坐骨神経痛に対する生物学的治療のヒトにおける予備研究で劇的な結果

Biologic Treatment for Sciatica Produces Dramatic Results in a Human Pilot Study


坐骨神経療の治療におけるTNF-α阻害薬の有効性と安全性はいまだ科学的研究で実証されていない

この研究は、重症の坐骨神経痛の治療を変革する最初の一斉射撃になり得るだろうか。70年近くも待ってやっと登場した、症状のある椎間板ヘルニアの自然経過を変化させることができる初めての治療法になり得るだろうか。それとも、この点についての決定的な科学的エビデンスは
まだ決定的とは言えないのだろうか。

昨年(2001年)、スウェーデンの研究者らが、1993年にスタートした坐骨神経痛の生物学的治療に関する一連の基礎科学実験と動物実験において見事な結果が得られたと報告した。当時、Bjorn Rydevik博士とKjell Olmarker博士は、ヒトでも同じく、強力な抗炎症化合物infliximabの投与によって、坐骨神経痛の症状が簡単に消失することを期待していると述べていた。

驚くべき疼痛緩和

ヒトにおける最初の予備研究で、infliximabはまさにそれを実現した。Infliximabの単回注射によって疼痛が驚くほど緩和し、活動障害が速やかに改善した(Korhonen et al.,2002を参照)。このモノクローナル抗体は、坐骨神経痛の痛みと炎症において重要な役割を果たすと考えられる、腫瘍
壊死因子α(TNF-α)というサイトカインの活性を阻害する。

TKorhonen博士を中心とするフィンランドの研究者らは、非盲検方式の予備研究において、椎間板ヘルニアによる重症の難治性坐骨神経痛のある10例の患者にinfliximab(Remicade,Centocor)を注射した。クリーブランドで開催された国際腰椎研究学会の年次総会で本研究を報告した共同著者のJaro Karppinen博士は、「下肢痛がほぼ瞬時に劇的に緩和されました」と述べた。

本剤は、患者の腰痛および下肢痛を簡単に緩和するように思われた。投与後最初の1時間で疼痛レベルは約50%低下した。1週間後、2週問後、1ヵ月後および3ヵ月後にも、一層の疼痛緩和が認められた。

また、それに匹敵する活動障害の改善がみられ、患者は日常生活における通常の活動を行う能力を速やかに取り戻した。Karppinen博士は、「すべての患者が12週目までに仕事に復帰しました」と報告した。Infliximab投与患者のうち、手術が必要になった患者はいなかった。

フインランドの研究者によると、「本研究によれば、infliximabは坐骨神経痛の治療薬として極めて有効なように思われます」。Karppinen博士は「無作為研究が緊急に必要です」と述べた。

自制を要請する声

Olmarker博士とRydevik博士は、自分達の基礎科学実験と動物実験に合致する結果が、第三者の研究チームによるヒトでの研究で得られたことをうれしく思うと語っている。

しかし、両博士らGothenburg大学の研究者達は、坐骨神経痛の治療におけるTNF-α阻害薬の有効性についてしっかりとした結論を出すには、もっと科学的研究を行うことが必要だろうという点で、Karppinen博士と同じ意見である。研究者達は臨床医に対し、科学的プロセスの進行を見
守り、TNF-α阻害薬を坐骨神経痛の治療薬として日常の臨床診療に時期尚早に導入することがないよう要請している。

坐骨神経痛およびその他の腰部疾患の治療法として、一部の医師がすでにTNF-α阻害薬および他の生物学的治療を開始したことが米国から報告されている。フインランドの予備研究の成功によって、TNF-α阻害薬の魅力は一層高まることだろう。

魅力、それとも偽りの誘惑の言葉?

しかし、もしかするとこの魅力が偽りの誘惑の言葉であることが判明する可能性が残されている。0lmarker博士は、「坐骨神経痛の治療におけるTNF-α阻害薬の有効性と安全性はいまだ科学的研究で実証されていない」ことを強調し、「これはまだ証明されていない治療法である」と付け加えた。

Olmarker博士とRydevik博士は、小規模な非盲検の症例研究では有効性に関するエビデンスを得ることは不可能だと指摘する。脊椎治療の歴史を振り返ってみると、症例研究では「画期的な治療法」のように見えたが、その後、厳密な科学的検討を行ったところ役に立たないことが判明した治療法がたくさんある。すなわち、この治療に関していまだに結論は出ていない。

予備研究で得られた肯定的な結果は、実験的薬物療法以外の多くの因子に関係していた可能性がある:すなわち、研究者の熱狂、実験的薬物療法を受ける患者の期待、および/またはこれらの特殊な患者における坐骨神経痛の良好な自然経過等があげられる。坐骨神経痛は予測できない症侯群である。1週間にわたって難治性のようにみえた症状が、翌週には自然に消失することも時々ある。

合理的な段階的研究

臨床医はこの分野ですぐに答えが出ることを期待すべきではない。Rydevik博士は、「われわれは新しい脊椎治療技術の合理的な段階的研究の価値を認めています。最初は小規模な非盲検試験を行い、次に無作為比較研究を行うべきです」と主張している。その後、その治療法が、多様性に富む大規模集団においてどのような作用をするかを理解するため、多施設共同研究を行うべきである。
Rydevik博士は、「われわれは、効果と副作用の両面を注意深く監視する必要があります」と言う。

これまで、坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬の研究は、私心なく一致協力した国際的な研究チームによって注意深く行われた研究の典型例であった。理論上の見解が徹底的な基礎科学研究につながり、さまざまな動物モデル実験へと発展した。

TNF-α治療法として急激に人気を集めたことによって、この見事な過程が短絡しないことが望まれる。0lmarker博士とRydevik博士は、この国際協力が継続することを望んでいる。両博士は、
坐骨神経痛の治療におけるinfliximabの有効性を評価するため、Gothenburg大学における無作為研究の組織化を支援した。両博士は、他の研究チームが同様の研究を組織化するのを手
助けできればうれしいと述べている。

究極的仁は、TNF-α個害薬をプラセボ投与だけでなく他の冶療法とも比較する必要があるだろう

比較研究を待つべき

リウマチ専門医のDavid Borenstein博士は、脊椎治療に携わる医師が坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬のエビデンスを解釈する際には慎重でなければならないという点で、Rydevik
博士とOlmarker博士に同意する。Borenstein博士は、「大きな話題になったとしても、皆、対象集団を注意深く定義した比較研究を待つ必要があります」と最近論評した。

同博士は、坐骨神経痛の症状経過が一般的に好ましいこと、および患者が回復する時に症状を乗り切るのに役立つ治療法が数種類あることに言及した。究極的には、TNF-α阻害薬をプラセボ投与だけでなく他の治療法とも比較する必要があるだろう。

TNF-αに広く有効である可能性は低い。それらが有用であると判明したなら、最大の効果が得られる患者サブグループを定義することが重要であろう。これは、うまく設計された一連の科学的研究でなければできないことである。

米国で手に入る2種類のTNF-α阻害薬infliximab、およびエタネルセプト(Enbrel, Immunex)の安全性プロファイルは、短期使用ではかなり好ましいように思われる。しかし、これらは強力な薬物療法であり、重症の副作用の可能性が常に存在する。不顕性感染(結核など)の存在、およびこれらの免疫系を調節する治療が禁忌である他の条件の存在について、患者をスクリーニングしなければならない。

フインランドの研究ではinfliximabの単回注入を行ったが、Borenstein博士は、坐骨神経痛を緩和するのに数回注入する必要がある患者もいるかもしれないと指摘する。すなわち、薬剤効果が徐々に弱まると、坐骨神経痛が再燃する可能性がある。長期間使用すれば、副作用の可能性は増大するだろう。

坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬の安全性と有効性についてばかりではなく、それらの対費用効果についても疑問がある。Borenstein博士は、「私は、保険会社にCox-2阻害薬の費用の支払いを承諾させるのに苦労しています」と語った。保険会社はinfliximabの注入1回につき最高2,300ドル、およびエタネルセプト1バイアルにつき最高150ドルを支払う前に、決定的な科学的エビデンスを知りたいだろうと、博士は考えている。

同じくBorenstein博士は、米国で認可された2種類のTNF-α阻害薬の少なくとも一方は供給不足になっている点も指摘した。慢性関節リウマチ、乾癬性関節炎およびクローン病(原著編集者注:これらは、FDAが認可したTNF-α阻害薬の適応症である)に用いるTNF-α阻害薬の需要が非
常に多いため、エタネルセプトは今年(2002年)は数ヵ月間だけ供給された。同じくTNF-α阻害薬は強直性脊椎炎においても治療効果を有しているらしいので、これらの薬剤の需要はますます増大するだろう。

供給問題が深刻化しないよう、臨床医は時期尚早に、坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬の需要を生み出さないよう注意する必要がある。Rydevik博士が述べた注意深い段階的な研究プログラムによって、TNF-α阻害薬の製造業者が予測需要量を満たすために、これらの薬剤の製造を次第に増やすことも可能になるだろう。

TNF-α阻害薬のような生物学的製剤の製造(生体を用いて培養する)は、時問のかかる精巧な過程である。製造を急速に加速することはできない。たとえば、Immunexはエタネルセプトの製造追加の契約を結んでいるが、少なくとも2004年までは供給量が限られているだろう。


参考文献:

The BackLetter, Will a new treatment revolutionize the treatment of sciatica; and Preventing nerve root damage with TNF-alpha inhibitors-two studies in animals, 2001; 16(1 l):121, 128-30. 

Korhonen T et al.. Treatment of sciatica with infliximab, a monoclonal chimaeric antibody against TNF-alpha, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Cleveland, 2002; as yet unpublished. 


The BackLetter 17(7): 73, 80-81, 2002. 

加茂整形外科医院