坐骨神経痛の画期的治療法は初期試験に合格できず

Miracle Sciatica Cure Fails an Early Test


フィンランドで実施された無作為対照比較試験は、脊椎治療に携わるすべての人に良い教訓を示してくれる。それは、医師が日常の臨床診療に新しい技術を導入するのは、厳密な調査がなさ
れてからにすべきだということである。

予備試験では、重症の坐骨神経痛の“画期的な治療法”は“失敗するはずのない”計画であるように思われた。6つ以上の非盲検の観察試験において、腫瘍壊死因子(TNF)-α阻害薬インフ
リキシマブ(商品名Remicade, Centocor,Inc.製造)またはエタネルセプト(商品名Enbrel、 Immunex Corp.製造)の使用によって、坐骨神経痛の症状が劇的に緩和された。様々な動物モデルの実験で一貫した結果が得られた。

多くの評論家が、坐骨神経痛治療の新しい時代が到来し、重症または難治性の症状を有する患者に対する手術および従来の保存療法の大部分が薬物療法に取って代わることになるだろうと、予測した。

世界中の医療機関の中には、無作為試験の結果がわかる前からこれらの治療法を坐骨神経痛の患者に提供し始めるほど、TNF-α阻害薬を信頼した医療機関もあった。

しかしStanley Herring博士がBackletter誌で数年前に指摘した通り、“脊椎治療においては最初は適度の期待が集まるが、その後の研究で崩れ去ってしまう”。

そして、重症の坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬の最初の無作為対照比較試験は、以前から画期的な治療法に期待を寄せていた人々を確かに落胆させた。フィンランドで行われた無作為試験の結果の中間解析によると、TNF-α阻害薬インフリキシマブが、中等度から重度の坐骨神経痛患者に重大な利益をもたらすようには思われなかった。

フインランドの試験報告の著者らは、臨床医が日常の臨床治療においてTNF-α阻害薬を試みに使用しないよう、強く勧告している。TNF-α阻害薬の有効性と安全性に関する決定的な証拠が得られるまでは、倫理委員会が承認した臨床治験以外でTNF-α阻害薬を坐骨神経痛の治療に使用すべきではないと、Jaro Karppinen博士は最近、電子メールで強調した。

坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬に関して多くの初期試験を行った先駆者であるスウェーデンの研究者Bjorn Rydevik博士とKjell Olmarker博士も、Karppinen博士と同意見である。

“坐骨神経痛に対するTNF阻害のような新規の治療様式の評価を段階的に実施し、それらを日常の臨床治療に導入するのは有用性が証明されてからにすることが非常に重要だと、我々は考
えている”と、最近Rydevik博士と0lmarker博士は論評した。

40例の患者を対象にした無作為試験

フインランドの試験チームは、椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛を有する40例の患者を対象にした無作為対照比較試験を実施した。いずれの患者も坐骨神経痛の症状が2〜12週間持続して
おり、症状と一致する椎間板ヘルニアがMRIで確認された(Korhonen et al.,2004を参照)。

被験者は、2〜4週間持続する短期の重度の坐骨神経痛か、または4〜12週間持続する中等度から重度の坐骨神経痛を有した。

被験者には実質的な症状と活動障害があった。スクリーニング時の平均下肢痛は100ポイント中74ポイントであった(最大疼痛を100ポイントとする)。平均腰痛は49ポイントであった。被験者の平均0swestry活動障害インデックススコアは44であった(最大活動障害を100とする)。

被験者に、無作為割り付けに従ってインフリキシマブまたは生理食塩液を二重盲検法で静脈内持続注入した。研究者は、アナログビジュアル疼痛スコア、0swestry活動障害問診票、および2種類のQOL評価尺度(EuroQolおよびRand-36)を用いてアウトカムを評価した。アウトカムの評価時期は、最初のスクリーニング時;注入直前;注入後1時間;1日目;ならびに1,2,4および12週間後であった。

3ヵ月の経過観察の主要結果は、ポルトガルのポルトで開催されたSpine Week2004の国際腰椎研究学会の年次総会で、特別ポスター演題として簡潔に発表された。混乱を避けるため、本
稿では、3ヵ月後の結果の具体的な詳細は述べない。読者は、研究論文が発表されれば実際のアウトカムスコアを知ることができるだろう。しかし、主要メッセージは明らかであった。すなわ
ち、インフリキシマブによって症状または関連する活動障害が劇的に消失したというエビデンスは得られなかった

車道のデコボコ?

これらの中間結果が、車を減速させる車道のデコボコにすぎないという可能性は常にある。“私は、これらの中間結果から決して最終結論を導くべきではないと考える”と、ワシントンDCにあ
るGeorge Washington Universityのリウマチ専門医David Borenstein博士は述べている。“被験者全体では、インフリキシマブによって明らかな治療上の利益が得られるようには思われなかった。しかし、更に分析を進めることによって、より強力な反応が現れたサブグループを確認できる可能性はある”と言う。

この試験は、不均質な患者集団からなる比較的小規模の試験であった。1種類のTNF-α阻害薬を、可能性のある複数の投与法の中の1つで投与した。TNF-α阻害薬の効果は、患者集団、坐骨神経痛の持続期間、用量、および投与の処方計画によって異なる可能性がある。Borenstein博士は、読者が先入観を抱かず更なる試験の進展を待つよう勧めている。

博士は依然として、TNP-α阻害薬には治療上大きな可能性があると考えている。たとえインフリキシマブまたは他のTNF-α阻害薬が一部の坐骨神経痛患者にのみ効果があるとしても、有用
な薬物療法であることが証明される可能性があることにはかわりないだろう。

現在、これ以外にも世界中の複数の無作為試験によって、坐骨神経痛の治療におけるTNF阻害薬の有効性と安全性の評価が行われている。これらの試'験の中には異なる見通しを示すものがあるかもしれない。

今回も“ぬか喜び”だったのだろうか

坐骨神経痛に対するTNF-α阻害薬の効果は“ぬか喜び”になる可能性もある。最近Rheumatology誌に掲載された論説では、椎間板ヘルニアに関係した神経根痛のメカニズムを解明するための科学的プロセスの中で、いくつかの出発点における間違いがあったと言及している。

R.G.Cooper博士とA.J.Freemont博士は、様々な生物学的反応が神経根痛の発現および持続に関与している可能性があることに言及した。TNF-αに関連する損傷は、これらの反応の一部にのみ関与しているのかもしれない(Cooper and Freemont,2004を参照)。

もしそうであるなら、TNF-α阻害薬は対象が非常に限られた治療法であろう。まだ推測に過ぎないが、TNF-α阻害薬を他の治療と併用したときに、より大きな改善が得られる可能性がある。

あるいはTNF-αは神経根損傷に深く関係するが、TNF-αの阻害だけでは、急性期以降の病理学的変化を阻止できないという可能性もある。このことは、損傷にはTNP-α阻害薬が役割を果たす面とそうではない面があることを示唆するのかもしれない。

肯定的な症例集積試験

それでは、坐骨神経痛に対してTNF-α阻害薬が非常に肯走的な結果を示した観察試験は何だったのだろうか。それらは今でも強い印象を与えるが、治療効果を過大評価しているのかもしれない。

非盲検の症例集積試験は人を迷わすことがある。これらの試験に参加する患者は多くの場合、自分が潜在的に有用な新しい治療を受けていることを知っている。前途有望な治療を行う研究
者の熱意は患者にも影響を及ぼすだろう。適切な対照治療と二重盲検法を採用しなければ、非特異的な治療効果が発生する余地が十分ある。

症例集積試験で観察された改善が試験治療に起因するのか、それとも疾患の自然経過によるのかは、全く明らかではない。これは、椎間板ヘルニアに関連する坐骨神経痛のように、数カ月
間で速やかに回復することが例外ではなくむしろ普通のことである疾患の場合には
、特に重要な問題である。

参考文献:

Cooper RG and Freemont AJ. TNF-alpha blockade for herniated invertebral disc-induced sciatica: A way forward at last? Rheumatology, 2004;43(2): 1 19-21.

Korhonen T et al., The efficacy of infliximab for disc herniation-induced sciatica-A three-month follow-up of First II, a randomized controlled trial, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Spine Week 2004. Porto, Portugal; as yet unpublished. 


The BackLetter 19(8): 85, 92, 2004. 

加茂整形外科医院