特集 「CRPSの治療有効だった治療とその考察」によせて

表 圭一(幌医科大学医学部麻酔学講座)

ペインクリニック Vol.26 No.7 (2005.7)

複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)は,「主として四肢に発症する病態生理が不明瞭な局所疼痛症候群」(IASP、1994)として臨床診断上用いられている。しかし、未だにその病態は捉えきれておらず、疼痛治療に難渋しているのが現状である。おそらく、CRPSを成立させている病態は多彩であり、個々の症例により、また,CRPSの病期によりその病態が変化していることなど、多くの要因によりCRPSを捉えきることが困難なためと考えられる。しかし、時に、有効な治療効果が得られた症例を経験することがあるという事実を検証することは、そのCRPS症例の病態が示唆されることや、治療における多様性を考察する上で貴重な情報となりうる。

本特集では、この領域の専門の先生方に、CRPS症例に対して行われている治療法におけるその有効性を示した症例や無効であった症例から、その有効性の違いをCRPSの発症機転および維持における機序の違いなどの観点から考察を含めて執筆していただいた。

(略)


CRPS治療の選択方針

柴田政彦(芦屋市立芦屋病院麻酔科)


要旨

CRPSは、様々な病態が関与する症候群であリ、末梢神経、脊髄、脳、筋、骨、皮膚などが関与する。動物の神経損傷モデルの研究や一部のヒトでの研究から、様々な部位における複数の病態生理が報告されてはいるが、個々の症例ではその機序をあきらかにすることは事実上不可能能で、経過や症状から治療法を選択するのが現実的な対応である。難治性の症例では、痛みをいかに軽減するかより、むしろ,患者個々の性格や価値観を考慮しつつ、社会生活の改善を目標に対応した方がよい場合も少なくない。

まとめ

CRPSの治療法は個々の症例で効果を詳細に観察しながら、根気よく続けていくしかないのが現状である。EBMだけではなくnarrative based medicineの考え方を併用して診療することが重要である。


CRPSに対する交感神経ブロック治療ー有効性と多様性についてー

井関雅子  中尾晃  三浦邦久  田邊豊  宮崎東洋

順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座


要旨

CRPSにおいて,どのような特徴や病態を有する患者が交感神経ブロック治療に著効を示すのかを、34症例を対象にretrospectiveに検討した。その結果、診断的交感神経ブロックを受けた上肢CRPS21症例中、16症例(76%)がSMPと診断された。追跡可能であった13症例のSMPにおいて交感神経ブロック単独で1年以内に緩解し、治療を終了した患者は5症例(38%)認められた。その特徴として、より小さい侵襲が原因であり、早期に治療を開始していることが共通点として挙げられた。一方、SIPの患者は他治療にも抵抗性であった。また、下肢症例では、LSNBが有効であっても、運動療法をどれだけ積極的に行うかによって予後が大きく異なることが示唆された。

ペインクリニック26:930-937.2005)

SMP:交感神経依存性痛

SIP:交感神経非依存性痛

LSNB:lumbar sympathetic nerve block

まとめ

上肢CRPSにおいて、診断的交感神経ブロックが有効であった患者は76%であり、交感神経ブロックのみで1年以内に緩解した患者は38であった。著効症例の傾向として、CRPSの原因が解剖学的には比較的小さな侵襲であること、ならびに早期に治療を開始していることが特徴として認められた。SMPと診断されたCRPSであっても、交感神経ブロックのみで治癒することは難しい場合があるが、他療法との併用による治療の継続により、長い経過を経て治療効果が得られる症例も認められた。一方、SIPの患者は、知覚神経ブロックや薬物療法、運動療法にも抵抗性であり、SMPの患者より治療に難渋する傾向にあることがあきらかとなった。

また,下肢CRPSでは、LSNBが有効なSMPにおいても、歩くという人間の基本動作を司る部位であるため、運動療法を積極的に行わない限り、総合的な治療効果は薄いと思われた。

以上、おおまかに交感神経ブロックが著効した症例の特徴を述べたが、神経伝達機能の変化
など、詳細な病態についての検討などには、全く至っていない。

本稿の要旨は第38回ペインクリニック学全大会(2004、東京)で発表した。


知覚神経ブロックの効果とその考察

大森英哉(総合病院北見赤十字病院麻酔科)

要旨

現時点でCRPSに明確で有効な治療手段はない。しかし、知覚神経ブロックが有効となる症例が存在する。今回、術後膝関節拘縮をきたしCRPSとなった2症例で知覚神経ブロックを併用したリハビリテーションを施行したところ、一方は可動域の改善を認めたが、他方は不変という治療結果が得られた。その検討結果から、廃用萎縮の程度や慢性痛特有の情動面の変調が強い場合、知覚神経ブロックの効果が不十分となると思われた。CRPSに対する知覚神経ブロックは、リハビリテーションでの併用には有用な補助手段になるが、その適応症例は疼痛改善以外のADL改善や機能回復を目安とした観点から選択することが必要である。

(ペインクリニック26:938-943.2005)

おわりに

CRPSの治療は現在のところ決定打がなく、神経ブロック以外の手術、リハビリテーション、精神療法など集学的治療を駆使して対応せざるを得ない現状である。CRPS治療にあたる医療従事者は、あらゆる治療手段に精通し、CRPSの時期、重症度に合った治療法を選択応用しなければならない。また、VASが何点から何点に減ったなどという疼痛消失に力点を置き過ぎず、ADL、機能回復改善を目標とした治療姿勢も重要と考える。


薬物療法の効果の多様性とその考察

森脇克行(国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター麻酔科)

 黒川博巳 弓削孟文(広島大学病院麻酔・疼痛治療科)

要旨

CRPSは,ニューロパシックペインと遷延する局所の炎症という二つの要素から成り立っていると考えられる。CRPSの薬物療法は、これら二つの要素の治療薬のいずれかに分類することができる。本稿では、激しいニューロパシックペインに対してオピオイドが有効であった症例と、炎症様症状に対して静脈内ステロイド薬投与による治療が有効であった症例を提示し、CRPSのニューロパシックペインと、遷延する局所性炎症症状に対する薬物療法について考察した。(ペィンクリニック26:944-949.2005)

おわりに

CRPSは、ニューロパシックペインと、遷延する局所の炎症の二つの要素から成り立っていると考えられる。これらの病態・要素の把握に基づいて、適切な薬物治療を選択することが重要である。


CRPSの機序判別としてのDCTの役割

林田眞和(東京大学医科学研究所附属病院手術部)

有田英子 関山裕詩 折井亮 矢島直(東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター)

花岡一雄(JR東日本東京総合病院)

要旨

CRPSは,種々の神経ブロックや薬物に対して抵抗性を示す難治性の複合性疼痛症候群である。東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンターにおいて最近5年間に診療を受けたCRPS35症例について、治療内容とDCTの結果を検討した.DCTにおいてはケタミンが半数弱の症例で鎮痛効果を示し、ATP、モルヒネ、チオペンタール、リドカインがそれぞれ4分の1の症例で鎮痛効果を
示したが、フェントラミンの有効例は少なかった。投薬内容では、三環系坑うつ薬、オピオイド、ケタミンの投与機会が多かった。(ペインクリニック26:950-956.2005)

おわりに

CRPSにおけるDCTの有用性について検討した。種々のメカニズムが複雑に絡まりあって生じるCRPSにおいては、種々の薬物を用いたDCTが、疼痛の機序を鑑別し適切な薬物の選択を決定する上で大いに役立つ可能性がある。今回の症例では、半数弱の症例でケタミンが有効で中枢性感作の関与が考えられた。反面、フェントラミンの有効率は低く、交感神経の関与の疑われる症例は少なかった。他の病態に比べてCRPSではテスト薬に対する反応が劣る傾向があるものの、何らかの薬物に反応を示す症例では、その後の治療に重要な示唆が与えられる。したがって,CRPSにおいてDCTは試してみる価値のある検査法と考えられた。

DCT: drug challenge test


CRPS忠者への運動療法の効果

白井誠(東京臨海病院療法室)

新保松雄(順天堂大学医学部附属順天堂医院リハビリテーション室

要旨

われわれは,これまでCRPS患考に対する運動療法について検討してきた。その結果、疼痛による定型的姿勢運動パターンに対して分離運動、分節的運動を行い、四肢の自発運動を促し、機能的動作の獲得を進める運動療法が有効であった。そこで今回はCRPS患者17症例の治療結果から、運動機能の変化と臨床症状の関係について分析し、CRPSの病態に対する運動療法の介入について検討した。

(ペインクリニック26:957-964.2005)

加茂整形外科医院