職場における疼痛は800億ドルの問題か?腰痛に関わる多額の費用を見落としていた?

Is Pain at Work an $80 Billion Problem? Has a Major Cost of Back Pain Been Overlooked?


企業が健康管埋を個入的利益ではなく生産性向上のための投資と考え始めた

腰痛に関わる多額の費用を見落としていたのだろうか?腰痛患者が生産性が低下した状態で働くことによって、雇用者は数十億ドルもの損害を被っているのだろうか?腰痛のある労働者の物品およびサービスの生産量は同僚よりも少ないのだろうか?

これらは、労働年齢の成人の最新の全国サンプルに関する憂慮すべき結論である。American Productivity Auditは、5つのカテゴリーの疾患(疼痛、風邪・インフルエンザ、疲労感・うつ病、消化器系疾患、関節炎)によって、米国内の雇用者において、毎年1,800億ドル以上の生産性の損失が生じていると結論づけた。(Ricci et al.,2002を参照)。

生産性損失額が最も大きかったのは疼痛で、800億ドル以上と計算された。この調査によると、腰痛に起因する生産性損失額は230億ドル以上であった。

調査の結果、これらの損失の大部分はabsenteeism(欠勤)によるものではないことが明らかになった。それらは、労働者が病気のため生産性が低下した状態で働いている、いわゆる“presenteeism”によるものであった。

“これらは、米国の労働者が就労していても、健康状態のために職務を遂行できない時問数をとらえた最初の全国的な推定値である”と本研究の資金を提供したAdvancePCSは発表している。“Presenteeismによる労働力損失額は全体の3分の2以上を占めているが、雇用者がその影響の大きさに気づいていないことが多い”(AdvancePCS,2002を参照)。

“雇用者は、生産性時間の損失につながる疾患について対策を講じる前に、負担している金額を算出できるようにならなければならない。この種の情報は、われわれが、健康問題が仕事に影響するという単純な認識以上の理解を広めるのに役立つ。今こそ、健康管理のために投資した
費用によって大きな利益を得る機会を探し始めることができる”と、AdvancePCSのCenter for Work and HealthのWalter Stewar氏は述べている。

これらの結論は間違いないのか

それでは、生産性の損失に関するこれらの主張は間違いないのだろうか。その答えは誰にもわからない。これらの知見を確認または否定する方法はない。そもそも、結論を出す基礎となる十分なエビデンスがないのである。

さまざまな科学的研究において、いくつかの一般的疾患(例えば片頭痛)に関連する職場での生産性損失は、かなりの金額になると示唆されている。しかし、腰痛の分野ではこれらの問題に関する直接的なエビデンスは実質的に存在しない。

この分野には不確実な部分があることを考えて、著名な研究者は、疾患と関連した生産性損失額について確固たる結論を出すことについて警告した。

生産性は、最も測定するのが難しい仕事の側面の一つである。専門家は、職場における生産性の低下による経済的損失を測定する最適な方法はおろか、欠勤を損失金額に換算する最良の方法についてすら意見がまとまらないでいる。異なる方法で生産性を測定すると、生産性損失額の見積もりが著しく異なる可能性がある。生産性を測定する、またはそれを金額に換算する絶対的標準は存在しない。

健康管理費用に関する概念の見直し

健康管理費用における危機の高まりによって、労働者の生産性の問題が世間の注目を浴びるようになった。かつて企業は、健康保険や健康管理を、従業員の利益すなわち個人の幸福のための従業員への援助と考えていた。

しかしここ数年、米国および他の地域の企業は、健康管理のための法外な費用に関する概念を見直すようになった。これらの企業は、こうした経費を単なる個人的利益ではなく生産性向上および収益の拡大のための投資と考え始めている。

企業は、純利益について単刀直入に質問している。腰痛管理に1ドルかけると、生産性は1.20ドル向上するのか。精神衛生管理に投資することによって、うつ病または不安障害の従業員の生産性は向上するのか。片頭痛またはアレルギー患者に良い治療を行えば、それを上回る利益が得られるのか。

結果として、健康管理支出が増えた会社は、職場における直接的な観察だけでなく調査を通して、健康問題に関連する生産性損失を調べるようになった。健康管理関連企業(製薬会社、薬局経営会社およびマネージドケア組織)は、これらの生産性損失を一部防止するのを自分たちが支援できると主張している。しかし、確たる証拠は少ない。

”健康増進”企業による研究

Amehcan Productivity Auditは、メリーランド州に本社がある、急成長中の“健康増進”企業であるAdvancePCSから資金援助を受けた。この会社は、全米の顧客に薬局の収益管理および他の健康関連サービスを提供する会社である。

2001年に、同社のCenter for Work and Healthの研究者は、米国企業が負担している健康問題関連費用を算出するため、25,000名の成人を対象にした意欲的な全国調査を開始した。対象になったのは、無作為に選択した労働年齢の被験者で、就労者も失業中の者も含まれた。

調査への回答率は66%であったと報告された。この回答率から、サンプルの抽出によってバイアス(最も健康状態の悪い労働者を過剰に含むサンプルかもしれない)が生じた可能性は否定できないが、これは、この種の調査においては予想以上の回答率である。

15分間の面談調査と一連の質問表によって、被験者の直前2週間の健康状態を評価した。面談では、(1)職業および雇用状態、(2)健康状態の自己報告、(3)”job visualization(仕事の流れの可視化)”、(4)損失した生産時間(就労中および欠勤中)の自已報告、(5)QOL、(6)ライフスタイル因子、(7)人口統計学的特性、(8)給料の自己報告について調査した。

本調査では、生産性については直接検討しなかった。生産性の代わりに生産労働時間の損失の自已評価を調査した。Productivity Auditでは、被験者自身が評価した生産時間の損失を、回答者自身が報告した給料データを用いて、給料の損失額(非生産的な労働時間に対して支払われた賃金の額)に換算した。

研究者らは、彼らの無作為抽出サンプルの結果を用いて、全国の労働者に関する推計を行った。

著者らは、彼らのデータ収集プロセスを試験的に実行し、1ヵ所の職場における生産性損失の客観的測定値に照らして、研究方法の妥当性を検証した。

2つの研究

ここ数ヵ月間に、AdvancePCSの研究者は、American Productivity Auditに基づいた研究を2件発表した。Nina Ricci博士らによる1つ目の研究では、さまざまな疾患に関係した生産性損失額をpresenteeismとabsenteeismの両方について算出した(Ricci et al.,2002を参照)。

前述のように、この研究では、5つの一般的疾患、すなわち頭痛・疼痛、風邪・インフルエンザ、疲労感・うつ病、消化器系疾患、および関節炎によって、米国の雇用者において毎年1,800億ドル以上の損失が生じていることが明らかになった。

これらの疾患の中では、風邪・インフルエンザが最も高額(556億ドル)で、続いて頭痛(298億ドル)、うつ病・無気力(272億ドル)、腰痛(236億ドル)、関節炎(126億ドル)の順であった。

さまざまな報告によると、これらの損失額の約3分の2がpresenteeismに、3分の1がabsenteeismに関係していた。

疼痛性疾患

San Diegoで開催された第10回世界疼痛学会で発表された2番目の研究では、大規模調査の一部のデータを用いて、疼痛性疾患のみによる損失額を算出した。Walter Stewart博士らは、18〜65歳の雇用労働者13,254名と失業者856名を対象に研究を行った(Stewart et al.,2002を参照)。

聞き取り調査を受けた労働者が訴えた、頭痛および筋・骨格系疼痛の有病率は高かった。Stewart博士らによると、“完全雇用者においては、関節炎、腰痛、頭痛および他の筋・骨格系疾患の(年間)有病率は57%で、不完全雇用者においては59%、失業者においては63%であった”。

疾患のために生産性が低下した時間があった従業員(の割合)は、頭痛6.4%、腰痛3.4%、関節炎2.3%、および他の筋・骨格系疼痛が2.3%であった。

これらの疾患が原因となった1週間当たりの生産性損失時間は、関節炎5.9時間、腰痛5.8時間、頭痛3.6時間、および他の筋・骨格系疾患が6.6時間であった。

女性の38%および男性の28%が、仕事中に“体調が悪いと感じた”日が直前2週間に7日以上あったと報告した

衝撃的な結果

American Productivity Auditの結果は、一見、衝撃的である。しかし、それらは、ある程度は人間の状態を反映しているだけである。研究方法、自己報告に基づく健康状態の分類、および最終結果の精度について、批判する人がいるかもしれないが、それらは普遍的な真実を示している。不健康、身体の具合が悪い感じおよび不快感は、すべての年齢群および人生のあらゆる段階においてよくあることである。

この調査では、男性の70%以上、女性の80%以上が、聞き取り調査の直前2週間に少なくとも1回のエピソードまたは慢性疾患のエピソードを報告した。

調査の報告によると、女性の38%および男性の28%が、仕事中に“体調が悪いと感じた”日が直前2週間に1日以上あったと報告した。

調査によれば、米国の労働者は毎年、健康上の理由で、平均115時間の生産的労働時間を失っている。AdvancePCSによると、どの疾患についてみても、損失時間の70〜80%は、20〜30%の従業員に集中していた。

今後の研究のために協議すべきこと

前述のように、AmericmProductivi Auditの結論が正確だという可能性はある。しかし、この問題に関する他の論文で指摘されているように、生産性の研究については不確実な点が数多く存在する。

AdvmcePCSの著者らは、1ヵ所の職場において、結果の妥当性を実証していると報告した。仕事量の低下についての主観的評価が、1つの職場における客観的アウトプットと一致したからといって、それらが他の職場や他の設定にもあてはまるという保証はない。この調査や同様の調査の妥当性をはるかに広い範囲で検証する必要がある。

腰痛に関連する生産性損失についての今後の調査では、長期にわたって仕事の生産性を評価し、可能性のある多種多様な交絡変数について多変量解析において検討できるプロスペクティブ研究を行うことが重要である。

腰痛患者はしばしば、不健康から有害な社会心理学的状況まで、多種多様な問題やリスクファクターを訴える。生産性の損失が、腰痛そのものにどの程度関連するか、そして仕事への不満、仕事をコントロールできないこと、またはその他の身体的および心理社会的因子にどの程度関
連するか、明らかにすることが重要であろう。

参考文献:

Advance PCS, AdvancePCS study shows top health conditions cost employers $1 80 billion in lost productivity, BW Healthwire, June 5, 2002. 

Ricci JA et al., Indirect cost of episodic and chronic-episodic health conditions in the United 
States: Results from the American Productivity Audit, presented at the annual meeting of the International Society of Pharmacoeconomics, 2002; as yet unpublished. 

Stewart W et al., Work-related cost of pain in the United States: Results from the American Productivity Audit, presented at the 10th World Congress on Pain, San Diego; 2002; as yet unpublished. 


The BackLetter 17(10) : 109, 114, 116, 2002. I 

加茂整形外科医院