仕事と広範囲にわたる疼痛

Work and Widespread pain


仕事が線維筋痛症(fibromyalgia)の原因になることがあるのだろうか。職場での一連の反復的ストレスまたは1回の外傷が、'広範囲にわたる疼痛および圧痛を誘発することがあるのだろうか。広範囲にわたる疼痛のみの場合はどうなのだろうか。このことは、就労障害の認定に関して論争の的になっている問題である。途方もない額の金銭と多くの苦痛が将来どうなるかわからない状態である。

多くの労災補償体系の下では、労働者が疾患と仕事の間に明らかな関連があることを証明しなければならない。先進工業諸国において、線維筋痛症が労災補償請求の根拠とされることがま
すます増えている。労働者およびそれらの代理人はしばしば、仕事が疼痛および圧痛の主要な原因であると主張しており、その訴えが認められるかどうかはさまざまである。科学的根拠は確
かにあいまいである。

英国の新規研究は、広範囲にわたる疼痛と職場における反復的ストレスとの相関について、これまでで最も注意深い分析を行っている。その結論を聞いても、恐らく誰も喜ばないだろう。それは、広範囲にわたる疼痛の起源が複雑であることを示唆している。

社会心理的因子および他の疼痛愁訴の存在が、最も強力なリスクファクターのようである。軽度の身体的ストレスが、症状の誘発または悪化に何らかの形で関与している可能性がある。しかし、これらの同じ身体的ストレスに晒されている労働者の大多数には、広範囲にわたる疼痛が発現しない。

英国のマンチェスター大学のJohn McBeth博士らによると“本研究は、軽度のメカニカルな損傷が、広範囲にわたる慢性疼痛の発現のリスクファクターであるという仮説を、限られた範囲でしか支持しない。広範囲にわたる慢性疼痛の開始には多くの要素が関係しているようであり、個々の社会心理的因子が強力な予測因子である”(McBeth et al.,2003を参照)。

1445名の労働者を対象にした研究

研究者らは、地域住民をべ一スにした調査を実施し、調査開始時に広範囲にわたる疼痛がない1658名を同定した。McBeth博士らは、広範囲にわたる慢性疼痛についてかなり標準化された定義を使用した。すなわち、身体の2つの対側象限(contralateral quadrants)と軸骨格(axial skeleton)に3ヵ月間以上持続する疼痛があることと定義した。この定義は、米国リウマチ協会の
線維筋痛症診断基準の一部に由来する(線維筋痛症は、患者が、広範囲にわたる疼痛と、触診で18ヵ所の筋・骨格系ポイントのうち少なくとも11ヵ所に圧痛を有するものと定義されている)。

研究者らは、仕事に関連するメカニカルな因子と環境因子に関する詳細な情報、さらには社会心理的特性とその影響に関するデータを入手した。

調査を開始した1658名の被験者のうち、1445名(91%)から12ヵ月後の経過観察データが得られ、978例(59%)から3年後の経過観察データが得られた。

多様なリスクファクター

単純な単変量解析において、複数の身体的因子(重い物を押したり引いたりすること、手首の反復的な運動、およびひざまずくこと)が、症状発現の弱い予測因子であることが明らかになった。しかし、べースラインにおける疾患行動(illness behavior)の尺度、身体症状、疲労、および他の疼痛愁訴の存在を含む複数の個人特有の因子が、集合的に、より強力な役割を果たすようであった。

メカニカルなリスクファクターと社会心理的リスクファクターは、多変量解析でも同様にリスクファクターとして認められた。労働時間の半分または大部分は重い物を押したり引いたりしていること、労働時間の半分または大部分は手首の反復的な運動を行っていること、常にまたは労働時問の大部分はひざまずいていること、これらは皆、広範囲にわたる疼痛の弱い予測因子であった。

しかし、最も強力な予測因子は、べースラインの疾患行動スケールの高スコアと局部的な疼痛の2つであった。例えば、べースラインで局部的な疼痛のあった被験者(すなわち身体の1つまたは複数の部位に疼痛があるが広範囲にわたる疼痛はない被験者)は、経過観察で広範囲にわたる慢性疼痛を発現する確率が、べースラインで疼痛がなかった人々の約2倍であった。

予測モデル

多数のリスクファクターを有した被験者は、リスクファクターは1つだけの被験者よりも、広範囲にわたる疼痛を発現する可能性が高かった。リスクファクターが1つだけの被験者の約3%が広範囲にわたる疼痛を発現したのに対して、5つのリスクファクターをすべて有した被験者の場合は
37.5%であった。

社会経済的地位は、肉体労働に関するあらゆる研究において交絡因子となる可能性がある。物を持ち上げたりひざまずいたり、押したり引いたりする仕事で生計を立てている人々は、デスクワークに従事している人々よりも、一般的に社会経済的地位が低い。しかし、McBeth博士らは、これらの結果を社会的階層について調整したが、最終的な多変量モデルは変化しなかった。

本研究の結果は、被験者が3年間にわたる職場での身体的暴露を正確に思い出すことに依存していた。広範囲にわたる疼痛を有する被験者のほうが、症状に関与した可能性のある身体的ス
トレスをよく記憶している傾向があった可能性が考えられる。しかし、被験者らは別の種類の一般的な身体的ストレスを思い出さなかったので、著者らはこの可能性は低いと考えている。

他の潜在的な交絡因子は、労災補償請求の役割であろう。労災補償請求の申請を考慮していた労働者は、仕事に関連する影響に晒されたことを選択的に報告した可能性があった。McBeth
博士らは請求データを入手することはできなかった。しかし、広範囲にわたる疼痛は、この集団における欠勤の一般的な理由であるようには思われなかった。本研究で広範囲にわたる疼痛を
発現した人々の74%がそれらの症状のために医師を受診したが、欠勤したと報告したのは2%にすぎなかった。

では、これらの結果は何を意味するのだろうか。McBeth博士らによると“先の著者らは、広範囲にわたる疼痛症侯群の発現における損傷の役割は、その人の健康の捉え方や考え方よりも重要性が低いという仮説を立てている。今回の知見はこの仮説をある程度支持する。仕事に関連する因子も新規の疼痛発現の因子となるが、最も強力な予測因子は疾患行動スケールのスコアが高いことであり、これは日常活動に影響する症状のために頻繁に医師を受診することによって特徴づけられる”。

参考文献:

McBeth J et al., The role of workplace low-level mechanical trauma, posture, and environment in the onset of chronic widespread pain, Rheumatology, 2003; 42: I -9. 

The BackLetter 18(10) : 109, 1 17-118, 2003.

加茂整形外科医院