「心身医療とは本来各科の医師が実践する臨床アプローチであるが、心療内科という科名では内科医しか心身医療アプローチができないということになる」(『心療内科初診の心得』中井吉英著、診療新社)と書かれているように、「心療」は内科だけのアプローチではないはずである。運動器の疼痛性器質的疾患がある患者さんにおいても、症状の原因に心理・社会的な要因がかなり関与している可能性がある。そこで本稿では「心療整形外科」という言葉をキーワードにして、整形外科的な生活習慣病に対する心身医学的なアプローチについて考えたい。
運動器と生活習慣病
運動器という医学用語はまだ十分に周知されているとは言えないが、循環器や呼吸器、消化器などと同様に身体運動を担う器官系として、四肢体幹の骨関節・神経・筋腱などを総称したものである。運動器はヒトとしてより質の高い生活を送るために必要不可欠な器官である。運動器には様々な生活習慣病が見られるのみならず、運動器が高血圧や糖尿病などの内科的な生活習慣病を予防するのに重要な役割を果たしている。
整形外科の日常診療では多くの運動器生活習慣病が対象となる。加齢・変性に伴う変形性関節症や変形性脊椎症は老齢人口の70%以上が罹患しているという調査もある。また、骨粗髭症が急増している背景には、運動作業の機会減少という現代社会の生活習慣の変化による背景が考えられている。そのほか頸肩腕症候群は、デスクワーク中心の仕事や心理的ストレスに深く関係する。また、関節リウマチはそれ自体の病因はいまだ、すべて解明されていないが、症状の消長には生活習慣や環境・心理・社会的要素が大いに関与している。
運動器の生活習慣病の多くは四肢体幹に疼痛を来す。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、有訴者率の1位は「腰痛」96.3人(1000人当たり)であり、以下2位「肩こり」93.1人、第3位「手足の痛み」59.1人と続き、1位から3位まですべてが運動器疼痛で占められていた。概算すると日本人4人に1人が肩こり、腰痛、四肢痛という典型的な運動器の症状を抱えているということになる。これらのなかには当然器質的な原因だけではなく症状に心理・社会的な要因が関与していると、整形外科日常診療をしている者の一人として考えざるを得ない。
運動器疾患と心身医学
しかし、整形外科研究の方法論のひとつである「バイオメカニクス」という用語にも代表されるように、人体をことさら機械的に分析・検討して疾病の原因を探るという手法は、人体をモデル化し運動器疾患の実像に迫るという点では有効であっても、心身医学とは必ずしもなじまない傾向がある。身体診療科としての整形外科では、機能的障害に心因が関与するという考え方よりは、何らかの器質的原因に帰結させて症状を理解しようとする傾向があるのは当然のスタンスである。
精神科と身体科の患者の違い
私は整形外科専門医だが、整形外科の日常診療をするかたわらで、精神科の臨床研修を2年間受けた経験がある。この精神科の研修を始めた時、すでに整形外科医として12年間通常の身体科診療に携わっていた。この歳月があったため、精神科の研修が非常に有意義であった。この経験から、身体診療科と精神科を受診する患者の比較について考察ができるようになった。
精神科の外来では、整形外科の外来で遭遇するような頑固な腰痛や肩こりなどの身体愁訴のある患者さんが多いことが分かった。しかし大きな違いは、精神科を受診する患者さんは自分の身体症状の原因が心理的なものであると内省できているのに対し、整形外科を受診する患者さんはたとえ身体症状の原因に心理的なものがあってもそれを頑として認めないことが多いということだった。つまり、精神科を受診する患者さんよりもかえって心身医学的な対処の難しい心身症の患者さんが、整形外科のような身体科を受診することが多いということである。さらに、このような患者さんを診療するのが、精神科では心理的診断治療の専門である精神科医であるのに対し、整形外科のような身体診察科では心理的治療の専門外の医師であるという現象が生じてしまう。心理的要因を認めない患者さんに対し、心理社会的背景を身体科医が分析しようとすると、患者さんは時に拒否反応を起こす。
腰痛のある中年の女性に対して精神科の診察室では、家族背景(例えば夫との仲)についての問診を行い、それをきっかけに比較的スムーズに背後に隠れている抑うつが見出され治療関係を良好に結ぶことができた。これに対して、整形外科の診察室で同様の患者さんに同様の問診をしたところ、患者さんは「整形外科に来たのに、なんで家庭内のことに立ち入られなければならないのか」と言って席を立たれたことがあった。この2人の患者さんの大きな違いは、精神科を受診した患者さんは腰痛の原因に心理的なものがあるのではないかという「内省」がすでにできているのに対し、整形外科を受診した患者さんではその内省にまだ至っていないという点である。内省ができているからこそ患者さんは精神科を受診するのであり、そこまで思い至っていない患者さんが身体科を受診するのは当然と言える。ほぼ同様な心理的背景で発症している心身症の患者さんが、精神科の診察室と整形外科の診察室で全く異なる挙動をするということが私に強い印象を残した。(表1)
表1.精神科と整形外科を受診する患者さんの意識の違い |
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精神科を受診する患者さん |
整形外科をを受診する患者さん |
心理的原因への内省(気付き) |
可能
気付いているため精神科を
受診する |
不可能
ことさら内省を拒絶している |
心理的原因についての訴え |
自らすることが多い |
自らは触れない |
心理的原因を探るための問診に対する態度 |
協力的 |
拒否的、時に医師に対する不信感 |
身体的治療への期待 |
ほとんどなし |
非常に強い |
私的生活への言及 |
あり |
痛みに関するもののみ |
医師に対する「人間的なかかわり」への期待度 |
高いことが多い |
低い「痛みだけ治してくれればいい」 |
心身医学的治療に対する反応 |
スムーズな受け入れ |
抗うつ剤などに対する拒否反応 |
整形外科診寮室における心身症
整形外科を受診する患者さんは診察室では身体症状の訴えのみに終始することが多く、気持ちや日常生活上の苦痛のような心理的背景に触れない傾向がある。患者さんは「私の体の痛い部分を治してほしい」のであり、「私という人間に対して整形外科医が深く立ち入ること」を警戒する。例えば、医師が職業を聞いても「○○社というカメラを作っている会社で、主に座り仕事中心の仕事をしている」などと答えてくれることはまれで、「製造業です」などという回答をもらうと、「これ以上は病気に関係ないから先生、やめにしましょう」という言外の雰囲気を感じてしまうこともある。医師に対する「人間的なかかわり」への期待度は低く、抗うつ剤などの心身医学的な治療を拒否する傾向がある。医師もこの状況を察して不必要に患者の生活に立ち入ることを避け、身体愁訴の治療に専念することになる。
患者さんは身体的疾患のみを確信し、身体的検査治療のみを期待して整形外科の門をたたく。器質的疾患を抱えながらも身体表現性障害や疼痛性障害を併せ持っている患者さんが、整形外科診察室で身体症状のみを医師の前に呈されると治療はなかなか進まないものと予想される。
心理的治療としての「身体的」治療
身体科医が心身症の患者さんを前にする時、様々な思いが医師の胸の中を駆け巡る。身体科医のなかでも、運動器という「精神」や「心理」の言わば対極に位置する臓器を扱う整形外科医は、心理的背景や精神症状を訴える患者さんに対し、時に無意識のうちに苦手意識を持つこともあり、これは患者さんに対する陰性感情として逆転移することに、私自身診療をしていて気付くことがある。
ところが実際には、身体科医が心身症の患者さんをそれと意識せずに診療している場において、きわめて良好に医師ー患者関係が結ばれ、治療が順調に進むことのほうが圧倒的に多いことも事実である。患者さんは身体的疾患を確信し、身体的検査診断治療を期待して医師の元を訪れるので、純粋に身体的疾患として扱うことは患者さんの二ーズに合致するわけである。このような患者さんは、医師が心療内科へのコンサルトを提案しても「心療」というコトバに過敏に反応して拒否することが少なくない。逆に、身体科医がどこかに必ず器質的身体的な障害があると確信して診断治療を進めていくこと自体が、患者さんの信頼感を増し不安を払拭させる。つまり、身体科医は「心理的治療の専門外だからこそ身体的治療に徹する」ことができるため、これが身体的疾患を確信している患者にとって最も良い「心理療法」となる場合がある。私も整形外科医の一人なので実感として分かるが、整形外科はとてもまじめな医師が多く患者さんの言葉に熱心に耳を傾ける。そしてその症状の根拠を器質的障害に求めて熱心に検査診察を行う。この医師の姿勢こそが、逆説的だが身体表現性障害のような患者さんにとって最も頼もしいものと言える。つまり、「身体科医だからこそできる心身医療」というものの可能性が見えてくるということである。「医の愛(メディカル・フィリア)」は「人間愛」と「技術愛」に分けられる。この技術愛とは医学の技術を患者さんに尽くすことであり、決して人間愛の下位ではない。そして整形外科のような身体科を訪れる患者さんは、人間愛よりも技術愛を期待していることが多いということである。
例えば、2002年に「New England Journal of Medicine」誌に掲載された膝関節症に対する関節鏡手術の成績を心身医学的に検討してみる必要がある。この研究は180例の膝関節症患者に対して関節鏡手術を行ったもので、ランダムに@滑膜切除した症例A関節洗浄のみした症例B皮切のみ加えた症例の3群に分けて術後成績を見たところ、3群間で有意差がなかったという。この研究は本来、関節鏡視下手術の有用性を議論した研究だが、視点を変えれば身体科医の身体的治療が、時に心理的に有効であり身体症状をも改善することが示唆されている。
症例
60歳の女性は7年前から四肢体幹痛があり、何度かA病院に入院していた。A病院内科ではシェーグレン症候群と診断され、口腔内痛があった。A病院整形外科では「リウマチではない」と言われ、NSAIDsを投与されていた。夫の母が亡くなり忙しく、四十九日過ぎたら立てなくなりA病院を受診したが、問題ないと言われたため当科を受診した。四肢関節や脊椎に器質的な異常は認められなかったが、全身の痛みを訴え、線維筋痛症の圧痛点は11/18で陽性だった。「いらいらする。夫に一日中痛いと訴えている。自分は気にするタイプ」と身体症状に対する固執とともに症状の心理的成因についての内省も見られたが、「自分の病気は体の病気なので心療内科にかかろうと思ったことはない」とのことだった。SDS
(Self-rating Depression Scale;抑うつの尺度)は54と高く、責任感が強くまじめな、うつ病の病前性格が認められた。
通常の消炎鎮痛薬は効果がないということでSNRIの投与を開始した。2週後、「症状は変わらない。薬を飲んだらむかむかした」とSNRIの副作用とは若干異なる投薬に対する反応を示した。「A病院では内科も整形外科もなんともないと言う。このまま悪くなってしまうのでは」と先取り不安と焦燥感が見られたため「線維筋痛症も合併していると思う。もう少し薬をのみ続けれぱ効いてくると思う」と病名を提示して、今後について支持的な保障を行った。4週後、「気分が楽になってきた。長年治らなかった口の中の痛みが楽になってきた」ということだった。線維筋痛症の圧痛は2/18と顕著に減じており、疼痛VAS
(Visual Analogue Scale;疼痛の尺度)とSDSにも改善が見られた。8週後、「7年間痛かったが少し良くなってきた。この病院に来て良かったと思っている」と活動性も出てきた。
「痛むうつ」Painful depression
Functional Somatic Syndromes (FSS)は最近クローズアップされてきた概念で、「構造や機能の疾患特異的な異常によるものではなく、症候、苦痛、障害の内容によって形作られる症侯群」と定義される。線維筋痛症、過敏性大腸症侯群、慢性疲労症侯群など心身症状を来す広範囲の疾患を含む。慢性疼痛はFSSの患者において最も多い症状であり、抑うつ症状を高率に合併する。FSSの臨床的特徴は、@器質的疾患を見付けるための精密検査が病状を悪化させるA患者は身体的器質的疾患を確信し心理的要因を否定するB治療抵抗性であることが多い、などが挙げられる。整形外科的なFSSとしては、関節リウマチの一部(あるいは一時期)や線維筋痛症などの長期の疼痛を伴う疾患や、手術後疼痛が挙げられる(表2)。
表2.Functional Somatic Syndromes (FSS) |
●定義:構造や機能の疾患特異的な異常によるものではなく、症候、苦痛、障害の内容によって形作られる症候群
- 線維筋痛症
- 過敏性大腸症候群
- 慢性疲労症候群
- 舌痛症
- 腰背部痛
- 側頭下顎症候群
- 緊張性頭痛
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●疼痛と抑うつはFSSの患者において最も多い症状である |
●「痛むうつ」:疼痛と抑うつの紡ぎだす病像→Painful
depression |
このように、精神科で遭遇する「うつ」とは少し違ったタイプの抑うつが整形外科でしばしば見られ、これらは「痛むうつ」ともいうべき特徴がある。このような抑うつ状態は、painful
depressionという概念でとらえると病像を理解しやすい(図1)。Painful
depressionでは疼痛と抑うつが絡み合い、器質的原因と心理的原因が相互に影響を及ぼしながら病像を紡ぎだす。Painful
depressionはFSS以外にも通常の疼痛性の器質的疾患にも見られる。Painful
depressionの患者さんは、自分の疾患は純粋に身体的なものであると確信して整形外科や内科のような身体科を受診することが、通常のうつ病の患者さんに比べて圧倒的に多いと思われる。
身休科医が心身医療を行う際の注意息
身体科医だからこそできる心身医療というものがある一方で、身体科医が心身医療を行う際には注意を要することがある。例えば、身体科医が抗うつ剤投与すると、精神科医や心療内科医から投与されるのと違って、患者さんは医師に「心理的に誇張された痛み」と思われている、と感じることがある。あるいは、薬局で薬剤を受け取る時に薬剤師から「これはうつ病の薬です」と説明されると、身体的治療を期待していた患者さんがショックを受けることもあり、服薬コンプライアンスは著しく低下し、医師患者関係も容易に破綻する。また、薬剤師による過度に詳細な副作用の説明があると、患者は過敏になり本来生じないはずの副作用まで発現することもある。このため、「この薬は気持ちが落ち込んでいるうつ状態に効く薬ですが、もう一つの作用として、痛みに効くという報告があります。私もそう考えていますので、少し飲んで様子を見てみませんか」といった器質的疾患を否定しない支持的な説明をしたり、「長い間痛みを患っていると、気分が落ち込んできます。落ち込んだ気分がまた痛みを強くします。この悪循環を断ち切るために気分を持ち上げる薬を出します」といった痛みの悪循環についての説明をすることが大切である。
◇
内臓器症状と心理の相関を追求することで心療内科が発達してきた。しかし今後も、人口の高齢化と並行して猛烈な勢いで増え続けていく運動器生活習慣病の疫痛などの難治性の症状に対する心身医学的な手法が、ますます必要になってくると考える(図2)。

(加茂)
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