夜間の腰痛は癌の危険信号か?

Back Pain at Night: Is It a Red Flag for Cancer? 


概して、腰痛評価の際に癌を検出でぎなくても、それが命取りになるわけではない

妥当かどうかはともかく、腰痛治療医の間では、夜間の腰痛は原発性または転移性腫瘍の徴候である可能性があるとみなされている。いくつかのガイドラインや診断の手引書、および専門的なレビューにも夜間の腰痛の存在は癌の“危険信号”であると記載されている。

多くの臨床医は、ある種の夜間痛、すなわち、高度の夜間痛、進行性の疼痛、姿勢および身体活動を変化させても緩和されないいわゆる“メカニカルではない”夜間痛は特に疑わしいと考えている。

確かに、夜間痛は脊椎腫瘍の患者において一般的である。しかし、それはごく普通のメカニカルな腰痛の患者においても一般的である。単に夜間痛が存在するというだけで患者が不安を抱いたり臨床医が積極的な診断検査をしたりするのは好ましくない。

夜間痛の研究

英国で行われた最新研究によってこのことが納得できる。腰痛のプライマリケア診療所を受診した482例の患者を対象にした研究において、Ian Harding博士らは、42%の被験者には何らかの夜間痛があったことを見出した。本研究の被験者の約20%に毎日夜間痛があった(Harding et al.,2004を参照)。夜間痛に対処することは難しいようであったが、いずれの被験者においても重篤な疾患の微候ではなかった。

“[米国]医療政策研究局[AHCPR]ガイドライン[1994]には、高度の夜間痛は腫瘍または感染症が存在する可能性があることを臨床医に警告する’危険信号’であると記載されている”と、
Harding博士らは指摘した。

しかし、博士らは、自らの研究または文献の中で、夜間痛が重篤な疾患の感度の良いマーカーであるというエビデンスを見出すことはできなかった。

興味深いことに、影響力の大きいAHCPRガイドラインの本文の中では、夜間痛は危険信号とみなされていない。主要文書では癌の危険信号として次のものを挙げている:(1)年齢が50歳以上;(2)癌の既往;(3)原因不明の体重減少;(4)安静にしても改善されない疼痛;(5)1ヵ月間保存療法を行っても改善されない(Bigos et al.,1999を参照)。

しかし、AHCPRが発表した、主要ガイドラインを補足する(しかし主要文書の一部ではない)
Quick Reference Guide for Cliniciansでは、“背臥位で悪化する疼痛”および“高度の夜間痛”は重篤な可能性のある疾患の危険信号だとされている(AHCPR,1999を参照)。

他の大部分の国が作成した主要な腰痛治療ガイドラインでは、夜間痛を危険信号として記載していない。複数の国際ガイドラインの作成に参加したスコットランドの研究者、Gordon Waddell博士は、エビデンスに基づく多くのガイドラインでは、夜間痛を危険信号とみなしていないと述べ、“夜間痛は癌でなくとも一般的にみられるものであり、特異性がないことから我々は1990年代初めから中頃までにそれを危険信号のリストから除いた”と述べた。

英国のRoyal College of General Practitioners(RCGP)が作成したガイドライン、および急性腰痛の治療に関する欧州ガイドラインの最新案では、米国のガイドラインとは若干異なる基準を採用している(Waddell.2004を参照)。

RCGPの手順では、重篤な脊椎疾患(癌および他の疾患を含む)の危険信号として特に次のものを挙げている:年齢が20歳未満または55歳を超える;メカニカルではない疼痛;胸部の疼痛;癌、ステロイド使用またはHIV既往;患者の“不調”;体重減少;広範囲にわたる神経学的問題;および構造的な変形。

“メカニカルではない疼痛”という基準は、癌性疼痛がしばしば特殊な性質を有することに注目さ
せる。Waddell博士はBack Pain Revolutionの最新版の中でその違いについて、“通常の腰痛は、身体活動に伴って変化するという意味でメカニカルである。対照的に、メカニカルではない腰痛は、時間または身体活動とは無関係である。突発的に始まることもあれば徐々に始まることもあり、多くの場合次第に悪化する。安静または運動では緩和されず、患者は楽な姿勢を見つけることができない。患者が気を紛らわすことができない夜間の就寝時に疼痛が増悪することがある”と説明した(Waddell.2004を参照)。

研究が緊急に必要

残念ながら、癌およびその他の危険信号の選別は、かなり限られたエビデンスに基づいて行われる。

腰痛の領域は、診断に関して概ね未発達である。一般的に、医師が正確な診断を下せる患者は15〜25%程度しかいないといわれている。そしてそれらの正確な診断の一部は、実際には“最良の推測”にすぎない。診断の不確実性はこの分野全体に浸透しており、弊害を生じるまでになっている。

それでもなお脊椎治療においては、生命に関わる重篤な疾患を選別する能力は特定の脊椎疾患を診断する能力よりもはるかに優れているという大多数の意見がある。

多くの医師は、適切な診断検査によって補われた比較的短時間の臨床評価によって、癌、感染症、重大な神経の圧迫、骨折、ならびに脊椎およびその他の重篤化する可能性のある疾患を効率的に同定できると考えている。

しかし、この確信を裏付けるような科学的エビデンスは実際の研究ではほとんど得られていない。

体系的レビューにおいて、選別の過程を支持する科学的エビデンスに対する疑問が提起されている。病歴聴取および理学的検査の精度に関する1995年の体系的レビューでは、一般的な選別方法の妥当性についての疑問が提起された。

H.M. van den Hoogenらは、信頼できる科学的エビデンスが不足していることを明らかにした。Van den Hoogen博士らによると、“検討された徴候および症状のうち、神経根障害、強直性脊椎炎、および脊椎腫瘍の診断に役立つと思われるものは少なかった”(van den Hoogen et al.,1995を参照)という。

急性腰痛の治療に関する欧州ガイドラインの最新案ではこの点について改めて懸念を表明している。“鑑別診断の重要性および基本原則に関しては全体的な意見の一致があるが、診断による選別に関する科学的エビデンスはほとんどない”(van Tulder et al.,2004を参照)とガイドライン作成委員会はいう。

これらのガイドライン案では、主要な勧告を支持する科学的エビデンスを客観的基準に基づいて格付けした。選別に関するエビデンスには、適切な科学的エビデンスが存在しないことを意味する、“D”という最低の評価がなされた。

癌に関するエビデンスの不足

癌はその代表例である。癌の有病率および癌の危険信号に関する情報は、少数の大規模研究から得られたものに過ぎない。

初期治療における癌の同定に関する最も影響力のある研究は、1988年に発表されたRichard A. Deyo博士およびA.K.Diehl博士によるものであろう。この研究によって、他の補助的エビデンスと同様、初期治療における癌の危険信号の同定における多様な基準の感度、特異度および信頼度に関する複数の手順およびガイドラインに使用されるデータも得られている。

初期治療における癌の有病率に関して最も広く引用される統計値も、この研究で得られたものである。Deyo博士とDiehl博士は、初期治療の外来診療所で腰痛の診察を受けた患者の0.66%に基礎疾患として癌が存在したことを見出した(Deyo and Diehl.1988を参照)。

これはこの分野で最大規模の研究であるが、わずか1975例の患者を調査し、癌が存在する被験者が13例見つかっただけである。さらに、本研究の被験者が他の初期治療または専門治療施設の患者をどの程度代表するのかは不明である。実際、毎年米国人の50%程度が腰痛を経験しており、腰痛による医療機関の受診件数は2600万件にもなる。

多くの種類の原発性または転移性の悪性腫瘍が脊椎に発生し、それらが腰痛を引き起こす可能性がある。DeyoおよびDiehl博士らの研究の被験者が、初期治療で腰痛患者の中に含まれる通常の癌患者の割合を代表しているのかどうか、完全に明らかになっているわけではない。

重篤な疾患を同定するために、各種危険信号および複数の危険信号の組み合わせを用いた場合の信頼度をさらに検証することも必要である。

前述の米国および英国のガイドラインならびに欧州のガイドライン案における危険信号の基準は科学的エビデンスに基づいたものであるが、それらの有用性は実際の設定の中で十分に検証されていない。大規模患者集団において危険信号の有用性を検証した研究は一握りしかない。これらの研究では心強い結果が得られているが、それらは決して決定的なものではない。

大規模研究はできそうにない

“Deyo/Diehlの手順について大規模な試験を行うことができればよいと私は常々考えてきました”
とDeyo博士は述べた。“しかし腰痛患者1000例のうち約7例の患者にしか癌が検出されないため、適切な試験を行うには何千例もの患者を経過観察する必要があるでしょう”とWashington大学の研究者は述べている。

概して、腰痛の診察の際に癌を検出できなくとも、そのことが命取りになるわけではない。“多くの
場合、これらの患者は、転移性の乳癌、前立腺癌または肺癌という一般的に治癒不能の疾患を有しています。ほとんどの場合、腰痛が出現する前に癌が同定されるため、臨床医は転移の可能性に注意しています。癌と診断される前に腰痛のために受診する患者はごく少数です”とDeyo博士は述べている。

たとえ末期癌であっても、癌を早く同定することには利点がある。末期癌を効率的に同定することによって、より有効な疼痛治療を行うことが可能になるだろうと、Deyo博十は示唆する。“理論的には、必要であれば脊椎固定術を含めて、神経障害のより迅速な治療も可能になると主張できるだろう”と言う。

“しかし、これは末期癌を同定する際には一般的に行われている手順であるため、費用のかかる大規模なプロスペクテイブ研究がほとんどの医療保険会社にとって魅力的であるのか、私は懐疑的です。初期治療における癌の除外診断のためのより決定的なデータがあればよいだろうという点には同意しますが、それには時間がかかるだろうと思います'”とDeyo博士は述べている。

しかしながら、既存のデータが今後の研究の基盤になることは確かである。代替手段は、有病率、症状および診断検査の成績に関する我々の知識を取り込み、不顕性癌の各種診断方法の有効性(および費用対効果)を検討する決定解析を利用しようと試みることである。Jerry Joines博士らおよびWill Hollingworth博士らによる2つの最新研究では、診断手順を作成するためにこの方法を採用している(Joines et al.,2001およびHollingworth et al.,2003を参照)。

参考文献:

Agency for Health Care Policy and Research. Acute Low Back Problems in Adults.' Assessment and Treatment, Quick Reference Guide for Clinicians #14. Rockville, MD, Department of Health and Human Services; 1 994. 

Bigos S et al., Acute Low Back Problems in Adults, Clinical Practice Guideline #J4. Rockville, MD, Agency for Health Care Policy and Research, Department of Health and Human Services; 1994. 

Deyo RA and Diehl AK, Cancer as a cause of back pain: Frequency, clinical presentation, and diagnostic strategies, Journal of General Internal Medicine, 1998; 3(3): 230-8. 

Harding IJ et al., Is night pain a sensitive marker for serious spinal pathology in a back pain triage clinic, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the 
Lumbar Spine, Spine Week 2004, Porto, Portugal; as yet unpublished. 

Hollingworth W et al., Rapid magnetic resonance imaging for diagnosing cancer-related low back pain, Journal of General Internal Medicine, 2003; 18(4): 303-12. 

Joines J et al., Finding cancer in primary care outpatients with low back pain: A comparison of diagnostic strategies, Journal of General Internal Medicine, 2001; 16: 14-23. 

van den Hoogen HM et al., On the accuracy of history, physical examination, and erythrocyte sedimentation rate in diagnosing low back pain in general practice: A criteria-based review of 
the literature, Spine, 1 995; 20(3): 3 1 8-27. 

van Tulder M et al., preliminary draft European COST Action Guidelines for the management of acute nonspecific low back pain in primary care, accessed September, 2004;www.back 
paineurope.org .

 Waddell G. The Back Pain Revolution, 2nd edition. Edinburgh: Churchill Livingstone; 2004: information on RCGP algorithm on pages 288-89; information on mechanical pain and 
nonmechanical pain on page 15; information on preliminary draft European guidelines on pages 297-313. 


The BackLetter 19(10): 109, 1 16-1 17, 2004. 

加茂整形外科医院