遊走'性の細菌が原因で腰痛に“罹る”可能'性はあるか?つまり腰痛を抗生物質で治療できるか?

Is It Possible to "Catch" Back Pain From Wandering Bacteria? Or Cure It with Antibiotics? 


ある種の腰痛および下肢痛の原因は治療可能な細菌感染であるかもしれないという報告は、脊椎研究において最も魅惑的な仮説の一つである。脊椎治療に携わる医師達は、なかなか治らない腰痛を抗生物質の処方によって完治させたいと思わないだろうか?

脊椎研究者は、 この提案について何十年もの間議論してきた。しかし、世間の注目を集めるようになったのは、2001年に英国の研究者がLancetに報告を発表してからであった。 Alastair Stirling博士らは、坐骨神経痛患者の神経根の周辺にみられる炎症は、深在性の細菌感染によって生じている可能性があるという説を提示した(Stirling et al.2001を参照)。

その後デンマークの研究者らが、坐骨神経痛後に発生する腰痛も同様の原因を有する可能'性があると示唆した。そして一歩踏み込んで、これらの愁訴に対し90日間1クールの抗生物質治療を行った(Albert et al.,2001を参照)。

彼らは、ノルウェーのべルゲンで最近開催された国際腰痛研究学会(IssLs)の年次総会において、これらの患者に関する対照群を置かない症例集積研究を発表し、参加者らを驚かせ、また論議を呼び起こした。

Hanne Albeit博士らによると、「椎間板へルニアを経験した後の持続的腰痛に悩まされている患者集団において抗生物質治療は大きな臨床効果を示した」。「我々の結果は、Modic 分類に基づく変化(すなわち椎間板の終板および/または隣接する推体の断裂を表すMRI 上の独特な信号強度の変化) を伴う腰痛には細菌感染が関与している可能性がある、 という説を支持する」という。

しかし、演題を“抗生物質治療はModic分類に基づく変化に関連する腰痛を有する患者の疼痛を軽減し機能を改善する”としたことが、一部の人々の批判を呼んだ。

デンマークの外科医Finn Ch,istensen博士は、症例集積研究では因果関係を証明できないことを指摘した。「対照群が設定されていない。 それでは何が効いたのかは全く分からない」、と博士は断言した。 

同博士は、「仮説は非常に優れたものであり、今後、無作為研究が実施されることを望む」と述べたが、一方でAlbert博士らが結果を誇張しているとも感じていた。

しかし、デンマークの研究者らは、抄録で使用する言葉について単に不適切な選択をしたとも考えられる。筆頭著者のAlbert博士は、研究を発表する際には慎重であり、長期の抗生物質治療が腰痛を軽減し機能を改善する“可能性がある”と述べている。そしてAlbert 博士らは、この仮説をより厳密な方法で検証するため、実際に無作為比較研究(RCT)を実施中である(Clinical Trials.gov,2006を参照)。

 興味をそそらせるような前置き

Albert博士は、興味をそそらせるような前置きを述べてから研究の発表を始めた:「私がこれから発表することは皆さんのお気に召さないかもしれません。しかしどのみち皆さんのお耳に入ることでしょう」と。

博士はこの研究の一風変わった経緯を説明した。Albert博士らは2003年に、重症の坐骨神経痛患者181例において2種類の積極的な保存療法を比較するRCTを完了した(Albert et al,.2004を参照)。

試験開始後14カ月間のルーチンの経過観察期間中に、Abort博士は、極めて多くの患者でMRI上のModic分類に基づく変化が認められるとともに、腰痛症状が持続していることに気づいた。

(編集者注:Modic分類に基づく変化は、椎間板の内部またはその周辺の損傷または病的過程を反映する画像所見であると一般的に考えられている。Modic分類のI型の変化は椎間板の終板周辺の浮腫を表す;U型の変化は隣接する椎体の骨髄の脂肪性変性を示唆する;そしてV型の変化は骨硬化を表す。)

「なぜ、Modic分類に基づく変化が興味深いのでしょうか?」とAlbert博士は問いかけた。博士は、他の研究において、Modic分類に基づく変化と腰痛が重なることが多いと示唆されていることに言及した上で、「Modic分類に基づく変化は、椎間板へルニアの後に高頻度で認められます」と付け加えた。

「そこで、ModicのT型変化はおそらく感染部位の周囲の浮腫である、 という一風変わった仮説を立てました」とAlbert博士は述べた。

Albert博士は、Lancetに掲載されたSti,ling博士らの研究において、顕微鏡視下椎間板切除術後に採取した椎間板の31%から弱毒'性グラム陽性菌が検出された点を指摘した。そして、これらの椎間板の84%がPropionibacterium acnes(P acnes)に感染していた。この菌は皮膚の常在菌であり、椎間板に慢性かつ疼痛性の軽症感染を引き起こし得る可能性がある。

Albert博士は、椎間板へルニア後の局所炎症反応の際に、これらの弱毒性の嫌気性菌が
マクロファージを介して椎間板に移動し、その後、慢性の感染を引き起こすのではないか
と推測した。

同博士は、感染があると推定して、それに対する抗生物質治療を行うことにした。相談した専門家らは、アモキシシリン・クラブラン酸配合剤の90日間投与を推奨した。

32例の患者における研究

本来の坐骨神経痛試験の14ヵ月間の経過観察において、Albeit博士らはModic分類に基づく変化が認められる43例の患者を同定した。 6例には腰痛がなく、5例は参加を辞退した。投与および、経過観察のスケジュールは次の通りであった:32例の被験者が抗生物質による治療を選択した。 14ヵ月後の経過観察時点から、抗生物質による治療の開始までには数ヵ月間の夕イムラグがあった。

3例の患者が、 重症の下痢のため試験から脱落した。29例の患者が90日間の抗生物質投与を完了した。次にAlbert博士らは、29例の被験者について、 薬物療法の完了後、 平均10.8ヵ月間の長期経過観察を行った。

多くの患者が大幅な改善を示した。Albert博士らは種々のアウトカム評価尺度を用いた。52%の被験者が、著しく改善または“治癒した” と報告した。24%の被験者が中程度の改善を報告し、24%が症状に変化はないと報告した。

62%が臨床的に有意な改善を示した

被験者が感染していたのか抗生物質によって治癒したのか、この症例集積研究からははっきりしない

Albert博士によると、62%の被験者が、 あらかじめ定義した“臨床的に有意な”改善、すなわちRoland Moms活動障害度質問表スコアで30%以上の改善を示した。

「結論として、以前に椎間板へルニア、腰痛、 およびModic分類に基づく変化 [MRI上の変化] が認められた患者では、長期の抗生物質治療によって腰痛が緩和し、機能が改善する可能性が認められました」 とAlbert博士は述べた。

主要な脊椎学会の一般演題のセッションで症例集積研究が発表されるのは珍しいことで
ある。 プログラム委員会がこの研究を一般演題のセッションに入れることに納得したのは、おそらく検証中の仮説が斬新であるためだと思われる。

症例集積研究の限界に関する通常の見解については、 すべて挙げられてる。Christensen
博士が指摘したように、症例集積研究では因果関係を示すことはできない。被験者の改善
に抗生物質治療が関与した可能性はある。 しかし症状が時間経過とともに徐々に弱まっただけかもしれない。坐骨神経痛とそれに関連する腰痛の自然経過は、 治療を行っても行わなくても一般的に良好である。

 二重盲検無作為比較研究

Albert博士は、 この結果が少数の患者コホートにおけるものであることは理解しているものの、これらの成功を将来の大規模RCTで再現することが可能かもしれないと期待していると述べた。ClinicalTrials.govに登録された二重盲検RCTでは、椎間板へルニアの後に腰痛とModic分類に基づく変化が認められた162 例の患者を対象として、抗生物質Bioclavid (Sandoz)の効果を2種類の用量で比較することを目指している。

感染の客観的エビデンスはどうか?

IssLs学会において、数名の研究者が、べルゲンで発表された研究には、考えられる感染とその回復に関する客観的エビデンスが含まれていないと言及した。

英国の外科医Brian Freeman博士は、「博士のアウトカムデータは、すべて、患者が記入した質問表という主観的な情報源に基づくものである」と述べた後、次のような質問を行った。「炎症マーカーに関する客観的な情報はありますか?抗生物質治療後に撮影したMRIスキャンの経過観察データはありますか?あなたの主張を裏付ける生検データはありますか?」。

Albert博士は、薬物療法を完了した直後に治療後のMRIスキャンを撮影したと述べた。 しかし博士は、効果を示すにはおそらくスキャンの時期が早すぎたのであろうと結論づけた。「我々の放射線科医は、MRI上の変化はすぐには現れないだろうと指摘しています」とAlbert博士は述べた。

博士は、ある血液検査が、症状の改善を認めた被.験者と認めない被験者との差を実証するようである、 と述べた。乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)は一般的に組織の損傷の非特異的マーカーとみなされているが、 この研究の多くの被験者は症例集積研究の開始時のLDH レベルが高かった。Albert博士によると、「回復した患者では、LDHレベルが正常レベルにまで低下しました」。

他の研究者は、抗生物質治療の前後にT細胞の機能を評価したか否かを質問したが、
Albert博士は評価していないと答えた。これが、被験者の免疫系が感染と闘っていた指標となった可能性はある。

この問題を巡る不確実性

計画されたRcrは、腰痛、Modic分類に基づく変化、および椎間板へルニアを有する患者に対して抗生物質が有用である力iかを明らかにする上で役立つものと思われる。

しかし、主観的なアウトカム評価尺度だけでなく、能iこある疼痛疾患の性質を解明し得るその他の検査および評価尺度も組み込まれることが望ましい。

べルゲンで発表された研究の結果からは、AItert博士による研究の患者に感染があったのか、あるいは症状および機能の改善が解の軽減と関連がするのか、全く明らかにならない。

細菌が椎間板に到達し、推間板炎の患者にみられるような激しい破壊的な感染を引き起こす可能性があるのは明らかである。

しかし、軽度の感染が明要痛および下肢痛の一般的な原因である可能性があるという仮説は、今なお大部分が推論である。sti,ling博士らはLancetで報告した研究において、顕微鏡視下椎間板切除術で摘出した推間板からP.acnesおよびその他の細菌を検出したが、その他の研究者がそれらの知見を再現できない場合もあった。 

例えば、Peter Fritzell博士らは、椎間板へルニアの手術を受けたか、 または推間板切除術後症候群であった10例の患者の変性した椎間板において、P acnes感染のエビデンスを見出すことができなかった。10例中2例の被験者の推間板には過去の細菌感染のエビデンスが認められたが、P.acnes感染のエビデンスは認められなかった(Fritzell et al.2004を参照)。

最近、Stirling博士らの論文の共著者の一人が参加した共同レビユーにおいて、英国の研究で椎間板から検出されたP.acnesは、手術前の坐骨神経痛患者の椎間板にこれらの細菌が存在したというエビデンスではない可能性が示唆されている。

A.L.Perry博士およびP.A.Lambert博士は次のように述べている。「坐骨神経痛の治療のために切除した顕微鏡視下椎間板切除術標本からP.acnesが検出されたことから、細菌と坐骨神経痛の関連性が示唆された・・・」、「しかし、我々以外の研究者は、顕微鏡視下椎間板切除術標本の培養でP.acnesを検出できず、我々が検出した細菌は手術中の皮膚由来の汚染ではないかと推測している」(Perry and Lambert,2006を参照)。

博士らは、医学論文において報告されているほとんどの筋骨格系のP.acnes感染、すなわち椎間板炎、脊椎椎間板炎、骨髄炎、および関節感染はすべて、手術、外傷、または人工の医療機器の存在などの素因と関連しているようであると述べている。

抗生物質の椎間板への浸透効率はどの程度か? 

計画されたRCTに参加した患者力・抗生物質によって改善したとしても、残念ながら、患者の症状が感染によるものであると証明されたとは言い切れない。一部の抗生物質は、感染に対する効果とは無関係に、疼痛の発生に関与する化合物に直接作用し得る。

また、計画されたRCTに参加した患者が抗生物質の投与によって改善しなかったとしても、その疾患状態または試験中の患者の状態に対して抗生物質が有用ではないと証明されたとは言い切れない。被験者の椎間板に軽度の感染がみられた場合でも、脆弱な拡散経路および成人の椎間板への限られた血液供給を考えると、抗生物質が感染部位に到達しない可能性もある。

もちろん、これらの不確実性があるからこそ、科学的研究に関心が集まるのである。次回の報告に注目したい。

キーポイント 

  • 新規研究において、腰痛、Modic分類に基づく変化、および椎間板へルニアの既往歴を有する患者の大半において、90日間の抗生物質投与後に疼痛緩和と機能的改善を認めた。 被験者が感染していたのか抗生物質によって、治癒したのか、この症例集積研究からははっきりしない。

  • 複数の研究において、手術中に切除した椎間板標本に細菌が存在することが実証されている。 しかし、 これらの細菌は、椎間板の感染ではなく術中汚染によるものである可能性があった。

  • 軽度の感染が腰痛および/または下肢痛の一般的な原因であるという仮説は、関心をそそる。 しかし今のところ、強力な科学的裏づけは見つかっていない。 

参考文献:

Albert H et al., Antibiotic treatment reduces pain and improves function in patients with low back pain associated with Modic changes, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Bergen, Norway, 2006; as yet unpublished.

Albert H et at., The efficacy of active conservative treatment of patients with severe
sciatica: A randomized controlled trial, presented at the annual meeting of the International Society for the Study of the Lumbar Spine, Spine Week, Porto, Portugal, 2004; as yet unpublished.

ClinicalTrials.gov, Antibiotic treatment of patients with low back pain, accessed July 14, 2006; www.clinicaltrials.gov/ct/show/NCT00302796.

Fritzell P et al., Detection of bacterial DNA in painful degenerated spinal discs in patients
without signs of clinical infection, European Spine Journal, 2004; 13:702-6.

Perry AL and Lambert PA, Under the microscope: Propionibacterium acnes, Letters
in Applied Microbiology, 2006; 42: 1 85-8. 

Stirling A et at., Association between sciatica and Propionlbacterlum acnes, The Lancet, 2001 ; 357:2024-5.

The BackLetter 21(8): 85, 92-93, 2006. 

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