ふたつの新しい研究が、むち打ち補償請求の根拠に疑問をなげかける

低速での衝突は、意外にも頚部の外傷をほとんど引き起こさない

TWO New Studies Question Basis for Whiplash Claims Low-Energy Collisions Cause Surprisingly Little Neck Trauma 


むち打ち傷害の原因とされる、低速での自動車衝突事故の多くは、遊園地でバンパーをぶつけ合って遊ぶバンパーカーの衝突で起こるのと同程度の頸部外傷しか引き起こさない。このような最新の研究が、先ごろニューヨークで開催された、North American Spine Society (NASS:北米脊椎学会)年次総会でドイツの研究者から発表され、大いに議論を呼びそうである。

ドイツ、MunsterにあるWestfälischen Wilhelms大学のWilliam H.M. Castro医師らは「追突されても外傷が生じないような速度の限界は、時速10kmから15kmの間にあります」と述べている。また別
の新槻研究によると、これ以下の速度での追突の場合、有意な頸部外傷は起きそうにないという。(Castroほか,1997参照)。

「この研究は、低速での追突事故の被害者は、長期的な頸部障害に進展しそうにないことを示しています」とCalifornia州Menlo ParkのSOARの理学療法士、Jerry Sobel医師は述べる。「この研究について、すべての自動車保険会社の医療責任者、および独立した健康診断とレトロスペクティブな記録審査を行なう医師により再検討されるべきです」。

毎年数千件に上る訴訟が、低速での自動車衝突の被害者らにより起こされており、彼らは、持続するむち打ち症型の症状は事故が原因だと主張している。Castro医師によると、ドイツでは「むち打ち傷害」の補償請求の約半数は、速度がせいぜい時速15km程度の事故にからんだものである。むち打ちの補償請求にドイツの保険会社だけでも年間10億マルクも支払っているので、低速での衝突事故であっても非常に高額の訴訟が起こされている。

低速での衝突によって引き起こされた損傷について研究するため、Castro医師らは、男性14名(28〜47歳;平均33.2歳)および女性5名(26〜37歳;平均32.8歳)を被験者として計17回の自動車追突実験を実施した。「標的車両」(追突される車)だけでなく、いわゆる「弾丸車両」(追突する車)にも被験者を乗り込ませた。すべての実験車両に通常のヨーロッパ式バンパーが装備されていた。

さらにCastro医師らは、一風変わった対照群として、数名の被験者による遊園地のバンパーカーを使った衝突実験も3回行なった。バンパーカーの衝突が原因で筋骨格系の外傷の補償請求が出されることはめったにないので、これなら法医学的(medicolegal)見地からも特に危険はないと思われた。

衝突の影響を調べるため、衝突実験の前日と翌日および4〜5週間後に、被験者の頸椎の核磁気共鳴画像(MRI)撮影と整形外科的診察を行った。表面筋電図(EMG)で、被験者の頸部筋の活動を検査し、さらに、加速度計とビデオカメラで衝突に対する運動学的反応を測定した。

衝突時の速度は、自動車では時速8.7〜14.2km(平均時速11.4km)、バンパーカーでは8.3〜10.6km(平均時速9.9km)程度であった。

これらの事故が、「標的車両」または「弾丸車両」に乗った被験者の頸部に何らかの損傷を与えたことを示す証拠はほとんど見出されなかった。Castro医師らは「自動車の衝突による衝撃は、バンパーカーの衝突で記録された衝撃と同程度でした」と述べた。むち打ち型損傷の形跡もほと
んど見当たらなかった。研究者によると、「衝突の際、頸椎の過度伸展は観察されませんでした」という。

理学所見、核磁気共鳴画像、およびコンピュータによる運動分析でも、実験による身体的傷害の証拠は見つからなかった。衝突実験後、症状がみられた被験者は1名のみで、10週間にわたり10度の頸椎回旋制限が見られた男性であった。

以上の結果に基づいてCastro医師は、頸部の症状に対し法医学的判断を仰ぐ際、衝突時の速度に関する写真等の証拠が重要な役割を果たしうると考えた。同医師らは「衝突後の車の損傷具合から、速度の程度を割り出すことが可能です」と述べた。

むち打ち症で補償が受けられないシステムでは、慢性的な頚部の愁訴はみられない

NASSで発表された物議をかもしそうなもう一つの研究は、ギリシアの神経外科医のグループによるものである。自動車衝突事故により頸部の過度伸展/屈曲損傷を負ったギリシア人男女130名を調査したところ、長期間のむち打ち型症状は確認されなかった。この研究の被験者は全員、救急治療室での診察時には頸部の軟部組織損傷の愁訴があったが、大部分は1ヵ月以内に回復した。

「この研究で出された回復率は目を見張るものでした」とSobel医師は語る。

回復率が高いのは、ギリシアの法医学システムではこの種の衝突事故の被害者に大した補償を行なわないためだと報告者らは考えている。調査結果は、急性「むち打ち型」症状の自然経過が、補償を行なう西欧社会の場合よりずっと良好であることを示唆するものである(Partheniほ
か,1997参照)。

しかし、同研究には重度の外傷を負った被験者が含まれていないことから、この結果は高速での事故には当てはまらない可能性がある。

Patras大学脳神経外科のM.Partheni医師らは、衝突事故によって頸部軟部組織を損傷し、救急治療室で診察を受けた男性71名、女性59名について調査した。すべての被験者が事故から2日以内に診察を受けていた。

患者は初診時に神経学的検査と頸部X線撮影を受け、1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月後にも再度神経学的検査を受けた。損傷のメカニズム、事故前からある頸椎の変性性変化と頸部痛、さらには被験者の精神状態についても調査した。

すべての患者に、やわらかい頸椎カラーと鎮痛薬が最低3週間は処方されていた。

1ヵ月後の診察で、91%の患者は症状が消失していた。頸部痛や頸椎の可動域制限が残った患者は9%だけであった。「6ヵ月後にはすべての患者で症状が完全に消失しました」とPartheni医師らは報告した。

彼らは、むち打ち型損傷で法医学的賠償請求に応じないシステムでは、自動車衝突によりこうした軟部組織損傷を負った患者のほとんどは、慢性のむち打ち症候群にまで進展しないとの結論を出した。「大多数の患者は、この症候群にあてはまる症状を全く訴えないことが我々の研究で明らかになりました」と結んだ。

NASSでの討論の際、出席者の一人から、Partheni医師らが低速での衝突事故の被害者グループを前もって選択したことで、同グループが屈曲・伸展損傷を負った他の患者の代表例とはなり得ないのではないかとの意見が出された。

Partheni医師はそれに答え、事故発生時のスピードは様々であったが、それに関する情報は入手していないと述べた。彼らは、この被験者たちは救急治療室を受診する頸部軟部組織損傷の典型的なサンプルとなると考えている。しかしながらこの研究には、頸椎骨折、重度頭部外傷、または脳震盪を起こした患者は含まれてはいないので、高速での衝突での受傷ではなかったと考えられる。

頸部の愁訴を増長させ、長引かせ、悪化させるのに、法医学システムが関わっているという説は、依然として論議の的である。リトアニアで最近行われた研究(この国もむち打ち症候群の補償はしないシステムで、回復率が目覚ましし)ことが知られている)も、非難と論争を巻き起こし
た(Schraderほか,1996参照)。今回の研究は、この論争にますます拍車を掛けそうだ。「これら2つの研究は強力なコンビとなります」とSobel医師は述べている。

一方で、ギリシアの研究は、むち打ち症関連傷害の治療成績に関して決定的な答えを出すには規模が小さすぎるとの意見もある。カナダのSaskatchewan州、SaskatoonのInstitute for Health and Outcomes Researchで排究デイレクターを務める疫学者のDavid Cassidy博士は「たかだか130例の治療成績研究によって、回復率に関する情報を十分に得られ、補償システムの影響を推測できるかどうかは疑問に思います」と述べている。

おそらく、この興味深い研究が刺激となって、もっと大規模で、方法論的に厳密な研究が行われれば、科学者はこれらの重大な疑問に対する核心にせまるであろう。

参考文献:

Castro WHM et al., Do'whiplash-injuries'occur in low speed rear impacts ? 北米脊椎学会1997年度年次総会 (New York) で発表;(論文未発表)

Partheni M et al., Whiplash injury following car accident : Rate of recovery, 北米脊椎学会1997年度年次総会 (New York) で発表;(論文未発表)

Schrader H : Natural evolution of late whiplash syndrome outside the medicolegal context, Lancet, 1996 ; 347 (9010) : 1207-11 

The BackLetter 1997・ 12(12) : 133 142


(加茂)

さらにCastro医師らは、一風変わった対照群として、数名の被験者に よる遊園地のバンパーカーを使った 衝突実験も3回行なった。バンパー カーの衝突が原因で筋骨格系の外傷 の補償請求が出されることはめった にないので、これなら法医学的(medicolegal)見地からも特に危険 はないと思われた。

車の質量を無視していますね!

追突事故や、その他の衝突事故はだいたいどれくらいの速度で衝突しているのだろうと思いますか?

車の損傷の度合いと、頸椎の損傷の度合いとは比例しないと思います。たとえば、車の損傷が大きいということは、エネルギーがそれに使われたということです。衝撃のクッションになったのです。わざわざそのように作ってある車もありますね。たとえば、氷上に車がサイドブレーキなしで停止したとします。その車が追突を受けたとき、車にはほとんど損傷が起きず、勢いよく前へ飛び出ることでしょう。このとき頚にかかる力は大きいものと思います。

軟部支持組織の微小損傷は今の医学では明確に証明できません。痛みと損傷は別物だと思います。それは比例関係がありませんし、損傷がないからといって痛みがないとはいえませんし、損傷が治癒したからといって痛みが治癒するともいえません。

この文献は損傷について述べているのでしょうか、痛みについて述べているのでしょうか?痛みが慢性化するひとつの因子として、心理・社会的背景があることは疑いもないことです。

加茂整形外科医院