は34%であった。59例中41例(69%)は自分の歩行能力をunlimited (制限なし)、あるいはonly partially limited、(部分的な制限のみ)と表現した。30%の患者は余暇活動に全く制限はないと答えた。 Saal博士は、「患者の約60%が通常の余暇活動の妨げになるような制限はないと回答しました」と述べた。

患者が最も難しいと答えたのは、立っていることと物を持ち上げることで、このためOswestryスコアは高値であった。患者の約半数では長時間立ち続けることが困難であると回答した。現在行っている治療法については、5%がカイロプラクティック療法を受け、約30%が経過観察期間内に理学療法を受けたと回答した。ほとんどの患者は非麻薬性鎮痛薬で残存する症状を抑えられた。

これらのことから、博士らは、大多数の患者は手術なしで十分に治療できると結論した。数例の腰部脊柱管狭窄症患者で保存療法中に症状が悪化するが、大多数は良い結果が期待できる、とSaal博士は語った。

Saal博士は新規試験の結果を腰部脊柱管狭窄の自然経過に関するスウェーデンの研究と比較した。「Johnsson博士らによる経過観察のみの治療を行った研究では、状態が悪化した患者は極めて少なく、進行性神経麻痺をきたした例はなく、多くの患者が機能面で同じレベルを維持していました」。

Saal博士は、「手術によらない積極的保存療法(運動療法や疼痛コントロールのための硬膜外注射による治療)では、経過観察だけの治療よりも満足度が高いようです」と語った。もちろん、これら2つの試験の対象が同等であったという大前提に立った上での推測である。

研究に対する批判

NASS会議に出席していた専門医らの中で、脊柱管狭窄症患者の大多数は手術を必要としないという見解に対して異議を唱えた者はほとんどいなかった。しかし、数人は今回の研究の結論に批判的であった。

Herkowitz博士は、「追跡調査できたのは患者の76%に過ぎません。つまり、残りの24%がどうなったのかわからなかったわけです」と指摘した。臨床試験の追跡調査に回答しない者は、往々にして最も経過の悪い場合が多いと考える研究者もいる。本研究の非回答者24%を治療失敗例として扱えば、明らかに結論の勢いはそがれてしまうだろう。

別の外科医は、Johnsson博士が行った研究は、脊髄造影と神経学的機能の電気診断を用いて狭窄症の病態を注意深く実証した上で自然経過を観察したもので、今回の研究はそれに匹敵するものでないと示唆した。今回の試験も、少数の患者群を撮ったスナップ写真のようなもので、これら2つの研究が比較し得るものであるという保証は全くない。

本試験は、腰部脊柱管狭窄症患者に対する適切な保存療法はどのような内容であったらよいかという問題を提起した。発言者の1人は、外科医が狭窄症患者に対して手術前に十分な保存療法を施していないという見解に対して、強く異議を唱えた。Steven Fiore博士は、「私の知っている外科医のほとんどが、先生がされたものと同じくらい積極的な理学療法と非ステロイド剤を用いた保存療法プログラムを患者に受けさせています。その上で、改善がみられなかった患者に対して手術を行っているのです」と述べた。

Saal博士はこれに対して、臨床医が脊柱管狭窄に対する積極的な保存療法を十分に利用していないことがしばしばあると答えた。「先生が患者に積極的保存療法プログラムによる治療をされているのでしたら、私は先生の臨床判断を賞賛したいと思います。しかし、残念ながら我々の地域(San Francisco周辺のベイエリア)では、患者の大多数は積極的な保存療法を受けていないのです。私が診察する患者のうち、硬膜外注射を受けたことのある患者ですら、1/3にも満たないでしょう」。

The Backletter,11(3):13,19.1996.

加茂整形外科医院