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21世紀美術館名物?
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2nd 夕方叔母が、畑にいた母から野菜を預かって持ってきたので、カゴを頂戴と来た。差し出したカゴにナスとトマトを入れて帰った。しばらくしてスイカを置いていくのを忘れたといってまた来た。ご飯を食べていると、また玄関で呼ぶ声がして、切ったカモリを両手に持って叔母が立っていた。カモリを冷蔵庫に仕舞って食卓に戻り、お箸を持ち上げたらまた「キュウリ持ってきた!」と玄関で声がした。 もう立ち上がるのが面倒で、「ありがと!そこ、置いといて〜」と口だけ返事した。元気な人と付き合うのは疲れる(^^ゞ
レディースネットワーク新体制の3人で作った第一号「きてみまっし」を校正してと渡される。新聞記事を許可を取らずに転載してあったのはマズイが、後の細々した事は経験を積めばいい事だ。3rd 昼食はガンガンに冷房を効かせて熱いラーメンを食べた。私は満腹してウトウトしていたが、娘は何か甘いものが食べたいと、戸棚や冷蔵庫を探し回っていた。餌を探しまわる熊の様で、相当イラついている。丁度そこへ近所から、精進が明けたので、と栗蒸し羊羹の「山路」をもらった。娘はさっそく開いて食べ、食べ終わると満足して大人しくなった。アンタ最近、色気より食い気に走っていないかい?
4th 昨夜、「明日の早朝、無人ヘリコプターで水田の消毒をするので…」と注意を促す有線放送がかかっていた。朝、ごみ出しに行ったが、早朝は雨が降ったのに消毒はどうしたのだろうと、水田を見渡しながら思った。以前は、早朝や夕方に、消毒の臭いが立ちこめたものだが、最近あまり気づかない。消毒薬が変わったのかな?カルガモ農法をやってた田圃はどうなったのだろう?
5th ホテル金沢でリウマチ友の会懇親会。ゲストの泉先生の「祖母がリウマチで…」という話をきいて、患者像、家族の中での患者の役割や社会との関わりに関してお尋ねしてみた。泉先生のお祖母様は、鬱屈した思いを抱いていたようだ。夜、宮崎駿監督が病弱の母に対する思いを、何とかアニメで表現しようと苦悩する姿をテレビで見た。リウマチの槇坪監督がリウマチの映画を撮れない訳が少し分かった気になった。病を抱えながらもどうしたら生き生きと暮らせるか?患者はもとより、家族にとっても手探りで希求していることなのだと思う。懇親会の参加者で、3年前にご主人を亡くし、2年前に発病した方が「家族がおられる方がうらやましい。”痛い”と言うのをそばで聞いてくれる人がいるのは…」と言った。しかし、リウマチ患者で思い切り家族に”痛い”と言って好きなだけ聞いていてもらえる人は、ほとんどいないはずだ。
6th Fさんからテンバ菜の漬物の残りをあげるからと言われ取りに行った。テンバ菜だけもらうつもりでひょいと行ったのだが、ソーメンでも食べていってと言われた。都合があるので断ると「野菜いらない?」「シフォンケーキ食べる?」「紫蘇ジュース飲む?」と次々聞かれ、全部にYesと答えていたら、大きな2つの袋をもらって帰ることになった。ごちそう様!特にシフォンケーキは手作りのホールで、トッピング用の生クリームの箱まで添えてあった。
7th 朝から大鍋を出してきて、テンバ菜の漬物を茹でて塩出しして…とやって夕方ようやく完成した。あら熱を取ってから袋に入れて、母の所をはじめ、いつもおかずをもらう家に分けて歩いた。どこの家も女は外出していて、男が留守番をしていた。特に叔父などは玄関で呼んでも返事だけして動く気配が無いので、開け放した茶の間に上がると、暗くなったのに電灯も付けずテレビを付けて座椅子で伸びていた。帰宅してしばらくすると叔母がハムを持ってきた。「さっきオバチャンとこ行ったんやけど…」と言いかけると、「まだ今日は家には帰っとらん」と言いながら慌てて帰ってしまった(^^ゞ
8th Mさんから、以前鍵を回しやすくする工夫があったら教えて欲しいと言われていた。ネットに、スポンジハンドルに差し込んで使っている例をみつけた。次回のおしゃべり会でMさんに、サンプルでもらったスポンジハンドルを渡そうと思っていた。でもそれだけだと、私の事だからきっと忘れるに違いないと思い、Mさんに前日か当日の朝「鍵!」とメールをくれるよう頼んでおいた。今日ちゃんとメールが来て思い出し、今日の内にバッグにブツを入れておけた。当事者にメールを頼んでおくこの方法は、とても良い!だって忘れたときは、私だけの責任ではないから(^^ゞ9th リウマチおしゃべり会。Tさんの発案で、始まる前に歌を歌う事にする。とてもリっぱな歌集も作ってくれた。キーボードでの伴奏を頼まれていたのだが、プロジェクターが壊れていて、新しいのと交換したりしてスッタモンダしていたので手が回らなかった。保母の経験があるMさんに急遽お願いした。おしゃべり会の参加者は役者が揃ってる!参加者14名(うち1人は家族)中、8人が生物学的製剤治療を受けている。治療が浸透してきたことを実感する。寛解して治療が不要になったという話も聞きたいものである。第一地区コミュニティセンター長が、今年度から林先生になり、事務室の雰囲気がとても明るくなった気がするのは、私だけ?
10th 夫は今日から盆休み。この日を待って年金特別便の返信と、古新聞の始末をしてもらう。夕食は、生父が庭掃除をしたお礼にゲットした牛肉で、焼肉パーティをするというので食べに行った。焼肉だと手を伸ばして取らなければならないのが辛いが、これも食い気に支えられて肘を伸ばすリハビリにはなるかな?夕食の準備をしなかったので、肘の痛みが少なく、食後の消炎剤を飲み忘れて寝てしまい、翌朝はさすがに朝一番で動かすのがぎこちなく、慌てて薬を飲んだ。姪がしばらく見ないうちにとても大人びて落ち着いてきていた。
22nd
23rd 県男女共同参画推進員地区別研修会。これに出席する際に渡そうと思い、昨夜夜中に作った「県政出前講座」のちらしを、出掛けに印刷しようとしたが、どうしてもファイルが見つからない(^^ゞ どうも寝ぼけて保存しそこなったようだ。研修会の途中で、隣と後ろの席の人らが用事で退席し、睡眠不足ぎみの身は、睡魔と闘うのが精一杯になった(^^ゞ24th 金沢21世紀美術館へ 「ロン・ミュエック」展を見に行く。おっそろしくリアルなくせにありえないサイズの人体像だ。作品に近づくと、心臓の鼓動や息遣いが聞こえてくるような錯覚になる。ビデオで製作の模様を映していた。私と同じ年の生まれの作家だが、ずいぶんオッサンのようにも見えるし、少年のようにも見える。新生児"A Girl"という作品の爪が気になった。爪切りで整えたようなきれいな爪先だったからだ。うちの子供たちは、生まれた時、爪が長めだったり、薄くて皮膚の一部のようにしか見えなかったりした。帰りに出口で、21世紀美術館名物らしいしょうゆ味のアイスクリームを買って、夫と半分こして食べた。食べてから思った。味覚障害で、普段からアイスクリームでさえ塩辛く感じるから、別にしょうゆ味を求めて食べなくてもいいのにと(^^ゞ
28th 通院。
29th 夜電話がかかってきて、夫の両親と義兄夫妻が急に明日午前中来ると言う。私は午前だけやってる山中医療センターへ行く手はずになっていたので、午後にしてほしいと言ったが、夫は自分が家に居るからということで落ち着いた。娘も休みだと分かったので、娘にお茶出しを頼む。確かに、今年はお盆には帰れなかった。だけど急に何で?悪い話なのかなとちょっと心配になる。家の掃除がひとつも出来ないが、仕方ない(^^ゞ
30th 山中の用事が早めに片付いた。家へ電話すると、まだ義父母達がいるとわかり、少し早いが昼食に出ようと言った。まだ腹は減っていないと言われたが、正午になってからでは満席になるからと、そのまま車を家に横付けしてみんなに乗ってもらい、中華料理店へ出かけた。義父がおごってくれた(*^^)v でも急に来るほどの用事が何だったのか分からずじまいだった。
午後から娘と「崖の上のポニョ」をサティへ見に行った。夏休み最後の週末で、小学生は宿題に追われて少ないだろうという読みは見事に外れた。「24時間テレビ」のイベントでお笑いのTIMが来ていて、映画館までも満席状態だった。一番前の席で、首には悪い姿勢で上目遣いで観た(^^ゞ