人工椎間板:奇跡の治療か、単なる一時的流行か?

Artificial Discs: Miracle Treatment or Just Another Fad ? 


人工椎間板が登場してほぼ20年が経過したが、ルーチンの臨床使用が承認されている医療システムにおいてもあまり普及が進んでいない。しかしついに人工椎間板が米国中に広まる態勢が整ったようである。これは科学の勝利なのだろうか、マーケテイングの勝利なのだろうか、それとも両者が合わさった結果なのだろうか?

6月上旬にFDAの諮問委員会が、Johnson & Johnson社のDepuy Charite人工椎間板による変性性腰椎椎間板疾患の治療に関する市販前承認申請(PMA)に賛成する決議を行った。FDAが諮問委員会の勧告に従うなら、この製品は早ければ2005年の第1四半期に発売されることになるだろう。他の腰椎人工椎間板もFDAの審査待ちであり、そう遠くない将来、承認される可能性がある。

米国で1年間に実施される人工椎間板手術の数が、数百例から数万または数十万例へと急増する可能性がある。最終的には人工椎間板が米国の脊椎固定術市場の70%を占めるだろうと推測する専門家もいる。

バラ色のシナリオ

人工椎間板の支持者は、この画期的な治療法によって痛みを緩和し、手術した椎間レベルの可動性を維持し、隣接する椎間板の変性を軽減できるという、バラ色のシナリオを描いている。あるいは最近テレビニュースで大げさに取り上げていたように、“地域病院の医師によって腰痛がすっかり治っている”と考えている(ABC,2004を参照)。

しかし批判的な立場の専門家の見解は異なる。これもまた、対象疾患の診断精度が低く、十分な検討もなされておらず、商業べースで推進されている、結果を予測できない治療法であり、脊
椎医療に携わる医師は振り回されてはならないと、彼らは提言している。

今日、マスメデイアには人工椎間板に好意的な記事が氾濫していることを考えると、この人工椎間板について懐疑的な見方をする必要がある(表Tを参照)。最近行われた研究やレビューは、脊椎手術の分野には椎間板置換術への大転換を支持するしっかりした科学的エビデンスはないと示唆している。

人工椎間板は腰痛治療における一時的流行にすぎないだろうと、Journal of Bone and Joint Surgery誌の最近の記事では指摘している:“臨床情報が不十分な未完成の技術を性急に採用することは、脊椎障害の治療における、またいつもの、実りのない一時的流行につながる可能性がある”と、Scott Boden博士らは述べている(Boden et al.,2004を参照)。博士らは、エビデンスの食い違いを検討するための長大な研究課題を提示した。

変化しつつある研究像

Chahte椎間板のPMA申請の中心となったのは、椎間板置換術を脊椎前方固定術と比較した多施設共同無作為研究である。

通常、新しい外科治療は保存療法と比較することになるだろう。しかし人工椎間板の支持者は、脊椎固定術が保存療法よりも優れていることは無作為対照比較研究(RCT)において実証済みだと考えている。したがって彼らの見解では、椎間板置換術を保存療法と比較するRCTは不要である。

最近の研究結果から考えて、この主張は間違っている。RCTの中間報告では、脊椎固定術が保存療法よりも優れているようであった。例えば、Swedish Lumbar Spine Studyの2年後の経過観察では、脊椎固定術が理学療法よりも明らかに統計学的に有意に優っていた(Fritzell et al.,2001を参照)。

Swedish Spine Studyにおいて長期経過観察を行ったところ、残念ながら脊椎固定術はもはや保存療法より優っていなかった(Fritzell et al.,2004を参照)。

その後実施された2つのRCTでは、脊椎固定術が積極的運動療法と認知療法を含む最先端の保存療法プログラムよりも優っている点は認められなかった(Brox et al.,2003;Fairbank et al.,2004を参照)。

これらの結果は、2つの重要ポイントを強調している。脊椎固定術は、椎間板置換術の比較対照として適切な“ゴールドスタンダード”ではない。そして、FDAが要求した2年よりも長期にわたって永久的関節インプラントの有効性を評価する科学的研究が必要なことは明らかである。

長期展望

Spine誌の最近の論説では、脊椎治療の分野が前進しようとするのなら、規制当局の承認を得るための新規医療用具の科学的研究で有効性と安全性を評価するだけでは不十分だと述べている。無作為研究において適切な治療法の比較を行うことが、この過程の根本を成す。

“時こは、新しい技術について相反する課題が存在することもあるだろう。多くの場合、企業は、規制当局からの抵抗ができるだけ少ない経路を通って技術を商品化したいと考える”と、James N. Weinstein博士らは示唆している。“そうした経路では、臨床的に最も意味のある状況における有効性を明確に確立できない臨床試験になってしまうことが多々ある。我々は、`承認されるために必要なことだけやる'という態度をあらため、`本当に有効かどうかを知るためには何でもやる'という方針に転換しなければならない”とWeinstein博士らは主張した(Weinstein et al.,2003を参照)。

では、椎間板置換術の適切な対照治療は何だろうか。理に適った対照は、椎間板変性疾患に起因する腰痛の治療の中で主要な位置を占めている保存療法であろう。もう1つの妥当な方法は、3群比較試験の中で椎間板置換術を脊椎固定術および積極的保存療法と比較することであろう。

エビデンスに関するその他の問題

椎間板置換術に関するエビデンスには他の問題がある。人工椎間板の支持者は、手術した椎間レベルの可動性が保持されることによって、隣接する椎間レベルの長期変性が抑えられることは“画期的である”と宣伝した。この主張は直観的に理解できるように思われるかもしれないが、まったく理論上のものに過ぎない。20年にわたる研究でも、人工椎間板が他の椎問レベルの変性を抑えることを実証した厳密な科学的研究は1つもない。

合併症の発生率は、人工椎間板およびそれらを移植するために必要な前方脊椎手術に関連する、もう1つの懸念事項である。Boden博士らによると、人工椎間板に関する様々な研究におい
て、合併症および追加手術実施率の増加が実証されている。

最近の体系的レビューでは、椎間板置換術への全面的移行には重篤な有害作用という犠牲がつきものだと予測されると言及している。“[椎間板関節形成術の利点には]かなりの犠牲が伴い、ある種の合併症の発生が完全に予測できる”とDavid Polly博士は述べている(Polly,2003を参照)。

“初回手術はもちろん、特に追加手術の際には更に、血栓塞栓症のため、または非可逆的な血管損傷からのコントロールできない出血のために、手術によって死亡することがある”とPolly博士は説明した。“プロステーゼが外れることがある。感染が発生して人工椎間板の除去という極めてハイリスクの手術が必要になることがある。学習曲線が存在するならば、一般病院の医師
らが手術を行った場合には、最初の研究を行った医師らが行った場合と同等の結果は得られないだろう。合併症の発現頻度をできるだけ低くするには、外科医の選択が重要だろう。”とPolly
博士は述べている。このレビューを読めば熱も冷めるだろう。

更なる研究

Boden博士らは、椎間板置換術の価値を確立するための8つの基準を示した。下記の条件を実証するには厳密な科学的研究が必要である:

  1. 長期(10年以上)の臨床的アウトカムが脊椎固定術後のアウトカムと同等以上である;
  2. 手術した椎間レベルの可動性が保持される;
  3. 隣接する椎間レベルの疾患が減少する;
  4. 対費用効果;
  5. 安全な予測可能な移植である;
  6. 磨耗問題に対処可能である;
  7. 追加手術およびサルベージ手術が安全かつ有効である;
  8. 医師らがこれらの椎間板置換術の誤用を防止できる。

前述の研究を考えると、椎間板置換術が保存療法より優っていることを実証する長期研究を行うことを、これらの課題に加えることが妥当だろう。

研究プロセスを信頼する

人工椎間板は一部の患者にとっては期待できるものであり、椎間板置換術について更なる研究を行う価値があるのは確かである。更なる研究の必要性が強調されるべきである。

米国における一般的な臨床診療への人工椎間板の導入の可能性は、重大な局面を迎えている。最近、脊椎固定術の実施率が急上昇しており、1996年から2001年にかけて固定術の件数は77%増加した。しかしこうした手術の急増が一般大衆に明らかな利点をもたらしたというエビデンスはわずかしかない。実際のところ、大々的に報道された新しい外科技術が導入されたにもかかわらず、脊椎固定術のアウトカムが過去20年間に改善したようには思われない(Bono et al.,2004を参照)。

脊椎手術は、慢性疼痛および関連する活動障害の軽減を期待できるとはとても言えないと、至る所で酷評されている。New England Journal of Medicine誌の最近のレビューは、変性性椎間板
疾患に起因する慢性腰痛の治療としての固定術について、極めて懐疑的な見解を示しており、より良い科学的データが得られるまで医師らがこの適応への使用を自粛するよう推奨している
(Deyo et al.,2004を参照)。

脊椎固定術を巡る論争はマスメディアにも広がっている。New York Times,NewsweekおよびNew Yorkerを含む主要メディアの最近の記事では、米国における固定術のパターンを痛烈に批判している。1990年代初期のペディクルスクリューを巡る論争以来、脊椎医療の専門家らがそのように攻撃されたことはなかった。

批判の中には公正なものもあれば、そうではないものもある。それでも、この分野のすべての専門家を当惑させることは間違いない。そして、一般的な手術のアウトカムが予測可能な信頼できるものとなり、厳密な科学的研究でそのことが実証されるまで、そうした批判は更なる研究の原動力となるべきである。

脊椎手術の分野における研究の可能性は、近年飛躍的に増大した。十分な資金があれば、研究者は今後5〜10年間で椎間板置換術の利害得失を実証することができるだろう。

しかし、臨床医は研究プロセスを信頼すべきであり、手術方法を全面的に転換する前に、綴密な科学的研究によって人工椎間板のあらゆる長期的利点を実証すべきである。

参考文献:

ABC 7 Medical (WJLA), Curing back pain for good?. Friday, March 12, 2004.

Boden SD et al., An AOA critical issue. Disc replacements : This time will we really cure low back and neck pain? Journal ofBone and Joint Surgery, 2004; 86A: 41 1-22. 

Bono C et al., Critical analysis of trends in fusion for degenerative disc disease over the past 20 years: Iufluence of technique on fusion rate and clinical outcome. Spine, 2004; 29(4): 455-63 . 

Brox JI et al., Randomized clinical trial of lumbar instrumented fusion and cognitive intervention and exercises in patients with chronic low back pain and disc degeneration, Spine, 2003; 28(17): 1913-21. 

Deyo RD et al., Spinal fusion - the case for restraint, New England Journal of Medicine, 2004; 350(7): 722-6. 

Fairbank J et al., A randomized controlled trial to compare surgical stabilization of the lumbar spine versus an intensive rehabilitation program on outcome in patients with chronic low back pain, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Porto, Portugal, 2004; as yet unpublished. 

Fritzell P et al., Lumbar fusion versus nonsurgical treatment for chronic low back pain: A multicenter randomized controlled trial from the Swedish Lumbar Spine Study Group. Spine, 2001 ; 26(23): 2521-32. 

Fritzell P et al., 5-10 Year follow-up in the Swedish Lumbar Spine Study, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Porto, 
Portugai, 2004; as yet unpublished. 

Polly DW Jr. , Adapting innovative motion-preserving technology to spinal surgical practice: What should we expect to happen? Spine, 2003 (supplement); 28(20): SI04-9. 

Weinstein JN et al., Emerging technology in spine: Should we rethink the past or move forward in spite of the past, Spine, 2003; 28(15S): S1. 


The BackLetter 19(6): 61 , 68-69, 2004. 

表T:人工椎間板および椎間板置換術について警告する論文

体系的レビューでは人工椎間
板についてどのように述べて
いるのだろうか?
De Kleuver M et al., Total disc 
replacement for chronic low back pain: Background and a systematic review of the literature, European Spine Journal, 2003; 12: 108-16. 
“この新技術の導入は科学的に慎重であるための原則に従っておらず、この手術法が15年近く臨床適用されてきたにもかかわらず安全性と有効性に関するデータは不十分である。したがって全椎間板置換術はいまだ実験段階にあると考えるべきであり、我々の意見では、適切な研究(現在進行中)の長期結果が利用可能になるまでは引き続きそのようにすべきである。”
人工椎間板の価値を実証す
るためには、どのような種類
の科学的結果が必要だろう
か?
Boden SD et al., Disc replacements: This time will we really cure low back and neck pain? Journal of Bone and Joint Surgery, 2004; 86A: 41 1-22.  科学的研究で次のことが実証される必要があるだろう:(1)長期(10年以上)の臨床的アウトカムが脊椎固定術後のアウトカムと同等以上であること;(2)手術した椎間板レベルの可動性が保持されること;(3)脊椎固定術の後と比較して、隣接する椎間レベルの疾患が少ないこと;(4)対費用効果;(5)予測可能な安全な移植であること;(6)摩耗および摩耗関連問題に対処可能であること;(7)追加手術およびサルベージ手術の安全性および有効性;(8)製品の誤用を適切に管理できること。
なぜ、腰椎固定術(脊椎の
関節固定術)は椎間板置換
術の比較対照として不適切
な`ゴールドスタンダード'
なのか。
Boden et al., 2004, 同上 “関節固定術は、現在、椎間板置換術を比較する`ゴールドスタンダード'とされている。しかし決して脊椎関節固定術をゴールドスタンダードとみなすことはできない。どうみても脊椎関節固定術による腰痛治療の結果は月並みであり、比較対照としては不十分だと考えるべきである”
なぜ、無作為対照比較研究
および地域住民を対象にした
コホート研究の両方で、長期
合併症の発生率を実証する
ことが不可欠なのか。
Polly DW Jr., Adapting innovative 
motion-preserving technology to spinal surgical practice: What 
should we expect to happen? Spine, 2003, (supplement); 28(20):S 104-9. 
[椎間板関節形成術の利点は]“費用および特定の合併症の発生が完全に予測可能な点だと
考えられる。初回手術はもちろん、特に追加手術の際には更に、血栓塞栓症、または非可逆的血管損傷によるコントロールできない出血のために、手術によって死亡することがある。プロステーゼが外れることがある。感染が発生して人工椎間板の除去という極めてハイリスクの手術が必要になることがある。学習曲線が存在するならば、一般病院の医師らが手術を行った場合には、最初の研究を行った医師らが行った場合と同等の結果は得られないだろう。合併症の発現頻度をできるだけ低くするには、外科医の選択が重要だろう。”
椎間板置換術も腰椎固定術も、変性性腰椎椎間板疾患の治療において保存療法より
も優れているとは証明されて
いない
An H et al., Summary statement: Emerging techniques for treatment of degenerative lumbar disc disease, Spine, 2003 (supplement); 28: 15S.  “[変性性椎間板疾患に対する椎間板置換術および他の治療の]アウトカムが予測できないことを強調すべきである。固定術を含むこれらの治療法が、自然経過または保存療法よりも優っているとは立証されていない。”
椎間板置換術のアウトカムに
は、慢性疼痛を有する典型的な患者において、痛みのあ
る椎間板を診断できる、妥当性が確認された「科学的検査が存在しないという根本的な問題があるだろう。
An H et al., 2003, 同上 “持続的な腰痛のある患者を治療する際に臨床医を悩ませるのは、椎間板に起因する疼痛を正確に診断する検査がないこと、および、良好なアウトカムが得られる患者を選択する信頼できる基準がないことである。椎間板に起因する疼痛のより良い診断手段は、より意味のあるアウトカムを定めた臨床試験を設計する上で役立つだろう。”

加茂整形外科医院