心気症 (特集身体表現性障害)

高橋 徹*国立精神・神経センター名誉所員、国土交通省医務室嘱託(メンタルーヘルス)

日医雑誌第134巻第2号2005年5月


はじめに

医療従事者にとって,心気症は最もよく知られているノイローゼであろう。身体の異常を訴え,病気ではないかと心配して診察を受けに訪れるので,医師は診察をし,時には再三にわたり詳しい医学的検査を行うが,患者が訴える異常や病気を示す医学的な所見が認められないので,心配は杷憂にすぎず,治療の必要はないと懇切に説明する。しかし患者は納得せず,重い病気に罹っているのではないかという考えにとらわれたまま,さらなる診療を執拗に希求するので,どのように対処したらよいのか戸惑ってしまう。

医療を契機に,いわば医原的な契機で始まっている患者の場合は,治療が上首尾に行われた
にもかかわらず,患者が問題にしている病気がその治療とは関係がないものであることを納得
させるのは一層難しい。

心気症患者の大半は,むしろ精神科以外の診療科での医療を受けているに違いないが,精神
科では複雑なケースや難治性のケースも多く扱っているので,精神科での治療の知見には他
科での治療にとっても参考になるものも含まれていると思う。

T.心気症の種々

心気症は,冒頭で記したように,重い病気に罹っているのではないかという考え(固着観念)にとらわれて,他者にそれを訴え続ける状態である。心気的固着観念は妄想的確信にまでは至らず,患者はいわば半信半疑のままとらわれ続けており,心気妄想とは異なっている。固着観念は多少とも日常生活を支配するが,その程度によって心気症にはごく軽いものから,複雑で重いものまでさまざまなケースがある。

なお,他者への訴えの有り様は,問題の病気にもっぱら固執しており,多彩な症状の愁訴が際立っている「身体化障害」とは異なっている。

1.健康な心気症

心気的固着観念によって日常の行動が支配される程度のごく軽い心気症は,「健康な心気症」とも称されている。たまたま見聞した医学情報や知人の罹病をきっかけに,一時的な心気反応を起こしたり,健康診断を受けて一時的に心気状態になったりする例のほかに,Ehrlich Rは,絶えず健康に気を遣って暮らす病気警戒型や,ダイエットや運動に励んで病気予防に腐心する病気予防型,知人が急にやつれたように見
えるとまるで自分のことのように心配し始める置き換え型,日ごろ健康を誇っていながら内心では健康への自信がなく,些細な病気に罹るとたちまちひどく心配し始める否定型などをあげている。「健康な心気症」は一般人の多くにみられるもので,心気症の亜臨床的ケースといえる。

2.一過性心気症

「心気症」は疾患単位ではなく症状名で,その臨床的単位は症状のセットによって定義されている。たとえば,DSM-III R(米国の精神障害診断分類修正第3版)では次の5項目の診断基準をあげている。

  1. 身体の兆候や感じから,何か重い病気に冒されているのではないかと恐れ,あるいは思い込んで,それにとらわれている。

  2. 適切な医学的検査で,その病気とは診断されない。

  3. 医学的にみて,そのような病気の心配はないと保証しても,患者の恐れや思い込みは消えずに存続する。

  4. それは6か月以上消えずに続く。

  5. 1における思い込みの有り様は,妄想におけるような強度をもたない。

Barsky AJらはこのうちCを満たさない心気症を「一過性心気症」と称している。彼らは総合病院一般外来を受診した1,036名の患者に,心気症を検出する質問紙Wheatley Index (心気的態度,症状へのこだわり,固着観念の度合いに関する質問項目を備えている)などを用いて調査したところ,心気症の疑われる患者が92例(8.9%)検出され,そのうちの63例についてさらに詳しい調査を行ったところ,41例は上記の心気症診断基準すべてを満たしており,残り22例はCの条件に満たないので「一過性心気症」と診断された。さらに,調査後3週目に再び質問紙による再調査を行ったところ,この22例では心気症が検出されなかったという。

3.二次性心気症

心気症は種々の精神障害に合併し,またそれらから続発する。心気的固着観念は恐怖・不安の感情や抑うつ感情によって一層強められるので,とりわけうつ病性障害や不安障害の副次的症状としてみられ,また,それらから続発する。

Kenyon FEはロンドンのモズレー病院で診療を受けた多数の心気症ケースについて調査したところ,多くは他の精神障害に続発した二次性心気症ケースであり,それらと,心気症で初発した一次性心気症ケースとを臨床的緒特徴について比較したところ,特に差異はなく,心気症は元来が二次性心気症であり,特にうつ病性障害に続発すると論じている。

心気症には恐怖・不安症状が多少とも伴っている。身体の異常をひどく気にする有り様や,問題の病気を恐れる有り様に認められる。それらの症状が際立っていて,心気症のほうが,むしろ不安障害に合併した副次的症状と見なされる場合もある。不安障害のなかでも特にパニック障害には心気症が続発して生じてくる場合がしばしばある。

パニック障害は,発病初期にパニック発作が繰り返し起こり,発病後2週間もすると,発作時の自律神経刺激症状(動悸,息苦しさ,震え,めまい感,等々)を主徴とする。数日続く亜急性不安緊張状態が繰り返し起こるようになり,この状態を素地として健康に対する自信の喪失,症状へのこだわりが生じ,さらには重大な病気に罹っているのではないかという固着観念が形成される。

4.心気神経症

他の精神障害に合併しない心気症は,合併するケースに比して,神経症としての特徴が一層よく認められるので心気神経症と称されてきた。おそらく,一般外来でみられる心気症の大半は心気神経症であろう。心気的傾向が青年期から,なかには小児期から認められる例が多く,医学情報に接したこと,身近な人の罹病を耳にしたこと,医療を受けたこと,などを契機に一時的な心気的反応を起こした既往歴を有するものが多い。

一般に,内省的で物事を気にしやすい性質(森田療法で有名な森田正馬が,神経質の基本的な気質としてあげている「ヒポコンドリー性基調」に相当する)を示し,さらに,対人関係で対立したり,危険,ケガ,病気,災害などの,内心の攻撃性を刺激するような事柄に対して,過敏で忌避的な態度をみせる反ー攻撃的な性格特徴がみられる。また,なかにはきわめて自己愛的な性格がみられる場合もある。

経過を追いながら面接を続けるうちに,やがて本格的な心気症状態が目立ってくる際の準備的要因として,本人の内心の弱点(コンプレックス)を刺激する生活ストレスが明らかになってくる。なぜ本人が病気であることを頼れる他者に訴え続け,まるで恐ろしいはずの病気を捜すことが生きがいであるかのように振舞う理由も分かってくる。しかし,このことは,無意識の心の働きによって本人には理解されない。換言すれば,本人には自覚されない一種の疾病利得が認められる。

医師に対しては信頼と不信のambivalentな気持ちで接することが多く,時にその医療に不満を表明して,ドクターショッピングを繰り返す。病状が軽快と増悪を繰り返し,長期にわたって持続するケースが知られているが,筆者は,比較的短期間に治癒をみるケースをかなりみており,いずれも生活上の何らかの変化が治癒をもたらしている。

U.診断をめぐって

心気症の特徴は容易に把握できるが,問題は鑑別診断である。やはり身体的疾患との鑑別が
問題になる。特に外科手術後に生じてくる心気状態が術後の身体的後遺症によるものか否かの
鑑別は,しばしば問題になる。

ちなみに東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科名誉教授高橋良は,その著『鼻ー鼻を理解し鼻を治
すために・明るい頭脳は健康な鼻から』で,長年の臨床経験に基づいて,鼻とノイローゼについて,および手術後は心気症になりやすいことをめぐる考察を記している。

次いで重要なのは,心気妄想との鑑別で,最初の診察では心気妄想が見抜けない場合もある。心気妄想ではその訴えが一般に非合理的かつ奇怪で,しばしば被害的な色彩を帯びている。単一症状性心気妄想病のケースなどがその例にあげられる。

V.心気症の治療をめぐって

心気症には多少とも恐怖・不安および抑うつ症状が伴っており,抗不安薬,抗うつ薬の効果が期待される。実際,発症後(再発をも含めて)間もないケースには抗不安薬および抗うつ薬が有効である。しかし,不安や抑うつがほとんどみられない慢性化したケースに対する薬物の効果にはムラがあり,また心気症の特効薬はまだ知られていないので,心理的治療に頼らざるをえない。

心気的固着観念のとらわれを軽減し,そのために支障を来していた暮らしを取り戻させることが目的で,まず,治療関係を維持し,症状や病気の問題にいわば覆い尽くされている患者が本来の精神生活を見出せるように助けることが眼目になる。そのためには,患者が問題にする病気について頭から否定せず,繰り返される詳しい「病歴」の訴えを辛抱強く,かつ患者の暮らしの背景のもとにその苦痛を捉えるように聞くことが必要である。早急に問題の症状や病気を治そうとすることが,かえって心気的固着観念を強める場合があることにも留意すべきである。

まとめ

心気症は,適切な医学的検査で根拠が見出されない身体の異常にこだわり,重い病気に冒されていると思い込み,それを他者に訴える症状で,その思い込み(心気的固着観念)は,妄想的信念には至らず,心気妄想とは区別される。心気的固着観念の軽重に従い,種々のケースがある。

一般人にもよくみられる「健康な心気症」,他の精神障害,特にうつ病性障害および不安障害(特にパニック障害)に合併し,ないしは続発する二次性心気症,他の精神障害に合併しない心気神経症などの種類がある。

診断に当たって,特に身体疾患および心気妄想との鑑別が問題になる。心気妄想では,非合理的で奇怪,かつ被害的な訴えがみられる。心気症には恐怖・不安,抑うつの症状が多少とも伴い,抗不安薬,抗うつ薬が有効なケースがあるが,心気神経症では心理的治療によらざるをえない。患者が問題にする症状や病気を頭から否定せず,苦痛の訴えに耳を傾けることが大切である。

文献

1 ) Ehrlich R : The Healthy Hypochondriac . WB Saunders , Philadelphia, 1 980. 

2) Barsky AJ. Wyshak G, Klerman GL : Transient hypochondriasis. Arch Gen Psychiatry 1990 ; 47 (8) : 746-752. 

3) Kenyon FE : Hypochondriacal states . Br J Psychiatry 1976 ; 129 : 1-14. 

4)高橋良:鼻ー鼻を理解し鼻を治すために・明るい頭脳は健康な鼻から.金原出版,東京,1980.

参考文献

高橋徹:ヒポコンドリー(心気).精神科レビューNo.11 ライフ・サイエンス,東京,1994.

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