腰痛と肥満:科学的エビデンスと医療関係者の見解には相違がある?

Back Pain and Obesity: Disparity Between the Scientific Evidence 
and the Views of Health Care Providers? 


本稿は2部構成の記事の第1部である。

北米脊椎学会(NASS)は最近、肥満が脊椎疾患および腰痛に関して重要な役割を果たしていることを示唆するキャンペーンを開始した。“背中の重荷を下ろせ(Take a Load Off Your Back)”と名づけられたこのキャンペーンは“肥満が米国人の脊椎を弱らせている”ことに人々の注目を集めることが狙いである(NASS,2005を参照)。

キャンペーンによって、この分野の研究に拍車がかかることも期待されている。腰痛および肥満に関する科学的エビデンスと、多くの医療関係者の見解の間には相違があるように思われる。

医師や療法士が患者に、肥満は腰痛の原因となり体重増加は症状を悪化させると説明するのは珍しいことではない。減量すれば疼痛が緩和し標準体重を維持すれば将来脊椎疾患になるのを予防できると、患者に助言する医師もいる。

しかし既存の疫学的エビデンスから、肥満と腰痛との明らかな因果関係は実証されていない。生体力学的エビデンスは不完全であり決定的ではない。

減量によって腰痛が緩和される、または再発が減ることを示す対照比較研究は存在しない。そして、標準体重を維持することが腰痛予防になるというエビデンスはわずかしかない。

肥満が腰痛患者によくみられる併存所見であるという説得力のあるエビデンスは確かに存在する。そして、肥満した患者は標準体重の患者よりも初診時の健康状態が悪いことが多いという説得力のあるエビデンスも確かに存在する。しかし、体重増加が腰痛治療アウトカムの強力な予測因子であることは証明されていない。

これらの事実を列挙したところで、肥満が人間の健康に及ぼす影響が小さくなるわけではない。肥満、特に重度の肥満によって、心血管疾患、脳卒中、糖尿病、一部の癌、そしておそらくは早死にのリスクすら上昇するという説得力のあるエビデンスが存在する。肥満は、一部の荷重関節(例えば膝)、さらにはもしかすると非荷重関節の変形性関節症を含む多様な筋骨格系障害の一因となる。

肥満者が減量するのには多くの理由がある。しかし既存の科学的エビデンスに基づいて、腰痛が一番重要な理由であるようには思われない。

肥満の増加

しかしこのことは、今後の脊椎医学において重大な研究課題になるだろう。先進国でも途上国でも肥満が増えている。いくつかの点で、体重増加が脊椎の健康を含めた健康に及ぼす影響に関する壮大な自然実験が世界中で進行している。

万一、肥満が脊椎変性および腰痛の原因であると証明されるようなことがあれば、全世界の脊椎疾患の有病率は今後10年間に著しく上昇する可能性がある。

現在、米国では住民のおよそ65%が肥満指数(BMI)が25を超える体重超過、30%がBMIが30を超える肥満症、5%近くがBMIが40を超える病的肥満である。過去10年間に米国における肥満の有病率は50%上昇し、中でも病的肥満または重度の肥満が最大の増加を示した。

米国は成人人口に占める肥満者の割合が最大の国であり、メキシコ(24%)および英国(23%)がそれに続く。しかし他の諸国も追いつき始めている。そして、肥満の有病率は途上国でも、特に都市部において上昇中である。現在地球上では、約10億人が体重超過であり約3億人が肥満症である。

脊椎専門医の調査

NASSのキャンペーンは、2005年3月に行われた3,900名のNASS会員の調査によって促された。NASSプレスリリースによると、421名の脊椎専門医が調査に回答した。これらの臨床医は日常診療において肥満患者が増加していると回答した。

“脊椎関連疾患の治療を受ける肥満患者の数は増加傾向にあり、わずか5年前から67%近く増加したことが調査によって明らかになった。NASSの調査によると、回答者の診察患者の44%が肥満しているという。

NASS調査の回答者らは、その関連性の本質は明らかではないが肥満と腰痛の間には強い関連があると考えていた。

プレスリリースによると、“驚いたことに、調査した脊椎専門医の87%が肥満が腰痛において重要な役割を果たしているという意見に同意している。調査した脊椎専門医の大多数(94%)は、肥満患者の治療選択肢として減量を勧めていると回答し、55%は減量した患者の経過観察治療において減量の直接的な結果として患者の症状の著しい改善を認めていた”という。

NASSプレスリリースは、肥満が、変性性椎間板疾患、椎間板ヘルニア、脊椎分離症、脊椎すべり症、および脊柱管狭窄を含む複数の脊椎疾患の発現に潜在的に寄与していると示唆した。

身体を弱らせる可能性のある肥満の影響を抑えるため、NASSは患者および一般の人々が理想体重プラス10%以内に留まるよう試みることを推奨している。体重超過の人々は食事と運動を組み合わせて標準体重に近づくよう試みるべきだと、同学会は提唱している。

NASSプレスリリースは、肥満が腰痛の直接的な原因であるとまでは言わなかった。“肥満と腰痛には因果関係があるというエビデンスは文献からは得られないが、道理から言っても生体力学からも、過剰な体重が損傷または変性した脊椎へのさらなるストレス因子となり、症状を悪化させる可能性があると考えられる”と、NASSの報道責任者Phyllis J.Anderson博士は述べている。

北米脊椎学会の副会長であるMarshfield Clinic(ウィスコンシン州)のTom Faciszewski博士は、脊椎医療の展望における重要な変化と思われることに人々の注意を引きつけることが、NASSキャンペーンの狙いであると述べている。腰痛のため脊椎クリニックを受診する肥満患者の数は驚
くほど急増していると博士は報告している。「我々の学会の会員は問題があることに気づいています。この問題の本質は明らかではありません」と博士は述べている。肥満は腰痛の原因、増悪因子、または併存所見である可能性が考えられると博士は述べている。しかし、肥満がますます増加していることを考えると、脊椎治療に携わる人々はできるだけ早くこの問題に真剣に取り組
むべきである。「さらなる研究の必要性がある」と、Faciszewski博士は述べている。

直感的な認識

肥満が、一般的な腰痛疾患の重要な原因かもしれないというのは、多くの点で直感的な認識である。極度の病的肥満が健康を増進する身体活動をほとんど不可能にすることによって脊椎に害を及ぼすということに、疑問を呈する人はほとんどいないだろう。脊椎の硬組織も軟部親織もすべて、健康であり続けるためには動かす必要がある。

そして軽度から中等度の肥満でも、姿勢および正常な生体力学的機能を変化させ、圧追病変および潜在的な不安定性にストレスをかけ、他の疼痛発生源を刺激することによって、悪影響を及ぼす可能性があるというのは、筋が通っているようにも思われる。

すでに述べたように、肥満は腰痛および脊椎の健康に多様な形で影響を及ぼすことがあり、肥満が原因として作用する可能性がある。また、肥満が腰痛の再発を増やす、または慢性症状の発現につながることがあり、体重超過が、正常な機能および活動を妨げることによって腰痛を悪化させる可能性がある。もしくは単に他の健康上の愁訴に対処する能力を低下させる併存所見として、肥満が腰痛患者に影響を及ぼす可能性がある。同じくこれらのことはそれほど議論されることがないが、肥満は腰痛と一貫した関連がないという可能性もある。

疫学的エビデンスはどうなのか?

体重超過と腰痛に関する最もしっかりしたエビデンスは疫学研究から得られたものである。これまでこの分野において多数の研究が行われており、横断的研究と縦断的研究の両面から検討がなされている。総合的にみてエビデンスは相反している。肥満と腰痛との明らかな因果関係は実証されていない。

この多数のエビデンスの解釈は様々である。腰痛の疫学に関する最近の論文で、英国のKeele UniversityのKate M.Dunn博士とPeter Croft博士は、横断的研究およびプロスペクテイブ研究の両方において腰痛との関連が認められている複数の個人的、生活習慣および社会人口統計学的特性の1つとして、肥満指数の上昇を挙げている。

Dunn博士とCroft博士は、これらの特性に関するエビデンスをどのように解釈すべきかとの論争があると指摘する。しかし一般的に、それらの特性は“腰痛の増悪、慢性化および再発の起こりやすさを助長する可能性があり、一般集団における腰痛の関与因子を明らかにした”と研究者はいう(Dunn and Croft.2004を参照)。

Kim Burton博士とGordon Waddell博士は、腰痛の予防および治療に関する国内および国際ガイドラインの作成に参加することで科学的エビデンスのレビューに何度も携わってきた。博士らは最近The Back Pain Revolutionの第2版において、このエビデンスについて懐疑的な見解を示した。

腰痛と体格の関連づけに関して多くの臨床的神話がある。医師および療法士は、肥満、高身長または脚長差のせいにしてしまった。世間一般の考えとは異なり、ほとんどの研究において、たとえ肥満の場合でも体重による違いはそれほど大きくないことが認められている”。Burton博士とWaddell博士によると、このエビデンスは、これら体質的な側面は腰痛またはその因果関係にとって有意な危険因子ではないことを示唆する(Burton and Waddell,2004)という。

体重と腰痛に関するエビデンスの最も包括的なレビューを行ったのは、デンマークの疫学者Charlotte LeBoeuf-Yde博士である。博士は体重と腰痛に関する65の疫学研究の体系的レビューを2000年に発表した(LeBoeuf-Yde,2000を参照)。

全体で65の疫学研究のうち、体重超過と腰痛との正の相関を報告したものは32%に過ぎなかった。

Leboeuf-Yde博士はこのレビューの一環として、合計100,000例を超える被験者が含まれる8つの大規模な地域住民対象研究のサブグループについて検討した。

Leboeuf-Yde博士は、体重増加と腰痛の間に因果関係があるかどうかを検討するため、因果関係に関する4項目のBradford-Hill基準を地域住民対象研究に適用した。それらの基準とは;(1)関連の強さ;(2)用量ー反応関係(すなわち体重増加と共に腰痛の有病率が上昇するかどうか);(3)時間的関連(体重増加は症状発現より前か);および(4)症状の可逆性(体重減少と共に腰痛が軽減するかどうか)であった。

これらの研究から因果関係を示すエビデンスは得られなかった。腰痛と体重増加との関連は弱く、体重増加と腰痛の有病率の関係には相反するエビデンスが存在し、ほとんどの研究において体重増加と症状発現の時問的関連は報告されなかった。そしてこれらの研究において可逆性に関するエビデンスは得られなかった。

“エビデンス不足のため体重は潜在的な弱いリスク指標とみなすべきであるが、これが腰痛の真の原因かどうかを評価するにはデータが不十分である”と博士は結論づけた(Leboeuf-Yde,2000を参照)。

最近行われたレビューにおいてLeboeuf-Yde博士は、体系的な文献レビュー、疫学研究およぴ双生児に関する地域住民対象の遺伝学研究に基づいて、青少年および成人における肥満と腰痛の関連を検討した。博士は両方の年齢群において肥満と腰痛との関連を見出したが、用量反応相関は認められなかった。また遺伝子の影響をコントロールすることのできた双生児研究では、体重増加と腰痛との関連は認められなかった(Leboeuf-Yde,2004を参照)。

肥満と画像上の異常との関連はどうなのか?

肥満と画像上の脊椎の異常(骨棘症、椎間板変性、椎間板ヘルニア、全般的な脊椎変性、および脊柱管狭窄)との関連に関するエビデンスが存在する。

しかしこれらの多くの異常に関するエビデンスは相反しているか、または画像上の異常と腰痛症状との関連には一貫性がみられない。

肥満と変性性変化の間に一貫性のある関連が存在する場合、これらの異常の複雑な病因を考えると、画像上の異常も複雑なものである可能性が高い。

Finnish Institute of Occupational HealthのM. Liuke博士らによる最近の研究では、129名の勤労中年男性の腰椎をべースラインおよび4年後の経過観察時にMRIを用いて検査した。全体的にみて、博士らは持続的体重増加(BMIが25kg/m2以上)と髄核信号強度の低下および加齢によるグラディエントの兆侯のみられる腰椎椎間板の数との間に関連を見出した。Liuke博士らによると
“若年時の体重超過〔リスク比(RR)3.8;95%信頼区間1.4-10.4〕は、中年時の体重超過(RR1.3;95%信頼区間O.7-2.7)と比較して、経過観察中の変性椎間板の数の増加の強力な予測因子であった”(Liuke et al.,2005を参照)という。

しかし、より規模の小さなプロスペクティブ研究では、体重とMRI上の椎間板変性の進行の間に関連は見出されなかった(Elfering et al.,2002を参照)。そして髄核信号強度の低下そのものと腰痛との関連は不確かである。

体重増加と椎間板変性との関連に関する科学的研究で相反するエビデンスが得られたことは、肥満が重大な臨床的問題であるのは遺伝と環境との相互作用によってはっきり識別できるサブグループのみである、というしるしかもしれない。そして、特定の遺伝子多型性によって、一部の肥満者は特に椎間板変性になりやすい可能性があるという中間報告がある(Solovieva et al.,2005を参照)。

生体力学的研究によるエビデンスはどうなのか?

肥満が腰痛の重要な原因であるという仮説を支持する人も否定する人も、生体力学的研究の中にそれらの見解を支持する間接的エビデンスを見出すだろう。しかし一般的に、生体力学の文献によってこの問題に関する最終的な答えが出るようには思われない。腰痛の危険因子に関する多くのレビューはこの文献を完全に見過ごしている。

過剰な体重がいかにして脊椎に影響を及ぼすかについての研究は不足しているようである。特に、様々な形の肥満が特定の構造に及ぼす影響のモデルを作成し実際の問題に答えを出すことのできる研究が必要である。

リンゴ型肥満と洋ナシ型肥満では、脊椎の負荷にどのような差があるのだろうか?肥満の持続期間が脊椎変性の進行にどのような影響を及ぼすのだろうか?軽度の体重超過が悪影響を及ぼす可能性のある構造はどこだろうか?そして過剰な体重による負荷が、良い影響を及ぼす可能性のある脊椎の解剖学的構造は、骨、靭帯、筋肉のどれだろうか?

生体力学の研究者Michael Adms博士および同僚のNikolai Bogduk博士、Kim Burton博士およびPatricia Dolan博士は、最近、腰痛の生体力学に関する臨床医向けの本を執筆し、現在第2版の制作中である(Adams et al.,2002を参照)。

脊椎の文献を調査した人々が気づいているように、これらの著者は論争の問題を扱う勇気がなかったわけではない。脊椎の負荷、損傷、および凌性の生体力学に関する広範な章が含まれている同書において、著者らは肥満の生体力学的影響については章を設けないことを選択した。しかし著者らは、この分野における疫学的エビデンスに一貫性がないことを指摘している。

“文献の中に説得力のあるエビデンスがそれほど多くみつからなかったため、我々は体重の生体力学的影響については扱わなかった”と、University of Huddersfieldの脊椎研究部門の部長でありClinical Biomechmics誌の編集主幹である共著者のBurton博土は述べている。“科学的な観点から、他の分野の研究ははるかに進展している”。

“私は、肥満が腰痛の発現に生体力学的影響を及ぼす可能性があることを認める。しかし、生体力学的エビデンスを収集して疫学的エビデンスと照合しなければならない。そして少なくとも現在までの研究によれば、疫学的エビデンスは、肥満は全体の中で際立って強い関連を有するわけではないことを示唆する”とBurton博士は述べている。

肥満が確かに重要な役割を果たしているまだ同定されていない特異的な病態が存在する可能性があると、Burton博士は述べている。“しかし白明のことながら、これらは、一部の少数の腰痛の原因でしかないだろう”と博士は付け加えている。

現在のエビデンスに基づいて、博士は、肥満はおそらく因果関係よりも腰痛の経験および腰痛からの回復に及ぼす影響の方が大きいだろう、と示唆している。Burton博士によると、“腰痛の性質を考えると、もし米国人または他の国の人々が突然減量しても、腰痛疾患はなくならないだろう”という。

この記事の第2部では、冶療および予防手段としての減量に関するエビデンスを検証する。

少なくとも現在までの研究によると、肥満は全体の中で際立って強い関連を有するわけではない

参考文献:

Adams M et al., The Biomechanics ofBack Pain. Edinburgh. Churchill Livingstone; 2002. 

Burton K and Waddell W, Risk factors for back pain. In: The Back Pain Revolution. 2nd edition. Edinburgh. Churchill Livingstone; 2004. 

Dunn KM and Croft P, Epidemiology and natural history of low back pain, Europa Physica, 
2004; 40:9- 1 3 . 

Elfering A et al., Risk factors for lumbar disc degeneration: A five-year prospective study in 
asymptomatic individuals, Spine, 2002; 27:125-34 

Leboeuf-Yde C, Body weight and low back pain: A systematic literature review of 56 journal 
articles reporting on 65 epidemiologic studies, Spine, 2000; 25:226-37. 

Leboeuf-Yde C, Back pain: Individual and genetic factors, Journal of Electromyography and 
Kinesiology, 2004; 14: 129-33 

Liuke M et al , Disc degeneration of the lumbar spine in relation to overweight, International 
Journal of Obesity, 2005; 29:903-8 .

North American Spine Society (NASS), North American Spine Society unveils 2005 patient 
education campaign: Take a load off your back!, 2005;www.spine.org/fsp/sh05.cfm

Solovieva S et al.. Intervertebral disc degeneration in relation to the COL9A3 and the IL- Iss 
gene polymorphisms, European Spine Journal, August 17. 2005; epub ahead of print; www.springerlink.com/(rtghxtyd3jigzny mr5r0nrac)/app/home/contribution.asp?referrer=parent&backto=issuue.86,146;journal,1,73;linking publicationresults 


The BackLetter 21(1): l,8-10, 2006.

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