天候と疼痛の謎

Weather and Pain Enigma


雨が降ると、きまって頚部か痛む。低気圧がくると、脚を引きずる。休暇でArizonaにいる間は、痛みはどこかへ飛んでいってしまうのに。

ヒポクラテスの時代から、患者さんも治療する側も、天候が骨や筋肉の痛みに影響すると固く信じてきた。けれども、天候と関節炎、あるいは天候と腰痛について明らかに関係があるとか、予想されると証明した科学的研究はこれまでのところない。

もしかかわりがあるとすれば、非常に複雑なものだろう。おそらく患者の期待、背景、思い込みが、その関係を認知する上で重要な役割を果たしていると思われる。

関節炎に対して天候の影響を検討した最新の研究を行ったのは、疫学者のDonald A. Redelmeier医師と心理学者のAmos Tversky博士である。彼らは、18例の慢性関節リウマチ患者の天候変化に対する反応を検討し、実際には、患者の思い込みと矛盾するらしいという結果を得た(Proceedings of the National Academy of Sciences,1996;93:2895-2896.を参照)。

Redelmeier医師とTversky博士は、15ヵ月間にわたり、月に2回、主観的な指標(患者による疼痛報告)と客観的な指標(医師による関節圧痛の評価)、そして患者の機能的状態を調査した。「さらに、その間の気圧、気温、湿度に関するその地域、の気象記録も入手しました」という。

彼らは、関節炎の症状と天候について、患者がどう考えているかの聞き取り調査を行った。患者は1例を除き、全員が天候が関節炎に影響すると信じていた。18例中16例では、次のように考えていた。すなわち、1)天候は、自分の関節痛に大いに影響している。2)症状は、気圧、気温、湿度に応じて変化する。3)症状の変化は、天候が変化してから1日以内に起こる。

つぎにそれぞれの患者について特定した疼痛、気象条件、時間的ずれにおける関連性を調べた。その結果、統計学的に有意な関連性は認められなかった。時間的ずれにっいては9通りの設定を行って、患者別に疼痛と気圧との関運性を検討したが、ごく弱い相関が認められたにすぎなかった。「さらに統計学的に有意な関連性が認められた少数の項目についても、そのパターンに一貫性はありませんでした」と、Redelmeier医師とTversky博士は述べている。

彼らは、これまでに炎症の客観的な指標を用いた研究では、天候が関節痛に影響するという結果が得られたものはないと述べている。主観的な指標(例えば疼痛)を用いた研究では、影響あり、影響なしの両方の結果を示すものがあるが、影響ありと報告された研究でも、統一的な見
解に達しているわけではない。

Redelmeier医師らは、天候が関節痛に影響するという思い込みは、多くの心理学的プロセスが寄与していると考えている。とくに、多くの人々は関係のない一時的現象の間にかかわりを認める傾向があると信じ込んでいる。

「この現象は、選択的に関連づけているものです。目につきやすい偶然の出来事だけに注目する傾向があり、偶然に起きたことを重要視して、対立する証拠を無視してしまうためです」と、彼らは説明している。厄介な関節炎の症状をもった患者にとって「選択的な関連づけ」というのは、症状が悪化した時には天候の変化に気づくが、症状が安定している間は天候を気にしないことである。症状か現れる時期は、痛みが和らいでいる時期よりも印象に残ることが多いので、患者はその時に起こった偶然の出来事をよく覚えているのかもしれない。

Redelmeier医師とTyersky博士は、本研究の一環として、97名の大学生に無作為に作成した一連の事象を並べた2つのグラフを見せた。その際、学生には上のグラフは1ヵ月間の患者の関節痛で、下のグラフはその期間中の毎日の気圧であると説明した。学生に両者間の関連について分析させたところ、実際には関連性ほ何もみられないというのに、どの学生も気圧と症状にはかかわりがあると答えたのである。このことから、彼らの論法が正しいかどうかを証明できるわけではないが、人々が無作為の事象にもたやすくパターンを見いだすことがよくわかる。

患者が、苦痛に感じる事柄に安心でき、予測できるパターンを見つけたがっていることは間違いない。腰痛や関節炎をもつ患者が、悩まされたり、予測できない症状に対して、何らかの説明をつけたいと願うのは当然であろう。

天候と関節炎に関して、広く、堅固に信じられている通説に、臨床家が異議を申し立てるべきであるかどうかはわからない。往々にして治療する側の多くも、この通説を初めから信じているものである。現地点では、関連性があるという確証はないが、関連性がないという確証もないのである。

The BackLetter,11(6):61,70,1996.

加茂整形外科医院