脊椎治療の専門医らは腰痛の医学的な影響カを過大評価してきたのだろうか?

Has the Spine Care Community Exaggerated the Medical Impact of Back Pain? 


皮肉なことに、脊椎治療の専門医らが腰痛の医学的な影響力を過大評価してきた可能性がある。

腰痛に関する論文や研究では、少なくとも序論および考察の章で引用される統計値からみて非常に大きな問題になっているという論調がしばしばみられる。反対のエビデンスがあるにもかかわらず、多くの著者らは、受診理由の中で腰痛は2番目に多いと最初に述べている。これらの論文は、どの診療所や医療機関にも腰痛患者の長い列ができており、一般の人々の中には治療を必要とする腰痛患者が大勢いるような印象を与えることが時折ある。

確かに、腰痛は非常に一般的である。しかしほとんどの腰痛は予後が良好であり、医学的治療が必要な場合はあったとしても少ない。腰痛はしばしば再発性であるが、たとえ再発例でも一般的に予後は良好である。腰痛が重大な医学的問題であるのはごく一部の少数患者だけである。

今日の腰痛治療の目標の1つは、一般的な腰痛を医療対象から外すこと、関連する不安を軽減すること、それによって腰痛の影響を小さくすることである。医学界がありふれた腰痛を重大な医学的問題だと主張し続けるなら、これらの目標を達成するのは困難だろう。

腰痛が法外な医療費の原因であるという概念は、脊椎治療の専門医とマスメディアに即座に受け入れられた。2004年の前半にDuke Universityの研究で、腰痛のある人々の総医療費は腰痛のない人々よりも約60%多いという、全く信じられない結果が報告されたとき、この統計値は医学界とマスメデイアに無批判で広められた(Luo et al.,2004を参照)。

しかし、腰痛に関連する費用の中で最も大きいのは、病気による長期欠勤、損害賠償請求、および早期退職という形での就労障害に関係する費用である。腰痛が医療の分野で途方もない費用を必要としているのかどうかはそれほど明確ではない。

最も費用のかかる疾患

最近米国で最も貨用のかかる疾患を調査した研究は、腰痛が医療費を押し上げる最大要因だという考えに異議を唱えているようである。

Ken E.Thorpe博士らは、1987年のNational Medical Expenditure Survey(NMES)および2000年の
Medical Expenditure Panel Survey(MEPS)のデータを用いて、高額な医療費のかかる疾患の医療費の伸びを推計した(Thorpe et al.,2004を参照)。これらの調査では、施設に入所していない米国民の全国的な代表サンプルにおける医療費支出を推計した。

この結果に基づくと、腰痛疾患が受診理由の中で最も多いようには思われない。腰痛疾患による“人口100,000人あたりの受診者数”は、肺疾患、外傷、高血圧、精神疾患、内分泌疾患、皮膚疾患、関節炎および感染症に次いで、全体で9香目であった。

“これは、米国の他のデータに合致しており、腰痛は受診理由の中で2番目に多いという広く受け
入れられている「誤った]常識に異議を唱えるのに役立ちます”とスコットランドの研究者Gordon Waddell博士は示唆する。米国政府は最近、腰痛は受診理由の中で6番目に多いと推測した。

腰痛は、2000年の総支出額がこれらの疾患の多くに次いで9番目であった(表1を参照)。腰痛疾患は、1987〜2000年の各種疾患に関連する支出額の伸びに関しても9番目であった。この期間の支出額は心疾患、肺疾患、精神疾患、癌、および高血圧については、大幅に増加した。腰痛に関する支出額は大きく水をあけられ、その集団の最後尾に近づいた。

全体的にみて、本研究は1987〜2000年の腰痛に関する医療費が毎年約3%増加したと示唆した。これは、その期間のすべての疾患に関する医療費全体の増加と一致する。

研究者らはその増加が人口増加に関連したのか、治療を受けた1患者あたりの費用の増加に関連したのか、それとも受診者数の増加に関連したのかを明らかにするため、各疾患の医療費の全体的な変化を分析した。

この分析から、腰痛の治療を受けた患者1例あたりの費用が21.7%増加したことが示唆されたが、これは13年間にわたる変化としてはごくわずかであった。対照的に、外傷の治療を受けた患者1例あたりの費用は169.1%という驚くべき増加を示し、心疾患については1例あたり68.6%の増加、および高血圧については59.8%の増加を示した。

この腰痛患者1例あたりの費用におけるごくわずかな増加は、ある意味では腰痛の決定的な、そして費用のかかる医学的治療法がほとんどないことを認めることになる。腰痛治療を受けるために受診したほとんどの思者は、一握りの安価な鎮痛薬とアドバイスをもらって帰宅する。腰痛患者は特効薬のような医学的治療がないことをよく知っているため、しばしば自己治療または代替医療によって症状を緩和しようとする。

この点で、製薬会社も外科用医療用具の製造会社も、マーケテイング担当者が予測したような腰痛分野への大きな進出を果たしていない。腰痛患者はあらゆる種類の鎮痛薬、筋弛緩薬、抗うつ薬、そしてサプリメントを服用するが、それらは概して比較的費用のかからない治療法である。かつてCOX-2阻害薬の製造業者が腰痛治療において優位に立つことを期待したこともあったが、現在COX-2市場は衰退の道をたどっている。

腰痛を完全になくし有害事象が許容可能な程度である高価な腰痛専用薬は存在しない。もし研究者らが神経を保護する経口薬や椎間板変性を防止する薬、または神経損傷の回復速度を速める万能薬を発見すれば、この状況は変わるかもしれない。

ここ10年間で、米国における脊椎手術の実施率は著しく増加した。しかし現在の外科市場は証券市場アナリストが思い描いた規模とはほど遠い。これはおそらく、非特異的腰痛患者の手術のアウトカムに一貫性がなく、やや月並みなものであるためだろう。不正確な診断が、簡単に治療できる解剖学的異常の発見を妨げている。

腰痛分野における支出増加がわずかなものであったことは、新しい治療法の開発者がこの市場にそれほどの関心をもって注目する理由を物語っている。薬物療法の大きな進歩、または外科的異常に対する診断治療の大きな進歩が刺激となって、支出額が急増する分野であるように思われる。

参考文献:

Luo X et al., Estimates and patterns of direct health care expenditures among individuals with back pain in the United States, Spine, 2004; 29(1): 79-86. 

Thorpe KE et al., Which medical conditions account for the rise in health care spending, Health Affairs, August 5, 2004; W4: 437-45; www.healthaffairs . org . 


The BackLetter 19(1 1): 121, 130, 2004.

表1:支出が多かった上位10疾患(支出額の多い順)
疾患 2000年の総支出額 987〜2000年の支出額の年間平均増加量の最高推定値
1.心疾患 567億ドル 8.06%
2.外傷 411億ドル 4.64%
3.癌 389億ドル 5.36%
4.肺疾患 365億ドル 5.63%
5.精神疾患 344億ドル 7.40%
6.高血圧 234億ドル 4.24%
7.糖尿病 183億ドル 2.37%
8.関節炎 177億ドル 3.27%
9.腰痛疾患 175億ドル 2.99%
10.脳血管障害 149億ドル 3.52%

出典Thorpe et al.,2004

加茂整形外科医院