現在のエビデンスのレベルを考えれば、肥満を腰痛の直接の原因ではなく臨床的アウトカムに多様な影響を及ぼす併存所見と考えるのが最も良いのかもしれない。利用可能なエビデンスは、一部の患者には肥満が回復の妨げとなるがそうではない患者もいることを示唆している。
肥満は、米国の脊椎専門病院を受診する患者の健康に悪影響を及ぼしている一般的な併存疾患であるという強力なエビデンスが存在する。Dartmouth
UniversityのJason Fanuele博士らによる2002年の研究において、脊椎疾患のためNational
Spine Networkクリニックを受診した15,974例の患者における肥満の有病率が高いことが明らかになった。肥満した患者は肥満していない患者よりも疼痛レベルが高く、全身的な健康状態および機能が劣っていた。
全体では約65%の患者が肥満指数(BMI)が25を超える体重超過であった。約28%は、BMIが30を超える肥満症であり、およそ4%はBMIが40以上であった。
肥満レベルと、健康状態および機能の様々な評価尺度のスコアの間には、直接的な相関が認められた。Fanuele博士らによると、“臨床的因子および人口統計学的因子について調整した後、肥満レベルが1段階上がるごとにSP-36身体的健康度およびOswestry活動障害インデックス(ODI)スコアが1〜1.5点悪化した”(Fanuele
et al.,2002を参照)。
腰痛のある肥満患者の健康状態は標準以下
この結果を少し離れたところから見てみよう。米国の成人集団におけるSP-36身体的健康度(physical
component summary:PCS)スコアの平均値は50点である。言い換えると、50点を身体的健康度が“標準(normal)”であることと定義する。スコアが高いほど(0〜100のスケール)身体的健康状態が良好であることを示唆し、スコアが低いほど健康状態が悪い。
腰痛のため、National Spine Networkクリニックを受診した患者は、身体的健康度が標準からほど遠かった・標準体重の患者は、平均PCSスコアが32.6であった。肥満した患者の平均スコアは28.2であった。そして病的肥満の患者のPCSスコアはわずか25.9であった。明らかに腰痛と重大
な体重の問題をかかえた患者は、標準の健康状態に戻るためには非常に困難な闘いに直面する。
最近行われたDartmouthの未発表研究では、重大な脊椎疾患のある患者のべースラインの健康および機能の状態に肥満が影響することが示唆された。James
Slover博士らは、National Spine Networkクリニックを受診した34,O00例以上の患者における様々な併存所見の影響を評価した(Slover
et al.,2005を参照)。
肥満は、べースラインの健康および機能の状態に影響を及ぼした複数の併存疾患の中の1つであった。しかし明らかに、最も影響力の大きい併存疾患ではなかった。Slover博士らによると“心理社会的合併因子は通常の併存疾患よりも大きな影響をスコアに及ぼすように思われた”。予
想通り、併存疾患が複数ある場合は個々の併存因子よりも大きな影響を及ぼした。
肥満はアウトカムの予測因子としてはどうなのか?
Slover博士らによる研究では、3,482例の被験者のサブグループにおける手術のアウトカムに対する併存疾患の影響についても検討した。興味深いことに、肥満は手術3ヵ月後の健康状態および機能のスコアの統計学的に有意な予測因子ではなかった。手術のアウトカムに最も強い影響を及ぼした併存因子は、自已評価した健康状態の不良、労災補償の受給、うつ病、低い教育レベル、喫煙、および頭痛であった。
Dartmouth Hitchcock Medical CenterのSpine Centerの所長を務めるWilliam
A.Abdu博士はこの研究の共著者であった。“我々のデータは、肥満がべースラインにおいて本人が報告した機能および健康状態、ODIおよびSF-36に対して、統計学的に有意な影響を及ぼした併存疾患であろことを実証した”と、Abdu博士は最近述べた。
Abdu博士は、肥満が手術のアウトカムに統計学的に有意な影響を与えなかった理由は明らかではないと示唆した。“これが有意な影響ではないからなのか、肥満患者を排除する手術選択バイアスがあるのか、それとも単に我々の研究の症例数が不足していただけなのか、私には確信がない”と博士は述べた。
他の複数の研究でも、手術のアウトカムの予測因子として肥満が特に目立つわけではないことが示唆された。Anne
F.Mannion博士およびAchim Elfering博士は最近、手術の成功および失敗の重要な予測因子を同定するため、過去15年間に発表されたプロスペクテイブ研究のレビユ
ーを行った(Mannion and Elfering,2005を参照)。著者らの選択基準を満たした36の研究のうち体重増加を手術アウトカム不良の予測因子として同定した報告は、わずか1報のみであった。
Mannion博士およびElfering博士によると、“体重がアウトカムの予測因子として認められることはまれであった;最近行われた1件の研究で、肥満がアウトカムに悪影響を及ぼすことが認められたが[Block
et al.,2001を参照]、多くの研究では影響は認められていない”という。
これらの結果から、体重増加が手術の成功率に有意な影響を及ぼさないことが示された。しかしDartmouthの研究に関してAbdu博士が指摘したように、外科医が体重超過患者に対する治療方法の選択の際により慎重であることを示唆する可能性もあった。
肥満と腰痛を巡る論争のあらゆる側面と同様に、これらの関連を解明するには更なる質の高い研究が必要である。
参考文献:
Block A et al.. The use of presurgical psychological screening to predict the
outcome of spine surgery, Spine Journal, 2001 ; 41 :274-82.
Fanuele J et al., Association between obesity and functional status in patients
with spine disease, Spine, 2002; 27:306-12.
Mannion AF and Elfering A, Predictors of surgical outcome and their
assessment, European Spine Journal, 2005; European Spine Journal, 2006;
Supplement I :S93-S 108.
Slover J et al., An analysis of the effect of comorbidities on functional
outcome scores, presented at the annual meeting of the American Academy of
Orthopaedic Surgeons, Washington DC, 2005; as yet unpublished.
The BackLetter 21(2): 21 , 2006.