Insights & Serendipity(日々あれこれ)
ぽつり、ぽつりひとしずくのひとりごと。

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刈込池

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1st 夫と刈込池へ行った。冠雪した三ノ峰が湖面に映り込んで、絶景だった。真っ青な空を背景に、ブナの黄葉が陽と風に煌めいた。こんな時、あらゆるものに感謝の念が湧いてくる。80歳代の4人連れに会った。年長の女性が「最後の見納めよ」と言いながら眺めていた。『最後の見納め』は年齢に関係なく、ここにいる人すべての事だと思った。寿命はわからない。ここへ何度も来る人も多くないはずだ。また、夫は去年も来ているが、落葉していたし三ノ峰にも雪は無く、景色が違っていたそうだ。帰り道の分岐点で、これから登ろうとして言い合っている中年夫婦がいた。夫は階段ルート45分の方向を、妻は70分の緩やかな方向を向いていた。そこに居合わせた私達数人は、どうなる事かと成り行きを見守った。ついには妻が折れて夫の言い張った階段ルートの橋を二人連れ立って歩き出し、見ていた私達もホッとしてお互い顔を見合わせて笑った。しかしあの夫婦、戻ってくるまでに更にひと波瀾ありそうな雰囲気だった。

2nd 娘の携帯の手続きには、主契約の私が同行しなければならない。出かけるまで、娘は私のご機嫌とりに忙しい(^^ゞ なんだかんだで携帯電話の購入に2時間以上かかり、帰宅すると夫は空腹でイライラしながらご飯を炊いて待っていた。3人がかりで、魚を焼いて豚汁を作り、町内の文化祭で買った焼きそばや焼き鳥を温め、もらい物の大根寿司とで、15分後には夕飯を食べ始めていた。先日配ったさわし柿は、この大根寿司をはじめ、特上の生しいたけ、富有柿、白えびせんべい、味付け海苔、かきやま、おはぎなど、色々なものに変身して続々帰ってきている(*^^)v

3rd ずっと前からほしかった『手回し充電ラジオライト』を買った。売り場で実際にハンドルを回して、私の握力でもできるか試させてもらった。夫は厚かましくもよくそんなことをするなという顔で見ていたが、発電できなければ意味が無い。ディスカウント店の店員さんはとても親切で、快く製品を袋から出してくれた。出始めの頃より、ずっと扱いやすく値段も安くなっていた。もう一つ、市販の靴で合う靴を探している。昨日、娘の買い物を待っている間に、ひとつ目星をつけておいた。今日も娘の用事に付き合ってでかけ、もう一度履いたが、別のタイプに目が留まった。あいにく合うサイズがなくて別のお店から回してもらうよう頼んできた。市販の靴が履ける…これってすごくワクワクする。当たり前の事にワクワクできるってのも幸せだ。

4th 外に出たついでにガス展に寄ってみた。最終日の午後で、粗品3種類のうち、新米コシヒカリ1Kgしか残っていなかった。係りの人から「ごめんなさい。これで勘弁してください」と言いながら手渡された。飲み物券でもらったコーヒーを飲みながら、用事を思い出したのでメールを打っていた。しばらくして顔をあげると、4人掛けのテーブルが埋まっており、全員同じ町内の人達で、顔を見合わせて笑ってしまった。叔母もコシヒカリの袋を提げていた。私と同じく金時豆と砂糖の粗品をもらいに来たつもりが、米農家のくせに米をもらうほかなかった(^^ゞさらに叔母は猫舌なので、ホットコーヒーに水を入れてもらって飲んでいた(^^ゞ

5th 英会話で自転車で転んだ話をしたら、Gordonは「カナダでは自転車でもヘルメットをかぶる交通規則だ」と言った。ヘルメットねぇ〜、タシカニ…。
脳外の医師に視野検査を勧められていたので、眼科を受診する。午前の受付時間を過ぎていた。「今回だけですよ」と念押しされて無理やり入れてもらった。視野の一部が欠けているとわかったが、脳からでなく、強度の近視か緑内障から来ているとの事。更に詳しく検査しましょうと言われた(^^ゞ え〜!私の手帳がなんか次々検査の予定で埋められていく…(^^ゞ

6th 天気が良いので、私なりに家事にかなり頑張った。午後から出勤する娘に、昼間の内に頭を洗ってほしいと頼んでおいた。が、DVD観て昼ご飯食べて昼寝して…と一向に洗ってくれる気配が無い。しびれを切らせて「洗ってよ」と言うと、「もう出勤の時間や」と言う。そのくせまだ毛布にくるまってウダウダしている。お互い切れた!!夕方お風呂を早めに沸かして自助具で洗った。傷口も慎重に洗った。自動洗髪機が発明されないかなぁ。看護・介護の場で需要が高いと思うけど…。

7th 姪の文化祭を観に中学校へ行った。三年生最後の文化祭で、イングリッシュハンドベルグループ7人の解散演奏会でもある。とっても上達していて、解散が惜しまれるが、新しいステージ(高校受験)へのスタートを切らなければならない。同じ町内に住むK君の三味線の演奏もあった。風邪で声が出ないので、唄声が聴けず残念だった。帰りがけに、かつてこの中学で熱かったボート部のPTA仲間:KさんとOさん(現校長)に会って話しとても懐かしかった。校舎は建替えのため取り壊される。私がリウマチを発病した頃、半泣き状態で上り下りした階段を、名残をこめて2階まで上がってきた。

8th
 午前中は中国語講座で、午後は県政出前講座の写真を撮りに、南部公民館へ行った。夫が名古屋の出張へ私のカメラを持っていっているので、仕方なく夫の一眼レフを持参した。が、いつものレンズが修理に出してあったので、ズームが効かず広角での写真が撮れなかった。まぁ無いよりかはまし…(^^ゞ
昨日レタスをたくさんもらったので、おすそ分けしたら、りんごや大根寿司に化けて返って来た。一昨日解禁になった香箱ガニを買ったので、娘に料理をさせた。私が黙っていてもちゃんと捌けるようになった。夫に晩御飯は「カニ」だとメールしようとしたが、カニの絵文字が無かった。インベーダーゲームみたいな横歩きの絵文字を代わりに貼り付けた。ソフトバンク同士なので意味は通じた。携帯各社の絵文字の違いは、国や民族のカルチャーギャップに似ていて面白い!

9th 第3回北陸膠原病支援ネットワーク総会。前半「医療講演とパネルディスカッション」 (SLE:川野充弘Dr. 強皮症:長谷川稔Dr. シェーグレン症候群:正木康史Dr. 関節リウマチ:杉本和則Dr.) 杉本Dr.の講演の中で「『とりあえずCRP<0.3』を目指すが、うちでは0.1以下を目標とする」というのがあった。0.3と0.1の数字上の違いで、何がどれだけ違うのか聞いてみたかったが、質問タイムが一切無かった。パネルディスカッションも時間切れ終了だった。後半パネルディスカッション《リウマチ膠原病患者が抱える悩みや問題(仕事・生活全般について)》 (膠原病の患者代表3名・宮崎良一Dr.・北野浩子県職員・関口佳織弁護士) これまでより膠原病が前面に出る構成で、1,2回の総会に比べて、リウマチ患者としては物足りなかった。アトラクションで「ステージ上でハンドベルの演奏に参加しませんか?」と誘われたが、素早く動かす演奏法は、手首や指の痛いリウマチにとっては、拷問なのですが…(^^ゞ スーパーバイザーに梅原久範先生ともあろう方が付いておられながらと憤懣やるかたなし!

10th ゴミ出しの帰りにふと気づいた。手ぶらで歩いているとき、両手を胃の前で組んで歩いている。手を下に降ろして振って歩くと、肘が痛いので、自然とそういう姿勢になっていたみたいだ。いつからだろう?これでは肩を動かしていないから、肩がこるはずだと納得した。とりあえず下に降ろし、振るというより揺らす感じで歩いてみた。ちょっと痛いが我慢して歩いてみる。歩調と合わなくなって、立ち止まってストレッチしてまた歩き出す。すれ違う車に目もくれず、ただ歩く事に集中して家まで歩いた。多分何人かの近所の人に会釈をしなかったと思う。そして変な事やっとると思われたに違いない。でも家に着いたとき、全身で歩いてきた〜!という実感が湧いた。

11th 食卓の私の席に郵便物だの領収書だの資料が積まれてきて、ご飯を食べるスペースが無くなってきた。本腰を入れて片付ける。スーパーの会員特待日の案内状が出てきた。じゃ、行かなければ…と出かけた。が、いつもより混んでいて、夫の肌着とパジャマを買っただけで人に酔ってしまった。食品を買って早々に退散した(^^ゞ 「曲水」用の原稿が2つ届いた。原稿書きを頼むと、快諾してくれる人となかなかうんと言ってくれない人がいる。で、実際に届いた原稿は、後者の方が断然長い!

12th 予約していた頭部造影剤MRIの検査を受ける。検査結果を聞くため、脳外科の待合室で待っていると、急患があるので少し待ってほしいと言われた。検査のため朝食を抜いて空腹なので、食堂で昼食を食べる事にした。メニューを見て迷っていると、遠くで「カレーうどん!」と注文する声が聞こえた。つられて私も「カレーうどん」と言ってしまった(^^ゞ 「加賀のツレション」ならぬ「加賀のカレーうどん」である。結果は、脳腫瘍の疑いは晴れた(*^^)v が、水のたまり具合を経過観察するため、半年後に再度検査を受けるよう言われた。帰りにスタンドに寄って、給油と洗車をした。待ってる間に北國新聞を読んでいたら、小松で「日本語教師講座」開催の記事が目に留まった。何かの縁だと思い、申し込みした。

13th 「きらめき」の取材で、カメラマンとして地元企業を訪ねた。大変対応が親切で、最初に出てこられた専務さんもしっかりしたビジョンを持っておられ、インタビューに応じた3人の女性課長たちも、しなやかで素敵な人達だった。私達素人編集者の質問にも丁寧に答えてくれた。手振りを交えて活き活きした表情で話している瞬間を撮ろうとするのだが、カメラを向けるとみんなすまし顔して手を膝に置くのが、カメラマン泣かせだった。人物ショットを撮る難しさを思い知った。

14th 麻生首相が『踏襲』『未曾有』という漢字を誤読した事が、話題になっているが、同じく誤読の多い夫は、「日本代表の人からしてこうなんだから」となぐさめ(?)を感じている(^^ゞ ニュースを見ていた娘から「『トウシュ』って何や?」と聞かれた。『党首』『投手』『当主』などの漢字が思い浮かんだ。後ろを振り返ってテレビの画面を見ると、銀行の『頭取(とうどり)』だった(^^ゞ そして私には、先日完成した5000枚のフェスタのちらしに、『郷』が『里』になっていたとのミスの連絡メールがあった(^^ゞ リウマチ友の会のスライドにも誤字があった(^^ゞ 漢字はやっぱり怖いね(^^ゞ

15th 夕食にカレイの煮付けを出した。「これは口細やからうまいぞ〜」と娘に言うと「?」という顔をした。娘は『カレイ』は『カレイ』という名前だけで十分だと思っている。「素ガレイ・赤ガレイ・ババガレイ・マコガレイ…とか」と教えようとするとうんざりした顔をされた。それから『陽炎の辻』を見ながら、娘と「磐音がチャンバラをすると、黒の着物の裏の紅い八掛(はっかけ)がチラリと出てかっこいい」と話していると、今度は夫が「?」という顔をした。丁度ドラマが奈緒(花魁:はっかく)とのシーンだったので、磐音の着物の裏から何で奈緒が出てくるんだろうと思ったらしい(^^ゞ

16th 金沢福祉用具情報プラザで、網膜色素変性症の患者と家族の会「色変・ひまわりの会石川県支部」と交流会。リウマチ友の会から5名で参加した。支部長の到着が開始ギリギリだったので、間を持たせるために、私のバカのひとつ覚えのかくし芸:「♪もしもしかめよ」を歌ったところ、皆さんにとてもウケ、手拍子が入って盛り上がり、閉会のときにももういっぺんやってくれとアンコールをもらった。目の不自由な方も、リウマチと同じく口は達者だ〜!隣の方の盲導犬は、漆黒の毛並みとつぶらな瞳で『リノアリス』という素敵な名前だった。外国の植物名に由来するそうで、帰宅してネットで調べたがよくわからん(^^ゞ 交流会後、来週の『語り部活動』の打ち合わせをする。家を出る時、資料とパソコンを入れたバッグを持ち上げて絶句した。汽車で行くのに重すぎる!急遽プラザに電話してパソコンを貸してほしいと頼んだ。短時間ならという条件で、快く貸してもらえた(*^^)v この次からパソコンを使った会合は、ここでできるとわかった。

17th 昨日金沢駅で手渡された封筒は、国土交通省北陸信越運輸局企画観光部委託の、北陸の観光に関するアンケート調査だった。タダでくれる物があると反射的に手を出してもらってしまうが、返信用の封筒にアンケート用紙が入っているだけだったので、ちょっとがっかりした。しかし、これまでにも人にアンケートを頼んだ事があったし、今後もあるだろうしと思い直して記入した。北陸の旅行や体験プログラムの提案を書く欄には、バリアフリーの長期温泉滞在型のプランを提案した。封をしているところへ、丁度郵便屋さんが書留を配達に来た。「あら〜いいとこにいらしたぁ」と言いながら投函を頼んだ(*^^)v

18th きらめき編集会議。紙面構成が少しずつだが進んで、形が見えてきた。表紙に『男女共同参宣言都市10周年記念』とあるので、開いてすぐの見開きの2ページは、記念フェスタの特集にしたくなった。一応主張するだけはしてきた。去年はただおしゃべりだけで時間が過ぎて、結局年が明けなければ形が出てこなかった。今年はKさんのリーダーシップと頑張りが、光っている。

19th 石川県国際交流協会主催の「外国人に日本語を教えたい人のための基礎講座」第1回。今まで金沢市で開催されてきたが、今年度は小松市と七尾市のみの開催で、31人の受講者の内、11人が金沢市から、7人が加賀市から参加していた。この講座に通うには、英会話を休まなければならないが、きっとマンネリ気味の私の英語の勉強にも役立つはずだ。
夜はフェスタの会議。早引けして、ちらし50枚をもらってきた。

20th 準夜勤務の娘を起こして、駅まで送ってもらう。列車は人身事故のため遅れていた。金沢邦楽堂ホールで『ワンコイン寄席:二人会』で、瀧川鯉昇の落語と国本武春の浪曲を聞いた。今回、リウマチ友の会のイベントとして組み込んだが、そうでなくても聞きに来ていただろう。武春の浪曲は三味線をギターのように使って、「松の廊下」をロック風に、そして浅野内匠頭が田村邸にお預けとなり、切腹するまでを琉球風バラードで語った。特に後半のバラードに乗せて、田村邸の桜が散る様が目に浮かんできて涙が流れて仕方なかった。その後、ANAホテルでランチを食べていると、隣のYさんから「一人じゃ泣けなかったけれど、あなたが思い切り泣いていたから私も心置きなく泣けたのよ」とお礼を言われてしまった。忠臣蔵で泣くなんて、私も日本人だなぁ。今日は笑って泣いて、リウマチを忘れた一日だった。

21st 通院。検尿コップを持ってトイレの順番を待っていると、「あなたリウマチの会の人でしょ?」と声をかけられた。「はぁ」と言いながら、誰だっけと思い出そうとしていると、どうやら随分前の、小松でのリウマチ講演会にきた事がある人らしい。覚えてもらっていたのはうれしいが、場所が場所だけにゆっくり話もできず別れた(^^ゞ 調子が良いので、次回の通院は春で良いとのこと(*^^)v 

22nd 夫が山から帰って来たので買い物に出ようとしていると、丁度娘も帰宅した。娘に「買い物に付いて来る?それとも家でごはんを炊いててくれる?」と聞くと、即付いてきた(^^ゞ 電器店のイベントで粗品に水切りボールをもらった。買い物をするとクジが引けた。レシートの合計金額の下3桁と、同じ数字を書いたボールを箱から引くと現金がもらえるのだった。3回引くので一人1回引く事にしていたが、最初に引いた私が一桁目を当てたので次も引くことになった。何と二桁目も当った。ドキドキして三桁目を引こうとしたら、ボールが出口に詰まってしまった。係りの人は、「違う数字が詰まったけどもう一回やっていいよ」と言ってくれた。そしたら急に欲が出てきて念を入れて引いた。結果はハズレ(^^ゞ しかしカランカランと鐘が鳴らされ、買い物した5%の176円が現金で戻ってきた。蛍光灯と空のCDしか買ってなかったのが、くやし〜い。帰宅するのが遅くなり、夫と娘に「三択です!『ご飯を炊く・焼肉用の野菜を切る・お風呂を沸かす』から選んで実行して」と言うと、娘が間髪入れずに「風呂〜」と叫んだ。一番手間がかからないからだ。夫はあわてて2番目に楽な「ご飯」を選んだ(^^ゞ

23rd
 雨の予報の小松から脱出して、夫と紅葉狩りに出かける。渋滞にも絶対はまりたくないので、木之本の鶏足寺へ向かった。駐車場にも寺の入り口にも料金所が無く、拍子抜けした。石動寺からゆっくり歩き、紅葉のトンネルの参道を通って鶏足寺にお参りした。境内で地元の人らが出店を構えていた。200円の豚汁2杯と100円の漬物を買ってから、「車に置いてきたおにぎりと一緒に食べたら美味しかったのになぁ」と言うと、夫が「10分待ってろ、取って来てやる!」と言って走って(本人はそのつもり)行った。10分では戻ってこれず、豚汁も少し冷めてしまったが、紅葉を眺めながら、日差しを浴びて、のどかな賑わいの野外で食べる味は格別だった!それから夕陽を撮ろうと琵琶湖へ向かった。陽が傾きだした頃、通り雨があり、虹がかかった。完全な半円形の虹に、道の駅のトイレから出てきたオジサン達一団も、あわてて携帯のカメラを向けていた。琵琶湖沿いの歩道では、夕陽のシャッターチャンスを待つ列ができていた。夫は撮り終えた後に画面を確認しながら、「ここはわしのホームグランドやないしなぁ」と言い訳めいた呟きをしていた(^^ゞ

24th 一昨日電器店で、「ラジオサーバー(PLIMPUS)」とか「ラジオバンク(ベセトジャパン)」とかいう製品名をど忘れして、店員さんに機能を説明したけど理解してもらえなかった機器を、詳しく調べてリベンジで買いに行った。調べてわかったことは、その機器は本屋かネットでしか手に入らないが、実物を触って操作性などを確かめないと、リウマチの手を持つ私には納得できない話だった。結局店頭で探して、ICレコーダーのラジオ付きのものDIPLY TALK(SANYO)が私のニーズを満たし、買ってきた(*^^)v 夫は、一昨日私が店員さんに説明していると、横から「お前の言う事はさっぱりわからん!」と言ったくせに、今日製品を手にしてみると「なんやそういうことやったのか」と、ようやく納得してくれた。機械屋の夫に機械の説明しても、この有様である。機械屋の夫に、リウマチを説明する事は至難である(^^ゞ

25th 明日の準備のため、どこへも出かけずパソコン作業に集中するつもりだった。が、昼間はやっぱり用事が入ってパソコンの前にはずっと座れない。一昨日木之本で買ってきた里芋をストーブにかけっぱなしで、肉と共にじっくり炊く事はできたけれど(^^ゞ これまで30分くらいのプレゼンは作った事があるが、45分は初挑戦である。予行演習してみると30分くらいで終わってしまった(^^ゞ 新たに資料と写真を追加し、手元資料も印刷して…朝刊を配る車の音が通りすぎて、慌てて寝た。

26th
 午前中は日本語講座を受講した後、運転しながらパンを食べて金沢大学へ向かった。難病相談支援センターの事業で、リウマチ友の会の5人が、OT・PT学生の授業でリウマチの語り部活動をした。リハビリテーション科の洲ア先生と大学院の清水先生と名刺交換した。柔道整復師がMJPTAと書き表す事を知った。プレゼンは予定時間をオーバーしてしまったが、後で学生さんから面白かったと言ってもらえて、嬉しかった。「どうやってリウマチを受け入れられたのですか?」と問われたけれど、「私は受け入れていない。今も七転八倒している」と正直に答えた。その後も、OTを目指す学生さん達に囲まれ色々質問攻めにされ、なかなか帰してもらえなかったが、彼女達の輝く瞳はまぶしかった。将来きっとリウマチ患者の味方になってくれるに違いない。今年は2,3年生だったが、来年度は1年生を対象にするとのことだ。対話形式の方が、難しいけど面白いと思うのでやってみたい!

27th 予約していた眼科を受診した。瞳孔を開くので、運転を頼む娘の休みの日にした。広い範囲の視野検査もした。結果は緑内障とはいえないが、右目に視野狭窄があるとの事。これは生まれつきかもしれないが、経過観察するために半年後にまた検査を受けるように言われた。なんだか脳外科で言われている事とそっくりではないか!救急車で運ばれるようなけがをしなければ、頭のCTなんか撮る機会なんて無かっただろうし、そうしたら脳内の水も視野狭窄も見つからなかったはずだ。自覚症状が無いから、大方の人は知らずに生活している事だろう。

28th レディースネットワークの広報委員から「とりあえず直しましたが…あとよろしくお願いします」と、ファイル添付のメールが来た。おっとどっこい!私は広報委員ではない。今年度は、今年度の委員さんにやってもらわないと、仕事を分担している意味が無いではないか。校正は会長のOさんに頼まれて、これまでの義理で付き合っただけだ。深入りしては、他の編集をいくつも抱えているので、大変な事になる。丁寧にお断りのメールを送ったが、真意は伝わっただろうか。

29th ずっと前からルシーダの騒音と振動が気になっていた。車屋さんから走るには安全上問題が無いと言われていたので、14歳の車を直すべきか思案していた。結局直しに出した。やっぱり今は、新車を買う余裕が無いし、ディーゼル車には品揃えが無く選択の幅が無い。車が無いので買い物に行けず、畑へ野菜を採りに行き、冷蔵庫の残り物を集めておかずを作った。車屋さんから、「これから納車に行きます」と電話をもらったとき、私としては遠慮がちに言った。「できたら来年のカレンダーも持って来てもらえませんか?予定が書き込めるタイプので、可愛い絵柄のものがいいんやけど…」

30th 
第2回聞き書き講座(主催:いのちにやさしいまちづくりを考える会)で、柳田邦夫さんの講演を聴く。いつもラジオで聞く以上のしわがれ声で、2時間以上にわたってのお話だった。聞き書きは、語リ手には『自分の人生は無意味ではなかった』という充足感が、聞き手には『人間って面白い!』という人間への興味や限りない愛を抱く、相互の活動であると知った。講演後に、いつもリウマチのピアカウンセリングで感じている疑問をぶつけてみた。柳田さんは「難しいですね…」と言いつつも、言葉を選びながら、いくつかの具体的ヒントをくれた。この講座の1回目(講師:小田豊治)を受けそこねたのが、非常〜にくやしい。

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