腰仙椎部神経症状 カラーでみる解剖学的背景

菊池臣一・蓮江光男/共著      金原出版  1996年

形態と機能


ここまで述べてきたように,腰仙椎部神経症状の発現には,神経組織への機械的圧迫の存在が前提とされる。その静的,あるいは動的な機械的圧迫には,神経組織それ自体の問題,神経周囲組織の問題,およびそれら両者の相互関係が関与している。神経症状の多様性にもこれら三者が密接に関与している。そこにこそ解剖学的研究の重要性がある。しかし,そのような形態学的変化や異常が,神経症状の発現に直結するかというと,必ずしもそうではないことは述べてきた通りである。病的な変化と加齢変化との形態学的な区別が画然としないことも問題を複雑にしている。さらにその形態的変化が機能変化とどのように結び付いているのか,どの程度の形態変化が機能変化をきたすのか,ひいては機能の非可逆性の変化は,どの程度の形態学的変化の時に起き得るのか,などについてはいまだ不明といわざるを得ない。腰仙椎部神経症状の評価には,自覚症状や他覚所見の分析とそれを裏付けている形態学的な変化の描出に頼らざるを得ないのが現状である。そこにこそ形態学的観察の重要性とともにそれに伴う落とし穴が存在している。図V-1は,脊椎症のCTMである。この症例は,片側の第5腰神経根障害による間欠肢行を呈している。しかし,このCTMから,この症例が無症状例なのか神経障害があるとすればそれは馬尾障害なのか,両側神経根障害なのか片側神経根障害なのか,あるいは混合型神経障害なのか,誰も正確にそれを指摘することは出来ない。また,図V-2は脊椎症による右第4腰神経根障害例のMRIである。右第4腰神経根の全走行が描出されているが,特に明らかな異常所見は指摘できない。ところが,その隣接神経根である第5腰神経根は,L5/Sの椎間孔で明らかに,上関節突起により神経走行の異常像を呈している。しかし,この症例は,過去,現在を通じて,第5腰神経根障害を思わせる症状発現は認められていない。この2例は,形態学的検査法の価値と同時に,その形態学的検査だけでは重大な評価上の誤りをきたす危険性を示唆している。今後,腰仙椎部の病態を解明し,それを治療に結び付けるためには,この形態と機能との相関をあらゆる手段を使って追及することが必要である。

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圧痕形成の頻度

・・・・・・・圧痕形成の部位を神経根別にみてみると,第4腰神経根では椎間孔部が最も多いのに対して,第5腰神経根では神経根管近位部が最も多い。これらの解剖学的事実は,腰部脊柱管狭窄の罹患神経根は第5腰神経根が大部分であること,およびforaminal encroachmentはsubarticular entrapmentに比べて非常に少ないといった臨床的事実と対応していない。このことは,神経根への機械的圧迫が,即,症状発生に繋がらないことを示唆している。

圧根形成と年齢との関係

神経根の圧痕形成の頻度を年齢と対比してみると、神経痕の圧痕形成の頻度は,加齢とともに増加している。前述したように,第4腰神経根と第5腰神経根の間で,神経根の圧痕形成の頻度に差がないという事実,および神経根圧痕形成は加齢とともに増加するという2つの事実は,神経根の圧迫は症状の有無に直結するものではなく,加齢変化の1つとして起きている可能性を示唆している。しかも臨床上は,坐骨神経痛の発生頻度は加齢とともに増加するという事実は疫学調査からも得られていない。むしろ,高齢者では神経根障害の有病率はかえって減少している。このような諸事実の示唆するところは,神経根障害は機械的圧迫だけでは惹起されないことを強く示唆している。さらにこのような事実は,日常臨床上,画像上の形態学的異常を直ちに症状の原因に結び付けることの危険性をも示唆している。

加茂整形外科医院