職場における慢性疼痛の有病率が昇中?

Is the Prevalence of Chronic Pain in the Workplace Rising ?


最近、「米国の労働者の慢性疼痛が過去10年間で40%近く増加」という刺激的な見出しのプレスリリースが発:表された。

その記事によれば、「米国の常勤労働者における持続的な慢性疼痛は過去10年間で劇的に揄チしたが、今日の労働者は病欠の電話をするよりも仕事に行くことを選択するため、出勤はしていても仕事に悪影響を及ぼすpresenteeismの増加傾向を招いている」。

このプレスリリースはメデイアに大きな衝撃を与えた。調査結果は何十もの新聞、テレビ、ラジオ、およびインターネットで報道された。 しかし、BackLetterの調査によると、結論の正確さを問題にした記事はひとつもなかった。

もしこれが本当なら、慢性疼痛の有病率におけるこの急速な変化およびpresenteeismの増加傾向は驚くべきことであり、警戒が必要である。しかし、ピアレビユー誌には疼痛の疫学におけるそのような急激な変化を示す論文は掲載されていない。

10年の間隔をおいた2つの調査

これらの知見は正しいものかもしれないが、懐疑的な態度で臨むのが賢明というものである。このプレスリリースは、製薬会社の0rtho-McNeil 社が鎮痛薬の広告と併せて発表したものであった(0rtho McNeil,2007を参照)。

慢性疼痛の有病率の変化に関する刺激的な結論の根拠となっているのは、この製薬会社が資金を援助し、National Pain Foundationと共同で実施した、職場における疼痛に関する2つの調査であった。

プレスリリースでは、調査結果の紹介と併せてTramadolの徐放製剤であるオピオイド処方薬ULTRAM-ERの販促資料が配布された(0rtho McNeil,2007を参照)。そして、0rtho-McNeilのウエプサイトとNational Pain Foundationの両方のリンク先が紹介されていた。これらのウェプサイトのいずれにも、ULTRAM-ERに関する情報を提供する更なるリンク先が掲載されていた。

BackLetterの編集者は、National Pam Foundationのウエプサイトで0rtho-McNeilウェプサイトにリンクするオプションを選択し、個人的な疼痛プロファイルに関する質問に回答した。疼痛プロファイルを記入し終わると、「ULTRAM-ERがあなたに適しているかどうか医師に相談してください」というアドパイスが表示された。 

どこまでが科学的調査でどこからが販売促進か?

残念ながら、研究結果の発表と薬剤の販売促進を同時に行ったプレスリリースに対する解釈は難しい。どこまでが科学的調査でどこからが販売促進なのかは、決して明白ではない。

両調査はLouis Harris & Associatesによって実施された。1996年の調査では米国の労働者の地域住民サンプルの13%が就労中に慢性疼痛があると回答したが、2006年の調査ではこの値は18%であった。

 プレスリリースは、National Pain Foundationウエプサイトの編集長であるRollin Gallagher博士とNew York University School of Medicineの神経科学者であるCharles Argoff博士という2名の著名な疼痛専門家の発言を引用していた。両者は、米国で慢性疼痛が増加しているように思われること、慢性疼痛患者は適切な治療選択肢を見つけるべきであるという点で意見が一致していた。

労働者による疼痛報告は増大傾向にあるか?

米国で職場における慢性疼痛の有病率が上昇している可能性は確かにある。米国の年齢構成はこの十年間に幾分変化した。そのため、2006年には1996年よりも労働者が慢性疼痛を報告する傾向が強まっている可能性はある。一部の疼痛関連学会、疼痛専門医、および製薬会社は過去10年にわたり、米国では治療を受けていない疼痛および治療が不十分な疼痛が蔓延していると繰り返し提唱してきた。

しかし、これらの調査を慎重に解釈すべき十分な理由がある。このプレスリリースおよびその際の配布資料には、読者に調査結果の意味を理解させるための詳細な説明はなかった。例えば、慢性疼痛の定義は「6ヵ月以上持続する疼痛」というあいまいなものであった。より明確な慢性疼痛の定義が示されなければ、結果の解釈は非常に困難である。

このプレスリリースでは、いずれの調査についても、方法論や結果の解釈について批判検討を行うピアレビュー誌に掲載されたという説明はなかった。

また調査の目的が明確にされなかった。これらの調査は慢性疼痛の有病率を評価するための完全に独立した研究活動であったのか??それとも販促目的で実施されたのか?他の研究の結果は?

この問題に関する研究のうちピアレビュー 誌に掲載された少数の研究では、相反する結果が得られている。英国北西部で40年の間隔をおいて実施された2つの調査では、腰、肩、および広範囲にわたる疼痛の有病率が2〜4倍に上昇したことが示された(Harkness et al., 2005を参照)。 しかし、 ドイツ北部の都市で10 年の間隔をおいて実施された最近の2つの調査では、腰痛の有病率はまったく上昇していないという結論が出ている (Huppe et al.,2006を参照)。

参考文献:

Harkness EF et al., Is musculoskeletal pain more common now than 40 years ago?
Two population-based cross-sectional studies, Rheumatology, 2005 ; 44:83 l-3. 

Huppe A et at., Is the occurrence of back pain in Germany decreasing? Two regional postal surveys a decade apart, European Journal of Public Heatth, 2006; epub ahead of print; www.ncbi.nlm.nih.gov/cntre7jqucry.fcgi?db=pubnled &cmd=Retrieve&dept=AbstractPlus
&list_uids=16998207&query_hl=39&itool=pubmed_docsum

Ortho-McNeil (PriCara Unit), Chronic pain up almost 40% among U.S. workers in past decade, at various press release web-sites, including Eurekaalert; see
www.eurekalert.org/pub_releases/2007 0l/rfpr-cpu012907.php.

The BackLetter22(4): 39, 2007. 

加茂整形外科医院