慢性疼痛は癌および早期死亡のリスクを増加させるのか?

Does Chronic Pain Increase the Risk of Cancer and Premature Death? 


医学文献における複数の研究、および主要学会で報告された最新報告において、広範囲にわたる疼痛を有する患者や線維筋痛症の患者は、種々の癌およびその他の原因による早期死亡のリスクが高いことが示唆されている。

もしこれらの報告が間違いないことが証明されれば、慢性腰痛の患者の中にも、数は少ないが早期死亡のリスクが高い患者が含まれている可能性が高いだろう。慢性腰痛を訴える患者の約
3分の2には別の疼痛疾患も共存している(Von Korff et al.,2005を参照)。ある推計によると、腰痛のために医療機関を受診する患者の30%に、広範囲にわたる疼痛があるという。

疼痛と早期死亡との関連を調べた研究は、不安をかきたてられると同時に関心をそそられる。それらは一部の疼痛症侯群の患者が抱えている不安を確かに増大させ、その一方で、医師の関心をそそる。そして疫学者には複雑な研究課題を与える。

慎重に進め

しかし、この分野の著名な研究者は、医師も患者もこれらの知見に過剰反応してはならないと提言する。

“実施された研究の結果にはほとんど一貫性がみられない。死亡リスクの増加が認められる場合でも、比較的小さな、30%程度の[リスク]超過である”と、Gary J. MacFarlane博土は最近のレビューで述べている(MacParlane,2005を参照)。

そしてこれらの結果を相対死亡リスクとして表すことによって、それらのリスクが過度に脅迫的に感じられるのであろう。“絶対リスクはそれほど大きいものではなく、絶対リスクの方がはるかに重要である”と、Nortin M.Hadler博土はコメントしている。

例えば、ある研究では、広範囲にわたる疼痛を有する患者がその後10年以内に癌になるリスクは、べースラインで疼痛がなかった患者と比較して、実に50%も高かったことが明らかになった。しかし、見方を変えると、広範囲にわたる疼痛を有する患者のうち、10年以内に癌になるのは2.5%にすぎなかった(MacFarlane et al.,2001を参照)。

MacFarlane博士自身がイングランドで行った、よくデザインされた地域住民対象の2つのコホート研究は、広範囲にわたる慢性疼痛と早期死亡との関連、および早期死亡と種々の癌との関連について、これまでで最も強力なエビデンスを提供する(MacFarlane et al.,2001;MacFarlane et al.,2005を参照)。しかしこれらの研究によって最終的な結論を出すことはできないと、博士は
示唆する。

“現在のところ、2つの研究で同じ関連性が認められている。しかし、それらの研究は同じ種類の方法を用いて、同じ地域で実施されたものであった。我々は現在、その知見が再現可能かどうかを調べるため、欧州内の他の地域で研究を行っている”と、MacFarlane博士は最近、電子メールで論評した。

MacFarlane博土は、癌または他の致死的疾患につながる可能性のある、これらの症候群の基礎にある確かな生物学的メカニズムを、科学者らはまだ同定していないと述べている。“現時点
で、線維筋痛症[または広範囲にわたる慢性疼痛]自体が癌リスクの増大につながることを示唆する知見はない”と博土は論評した。

もし、これらの疼痛症候群と癌との間に関連があるとすれば、最大に見積っても、おそらくそれは、生活に混乱が生じその後の生活様式が変化することが原因であろうとMacFarlane博士は推
測する。早期死亡の一部は、運動をあまり行わずアルコール摂取量が多いといった、生活様式に関する因子によって生じた可能性があると、博士は推測している。しかし死亡パターンに適合
すると思われる説明が1つもないため、慢性疼痛と癌またはその他の原因による早期死亡との関連の可能性の問題について、盛んに議論が行われている。

エビデンスが最終的な性質のものではないことを考えて、MacFarlane博士はこれらの関連に関する議論を患者に知らせて警戒させることを勧めてはいない。“患者と有益な話し合いができる
ほど、所見またはメカニズムについて我々に確信があるとは思わない”と博士は主張した。しかし博士は、臨床医が広範囲にわたる疼痛または線維筋痛症の患者に健康的な生活様式を推奨するよう努力することを提言している。

イングランド北部の6569例の被験者に関する研究

原因については不確かであっても、広範囲にわたる疼痛と短命化との関連は無視し難い。MacFarlane博士らによる2001年の研究は、局部的な疼痛および広範囲にわたる疼痛を有する患者は早期死亡のリスクが高いという結論を出して、疼痛医療の世界を驚かせた。

博士とUniversity of Manchesterの研究者らは、イングランド北西部の6569例の被験者の疼痛の状態を記録し、その後9年間追跡調査した(MacFarlane et al.,2001を参照)。

研究者らは、“過去1ヵ月間に、1日以上続く疼痛を経験しましたか?”という簡単な質問を用いて疼痛の有病率を評価した。局部的な疼痛を、1カ所の解剖学的部位における症状と定義し
た。広範囲にわたる疼痛は、アメリカリウマチ学会の基準に基づいて、軸性症状に加えて身体の左右上下のうち左右対称の2つの部分に疼痛があることと定義した。

コホートの15%がべースラインで広範囲にわたる疼痛があると回答し、48%には局部的な疼痛があり、36%には疼痛がなかった。

べースラインで広範囲にわたる疼痛があると回答した被験者は、疼痛がないと回答した被験者よりも、経過観察期間中の死亡リスクが約30%高かった。局部的な疼痛のあった被験者は、経過
観察期間中の死亡リスクが20%高かった。

両群における死亡率の増加は、ほとんどが癌死によるものであるように思われた。疼痛患者においては、事故、自殺および暴力による死亡もわずかに増加した。

次に研究者らは同一コホートを対象に癌死との関連についてより詳しく調査するため、第2の研究を実施した。その結果、広範囲にわたる疼痛を有する患者における癌死の増加は、癌の発
生率の増加と、癌患者の生存率の低下(疼痛のない患者と比較して)の両方が原因であったことが明らかになった(McBeth et al.,2003を参照)。

べースラインで広範囲にわたる疼痛があると回答した被験者は、べースラインで疼痛がなかった被験者と比較して、経過観察期間中に癌が発生するリスクが約60%高く、この関連性は統計学的に有意であった。局部的な疼痛があると回答した被験者は、疼痛のなかった被験者と比較して、癌の発生率が約20%高かったが、この関連性は統計学的に有意ではなかった。

“発生率と生存率の両方に関して最も強力な関連が認められたのは、ホルモンに関連した癌、すなわち前立腺癌と女性の乳癌であり、消化器癌および肺癌についてはその影響は小さかった”と筆頭著者のJohn McBeth博士らは述べている。

これらの研究者らが行ったもう1つのコホート研究でも、広範囲にわたる疼痛、癌および早期死亡との関連を示すエビデンスが得られている。2005年の米国リウマチ学会年次総会で、MacFarlane博士らは1996年に開始した、イングランド北部の成人4515例を対象にしたプロスペクテイブコホート研究について報告した(MacFarlane et al.,2005を参照)。被験者は一性別と年齢によって分類された。

この研究では、局部的な疼痛と広範囲にわたる疼痛について、前述のコホート研究とは異なる定義を用いた。疼痛を、“頸、背中、肩、肘、手、膝、および股関節部のいずれかの部位にお
いて1週間以上持続するもの”と、より厳密に定義した。被験者が6ヵ所以上の部位に疼痛があると回答した場合を“広範囲にわたる疼痛”があると定義した。

これらの基準に基づいて、新たに発表されたコホート研究の被験者の19%が1ヵ所以上の解剖学的部位に疼痛があり、1.2%が広範囲にわたる疼痛の基準を満たした。

この場合も、広範囲にわたる疼痛、癌、および早期死亡の間には、強力な関連が認められた。広範囲にわたる疼痛を有した被験者は、疼痛がなかった被験者と比較して、9年問の経過観察
期間中に死亡するリスクがおよそ2倍であった。死亡率の増加は主として、癌および心血管疾患と関連があった。

MacFarlane博士らによると、“本研究は、広範囲にわたる疼痛を有する患者は癌死のリスクが増加しているという、以前の観察結果を支持する”という。その他の多数の研究において、広範囲にわたる疼痛または線維筋痛症が早期死亡の予測因子であるという仮説を、ある程度支持する知見が得られている(これらの研究の詳細についてはMacFarlane,2005を参照)。

疼痛による短命化?

それでは、広範囲にわたる慢性疼痛およびそれに付随する苦痛が、寿命を縮める可能性があるという前提は妥当なのだろうか?直接的なエビデンスは限られている。しかし、厄介な自覚症
状が短命化を十分助長する可能性があることを示唆する、様々な間接的エビデンスが存在する。

例えば、生命に係わる疾患の存在について調整した後でも、自己評価した健康状態不良は死亡の強力な予測因子であることが多数の医学研究において実証されている。そして1993年のフィ
ンランドの研究によると、慢性疼痛の存在は自己評価した健康状態不良の有意な予測因子である(Mänttselkä et al.,2003を参照)。したがって、慢性疼痛が死亡率に影響すると推測しても、そ
れほど飛躍しすぎてはいない。

広範囲にわたる疼痛および/または線維筋痛症の患者は、自分が不健康だと考えていることが多いという点には、議論の余地がない。Hadler博士とSusan Greenhalgh博士は、Spine誌における最近の論説で、気分がすぐれないことがこれらの疾患の特徴であると指摘した。“長患いの患者は社会経済的に弱い立場に陥っている可能性が高く、不満や不安を感じ、筋骨格系以外の病気もある証拠だと患者が思い込むような症状が現れやすい”(Hadler and Greenhalgh,2005を参照)。

地域住民を対象にした研究において、広範囲にわたる疼痛を有する患者には多くの併存疾患があり、医療サービスの利用が多いことが確認されている。英国で行われた研究において、
Umesh T.Kadam博士らは、National Health Serviceの加入者2600名について研究を行った。被験者の8%がべースラインで広範囲にわたる慢性疼痛があると回答した。これらの被験者は3年間の追跡調査期間中の、筋骨格系障害による受診率が高かっただけでなく、事故、精神衛生疾患、皮膚疾患、感染、尿生殖器疾患、内分泌疾患、神経疾患、心血管系疾患、および胃腸症状による受診率も高かった(Kadam et al.,2005を参照)。

死亡率に対する疼痛の直接的な影響を注意深く調査した研究は比較的少ない。フィンランドの地域住民を対象にした最近の研究では、一般集団から選択した2000例の被験者(平均年齢55歳)に対して、健康状態、疼痛、および自己評価した活動障害度に関して質問を行った。Theodore Pincus博士らによると、“疼痛スコア[100ポイント疼痛スケールで40以上]は、年齢、性別、およびその後5年間の疾患に関係なく、死亡率の有意な予測因子であった”。本研究において、自己報告に基づく健康状態と、Health Assessment Questionnaireで測定した活動障害度は、疼痛よりもさらに強力な死亡率の予測因子であった。

次に研究者らは、特定の疾患に関する疼痛スコアを調査した。自己報告に基づく変形性関節症(OA)と100ポイント中40ポイントを超える疼痛スコアを有した被験者の死亡率は、OAを有し疼痛スコアが4以下であった被験者の5倍に近かった。高い疼痛スコアと心疾患を報告したOA患者は、死亡リスクが9倍に増加していた(Pincus,2005を参照)。

健康に関する愁訴の数および広がりが、死亡率に影響するように思われる。したがって、併存疾患の存在が重要因子である可能性がある。

米国で最近行われた研究は、この考え方を支持する。Michale C.Sha博士らは、プライマリーケア診療所の3498例の高齢被験者(平均年齢69歳)を対象とした研究を行い、筋骨格系疼痛、疲労、腰痛、息切れ、睡眠障害、消化不良、便秘または下痢、めまい、動悸、胃痛、および胸痛を含む身体症状の総合スコアが、翌年の入院および死亡率の予測因子であったことを見出した。臨床特性、慢性疾患、健康状態の自己評価、および心理学的問題について調整した後でも、症状の数が高いほど死亡率が高かった(Sha et al.,2005を参照)。

この研究については、“それでは死亡率と腰痛の場合はどうなのか?(The BackLetter 20(12):141.2005.)”というコラムおよび“慢性疼痛はいかにして癌につながるのだろうか?”(TheBackLetter20(12):142.2005.)という記事も参照されたい。

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