術前予測と術後アウトカム:Stanfbrd Universityから報告された相反する知見

Presurgical Expectations and Postsurgical Outcomes : Contradictory Findings From Stanford University


脊椎外科医のEugene Carragee博士とTodd Alamin博士は1990年代末より、手術後の患者の満足度の決定因子に関する研究を行ってきた。

この分野における有力な説のひとつに、手術アウトカムに対する満足度が高いかどうかは患者の治療前の目標が達成されるかどうかによる、という説がある。これは確かに合理的な考え方である。しかし、他の医療分野の科学的研究において、これらの因子の間に一貫した関連性は認められていない。

4つの異なる診断群に関する研究

最近、Carragee博士とAlamin博士は、4種類の診断群の患者について、別個の2つの研究を行った。3つの診断群においては治療前の目標と術後の満足度の間に密接な関係が認められたが、残りの1つの群ではそのような関係は認められなかった。症侯性の椎間板ヘルニア、不安定性を有する脊椎すべり症、および疼痛性の脊柱管狭窄という、3つの明白な診断群の患者においては、手術前の期待と長期アウトカムの間に一致を認めた。“これらの群における満足度は、術前目標の達成と密接に関連していました”と、Carragee博士は最近New Yorkで開催された国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会でのこれらの研究に関する討論の中で述べた。

しかし、議論のある椎間板起因の疼痛と考えられた慢性腰痛の患者については、意外な結果が得られた。“椎間板起因の固定術群の患者の場合、目標が達成されることはまれでした。それにもかかわらず、患者は治療に満足していると回答したのです”と、Carragee博士は付け加えた。

それではなぜ、患者は治療目標を達成できなかった脊椎手術に満足していたのだろうか。Carragee博士は、病気であるとの思い込みへの正当化、心理学的問題、および職業上のジレンマのような本研究では調査しなかった問題が、この食い違いの中心に存在する可
能性があると考えている。

除圧術を受ける患者の比較

最近New Yorkで開催されたISSLS会議で初めて発表された研究において、Carragee博士とAlamin博士は、脊椎の除圧術を受ける2つの群における手術前の期待と治療後の満足度を比較した。椎間板ヘルニアと坐骨神経痛を有する患者106例、および有痛性の脊柱管狭窄と神経性間欠肢行を有する患者62例であった(Carragee and Alamin, 2005を参照)。

1995年以降、Stanford UniversityのCarragee博士のクリニックでは、脊椎手術を受けるすべての患者に術前状態と手術への期待に関する質問用紙に記入するよう求めた。疼痛の尺度、機能的障害、薬剤の使用、心理状態、および就労状況に関する質問が含まれた。

患者に対して、手術から2年後の“最低限容認できる”と思われる具体的な治療アウトカムを明確に示すよう要請した。同じく、手術から2年後の“期待する"アウトカムを明確に示すことも求めた。

被験者の診断および治療について盲検化された評価者が、手術から2年以上経過した時点で追跡調査を行った。Carragee博士とAlamin博士は、期待するアウトカム、最低限容認できるアウトカム、客観的な治療経過、および治療アウトカムに対する総合的な満足度との相関を検討した。

患者の満足度は術前目標の達成と必ずしも関係しない

坐骨神経痛患者は期待度が高い

椎間板ヘルニアに関連する急性坐骨神経痛の患者は期待度が高かった。それらの患者の示した期待するアウトカムは、疼痛の大幅な緩和および腰痛による活動障害のほほ完全な消失であった。“椎間板切除術を受けるほとんどの患者が、通常の勤務に戻れると期待しており、手術後の活動障害を容認しようとした患者は非常に少数でした”とCarragee博士は述べた。

また、椎間板切除術を受ける患者は、最低限容認できるアウトカムについて高い基準を設定した。それらの患者は、10ポイントのビジュアルアナログ疼痛スケールで3.5ポイント以上の改善およびOswestry活動障害度スコアの20ポイント以上の改善を、最低限容認できるレベルだと考えていた。

脊柱管狭窄の患者は現実的であった

それに対して、脊柱管狭窄の患者は控えめな目標を設定していた。“それらの患者は坐骨神経痛の患者よりも悪いアウトカムを予測しており、より悪いアウトカムを受け入れていました”
とCarragee博士は述べた。

脊柱管狭窄の患者が最低限容認できるアウトカムとしたのは、10ポイント疼痛スケールで2.5ポイント以上の改善およびOswestry活動障害度スコアの15ポイントの改善であった。期待するアウトカムはこのレベルを少し上回っているだけてあった。

治療前目標を達成した患者は満足した

治療前目標の達成と術後の満足度の間には強い関連カ認められた。研究によると“両群とも、達成された機能的アウトカムと満足度の一致率は高かった”。

椎間板ヘルニアまたは脊柱管狭窄を有した患者のうち、最低限容認できるアウトカムを達成したのは、それぞれ78%および74%、期待するアウトカムを達成したのは、それぞれ68%および63%であった。

椎間板ヘルニアの患者は、最低限容認できるアウトカムまたは期待するアウトカムが達成されなければ満足はしていなかった。脊柱管狭窄を有する高齢患者は、治療前目標を達成できなかったことに対してより寛容であった。以前には“容認できない”としたレベルの術後疼痛があるにもかかわらず、長期治療アウトカムに満足していると回答した患者もみられた。

意外な結果ではない

ISSLS会議における本研究に関する討論の中で、ベルギーの整形外科医Marek Szpalski博士は、これらの結果は意外ではなかったと述べた。

“一方では、他に具合の悪いところのない急性坐骨神経痛の患者がいます。それらの患者は急性障害が治癒し通常の生活に戻ることを望んでいます。

また一方では、何年間も腰痛を患っており、おそらく痛みのない状態を思い出せない[脊柱管狭窄の]患者もいます。したがってそれらの患者は少し良くなるだけでもうれしく思うでしょう”と博士は述べた。

全体として本研究は、治療前の期待と術後の満足度との釣り合いを示した。“これらの群における満足度は、術前目標の達成と密接な関連がありました”と、Carragee博士は研究を総括
して述べた。

椎間板に起因する疼痛の患者は意外な結果

しかしCarragee博士とAlamin博士が行った他の2つの診断群に関する関連研究は、予測不可能なものであった(Carragee and Alamin,2003を参照)。博士らは、2003年に最初に発表した研
究において、脊椎固定術を受ける椎間板に起因する2つの診断群、すなわち不安定性の峡部脊椎すべり症に続発する坐骨神経痛の患者38例、および椎間板造影で確認された椎間板に起因すると推定された疼痛を有する患者38例における、治療前の期待と術後満足度を比較した。

前述の研究と同様、両群の患者は、期待する治療目標と最低限容認できる治療目標を手術の前に明確に定義した。

一致しない知見

“アウトカムに対する満足度は脊椎すべり症群においては術前の期待と相関しましたが、椎間板に起因する群においてはそうではありませんでした”と、Carragee博士はNew YorkのISSLS会議で述べた。2年後の追跡調査において、脊椎すべり症の群では、期待したアウトカムが達成された被験者が67%、最低限容認できるアウトカムが達成された被験者が79%、およびアウトカムに満足していると述べた被験者が81%を占めた。椎間板ヘルニア群および脊柱管狭窄群と同様に、長期経過観察時の術前目標の達成と満足感の間には強い相関が認められた。

しかし椎間板に起因する疼痛の患者1群の術後満足度は、先に述べた術前目標とは大きく異なっていた。期待したアウトカムが達成されたのは12%に過ぎず、最低限容認できるアウトカムが達成されたのは23%に過ぎなかったが、それでも69%の患者が2年後の追跡調査時にアウトカムに満足していた。心理測定学的スコアが異常であった患者、および労災補償を受けている患者は、期待と満足度の間の“食い違い”が最も大きかった。

椎間板に起因する疼痛の患者群で、術前に、状態がわずかに改善するだけでも満足するだろうと述べた患者はいなかった。それでも、目標が達成されなかった椎間板に起因する疼痛の患者群は、成功の判断基準をほとんどすべて達成した脊椎すべり症の患者と、ほぼ同じレベルの満足度であった。

満足度は術前目標と必ずしも関係しない

“患者の満足度は術前目標を達成することと必ずしも関係しません。必ずしも目標を達成しなければアウトカムに満足できないというわけではありません”とCarragee博士は述べた。

ISSLS会議における本研究に関する討論の中で、ひとりの出席者が、椎間板に起因する疼痛を有する患者は、立証されていない治療過程の他の側面に満足していた可能性があると示唆した。それらの患者が、自分の病態を真剣に受け止めてもらったという事実に対して、もしくは診断および治療の過程で病気であるとの思い込みまたは労災補償の状況が裏付けられたという事実に対して、肯定的な反応を示した可能性がある。

Carragee博士も“我々の評価尺度に含まれていないことがらに、それらの患者が満足していた可能性があります”と、同じ意見であった。

評価方法に問題があるのか?

Carragee博士は、評価方法それ自体にも問題がある可能性を示唆した。博士は、特定の腰痛疾患を有する患者は、正直に標準書式に記入するのを渋った可能性があることに言及した。“それらの期待の中には社会的に容認されないものもあるでしょう”と博士は指摘した。

博士は、長期の薬物治療の必要性を見込むことは社会的に容認されないだろうという意見を述べた。“私は仕事に戻る気は全くない、と言うのは、おそらく杜会的に容認されないでしょう”
とCarragee博士は述べた。

したがって、椎間板に起因する疼痛の患者群が回答した治療前の予測の中には、現実的ではなく患者の本当の意見を反映していないものが含まれていた可能性がある。

Carragee博士は、脊椎治療のアウトカムに対する患者の満足度を測定することは、見かけによらず複雑なテーマである、と指摘して発表を締めくくった。“患者の目標、期待、および満足
度は複雑な変数です”と博士は示唆した。これらの因子間の一致度は、診断、合併疾患、およびおそらく手術の侵襲度によっても異なる可能性がある。

これらの研究は、脊椎分野の研究者が、患者の満足度に影響する、様々な病態、治療、および患者群に関する因子について、より大局的な見方をする必要があることを示唆している。治療アウトカムに対する高い満足度に関連すると思われる因子を同定するための、より定性的な研究、および治療後の満足度に対する様々な影響の役割を検証できるプロスペクテイブ研究が必要であろう。

Carragee博士とAlamin博士による研究はすばらしい出発点となる。次の記事で論じているように、手の手術の分野における研究も、この研究目標の指針を提供するだろう(The BackLetter 20(8):93,95.2005.を参照)。

The BackLetter 20(8):91-93.2005.

加茂整形外科医院