むち打ち症の治療

Whiplash Therapies


カナダのバンクーバーで開催された、むち打ち障害に関する世界会議の基調講演において、オーストラリアの研究者Nikolai Bogduk博士は、アボリジニー(オーストラリア先住民)医術およびヒンズー教徒のアーユルベーダ医術の支持者から、むち打ち症による頸部障害に対するこれら古くからの治療方法を、公に支持しないのは何故かと、度々尋ねられたことがある、と述べた。

Bogduk博士は、自分はアボリジニーの医術の支持者でもアーユルベーダ医術の支持者でもないが、これらの治療法には、むち打ち症の最も一般的な治療法を支持する証拠と同程度の証拠があることは認めると述べた。

Bogduk博士は、多くの治療法が効果があると言われているが、「証拠に基づいている(Evidence based)か、というと話は別です」と主張した。

質の高い無作為対照比較研究から得られた証拠を見てみると、ほとんどの治療法は効果がないか、もしくはわずかな効果しかない。むち打ち損傷の急性頸部痛の場合、頸椎カラーの効果は安静および鎮痛薬と変わらないと、Bogduk博士は述べた。電磁治療および牽引も、頸椎カラーおよび安静と変わらない。経皮的電気的神経刺激(TENS)および超音波は、安静および鎮痛薬よりも効果が劣る。「種々の手技を組み合わせた治療は、TENSおよび超音波よりも優れていますが、12週目までは安静または頸椎カラーと効果は変わりません」とBogduk博士は強調した。
(編集者注:この基調講演では多くの研究が引用されているため、参考文献名は示しません。ご了承ください。)

モビリゼーションと患者に合わせて計画した理学療法は、安静および鎮痛薬よりも効果があるが、短期間および長期間の自宅での運動療法よりも効果は劣る。Bogduk博士は、「むち打ち後の慢性頸部痛に対する理学療法の治療成績に関しては、(無作為比較研究から得られた)データが全くないことがはっきりしています」と主張し、「もし保険会社や納税者から、『なぜ、裏付けのない慢性頸部痛治療や、効果のない急性頸部痛治療の費用を、支払わなければならないのか』と尋ねられても答えられません」と付け足した。

さらに、Bogduk博士は「むち打ち症以外による頸部痛についての文献を調査しても、良い証拠はちっともみつかりません。急性頸部痛に対する運動療法の効果はあいまいです」と述べる。頸椎カラーもしくはTENSが、治癒を促進するという証拠はない。頸部教室やスプレーおよびストレッチングが有効とは証明されていない。レーザー治療はプラセボのように思われるし、牽引は鎮痛薬と変わらない。Bogduk博士は、「慢性頸部痛に対するこれらの治療成績に関するデータは全くないのです」と述べる。

さらに、鎮痛薬、三環系抗うつ薬、注射を支持する、良質の試験に基づいた確証はない。理学療法は刺鐵術と同程度の効果しかなく、刺鐵術は偽TENSと同程度の効果しかない。さらに、マニピュレーションは鎮痛薬と同程度の効果しかなく、モビリゼーションは、サリチル酸塩よりかろうじて良いにすぎない。

(軸性)頸部痛に対する手術療法を支持する事例が報告されているのみである。関節内ステロイド投与が、椎間関節から生じる疼痛の治療法として検討されてきたが、有用な作用が持続するという証拠は何一つ得られていない。

Bogduk博士は、無作為研究においてむち打ち症による慢性頸部痛を軽減すると証明された治療法は、唯一、頸部の椎間関節痛に対する経皮的高周波神経切断術だけであるとの考えを示した。これは、電極を用いて、疼痛を伝達する神経を凝固させる方法である。これによって、疼痛や心理的苦痛は完全に消失し、日常生活で通常の活動が再開できるようになる。

しかしながら、高周波神経切断術にはつきものの難題がある。頸部の椎間関節痛を診断するには、精巧かつ細心の診断プロトコールが必要である。治療そのものも、X線透視下で3時間を要する手技で、診断と同様に細心の注意が必要となる。また、一時的に疼痛緩和や心理的苦痛の軽減がもたらされても、椎間関節痛は再発することが多く、再治療が必要になる。

これは、町の診療所で1時間で実施できる診断あるいは治療プロトコールではない。「出席者の中に、20分間の高周波神経切断術の費用を支払っている保険会社の方がおられたら、申し上げますが、あなたは編されていますよ」と、Bogduk博士は述べた。

すべての人が、この治療法に関するBogduk博士の結論に同意するわけではない。むち打ち症が専門のDavid Cassidy博士は、むち打ち症関運障害における椎間関節の役割、およびそれらの治療における高周波神経切断術の役割について、いくつか疑問を抱いている。

Cassidy博士は、「私は、Nikolai Bogduk博士の見解に完全には同意しかねます。The New England Journal of Medicine誌に掲載された彼の無作為研究の症例数は24例に過ぎず、その半数で、7ヵ月以内に疼痛が再発しています。さらにこのような小規模試験における合併症の発現率は、13%程度になる可能性があります(被験者24例の試験で分子がゼロの場合の95%信頼限界の上限)」(Lord et al.、1996年を参照)と述べた。

さらにCassidy博士は、「この治療手順は複雑で、込み入った診断検査の後、3時間の手術を行います。その治療成績が優れているとしても、つまり熟練した臨床医による実験的条件でうまくいったとしても、私はその有効性(effectiveness)、すなわち、それが日常の診療現場でうまくいくかどうかは疑わしいと思います」と述べた。

そして、「疼痛は何ヵ月(23〜94ヵ月)も続いていたわけで、これらの患者に本当にむち打ちによる障害があったと言えるのでしょうか。単なる慢性疼痛患者ではなかったのでしょうか。椎間関節の関与を主張する議論に同調する前に、もう一度、それほど慢性化していない、例えば衝突後約3ヵ月の患者におけるむち打ち後の頸部痛に、椎間関節が関与しているかどうかを検討すべきではないでしょうか」と付け加えた。

一方、Bogduk博士は他の治療法の支持者に対して、「科学的に適切な」方法で、その治療法の妥当性を実証するように促した。

しかしながら、科学的に適切であるためには2つ以上の研究が必要なことを、理解するべきである。椎間関節から生じる疼痛の診断および治療へと通じる手がかりとなる証拠は、これまでほぼ十年にわたって研究者グループにより実施された十数件もの厳密な研究で明らかにされたもの
である。

むち打ち治療の研究においても、適切な科学性を導入する必要があることに変わりはない。しかし、現状はといえば、効果の証明されていない多くの治療法の支持者らが、信念や臨床経験にすぎないものを根拠に、保険会社の数十億ドルという財源を狙って競っているのである。

参考文献:

Lord S et al., Percutaneous radio-frequency neurotomy for chronic cervical zygapo-physeal-joint pain. New England Journal of Medicine, 1996; 335(23): 1721-6. 


The BackLetter 1999・14(2) :13,18,19. I 


(加茂)

損傷の有無を判断するのは臨床上は困難。

自律神経症状の強く出るタイプの人は当初より、吐き気、しびれ、不眠などを訴えるが、損傷の程度というよりは、個人差のような気がする。

椎間関節から生じる痛みかどうかの検査は椎間関節ブロックをしてみなければ分からないが私はほとんどは筋・筋膜痛だと思っている。

慢性化の要因は不安や抑うつと関係していると思うが。

そもそも痛みの治療においてevdenceを求めること自体、ナンセンスなのではないか。痛みとは個人的な脳の認知と反応なのだから。

「保険会社の数十億ドルという財源を狙って競っているのである。」・・これは言い過ぎだろう^^。

加茂整形外科医院