脊椎固定術は“お買い得”か?

Is Spinal Fusion a "Good Buy?" 


脊椎手術は患者の恩恵の面でも医療費の面でも、他の部位の整形外科手術に匹敵しなければならないと脊椎分野の評論家が指摘している。固定術は、前進する医療の中で最も普及している2種類の手術、すなわち膝関節置換術および股関節置換術と対等にならなければならないとも指摘している。これは難しい注文である。

しかし最近の費用対効果分析では、変性性椎間板疾患に対する脊椎固定術によって得られる総合的な健康上の利点は、膝関節置換術、股関節置換術、および冠動脈バイパス手術とほぼ同程度であるという、驚くべき結論に達した。そして脊椎固定術は医療費支出1ドルあたりの利点からみて、有利な投資であるという結論も得られた。

「我々が健康上の恩恵を受けることを“お買い得”と定義していることを、どうぞ覚えておいてください」と筆頭著者のDavid Polly博士は、フィラデルフィアで開催された北米脊椎学会(NASS)の年次総会で新規研究を発表した際に述べた。

人工膝関節全置換術、人工股関節全置換術、および冠動脈バイパス手術は、疼痛および機能障害が長期にわたり大幅に改善することから考えて、お買い得であると博士は示唆した。

「この大規模コホート研究によって明らかになったことは、脊椎固定術がこれらの手術と同レベルの疼痛および機能の改善をもたらすということです」と、Polly博士は述べた(Polly et al.,2005を参照)。

この研究は、脊椎用の機器(device)の製造業者であるミネアポリスのMedtronic Inc.社による支援を受けて行われ、同社は投資家および報道関係者向けの資料で結果を公表した。“Medtronic Inc.社は本日、腰椎手術の有効性に関する最新の研究において、他の種類のインプラント手術と同等またはそれ以上のアウトカムおよび費用対効果比が認められたことをご報告いたします”
と、同社は、広く配布された発表資料で述べている(Medtronic,2005を参照)。

関心をそそる結論

変性性椎間板疾患および/または椎間板に起因する疼痛の治療のための脊椎固定術を巡って、現在否定的な報道が増えていることを考えると、これは関心をそそる結論である。いくつかの最新レビューおよびガイドラインでは、変性性椎間板疾患に対する脊椎固定術の効果は確かだとは言い難く、より多くの科学的研究の結果が出るまで使用を制限すべきであると結論づけてい
る(Deyo et al.,2004; van Tulder et al.,2004を参照)。BMJの最近の論説では、変性性椎間板疾患や非特異的腰痛に対する脊椎固定術は、試験段階の治療とみなすべきであると示唆したほどであった(Koes et al.,2005を参照)。

脊椎固定術の経済的影響に関する体系的レビュー

腰椎固定術の経済的評価に関する最近の体系的レビューにおいて、既存の研究には限界および欠陥があることが明らかになった。“腰椎固定術の経済的評価における方法論の質は改善の可能性が大いにあり、さらに研究を進めることが絶対に必要である”と、健康経済学者のRikki Soegaard博士と脊椎外科医のFinn Christensen博士は強調した。

しかし、費用対効果のエビデンスが不足しているのは脊椎固定術だけではないことを理解することも重要である。Simon Dagemis博士らがSpine Journalの最近の総説で言及しているように、“確実性の程度に関わらずいかなる脊椎治療についても、費用対効果という用語を適用するのは現時点では時期尚早である”(Dagenais et al.,2005を参照)。

しかしながらこれは極めて重要な研究領域である。米国では、脊椎手術を含めた新しい医療技術が医療費の高騰に油を注ぎ耐えられないほどになって、メディケアは徐々に破綻しつつある。いくつかの大手企業が医療給付債務を削減するため、破産手続きに入っている。マネージドケア組織およびその他の医療保障システムが、脊椎手術に厳密な制限を設け始めている。したが
って、まず大手術の費用対効果を実証することが絶対に必要なのである。その結果、脊椎分野のすべての関係者が経済的評価法に精通するようにならなければならない。(編集者注:この分野の背景情報については、Dagenais et al、,2005;Johnson,2005;Soegaard and Christensen,2005;およびvan der Roer et al.,2006を参照)。

よく知られているメッセージ

NASS学会でPolly博士らによる新規研究には非常に大きな関心が集まった。明らかに、この研究は脊椎外科医で満員の会場に朗報を届け、脊椎固定術の否定的な位置付けへの対抗策として歓迎された。

「非常にすばらしい研究をなさったことに敬意を表します」と研究発表後の討論で、出席者の一人がPolly博士に言った。

この外科医は、EBMの主唱者らが、この研究の結論を批判するのは難しいだろうと示唆した。「私はEBMの指導者に、なぜこの論文が脊椎固定術を支持する強力なエビデンスではないのか説明してくれ、と言いたいです」と外科医は述べた。

「BBMの主唱者」は誰もこの挑戦を受けて立とうとはしなかった。しかし、EBMの主唱者の答えは明確であると思われる。その一例について後述する。

よく行われる手術形式の比較

新規コホート研究の目的は、1椎間の腰椎固定術後の臨床経過を、股関節置換術、膝関節置換術、および冠動脈バイパス手術後の治療による利益と比較すること、およびそれらの利益を得るのに要する費用を比較することであった。Polly博士らはSF-36身体的健康度(physical component scale:PCS)を健康改善のバロメータにしたが、それはこの尺度が4種類のすべての手術に関する研究においてしばしば使用されているからであった。

研究者らは、これらの手術の費用を狭い範囲に限定した推測値である治療および医療機関の費用(メディケアおよびすべての支払い機関の費用償還データに基づく)から、外科医の手当ておよびリハビリテーション費用を差し引いた推測値を用いた。費用推測値は、SF-36のPCS尺度における変化に関して臨床的に重要な最小限の差を生じるための費用に限定した。

(編集者注1:手術の経済的評価の多くは、脊椎治療の費用を本研究よりもはるかに広い範囲で捉えており、社会的な観点から、手術前治療;治療;および手術費用、リハビリテーション、医療設備の長期利用を含む病院の費用、同じく欠勤、生産性損失、ならびに障害手当金および社会保障費まで含めている)

現在までで最大規模の固定術患者コホート

腰椎固定術の影響を評価するため、polly博士らは現在までで最大規模の固定術患者コホートを集めた:11のプロスペクテイブ多施設共同無作為比較研究(RCT)から1,826例の被験者が選ばれた。

Polly博士らはこれらの研究の参考文献を示していなかったが、すべて企業が支援しFDAが管理した“治験医療機器適用免除”(investigational device exemption: IDE)研究のようであり、骨増殖因子を使用または使用しない多様な脊椎インプラントまたはインストルメンテーションを含む固定術に関するものであった。

研究者らはこれら1,826例の患者の1年および2年後の結果を、股関節置換術、膝関節置換術および冠動脈バイパス置換術を受けた様々な患者コホートの1年後の結果と比較した。3種類の手術(股関節置換術、膝関節置換術および冠動脈バイパス置換術)に関するデータは、研究発表の際に提示された参考文献をみると、IDE研究ではなく地域住民を対象にしたアウトカム研究によるものと考えられた。

腰椎固定術には同等の利点あり

この研究から、腰椎固定術は他の手術に十分匹敵したといえる。“腰椎固定術は、改善しないにしても、[膝関節全置換術]および[冠動脈バイパス手術]と比較しても同等以上のPCS上の利点をもたらし、[人工股関節全置換術]と同等の利点をもたらす”と、著者らは結論づけた。

費用をPCS上の利点で割り算したとき、脊椎固定術は冠動脈バイパス手術よりも優れており、膝関節全置換術とは同等で、股関節置換術よりもわずかに劣っていた。“利点あたりに換算した腰椎固定術の費用は、よく受け入れられている他の医療行為とまさに同等である”とPolly博士らは結論づけた。

では、EBMの主唱者の意見は?

では、なぜ、“EBMの主唱者”が、この研究の総合的な結論に異論を唱える可能性があるのだろうか?その答えは簡単である。いかなる形の手術でもお買い得になるには、重大な健康上の利点をもたらさなければならないだけでなく、保存療法よりも大きな利点をもたらし疾患の自然経過よりも優っていなければならない。変性性椎間板疾患に対する脊椎固定術の場合、いずれの点についても、それを証明する説得力のあるエビデンスがない。

慢性腰痛および椎間板変性の治療に関して脊椎固定術を保存療法と比較したRCTは、現在までに4研究ある。3研究では、脊椎固定術には集中的リハビリテーションプログラムを上回る臨床的に意味のある利点はないとの結論に達した(Brox et al.[a],2003;Brox et al.[b],2003;Fairbank et all.,2005を参照)。4番目の研究では、脊椎固定術が2年後の経過観察時点で非特異的理学療法
よりも優っていたことが明らかになった(Fritzell et al.,2001を参照)。しかし、2年後の経過観察から、平均6.5年後の中期経過観察までのいずれかの時点で、利点は消失した(Fritzell et al.[a], 2004を参照)。

これらの研究から、脊椎固定術が保存療法よりも優れているという結論に達することはできないだろう。スウェーデンおよび英国のRCTに基づく2つの正式な費用対効果分析が、この結論に重みを加える。どちらの研究でも脊椎固定術の費用対効果が保存療法よりも優れていたというエビデンスは見出されなかった(Fritzell et al.[b],2004;Rivero-Arias,2005を参照)。

脊椎固定術によって変性性椎間板疾患の自然経過が改善することを示す知見も、現在までの臨床試験で得られていない。椎間板変性の自然経過は十分に理解されておらず、個々の患者における複雑さと多様性のため、科学的研究でこの問題にどのように取り組んだらよいのかさえ明らかではない。

それらの群は同等なのか?

Polly博士らによる新規研究のその他の複数の側面に関して、EBMの主唱者が難色を示す可能性がある。新規研究の解釈を複雑化する可能性のある1つの問題は、患者群の比較可能性に関係する。

前述のように、固定術の患者は企業が支援しFDAが管理したIDE研究から、対照群の患者は地域住民を対象にした研究から選ばれたようだ。これでは、リンゴとミカンのように比較できないものを比較している可能性がある。あるいは少なくとも様々な種類のリンゴを比較している可能性がある。

FDAが管理したIDE研究の患者コホートは、多くの場合、注意深く管理された臨床条件下で、その国で最も優れた外科医による治療を受けた、厳しい条件をつけて選択された患者である。IDE研究の条件下ではなく地域医療機関において手術が行われる場合には、報告された有効性が大幅に低下することが時々ある。本研究は、最適条件下で行われた脊椎固定術と、理想的とは言いがたい環境下で行われた他の3種類の手術の成績を調査した可能性がある。今後の研究においては、脊椎固定術患者のコホートを、IDE研究からではなく地域住民を対象にした研究から選んだ方がよいだろう。

もう1つの問題は、潜在的な商業的バイアスに関係する。この問題に言及するからといって、評判の良い会社であるMedtronic社、または全員が世界的に認められた外科医である研究者らに対する敬意を欠いているわけではない。しかし、新しい治療法をFDA承認プロセスにそって導くために計画された企業が支援した研究では、問題になっている治療の最終的な有効性について
不完全なことしかわからないという認識が脊椎分野内で広まりつつある。脊椎の雑誌の論文でしばしば言及されているように、企業が支援した研究において、肯定的なアウトカムの非現実的パターンが明らかになっている。

したがってこの種の研究を再現しようとするなら、商業的な影響とは無関係な地域住民を対象にした研究の被験者が含まれなければならないだろう。(編集者注:残念ながら、脊椎固定術に関する独立した研究からこの規模のコホートを集めるのは現時点では不可能だろう)。

もう1つの重要な問題が、この研究における比較に影響を及ぼしている可能性がある。新規研究では4種類の手術の結果を比較する際に年齢が異なり、おそらくは合併症のレベルも異なる被験者を比較している。このため、この解析ではまったく予測のつかないことが起こる可能性がある。

Polly博士らの研究における固定術患者の平均年齢はおよそ45歳であった。研究者らは、膝、股関節およびバイパス手術群の患者の平均年齢を報告していない。しかしこれらの手術の研究は、平均年齢65歳以上の患者が対象になることが多い。したがって、年齢と合併症が交絡因子である可能性が考えられる。著者らが発表論文でこの問題をどのように扱うのか興味深い。

これとは別の潜在的な懸念事項も存在する。膝および股関節置換術の主要なセールスポイントの1つは、手術の効果が長持ちし、10〜15年間の長期アウトカムが安定しており、再手術率が比較的低いことである。

脊椎固定術がこれらの手術と対等になるためには、同様の永続的な結果を提供する必要があるだろう。4種類の手術の短期アウトカムに関する研究は、それらの長期利点、またはそれらの手術がどの程度お買い得の治療であるかを十分に示していないのかもしれない。

しかし批判される可能性があるにもかかわらず、著者らがこれらの手術の経済分析を試みたことは賞賛に値する。先に述べたように、これは脊椎研究における非常に重要な分野である。もしこの研究がきっかけとなって、これらの手術の相対的利点、および費用対効果を研究する最良の方法に関する議論が活性化されるなら、それは一歩前進である。

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加茂整形外科医院