増大する「線維筋痛症」の危機:この症候群は、高くついた医学的大失敗か?

Growing Fibromyalgia Crisis: IsThis Syndrome an Expensive Medical Mistake?


これまで得られた証拠から判断する限り、「線維筋痛症」という名をつけその普及に努めたことは、医学的に大きな失敗だったようである。この症候群に対する現在の医学的アプローチが、患者や医療機関、そして社会全体にとって有益であったといえる証拠はほとんどない。

だからといって、「線維筋痛症」と名づけられた症状そのものが存在しないというのではない。広範囲にわたる疼痛、圧痛、睡眠障害、精神的苦痛などに苦しんでいる患者は数多くいる。線維筋痛症という概念を最も厳しく批判する学者でさえ、これらの患者が複雑な障害のために助けを求めていることは認めている。

しかし、この問題に対する医学的アプローチの方法には批判が高まっている。「線維筋痛症」の提唱者が、実際にはその診断や治療の方法を通して患者の疼痛や苦痛を悪化させ、高額医療の利用と活動障害の流行の発生を支えているという非難がきかれる。

「線維筋痛症」の主要な提唱者たちでさえ、問題があることを認めている。「線維筋痛症は収拾がつかなくなっています」と、この症候群の概念を構築した一人であるKansas大学のFrederick Wolfe医師は述べている(Wolfe,1997年参照)。さらに、最近のインタビューでは「ひどい混乱状態です」とも言っている。

病理学的には何も明らかでない

線維筋痛症は、原因のよくわからない疼痛や精神的障害をもつ患者に対する道しるべとなった。線維筋痛症と「診断」された患者の数はここ10年うなぎ上りである。だが、線維筋痛症の根拠となる病理解剖学的証拠は何一つない。この症候群を解剖学的異常に結びつけようとする数多くの研究が試みられたが、いずれも役に立たなかった。

医学的治療がこれらの患者に有効であるという証拠もほとんどない。運動や抗うつ剤、行動療法で短期間軽快した症例はあるが、長期にわたり効果が確認された治療法はない。罹病期間の長い線維筋痛症患者に関する最近の研究によると、高額の特定治療では、症状の緩和も機能の改善も得られなかった(Wolfeほか[a],1997年参照)。

「これらの病状の重い患者に対して、いわゆる『治療施設』が行なっていることは、何の役にも立っていないようです」と、Nortin M. Hadler医師は述べている(Hadler[a],1997年参照)。「医療機関を受診して線維筋痛症と『診断』されることによって、病気の身体化に拍車がかかり、患者は一層具合が悪くなってしまう」という彼の主張には説得力がある。

Wolfe医師もこれに同意する。「我々のやり方では、患者はさらに依存的になるか、あるいは活動障害が一層ひどくなりがちです」と彼は言う。「患者が病人を演じることをあおるような助言ばかりなのです」。

研究用基準の誤用?

線維筋痛症の診断基準については議論の余地がある。American College of Rheumatology(ACR:米国リウマチ学会)は、研究目的での診断基準を認めたことで、うかつにも線維筋痛症の問題をあおってしまった。1990年にその基準が公表されると、線維筋痛症のお墨付きの定義としてたちまち医療現場に浸透していった(Multicenter Criteria Committee,1990年参照)。これらの基準はそもそも主観的で不正確であったが、多くの臨床医はいい加減に使用してきた。

診断基準では、広範囲に及ぶ疼痛と、18箇所のうち11箇所に強い圧痛があることが求められている。この基準に従い、患者を何度も突っついている狂信者が米国中にいることだろう。基準の作成者の一人であるWolfe医師でさえ、診断基準の利用価値は限定されており、活動障害を
判定する上では役に立たないことを認めている(Wolfe,1997年参照)。

経済的問題

線維筋痛症は財政面でもますます頭痛の種となっている。効果が証明された治療法がないのに、医療機関は終わることのない治療を施し、処方せんを延々と出している。線維筋痛症が、就労不能の正当化に使われることが増えてきた。最近の調査によると、専門医療機関における線維筋痛症患者の約25%は、活動障害または負傷のために補償を受けている(Wolfeほか[b],1997年参照)。

線維筋痛症関係の訴訟の影響で、法医学システムは混乱に陥っている。患者や弁護士が、痛みの症状の原因を、仕事中の負傷や交通事故、あるいはその他の外傷のせいだとするからである。Stephen C.McAliley弁護士は、Hippocrates'Lantern誌で「線維筋痛症は、因果関係を立証するのに必要な科学的証拠に関する8つの基準の1つも満たしていません」と指摘している(McAliley,1995年参照)。

ACRの一委員会は、「反応性あるいは外傷後の線維筋痛症」という用語を医学的考察から除外するよう勧告した。この勧告にもかかわらず、医師が個人的に外傷性線維筋痛症の診断を下した数は1500例以上にのぼるとWolfe医師は述べている。

Hadler医師は、線維筋痛症患者は訴訟関係者としてうまくやれない、と指摘する。Spineの最新号に掲載された、「If You Have to Prove You Are Ill, You Can't Get Well(自分が病気だと証明しなければならないのなら、あなたは良くなれない)」というタイトルの論説で、Hadler医師は、線維筋痛症を具体例として使っている。彼は次のように述べている。裁判の過程で、原告の患者は、自分の病気がどのくらい重いかを裁判官に説明するよう求められる。「原告は、健康な状態であるために必要な条件や、病気を識別する能力、困難に立ち向かう能力を失いがちである。……皮肉にも、原告は攻撃される立場に引きずりこまれ、ほとんどの場合には立ち直れなくなります」
(Hadler,1996年参照)。

どうすべきか?

これらの患者に何をしてあげればよいのか、というジレンマが医学界にも社会にも存在する。「線維筋痛症」という名をつけることは、彼らの苦しみを認め、正当化しようという試みであった。残念ながら、その努力は逆効果だったように思われる。

もちろん、いつの日か、これらの症状が統一されて治療可能な原因が明らかとなるかもしれない。そうなれば効果的な治療法も見つかるだろう。ACRの今年の年次総会の目玉は、脳奇形と視床下部機能障害、そして筋組織の壊死(えし)の3つと、この病態のつながりの可能性を検討し
た報告であった。しかしながら、基盤となる線維筋痛症の病理学に関する従来の仮説は、厳密な科学的検証に耐えうるものではなかった。

Wolfe医師は、線維筋痛症に対する医学的アプローチの方法を多くの点で変えることを提唱する。彼が指摘しているのは、線維筋痛症が疾病だという証拠がほとんどない、ということである。線維筋痛症は単に症候群、つまり幅広い症状を表す用語にすぎない。医師や患者団体、研究者は、あるいは法廷でも、これを疾病とみなすべきではない。

「線維筋痛症」という言葉は、患者と医者が、ある種の慢性的な疼痛症候群を表現するための「臨床的概念」として使うべきだ、と彼は提案している。「ある適切な場面では、・・・・医師と患者のコミュニケーションに使える」とWolfe医師はいう。「線維筋痛症という象徴的用語を使うのが適切でない場合もあり、医師によっては線維筋痛症という用語を使わないという方針を選択するかもしれません」(Wolfe,1997年参照)。

治療は制限すべきか?

彼は限定的な治療を提案している。最もよく行われている治療法が有効でないからである。「抗うつ薬、三環系抗うつ薬、形式的な運動療法プログラムによる治療ーこれらは特に効き目がないようである期待とは裏腹に、治療をながびかせ、依存性を助長しています」と主張する。線維筋痛症による活動障害という危機がこれ以上広がるのを防ぐため、Wolfe医師は、線維筋痛症による活動障害補償を廃止したらいいという。さらに彼は、いわゆる慢性疼痛症候群への支払い期間も、たとえば1年とか2年に限定したいようである。「そうした制限の目的は、本人が元の仕事に復帰したり、現在の体調に合った仕事に就くまでの、困難な時期を援助することにあります」。

Arthritis and Rheumatism誌の最近の論説では、医療機関による線維筋痛症患者への無益な治療を削減せよと提案している。慢性症状のある患者についての研究に対し、Daniel H.Solomon医師とMatthew H.Liang医師は次のようにコメントしている。「これらの報告で示された種類の患者に対しては、診断を確認し、病態を説明し、既知の有効な治療を試み、場合によっては精神
的療法も受療させた後、我々はまだ分っていないができることはやったと認めるべきではないでしょうか?自分がサポートされていると患者に感じてもらうことは必要ですが、線維筋痛症の病態生理が解明されて効果的な治療法が生み出されるまでは、医学的な経過観察を続けても役には立たずに費用ばかりかさむでしょう。はい、次の方どうぞ!」(Solomon and Liang,1997年参照)。

発想の転換?

Hadler医師はもっと根本から発想を転換してはどうかという。「議論の焦点は、病気が、臓器の障害を基盤とする結果であるのか、それと'も治療の医学的モデルによって増幅された病的行動の一形態にすぎないのか、ということです。私は後者の意見です」と書いている(Hadler[a],[b],
1997年参照)。

Hadler医師は、線維筋痛症とそれに関連した「情動的障害」は、疾患ー不健康のパラダイムが失敗した症候群の良い例だという。これらの障害に病名をつけることで、症状を緩和させることを意図したが、現実には、症状を増幅させ永続させることが判明したからである。

「線維筋痛症、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群、およびそれに関連する症候群の実体は、『情動的スペクトル障害』というひとつの障害だとする意見もあります。私は、このスペクトルは、「障害」でも疾患でもなく、ましてや一連の関連疾患でもないと主張します」とHadler医師は述べている。「そうではなくて、普通の人の中にも疾患ー不健康パラダイムに一度引き込まれると、何でも身体症状に転化してしまうという特徴的な性格を持つ人がいるのです。こうして、彼らは症状をもれなく伝えることを学習し、だからこそ全身性リウマチ患者とは対照的にわずかな痛みにも耐えられないのです」。

これらが事実なら、線維筋痛症という医学的概念を捨て去り、その代わりに、もっとよい方法で患者への教育と治療を行なう時期であろう。線維筋痛症を支持する立場の人に対して、そのように診断することによってどんなプラスの見通しがあるのか実証するよう求めるべき時期であることは間違いない。線維筋痛症という概念の病理学的病態が確定されておらず、患者に効果的な治療を与えられず、彼らの機能回復の助けにならないのなら、この概念は修正または廃棄すべきではないだろうか?慢性疼痛や精神的苦痛に対処する、ずっと良い方法があるように思われる。

参考文献:

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McAliley SC, Trauma and fibromyalgia,Hippocrates'Lantern,1995;3(3):6.

Multicenter Criteria Commitee, the American College of Rheumatology 1990 criteria for the c1lassification of fibromyalgia, Arthritis and Rheumatism,1990;33(2):160-72.

Solomon DH and Liang MH, Fibromyalgia: Scourge of mankind of bane of arheumatologist's existence?, Arthritis and Rheumatism,1997;40(9):1553-5.

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The BackLetter, 1997; 12(11): 121, 128 129

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