腰椎ベルトで腰痛や腰痛による就労障害は予防されずー9000人の労働者における研究ー

Lumbar Belts Fail to Prevent Back Pain or Back Pain Disability in Study of 9000 Workers 


何百万もの労働者、何百もの企業および有カな政府機関は、腰ベルトの腰痛防止効果について誤解しているのではないだろうか?

国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の研究者らが実施した大規模な新規のプロスペクティブコホート研究からすると、そのようなことがいえる。James T.Wassell博士らによると、腰ベルトは、腰痛および腰痛による就労障害の予防効果をもたないという(Wassell et al.,2000.を参照)。

Wassell博士らは、「複数の個人的リスクファクターについて調整した、腰ベルトの使用に関する最大規模のプロスペクティブコホート研究において、頻繁なベルト使用も、ベルト使用を求めた職場方針も、腰痛損傷の保険請求または腰痛の発生率の低下と関連しなかった」と結論している(3ぺージのWassell研究の説明を参照)。

この研究では、次のいずれの群においてもベルト使用による有用な効果は認められなかった:腰部損傷の既往のある従業員と既往のない従業員、一貫してベルト着用の習慣がある従業員、または最も重労働の業務に従事する従業員。

この研究はある程度の説得力をもっている。その規模の大きさに加えて、地理的に広い地域の被験者が含まれていた。研究には同時対照群が設定され、詳細な負荷の情報が集められ、多種多様な潜在的交絡因子をコントロールすることができた。

Wassell博士らは、「データの複合的分析に基づく結果は全て、腰ベルトの使用は、資材運搬業者における腰部損傷の保険請求および腰痛の発生率の減少に関連しないという、共通の結論に達している」という。

衣服の一種

この研究は、腰ベルトはファッションの一つに過ぎず、保護用具ではないという見解を支持している。「研究で得られた知見は、腰ベルトは衣服の一種に過ぎないと考えるべきだ、と示唆している」と、Nortin M.Hadler博士とTimothy S.Carey博士はJAMAの論説で述べた(Hadler and Carey,2000.を参照)。

論説によれば、更に、この程度の身体的負担がかかる仕事をするときに腰ベルトを着用するよう勧めることに対しては、懐疑的にみる必要がある。今なおそれを支持する人々にはその効果について立証する責任があるはずである」。

OSHAと腰ベルト

この最新の研究は、最近行われている、職業安全衛生管理局(OSHA)の米国内の職場に関する人間工学的基準についての議論をあおることになるだろう。

腰ベルトに否定的な科学的エビデンスの重要度が増しつつあるにもかかわらず、OSHAは人間工学的規制の中で、これらの腰ベルトを“身体保護具”と分類し、それらにより労働者の腰部損
傷が予防できると示唆した。

0SHAはこの決定を行うために、腰ベルトは幾つかの作業状況でわずかながら生体力学的利点をもたらすかもしれない、とほのめかした一握りの小規模研究に焦点を合わせた。OSHAは、腰ベルトが役に立たないことを示唆する、はるかに多くのエビデンスを無視した。

「腰ベルトの問題に関する大量の記録をOSHAがレビューした結果、突然の予期しない脊椎の負荷等の、ある種の労働環境において、腰ベルトが保護作用を持つ可能性があることが明らかになった。OSHAは、これらの研究の幾つかは標本サイズが小さく(例えば、被験者数が10例)、対照群を設定しておらず、研究期間が短いことに気づいている」とFederal Registerの規制を掲載した文章の中で述べられている(OSHA,2000.を参照)。

OSHAのエビデンス基準に関する疑問

この決定は、科学的記録について偏見のない分析を行うというOSHAの公約について、厄介な問題を提起している。当局は人間工学的仮説を支持するエビデンスと、支持しないエビデンスでは、異なる基準を設けているように思われる。

Hadler博士は、OSHAのエビデンス基準に関して不遜な意見を述べた。「結論が先に出ているので、事実に左右されることはないでしょう」と、博士は皮肉たっぷりに述べた。

科学的エビデンスと公共政策

この論争は、より大きな公衆衛生問題に影響を与える、とCarey博士はいう。「腰ベルト問題は、それ自体、興味深いものですが、政策決定におけるエビデンスの重要性をかえって明らかにした面もあります」。Carey博士は、適切な科学的エビデンスを政策決定の根拠として役立てなければならないと強調している。

「臨床的エビデンスが不足していても、政策または保護具の理論的根拠となる可能性のある生理学的または人間工学的エビデンスが存在するのであれば、質の高い臨床研究に基づくエビデ
ンスが得られるのを待つ間、そのような政策の実施を主張することができます」とCarey博士は提案している。臨床的エビデンスが存在しない状況下における政策の実施は、予想される介入の利点、リスクおよび費用に左右される。

しかし、あらゆる実質的な介入は、いつかは臨床研究で研究しなければならない。そしてその時、政策立案者は、科学的メッセージに注意しなければならない。

「いくつかの研究デザインを用いて複数の設定条件で実施された、臨床的有効性についての良質の研究が利用可能な時、エビデンスの重要度の情報が、公共政策に反映されなければなりません」とCarey博士は主張している。腰ベルトの場合、多くの臨床的エビデンスにおいて、利点が見出されなかった。

害を及ぼす可能性はほとんどない?

腰椎ベルトは、幾つかの点で魅力的な介入である。他の人間工学的介入と比較して、それらは特に高価ではない。それらが労働者に害を与えるというエビデンスはほとんどない。

「腰ベルトが何らかの利点を与えるというエビデンスがないのとまさに同様に、害を及ぼすというエビデンスもありません」とCarey博士は述べた。このように害がないのなら、使用すればよいのではないか?

信用に値しない治療を提供することが、間違ったメッセージを伝える場合がある。「労働者に、この介入によって害から保護されている、という間違った印象を与える可能性があるので、それらを推奨すべきではないと私は考えます」とCarey博士は述べた。

腰ベルトの支持者は、腰ベルトが、労働者の仕事に対する満足度を高め、補償コストを抑えるための安価な方法であるという前提のもとで、しばしば経営者に使用を促す。しかしながら、科学的エビデンスは、どちらの前提をもはっきりと支持してはいない。

「労働者や経営者を惑わせることは、科学および産業医学がなすべきことではありません。我々は、全ての労働者のために、効果がない介入ではなく、効果のある介入に焦点を合わせるべき
です」とCarey博士は述べた。

表 腰痛の一時予防における腰椎ベルトの有効性に関するRCTs

研究

被験者

結果

Alexander A et.,1995 60人の医療従事者に関する研究。3口人は腰ベルトを3ヵ月間着用し、30人は着用しなかった(被験者の腰痛の既往の有無は明らかではない)。 “作業関連の腰部損傷"または疼痛に関して有意な群間差なし。
Gaber W et al.,1999 人力での資材運搬業務を行う男性労働者209人に関する研究。118人は12ヵ月間腰椎サポートを着用した。91人は着用しなかった。77%は、研究開始時に腰痛がないかもしくはあっても軽度の腰痛のみであった。 疼痛または病気休暇に関して群間差なし。腰椎サポート群の被験者は、薬物服用がより少なかった。
Reddell CR et al.,1992 896人の艦隊勤務員に関する研究。被験者は次の3群のうちの1つに割り付けられた:(1)作業中にウエイトリフティング用のベルトを8ヶ月間着用;(2)ベルトを着用し、訓練教室に参加;(3)訓練教室のみに参加。 腰椎の損傷、欠勤日数、仕事を制限された日数、もしくは補償コストに関して、有意な群間差なし。
van Poppel M et al.,1998 人力での資材運搬業務を行う312人の労働者に関する研究。被験者は4つの介入のうちの1つに割り付けられた:(1)83人は腰椎サポートを6ヵ月間着用;(2)70人は腰椎サポートを着用し、教育プログラムに参加;(8)82人は教育プログラムのみに参加;(4)77人は介入なし。172人は、以前に腰痛歴があり、49人は研究開始時に腰痛がみられた。 腰痛の発現率および腰痛による病気休暇に関して、有意な群間差なし。
Walsh NE et al.,1990 男性の倉庫労働者90人に関する研究。被験者は3つの介入のうちの1つに割付けられた:(1)30人は作業中に腰ベルトを着用し、訓練教室に1時間参加;(2)30人は訓練教室のみに1時問参加;(8〕30人は介入なし。 腰部損傷の発現率に関して群間差なし。腰椎サ
ポート群の被験者は欠勤日数が少なかった。
RCTs;無作為コントロール研究    van Tulder Metal.より改変。Lumbar supports for prevention and treatment of low back pain, Cochrane Library, 2000 ; 第4版、オクスフォード:最新ソフトウェア 


参考文献:

Alexander A et al., The effectiveness of back belts on occupational back injuries and worker perception, Professional Safety, 1995; September: 22-27. 

Gaber W et al., Heben und fragen mit rueckenstuetzbandagen [lifting and carrying with lurnbar supports; end report of a project at the airfreight department of Frankfurt/Main airport] ,1999

Hadler NM and Carey TS, Back belts in the workplace, JAMA, 2000; 284(21): 2780- 1.

Kraus JF et al., Reduction of acute low back injuries by use of back supports, International Journal of Occupational and Environmental Health, 1996; 2: 264 -73. 

Occupational Safety and Health Administration (OSHA), Ergonomics Program: Final Rule, Federal Register, November 14, 2000: 68262-870. 

Reddell CR et al., An evaluation of a weightlifting belt and back injury prevention training class for airline baggage handlers, Applied Ergonomics, 1992; 23: 319-29.

van Poppel M et al., Lumbar supports and education for the prevention of low back pain in industry; a randomized controlled trial, JAMA, 1998; 279: 1789 -94.

van Tulder M et al., Lumber supports for prevention and treatment of low back pain. Cochrane Library, 2000; issue 4, Oxford: Update software.

 Walsh NE et al., The influence of prophylactic orthoses on abdominal strength and low back injury in the workplace, American Journal of Physical Medicine and Rehabilitation, 1990; 69: 245-50.

Wassell JT et al., A prospective study of back belts for prevention of back pain and injury, JAMA, 2000; 284(21): 2727-32. 

The BackLetter 16(1): 1, 6-8, 2001.

加茂整形外科医院