この危機をあおるのに、メディアが重要な役割を果たした |
バックパックと学童の腰痛を巡る論争がエスカレートして、文字通り、公衆衛生の危機にまで成長したようである。
バックパックが学童の腰痛の主な原因であるという説が、世界中至る所でメディアを大騒ぎさせている。この説に刺激されて、医療関係者や医師会は、良かれと思ってしたことではあったが、多くの誤った提言を発表した。つまり、バックパックを使用している子供たちは、筋肉および靭帯の断裂、椎間板の損傷、脊椎の歪み、側彎症、そして生涯にわたる疼痛と苦痛の危険にさらされていると警告したのである。これらの警告は立法機関と政府に影響を及ぼし、学校や出版社による規制または規制計画へとつながった。子供や親に恐怖心を引き起こし、診療所、病院および救急室への受診に拍車をかけた。
しかし、この話にはいくつか問題点がある。危機が存在するかどうかは全く不明である。バックパックが小児や青少年の腰痛の原因であることを示した、うまく設計された科学的な研究は今もない。実際、うまく設計されたプロスペクティブ研究で、バックパックと腰痛の間にそれほど相関関係は認められなかった。
バックパックの使用に伴う脊椎への長期的な悪影響は、今なお科学的な研究において実証されていない。大きな解剖学的損傷に関する推測で、実証可能なものは現時点で一つもない。バックパックが腰痛の原因になっているという考え方はまだ検証中の仮説だが、必要なのは、新聞の大見出しや人騒がせなデマ、時期尚早の規制ではなく、厳密な研究である。バックパックが腰痛の中心的な原因であるという仮説の支持者は、そうした事例を支持する一連のわずかな証拠しかもっていない。もちろん、腰痛は学童や青少年において非常に一般的である。多くの学童が、重くて扱いにくいバックパックを背負っているという証拠がある。すべてではないが、横断研究の中には、腰痛と重いバックパックとの間に関連を認めたものもある。しかし、プロスペクテイブ研究では、さまざまな原因に関するもっと複雑な事情が明らかになるはずである。
過剰反応
腰痛に関するいくつかの伝統的な観点から、この問題への過剰反応が生じる場合がある。つい最近まで医学界では、腰痛を小児には珍しい症状だと考えていた。この年齢群で腰痛が発生した場合、通常、同定可能な、病理学的もしくは外傷性の原因があるという、明らかに誤った見解が広く普及していた。
腰痛に関するもう一つの伝統的な仮説も、ここで絡んでくるだろう。時代遅れになった、成人の腰痛の“損傷モデル”の中心的見解の一つに、腰痛は職場等における身体的負荷および身体的暴露が主な原因であるというものがあった。一部の医学評論家が、その伝統的仮定を小児に誤用した可能性がある。
この危機をあおるのに、メデイアが重要な役割を果たした。残念なことに、ほとんどのジャーナリストは、腰痛の原因に関する仮説を批判的に評価することができないらしい。腰痛の原因に関する安易な説明、そして同じく安易な解決法が、メディァにとっては大きな魅力らしい。昨年、ジャーナリストは、基礎的な一連の証拠を調査しようともせず、バックパックに関する専門家の警告を受け売りしただけの記事をたくさん書いた。最近になってやっと、バックパック絡みで救急外来を受診した患者は、脊椎の問題とはほとんど関係がないことを示した研究が発表されたことで、ジャーナリストはこの問題をもっと疑い深い眼で見るようになった。
2小児の腰痛の多様なリスクファクター
それでは、この推定上の危機にいかに対処すべきなのだろうか。皆、一歩下がってもっと良い研究を待つべきである。今日までの科学的研究で、小児および青少年における腰痛のリスクファクターと考えられる多数の因子が同定されている。ほぼすべてのプロスペクティブ研究で、さまざまな組み合わせのリスクファクターが同定された。しかし、これらの研究で同じ組み合わせのリスクファクターが同定されたことは、実際まれであった。複数の研究でより重要であることが証明されたリスクファクターは1つもなかった。
1つのプロスペクティブコホート研究で、Deborah
Feldman博士らは、モントリオールの11〜15歳の小児において、腰痛の発生と関連のあるリスクファクターを見出した。それには、速い成長速度、喫煙、堅い大腿屈筋、堅い大腿四頭筋、および学校の休暇中以外の労働が含まれた(Feldman
et al.,2001を参照)。
英国で最近行われたプロスペクティブな集団べースのコホート研究では、全く異なる結果が出た。G.T.Jones博士らは最初に、身体的負荷は11〜14歳の学童における腰痛の発生に重要な影響を与えるだろうという仮説を立てた。ところが、ブックバックの重量も、体重に比較したそれらの負荷も、腰痛の発生とは有意な関連が認められなかった。その代わりに、べースラインにおける頭痛や胃痛のような他の身体症状の報告と同様、有害な社会心理的因子が、腰痛の最も強力な予測因子であった (Jones et al.,2002を参照)。
どんな種類の研究か?
若年性腰痛の発生におけるバックパックの役割をさらに理解するには、どのような種類の研究が必要なのだろうか。McGill大学の生理学者Ian
Shrier博士は、前述のモントリオールの青少年に関するプロスペクテイブ研究の共著者であった(Feldman
et al.,2001を参照)。博士は、小児および青少年の腰痛には複雑な病因があるようだと指摘する。したがって、その複雑さに対応するには緻密な研究が必要である。さまざまなリスクファクターの役割を、多変量モデルにおいて同時に検討することができるプロスペクテイブ研究が、明らかに必要である。
バックパックと身体的負荷が腰痛の病因になっているかどうかを知ることが必要なだけでなく、それらの関与の程度を他の因子と比較して定量化することも重要である。バックパックが腰痛に関与しているとすれば、それは小さな役割なのか、それとも大きな役割なのか。バックパックは、独立した作用を有しているのか。それとも、バックパックによるストレスは、他の因子と相乗作用するのか。これらの疑問には全部答えが出ていない。
科学的研究では、全く異なる仮説についても検証すべきである。つまり、重いバックパックを背負うことが若者の脊椎に有用な作用をする可能性も考えられるだろう。運動の研究者であるVerlMooney博士は最近、座っている時間の長い小児や青少年にとって、バックパックを背負うことは、貴重な運動および負荷になるだろうと、コメントした。
適切なアウトカム(結果)の尺度
英国のHuddersfield大学の研究者Kim Burton博士は、最近のインタビューで、腰痛とバックパックの相関関係に関する将来の科学的研究では、適切なアウトカム(結果)を観察しなければならないと示唆した。評論家は、バックパックが長期の脊椎障害のリスクを上昇させると不用意に発言している。バックパックが脊椎にダメージを与えるとか、長期の活動障害につながるとかいう主張は、はっきりした特異的なアウトカムの尺度を用いて実証されなければならない。一部の小児がバックパックを背負うことからくる不快感を訴えていると、少数の横断的研究で実証されているからといって、医学界や公共政策立案者が影響されるべきではない。不快感が自動的に、長期的な腰部疾患に形を変えることはない。
患者と親へのアドバイス
バックパックと腰痛に関する決定的な証拠が不足していることを考えると、臨床医は若い患者や親に対して、この問題についてどんなアドバイスができるだろうか。Shrier博士は、これを単純にスポーツ医学の問題として考えるのが理にかなっていると示唆している。若い脊椎が強くなるためには、漸進的な運動と負荷が必要である。しかし、脊椎への過負荷が問題になるポイントもある。両親や医療関係者は、小児を運動から遠ざけるのではなく、妥当な負荷レベルを推奨すべきである。
さまざまな専門家の学会が、小児が背負っても安全なバックパックの重量を、体重と比較した一般原則を発表した。しかし、勧告の幅が広いことから、科学的根拠が不十分であることは明白である。ある学会が推奨したバックパックの最大重量は、体重の5%に過ぎなかった。他の学会で推奨されたカットオフ値は、体重の10%、15%および20%であった。
これらのカットオフ値は役に立たないかもしれない。西洋化した社会の小児の体力が多様であることを考えると、適切な負荷レベルは、おそらくそれぞれの小児の健康状態、体力および運動能力に基づいて定義されるべきだろう。こう言うと、漠然としているように聞こえるかもしれないが、親たちは、遠い昔から無事にこの種の忠告をしてきた。こういう場合には常識が役に立つ。この問題は、ロケット科学のような難しいことではない。
Burton博士は、バックパックは、厄介で重い荷物を運ぶために特別にデザインされたものだということを思い出させた。「バックパックは、本来、子供が本を運ぶ人間工学的な方法として登場したのです。確かに、バックパックは、数冊の本をブックバンドで束ねて持ち運んだり、片方の肩にバックをかけて運んだりするよりも良い方法です。しかし、奇妙なことに、現在、私たちにそれが危険なものだと信じさせようとする人たちがいるのです」とBurton博士は述べた。バックパックに関連した脊椎への負荷を心配する親は、多数のウェブサイトでバックパックの使用法に関する指示を調べることができる。
参考文献:
Feldman DE et al., Risk factors for the development of low back pain in
adolescence, American Journal of Epidemiology, 2001 ; 154(1):30-6.
Jones GT et al., The etiology of low back pain in schoolchildren: A
population-based, prospective study, presented at the 10th World Congress on Pain, San Diego,
2002; as yet unpublished.
The BackLetter 18(2): 13, 20-21, 2003.